泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

必要な時間がぐいぐいと深くなってゆく~一人酒♪

2013-05-03 22:30:09 | 丹下一の泡盛日記
「自然な」と言おうか「不思議な」と言おうか。
先日夜中に通ったあの煉瓦塀。(明治時代のもの)


その近くにある母の実家では、祖父母は既になく叔母が一人暮らし。
自分はここで何度か暮らしている。最後に暮らしたのは小学校4年生のとき。
小さな頃から「旅」ばかりしてたんだね~~。
その叔母をここに訪ねるのは、27~8年ぶりか。

「毎朝、父母と祖父母、4つのファミリーに手を合わせるよ」などと話したら嬉しそう。
1歳になる前に亡くなった(母方の)祖父は植民地時代の朝鮮で祖母と暮らし仕事の傍ら絵を描いていた。
日本の植民地政策に反発し辞任して帰国。
その後、東京で生まれ育った母も東京大空襲や蒲田空襲を体験。
走って逃げる後ろから米軍の艦載機に機銃掃射され「振り返った時に見た操縦している米兵の顔は一生忘れない」と。
走って逃げる11歳の少女を戦闘機から打つ神経は理解できない。
人間が見えないところに爆弾を落とすのでもなく。
(実際には人が焼ける匂いがかなりの上空まで臭ってきて吐いた米兵もいたと言う)
目視、目で確認している、民間人。しかも子どもだ。
日本兵も含め最前線の兵士はみなそこまで追いつめられるのだろうか。
銃後で「バンザイ三唱」したり「大和ダマシイ」とか叫んでる人たちは、ついに行くことはなかったし、これからもないだろう。
太平洋戦争終結後に「共産主義者が攻めてくる!」と叫び続け、収容された精神病院の窓から飛び降りた米政府高官の方が「正直」なのかもしれない。

この家には小学生の頃に買ってもらった本がたくさん置いてある。
ここに集まる従弟妹や小さな子どもたちが読んでいた。


30年ぶりに叔母と深い話ができた。
80をとうに過ぎている彼女が疲れすぎないうちに辞する。
今年は本当に「旅」が少なくなりそうだ。
行きたいと思っていた旅も消えた。
そうやって必要な時間がぐいぐいと深くなってゆく。
帰宅して一人酒♪



コメント
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