ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

いつだって、冒険!

2008-09-03 00:09:40 | 演劇

 菜の花座山形文翔館公演『雲雀、はばたきて』が、どどーっと近づいてきた。おいおい、あと、1ヶ月とちょっとだよ。ついこの間、劇中劇で使うイプセン『人形の家』の台本について、翻訳者の原千代海さんから使用許可をもらった。今日は、ようやく照明のラフプランを仕上げて照明のジュンコさんとミカに渡した。この一週間、通勤の車の中では、ショパンのピアノ曲を鳴らしっぱなしだ。そう、劇で使用する音楽だ。さらに、衣装についても早急に手配しなくちゃならない。おっと、ついさっき、女学生が校舎内で履く草履をネットで注文したっけ。いやはや、次から次だ、まったく。

 さて、照明プランについては、ひどく苦しんだ。何たって、センター舞台だからね。しかもそればかりじゃなく、本来あるステージも利用する。さらに、仮設のセンター舞台と奥のステージとをつなぐ渡り廊下なんてものも作ってしまおう、てんだから、照明だってやたら面倒なんだ。その大変さは、上からの明かり=サスが使えないって言えば、演劇に関わる人はわかってくれるだろう。そう、渡り廊下もセンター舞台も全部、横からまたは斜めからの明かりで対応しなくちゃならない。しかも、地明かりは欲しい、トップも欲しい、って贅沢なんだから、まったく。

 なんだって、こんな面倒なことするの?スタッフのあっちこっちからぶつくさ言う声が聞こえてくる。でもね、面倒だから、面白いじゃないか!大変だから、やり甲斐があるってもんじゃないか!

 いや、センター舞台にした理由はあるよ、たしかに。例えば、文翔館は客席がフラットで、縦長だから、奥の舞台でやっても、お客さんはとっても見えにくいんだ。その点、真ん中に舞台作れば、観客と役者の距離がぐっと縮まる。お客さんは芝居を間近で見ることがせできる。

 でもね、そればかりじゃない。なんで客席の中央で芝居するか?って言えば、四方八方から見られてるって、かなり刺激的じゃないか。前方の客席を意識せずに演技するってすっごく新鮮じゃないか。何よりスリリングで楽しいじゃぉないか。えっ?楽しんでのは演出のお前だけだって?うん、まあ、そうかもしけない。でも、あっちこっちから覗かれる役者にとっても、すっごい冒険なんだと思う。これまでなら、ほとんど意識しなかった後ろ姿に視線が注がれるんだからね。

 つまり、僕は、公演一つ一つが、新しい試みでありたいと願っているんだ。常に冒険でありたいと思っているんだ。手慣れたものをだらだらと作り続けたって意味はない。たとえ失敗したとしても、新しい取り組みに手を染めたい。たとえ酷評されるとして、なんか斬新なことをやってみたい。あっと言わせることで勝負したい。これが、僕が公演を打ち続ける原動力、エネルギーってものなんだ。ちくしょう!絶対、新しいことやってやるぜ!この気持ちが無くなったら、演出家として作者として、年貢の納め時ってことなんだよ、つまりは。

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