”農”と言える!?

元・食推おばさんのソムリエ日記

「ないのが当たり前」と思うこと

2016-02-03 10:47:20 | だし

一昨日、だし講座をやらせていただいた

菊川の龍雲寺さんには、これまでにも何回か伺っており、

3回ほど精進料理をいただいたことがあります。

(精進料理がいただけるのは、イベント時のみです。)

 

  

  

主に調理を担当されるのは、永平寺で修業をされたご子息。

私は精進料理の中では、

このご子息のお味付けが一番好きです。

濃過ぎず、薄過ぎず、

砂糖と油を多用していないところも、気に入っています。

 

 

  

さて、一昨日のだし講座の前、出番を待っている時に、

偶然にそのご子息とお話をすることができました。

 

  

「永平寺では、やはり、奥井海生堂さんの

 蔵囲昆布を使用されているのですか?」

 

「永平寺では1年分、何キロという単位で昆布を購入します。

 奥井海生堂さんのお心遣いもあって、

 高品質の利尻昆布を使わせていただいていますが、

 すべてが蔵囲昆布かどうかはわかりません。」

  

「私は、こちらでいただく精進料理が一番おいしいと思っていますが、

 やはり一番気を使うのはだしでしょうか?」

 

「私たちは『ないのが当たり前』という気持ちが前提になっています。

 修行中も、『○○がないから作れない。』では通りません。

 『ないのが当たり前、あるもので何とか工夫する。』

 ということが自然と身に付いています。

 だから、だしがとれなければ、その分、野菜を多く使い、

 そのうまみを『だし』として利用するようにしています。」


  

なんか、とても清々しい気分になる、

すてきなお言葉をいただきました。

  

24時間開いているコンビニのある暮らしに慣れてしまって、

真夜中に、「あっ、明日の朝のパンがない!」

「ごま油、買い忘れた!」と言って、

車を走らせたことが何度あったことか・・・。

  

若き僧侶のお言葉を伺い、

わが身を省みる良い機会をいただきました。

ありがとうございました。

 

 

※写真の精進料理は、昨年6月のものです。

 

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