一昨日、だし講座をやらせていただいた
菊川の龍雲寺さんには、これまでにも何回か伺っており、
3回ほど精進料理をいただいたことがあります。
(精進料理がいただけるのは、イベント時のみです。)
主に調理を担当されるのは、永平寺で修業をされたご子息。
私は精進料理の中では、
このご子息のお味付けが一番好きです。
濃過ぎず、薄過ぎず、
砂糖と油を多用していないところも、気に入っています。
さて、一昨日のだし講座の前、出番を待っている時に、
偶然にそのご子息とお話をすることができました。
「永平寺では、やはり、奥井海生堂さんの
蔵囲昆布を使用されているのですか?」
「永平寺では1年分、何キロという単位で昆布を購入します。
奥井海生堂さんのお心遣いもあって、
高品質の利尻昆布を使わせていただいていますが、
すべてが蔵囲昆布かどうかはわかりません。」
「私は、こちらでいただく精進料理が一番おいしいと思っていますが、
やはり一番気を使うのはだしでしょうか?」
「私たちは『ないのが当たり前』という気持ちが前提になっています。
修行中も、『○○がないから作れない。』では通りません。
『ないのが当たり前、あるもので何とか工夫する。』
ということが自然と身に付いています。
だから、だしがとれなければ、その分、野菜を多く使い、
そのうまみを『だし』として利用するようにしています。」
なんか、とても清々しい気分になる、
すてきなお言葉をいただきました。
24時間開いているコンビニのある暮らしに慣れてしまって、
真夜中に、「あっ、明日の朝のパンがない!」
「ごま油、買い忘れた!」と言って、
車を走らせたことが何度あったことか・・・。
若き僧侶のお言葉を伺い、
わが身を省みる良い機会をいただきました。
ありがとうございました。
※写真の精進料理は、昨年6月のものです。