初めて大竹しのぶを意識したのは、新藤兼人監督の<生きたい>という招待映画で、舞台挨拶した時だ。
今から10年ほど前だっただろうか。監督はすでに90歳近いご高齢だったからしかたないが、三国連太郎が無口でぼーと突っ立っている。有名人が3人も舞台に登場した、という雰囲気ではない。どうなることやらと心配して見ていた記憶がある。
そのとき、思いがけずも大竹しのぶが白けそうな場を仕切って、しっかりと挨拶をした。
それまで彼女はぼくにとって、<さんま>と結婚した三枚目風のぼやっとした俳優という印象しかなかった。
高校生のとき、寝ぼけて制服の下にパジャマを着たまま登校したというエピソードの持ち主でもあったし・・・。
ところが何と監督や三国をカバーして大人の挨拶をしたのだ。
そんな大竹しのぶがNHKテレビの<課外授業・ようこそ先輩>に出た。
この番組は関心を持ってよく見るのだが、特に今回大竹しのぶの持ち味が出たいい番組に仕上がっていた。
とかく感情に蓋をしがちな現代っ子に、感情表現のスペシャリスト役者たる大竹しのぶは、彼女流の<自分に向き合う>方法を伝授した。
その素地は小学校のとき、先生から与えられた宿題<見つめよう、自分の心を>という作文を書かされたことに始まると言う。
「おはようございます。元気ですか? 同じ挨拶でも、楽しい、嬉しい、悲しい、その時の気持ちで表現がかわります」と先ずは挨拶でウオーミングアップ。
「先ず、自分の素直な気持ちを見つめることから始めましょう」
「とりあえず、静かな所でひとりになって、自分の心と向き合って、思ったことをともかく何でもいいから書いてみましょう」
みんな大竹先生の指示に従って、広い校庭に散らばる。
校庭の植え込みのかげ、階段の上、埋め込まれたタイヤの上でそれぞれが思ったことを書いている。
「静かにまわりを見ると、草花がきれい」
「一人でいると淋しい、かなしい、つまらない」
「好きな男の子がいるんだけど、パパに言うとがっかりするから言えない」
「お友だちから誘われても塾で忙しいからお友だちと遊べないのがつらい」
いろんな声が集まった。
「書いたものを家に持ち帰って親に自分の気持ちを伝えてごらん」
その結果を大竹先生はひとりひとりと向き合って聞いていく。
「ほら、目を見て話してごらん」子どもたちはなかなか先生を直視できない。
手をとって、こころを通わせて大竹は話しかける。
好きな男の子がいると書いた女の子には「あなたのお母さんてステキじゃない。あなたを授かったときからパパはこのときが来るのを覚悟しているから、パパに話しても平気だよ、ってお母さんは言ったのね」
ひとりで淋しいお父さんのいない男の子には「あなたがそんな思いをしてるなんて知らなかった。これからできるだけ一緒の時間を作るからねってお母さんが言ってくれたんだ。よかったね」
塾で忙しい女の子には「そんなことを思ってたんだ、かわいそうにっておばあちゃんから言われ、そんなに勉強頑張らなくてもたまにはお友だちと遊びなさいってお母さんから言われてよかったね」
大竹先生と対面した女の子も男の子も「言ってすっきりしました」とみんなすっきりした顔をしている。
大竹しのぶは子どもたちの心を開かせる名手だ。
最後に彼女はすてきな贈り物を子どもたちに用意していた。
台本だ。子どもたち夫々の名前がタイトルになっている。
作も、主役もだ。しかし、中身は空白。これから子どもたちが埋めていくのだ。
「・・・クン!ジャンジャンジャカジャカジャーン」歓喜の歌を口ずさみながら、ひとりづつ彼女が卒業証書のように渡していく。
それを受け取るみんなの顔のなんと晴れ晴れしいことよ。
最後のシーン、彼女は講堂の中を乙女のようにキャッキャッ言って、こどもたちとおっかけっこしている。彼女ってもう50歳過ぎてるんじゃなかったっけ?
大人にも、子どもにも変身する、まさに魔性のというか、何と魅力的な女性だ。
今から10年ほど前だっただろうか。監督はすでに90歳近いご高齢だったからしかたないが、三国連太郎が無口でぼーと突っ立っている。有名人が3人も舞台に登場した、という雰囲気ではない。どうなることやらと心配して見ていた記憶がある。
そのとき、思いがけずも大竹しのぶが白けそうな場を仕切って、しっかりと挨拶をした。
それまで彼女はぼくにとって、<さんま>と結婚した三枚目風のぼやっとした俳優という印象しかなかった。
高校生のとき、寝ぼけて制服の下にパジャマを着たまま登校したというエピソードの持ち主でもあったし・・・。
ところが何と監督や三国をカバーして大人の挨拶をしたのだ。
そんな大竹しのぶがNHKテレビの<課外授業・ようこそ先輩>に出た。
この番組は関心を持ってよく見るのだが、特に今回大竹しのぶの持ち味が出たいい番組に仕上がっていた。
とかく感情に蓋をしがちな現代っ子に、感情表現のスペシャリスト役者たる大竹しのぶは、彼女流の<自分に向き合う>方法を伝授した。
その素地は小学校のとき、先生から与えられた宿題<見つめよう、自分の心を>という作文を書かされたことに始まると言う。
「おはようございます。元気ですか? 同じ挨拶でも、楽しい、嬉しい、悲しい、その時の気持ちで表現がかわります」と先ずは挨拶でウオーミングアップ。
「先ず、自分の素直な気持ちを見つめることから始めましょう」
「とりあえず、静かな所でひとりになって、自分の心と向き合って、思ったことをともかく何でもいいから書いてみましょう」
みんな大竹先生の指示に従って、広い校庭に散らばる。
校庭の植え込みのかげ、階段の上、埋め込まれたタイヤの上でそれぞれが思ったことを書いている。
「静かにまわりを見ると、草花がきれい」
「一人でいると淋しい、かなしい、つまらない」
「好きな男の子がいるんだけど、パパに言うとがっかりするから言えない」
「お友だちから誘われても塾で忙しいからお友だちと遊べないのがつらい」
いろんな声が集まった。
「書いたものを家に持ち帰って親に自分の気持ちを伝えてごらん」
その結果を大竹先生はひとりひとりと向き合って聞いていく。
「ほら、目を見て話してごらん」子どもたちはなかなか先生を直視できない。
手をとって、こころを通わせて大竹は話しかける。
好きな男の子がいると書いた女の子には「あなたのお母さんてステキじゃない。あなたを授かったときからパパはこのときが来るのを覚悟しているから、パパに話しても平気だよ、ってお母さんは言ったのね」
ひとりで淋しいお父さんのいない男の子には「あなたがそんな思いをしてるなんて知らなかった。これからできるだけ一緒の時間を作るからねってお母さんが言ってくれたんだ。よかったね」
塾で忙しい女の子には「そんなことを思ってたんだ、かわいそうにっておばあちゃんから言われ、そんなに勉強頑張らなくてもたまにはお友だちと遊びなさいってお母さんから言われてよかったね」
大竹先生と対面した女の子も男の子も「言ってすっきりしました」とみんなすっきりした顔をしている。
大竹しのぶは子どもたちの心を開かせる名手だ。
最後に彼女はすてきな贈り物を子どもたちに用意していた。
台本だ。子どもたち夫々の名前がタイトルになっている。
作も、主役もだ。しかし、中身は空白。これから子どもたちが埋めていくのだ。
「・・・クン!ジャンジャンジャカジャカジャーン」歓喜の歌を口ずさみながら、ひとりづつ彼女が卒業証書のように渡していく。
それを受け取るみんなの顔のなんと晴れ晴れしいことよ。
最後のシーン、彼女は講堂の中を乙女のようにキャッキャッ言って、こどもたちとおっかけっこしている。彼女ってもう50歳過ぎてるんじゃなかったっけ?
大人にも、子どもにも変身する、まさに魔性のというか、何と魅力的な女性だ。