昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(31)童話教室(才能発見!)

2011-01-28 06:19:11 | 三鷹通信
「何人書いてきますかね?」
「書いて来いなんて言うと来なくなるんだよな。失敗だったな・・・」
 第2回目の<童話教室>が開かれる小学校へ向かいながらぼくとはやし先生は参加者がどーんと減るのではと心配していた。
「先生、今日は3名です」PTA会長(というより、スマイルクラブの会長)のKさんが会うなり申し訳なさそうな顔で言った。
「3名?」「それにしても激減だな。前回は30名も集まったのに・・・」予想していたとはいえ大ショックだ。

 先ず1名赤いランドセルを背負った女の子が現れた。
 あとの予定している2名がなかなか現れないのでKさんが探しに行った。
「忘れてふたりとも帰ってしまったんですって」

あ~あ、広い教室にたったひとり。
 囲碁の先生が前回の評判を聞きつけて見学に見えた。大人4人に生徒はひとり。
「ぼくたちの桃太郎、私たちのかぐや姫といったものでもいいんだよって、アイデアも出したんだけど、いきなり書いて来いは負担になったんだな」
「書いてないから参加できないって思っちゃったんですかね」

「時間が来ましたので、4時半まで先生お願いします。A・Tさん、先生をひとりじめですよ」KさんがたったひとりのAちゃんを励ます。
 さあ、はやし先生、この1時間をどう乗り切るのか。
「これ、ぼくが書いた童話なんだ、読んでみる?」先生は自分が書いた「はだかの王様」と「アラジンの魔法のランプ」の2冊をAちゃんに渡す。
 Aちゃんは集中して読み出した。



 その間、ぼくは先生にこの間テレビで見た大竹しのぶの課外授業の話をする。
「とりあえず何でもいいから頭に浮かんだことを書いてごらんと言って、子どもたちを校庭などに散らばして、ひとりにして書かすんです。<静かな所で草花を見るときれいに見える>なんて書いている。中には<好きな男の子がいるんだけどパパに言うとショックを受けるから言わない>なんて書いている女の子もいる。それを家に持ち帰ってお母さんに見せるとお母さんが<あなたを授かった時からこんな日が来るのをパパは覚悟しているから平気よ>って言うんですよね」
「すてきなお母さんですね」 
 こんな話をしているうちにAちゃんは本を読み終わった。

 さあ、先生の授業開始だ。
 先生はAちゃんと対面して問いかけた。
「どちらの方がよかった?」Aちゃんは<はだかの王様>の方と答えている。
 先生はその内容について説明している。そして、話題を変えた。
「あなたは何歳?」
「10歳です」
「一人っ子かな?」
「妹がいます」
「妹さんとは仲がいいの?」
 Aちゃんは首をふる。
「そうか、お父さんとおかあさん、それに妹の4人家族だ」
「お母さんは優しい?」彼女はうなずく。
「Aちゃんが期待していたことを、言わなくてもお母さんからしてもらったってことある?」うなずく。「どんなことかな?」
「誕生日にほしいと思っていたものをもらった」
「そうか、お母さんはあなたの心のうちが分かってたんだ。そんなお母さんのことを書いてみたら」「・・・」Aちゃんは目を宙に浮かしている。
「何でもいいんだよ。書きたいことがあったら書いてみようか?」
 先生は彼女に原稿用紙と鉛筆と消しゴムを渡す。
「鉛筆はこういうふうに持って、すらすらと書いたらいいよ。疲れないから。4Bみたいな濃い鉛筆がいいんだよね・・・」
 Aちゃんは原稿用紙をたぐりよせた。書く気になったようだ。
「ここに題目を書いて、ここに名前を書く・・・」

 彼女はちょっと考えてがすらすらと書き出した。集中して書いている。
 コツコツと鉛筆がリズミカルな音を立てる。
「すらすら書いてるね。安定したリズムだ。すごいね・・・」
「えっ? もう1枚書き終えたの? 見てもいいかな。
「すごいね・・・」読み終わった1枚目を先生がぼくに渡してくれた。
タイトルを見てぼくはびっくりした。お母さんのことではないんだ。


<トマトでできているてんとう虫>

 あつい夏の日、私はてんとう虫に会いました。でもなんだかへんです。
 考えてみました。あつくてせなかが少しぐちゃっとなっているのでしょうか? 
 今度はてんとう虫にせなかがどうしてぐちゃっとなっているのか。聞いてみました。「どうしてせなかがぐちゃっとなっているの?」
「ぼくはね、ふつうのてんとう虫とはちがうんだよ。ぼくは人と話せるし、せなかも実はトマトで、できているんだよ」
「えっ~トマトでできているのぉ」
 と私はおどろきました。トマトでできているてんとう虫なんてみたことが、ありません。

 
囲碁の先生も、スマイルクラブ会長Kさんも目を丸くしてびっくりだ。
 ぼくは早く続きを見たくなった。
 こうして彼女はわきめもふらず書き続け、もう4枚目に入ろうとしている。
 使いきれるか心配していた1時間が終わろうとしている。
「ここで中断させるのは惜しいですね」
 Kさんは携帯をもって教室の外へ出て行った。遅くまで生徒を学校に引き止めておくわけにはいかないのだ。
「お母さんにお迎えに来ていただくことでお許しをいただきました」
 
「終わりました」Aちゃんは5枚目を完成させて誇らしげな笑顔だ。
 全部読ませてもらった。結末も決まっている。
 穿った見方をすれば、人間の文明に警鐘を鳴らしているともとれる?
 ここで公表することは控えるが・・・。

「これって、これまでに考えていたことなの?」Kさんが聞いた。
「いいえ」彼女は首を振った。 
「頭に浮かぶなりに書いたんだ・・・」彼女は頷いた。
「おうちでも書いているの?」 いろいろいっぱい書いているそうだ。

「文句のつけようがないですね。Aちゃんは虫が好きなのかな? 虫でも花でもあるいは海でも好きなものがあったらそれを徹底的に勉強したらいい。本を読んだりして自分の得意分野にするんだ。先生にとっては宇宙だったけどね・・・」
 はやし先生は締めくくりの講義をした。

 お迎えに来たおかあさんも言っていた。「家でも書き出すと夢中で・・・」
「おたくのお子さんにはたいへんな才能があります。特に集中力がすばらしい。何をやっても成功されます」はやし先生が太鼓判を押した。
 


 たったひとりの参加者だったが、みんな満ち足りた気分になった。
「ありがとうございました」 
 みんながいっせいに言った。