トシの読書日記

読書備忘録

茶畑の真ん中を通るひとすじの道

2013-05-20 18:31:50 | か行の作家
川上弘美「なめらかで熱くて甘苦しくて」読了



姉が敬愛してやまぬ川上弘美であります。もちろん本書も姉から借りたものです。


自分の中では、本作家は「真鶴」を頂点としてそれ以来、これはと思うような作品を輩出していないというイメージがあったのですが、本書は違いました。出色の出来です。


「aqua」「terra」「aer」「ignis」「mundus」という、ギリシア語(?)のタイトルのついた五つの短編が編まれた作品集です。


どれもこれもいですね。「aer」だけが妊娠して出産した女性の心理を描いている点で、男としてはまったく理解不能の領域なので、これははずずとしても、他の作品すべて、過不足なくすばらしい出来栄えです。


特に「ignis」の現世とも死後の世界ともつかない情景の中の男と女のありようが「真鶴」を思わせるものがありました。


村上春樹同様、読む者をぐいぐい引きずり込む手腕は見事なものです。


川上弘美、健在です。

童子の夢のスクリーン

2013-05-20 17:40:02 | あ行の作家
大江健三郎「憂い顔の童子」読了



三部作の第二部であります。吾良のドイツでのガールフレンドである浦さんの出産の手伝いをするため、古義人の妻、千樫はベルリンへと旅立ちます。そして古義人はアカリを連れて「四国の森」へ帰郷します。そこに、国からの奨学金を受けてアメリカから来た長江古義人の研究者であるローズさんという女性が古義人達の身の回りの世話をすることになります。


疑問に思ったことが二点ほどあります。

まず、古義人は「四国の森」でいろいろな災難にあうんですが、そこにどんな意味が込められているのかということ。不識寺の屋根裏にもぐり込んで、この土地に古くから伝わる「壊す人」の絵を探すうち、床が抜けて墜落し、足を骨折したり、三島神社の宮司の真木彦さんの企画による吾良とピーターの「御霊」を森の中で見せられ、怒りと恐怖心にかられ、山をかけ降り、ころんでまた足を骨折したり、郷土料理の店で古義人とローズさんとアカリが夕食を食べているとき、酔った50がらみの男(胸に議員バッジをつけている)と殴り合いの喧嘩をしたり…。


ひとつ言えるのは、古義人が「四国の森」に帰るのを歓迎しない人間が少なからずいるということ。そういった土地の人達の面白くない思いが、こういった厄災をもたらすのではないかと思います。しかし、これらのエピソードがすべてフィクションだとするならば、モデルとなった人達はそれこそ面白くない思いをするはずです。そのへんが私小説の難しいいところであり、危険な部分であるのではないでしょうか。

もう一点は、古義人の研究者であるローズさんは「ドン・キホーテ」の研究者でもあるんですが、何かことがあるごとに「ドン・キホーテ」の一節を引用し、「ドン・キホーテはここでこう言っている。だから古義人もこうしなければならない。」と「ドン・キホーテ」が人生の教科書のような諭しかたをするわけです。これはどうなんでしょうねぇ。何故、なんでもかんでも「ドン・キホーテ」になぞらえるのか、その真意がわかりません。これも、ローズさんという、古義人の研究者は実在の人物なのか、また、実在するとして「ドン・キホーテ」の研究者でもあるのか…。これも事実とどれだけ重なる部分があるのかと、いらぬ心配をしてしまいます。


本題から離れたことをずらずら述べてしまいましたが、本書では、特に深いテーマというようなものは持たせず、古義人の「四国の森」での暮らしぶりを描いたものである、というものであります。


深いテーマはないとは言うものの、先回の「取り替え子(チェンジリング)」でもふれていた日本語将校のピーターの殺害(?)に古義人と吾良が関与したのか、してなかったのか、という問題は本書にも引きずっております。結局、これはあいまいなままに終わってしまっています。「取り替え子(チェンジリング)」のところでそれを書く覚悟を決めたのだろうと思ったのですが、そうでなかったのは、やはり大江らしいというか、なんというか…。


最後、「老いたるニホンの会」のメンバーで、60年安保闘争の再現をやろうという話になり、デモ隊を組んで仮想の機動隊と衝突し、古義人は木に頭を強打し、危篤状態におちいります。もちろん、すでに一度読んでわかっているのですが、そこから古義人は奇跡的に回復をし、第三部「さようなら、私の本よ!」へと続くのであります。



姉に以下の本を借りる


川上弘美「なめらかで熱くて甘苦しくて」
G・ガルシア・マルケス著 木村榮一訳「わが悲しき娼婦たちの思い出」
安部公房「題未定――安部公房初期短編集」
村上春樹「パン屋を襲う」
中原昌也「名もなき孤児たちの墓」
中村文則「掏摸(スリ)」
内田百「居候々(いそうろうそうそう)」