新インフルの猛威はヤバいっと、いろんなところで言われているが、実際、どうなのだろう?
今、むこうの大学からポスドクの方が帰ってきていて、世界の新インフル情報を聴いたんだけど、こんなに過敏なのは、日本人だけらしい。っま、過敏になっといて、損はないのかもだけど、ちょっとやりすぎな気もする。
「OH~!なんで、日本人、この国際会議にあんまり参加しないのですかぁ?なんで、日本人、今日、こんなに少ないのですかー?(以下、会話部分はすべて英語だと思うべし)」
『そうですねぇ、これに出席しちゃうと、日本に戻ってから10日間、大学で講義できないんですよ。だからじゃないでしょうか?』
「マジですかー?どうしてですかー?」
『いや、どうして、って言われても、、わからないですけど、そういう取り決めがあって。』
「だから、どうして、そういう取り決め、あるのですかぁ?」
『えーっと、(あなた方の誰かが新インフルのウィルスを持っている可能性が日本にいるときより高い、なんて、はっきり言えないしな)、新型インフルエンザ対策としてですよ。』
「ニュータイプオブフル?」
『はい。』
「ダイジョブね。今日来てる人、みんな、健康。」
『いや、私も、そう思うんですが。。(でも、その発言で、なんとなく、不安になってきた)』
「Oh~No~、オーマイがぁ!!あれ、見て下さい。あの日本人、是非、見て下さい。」
『あ、彼は、DMRGで有名な、ユニバーシティオブオオアサのミスター押尾ですね。彼がどうかしたんですか?』
「彼、外科手術用マスク、してまーす。ハロウィンじゃないのに、どうしてでしょう?」
『え?外科手術用って…、ただのマスクじゃないですか?』
「まさか、どこかで、外科手術してきたのでしょうか?どうしたことか。それとも、俺は救命処置してましたよアピールですか?」
『えーっと、新インフルの予防のために、マスクをつけてきたんだと思いますが。』
「よぼぅ?そこまでするの?たかがニューフルで、そこまでするの?日本人は?」
『はぁ。』
「日本人、礼儀正しい、思ってたけど、なんか、ちょっと、失礼ね。」
『申し訳ありません』
「申し訳あれよ。ないのかよ。」
これは完全に、俺の想像だが、きっと世界のどこかでは、こういった日本人と欧米人の会話がなされているはずだ。そして、さして、これに限りなく近いのだと思う。
一般に、日本人以外、日常生活で、マスクをすることはないそうです。そーいや、マスクしてる外国人って、あんまり想像つかない…。だから、欧米人や韓国人が
「日本人は、予防のために、外科用マスクまでするのか。外科用マスクを、そのためだけに買うのか?」
と聞いてきたらしい。
そりゃ、カモられるよな、日本人。
ちなみに、最後の部分は、文化として、英語圏の人間は、申し訳ありませんっと言うことは絶対言わないことの皮肉です。嘘でも、必ずイイワケを言うのが彼らの礼儀なのです。
この日本人独特な感じが、俺は面白いと思う。して、同じ日本人に対してはここまでの徹底ぶりの新インフル対応なのに、海外から日本にやってくる客に対しては何もお咎めなしってところも、いかにも日本人らしいと思う。ご都合主義、それが日本人なのだ。
俺は、どちらかというと、こーいうご都合主義みたいなのって、普段ムカつく。けど、英会話の授業とかで、外国人としゃべってるときは、なぜだか、日本人を擁護してしまいがちだ。
「日本の電車事情で、どうしてもわからないことがあるんだけど?」『はぁ。』
「満員電車、ラーッシュ、朝の混雑時間あるでしょ。その時に、最後ぎりぎりで入ってる人を、駅員さん、押しますよね?僕は、引き抜くべきだと思うんだけど。」
『なぜ?』
「だって、満員電車の奥には、お年寄りがいるかもしれないし、子どもがいるかもしれない。危険じゃないですか。」
確かに。でも、なんか、俺の頭にひっかかるところがあって、反論した。
『あなたの言いたいことはわかるけど、日本人の慣習として、それは、絶対にありえない。』
「どうしてさー?」
『引きぬいて下ろしたお客さんと、その後、気まずくなるから。お年寄りや子どもは、いたとしても、駅員からは見えないし、今後会うことも無いから。』
「やっぱり、日本人、そんなに優しくないなー。」
『うーん、確かにそうだけど、こういう面って、必要な時もある、日本人としては。』
「どういうシーンで?」
『なんとも言えないけど、うーん。。(俺が、英語で説明できる範囲だと、難しいな)』
「そんなの、ないさ。日本人は、意外と冷たいんだよ。」
切り口が斬新だよね、外国人は。俺は普段、日本人に対して、こういうギロンを、よく吹っかけている気がするけど、相手が外国人だと、なぜか俺も一般の日本人側にまわってしまう。というか、そっちサイドじゃないといけない気がする。
別の人でも、
「わからない、日本人、よくわからない。」『他には、どういう例がありますか?』
「みんな、暑がっているのに、誰も窓を開けないとか。」
『あー、それは、よくありますよ。。(笑)』
「なんで?みんな暑いと思ってるんなら、自分が開ければいいじゃないですか?」
『わかった、わかった、ひとつ、これを教えてあげましょう。i think that Japanese people don't like "changing"!(日本人は変わることが嫌いだ。)』
これで、納得してくれるだろう。だが、すぐに、
「Why?(なぜ?)」
と返された。Why?だと?そんなこと考えたこともなかった。
『これは、自明(axiom)であって、理由はありません。しいて言うなら、変化はめんどくさいし、皆、変化を恐れているからです。。』
それでもわからない顔をする彼女に、もう何を言っても、俺の英語力では、、いや、たとえ、日本語を話せたとしても、無理だったかもしれない。
まったく同じ冗談を、まったく同じ感じで言っても、クラスによってウケが違う。そんな瞬間、クラスにもカラーがあるんだなって思った。
それと同じように、超マクロレベルで、1億3000万人が作るカラーがあるんだと思う。
明後日は、うちの学科で、国際交流みたいなんがあるらしい。俺も先輩の後ろで見学する予定だが、そこでもまた、こんな文化の差を、感じる瞬間があるのだろうか。
非常に貴重な時間なんだな。
今、むこうの大学からポスドクの方が帰ってきていて、世界の新インフル情報を聴いたんだけど、こんなに過敏なのは、日本人だけらしい。っま、過敏になっといて、損はないのかもだけど、ちょっとやりすぎな気もする。
「OH~!なんで、日本人、この国際会議にあんまり参加しないのですかぁ?なんで、日本人、今日、こんなに少ないのですかー?(以下、会話部分はすべて英語だと思うべし)」
『そうですねぇ、これに出席しちゃうと、日本に戻ってから10日間、大学で講義できないんですよ。だからじゃないでしょうか?』
「マジですかー?どうしてですかー?」
『いや、どうして、って言われても、、わからないですけど、そういう取り決めがあって。』
「だから、どうして、そういう取り決め、あるのですかぁ?」
『えーっと、(あなた方の誰かが新インフルのウィルスを持っている可能性が日本にいるときより高い、なんて、はっきり言えないしな)、新型インフルエンザ対策としてですよ。』
「ニュータイプオブフル?」
『はい。』
「ダイジョブね。今日来てる人、みんな、健康。」
『いや、私も、そう思うんですが。。(でも、その発言で、なんとなく、不安になってきた)』
「Oh~No~、オーマイがぁ!!あれ、見て下さい。あの日本人、是非、見て下さい。」
『あ、彼は、DMRGで有名な、ユニバーシティオブオオアサのミスター押尾ですね。彼がどうかしたんですか?』
「彼、外科手術用マスク、してまーす。ハロウィンじゃないのに、どうしてでしょう?」
『え?外科手術用って…、ただのマスクじゃないですか?』
「まさか、どこかで、外科手術してきたのでしょうか?どうしたことか。それとも、俺は救命処置してましたよアピールですか?」
『えーっと、新インフルの予防のために、マスクをつけてきたんだと思いますが。』
「よぼぅ?そこまでするの?たかがニューフルで、そこまでするの?日本人は?」
『はぁ。』
「日本人、礼儀正しい、思ってたけど、なんか、ちょっと、失礼ね。」
『申し訳ありません』
「申し訳あれよ。ないのかよ。」
これは完全に、俺の想像だが、きっと世界のどこかでは、こういった日本人と欧米人の会話がなされているはずだ。そして、さして、これに限りなく近いのだと思う。
一般に、日本人以外、日常生活で、マスクをすることはないそうです。そーいや、マスクしてる外国人って、あんまり想像つかない…。だから、欧米人や韓国人が
「日本人は、予防のために、外科用マスクまでするのか。外科用マスクを、そのためだけに買うのか?」
と聞いてきたらしい。
そりゃ、カモられるよな、日本人。
ちなみに、最後の部分は、文化として、英語圏の人間は、申し訳ありませんっと言うことは絶対言わないことの皮肉です。嘘でも、必ずイイワケを言うのが彼らの礼儀なのです。
この日本人独特な感じが、俺は面白いと思う。して、同じ日本人に対してはここまでの徹底ぶりの新インフル対応なのに、海外から日本にやってくる客に対しては何もお咎めなしってところも、いかにも日本人らしいと思う。ご都合主義、それが日本人なのだ。
俺は、どちらかというと、こーいうご都合主義みたいなのって、普段ムカつく。けど、英会話の授業とかで、外国人としゃべってるときは、なぜだか、日本人を擁護してしまいがちだ。
「日本の電車事情で、どうしてもわからないことがあるんだけど?」『はぁ。』
「満員電車、ラーッシュ、朝の混雑時間あるでしょ。その時に、最後ぎりぎりで入ってる人を、駅員さん、押しますよね?僕は、引き抜くべきだと思うんだけど。」
『なぜ?』
「だって、満員電車の奥には、お年寄りがいるかもしれないし、子どもがいるかもしれない。危険じゃないですか。」
確かに。でも、なんか、俺の頭にひっかかるところがあって、反論した。
『あなたの言いたいことはわかるけど、日本人の慣習として、それは、絶対にありえない。』
「どうしてさー?」
『引きぬいて下ろしたお客さんと、その後、気まずくなるから。お年寄りや子どもは、いたとしても、駅員からは見えないし、今後会うことも無いから。』
「やっぱり、日本人、そんなに優しくないなー。」
『うーん、確かにそうだけど、こういう面って、必要な時もある、日本人としては。』
「どういうシーンで?」
『なんとも言えないけど、うーん。。(俺が、英語で説明できる範囲だと、難しいな)』
「そんなの、ないさ。日本人は、意外と冷たいんだよ。」
切り口が斬新だよね、外国人は。俺は普段、日本人に対して、こういうギロンを、よく吹っかけている気がするけど、相手が外国人だと、なぜか俺も一般の日本人側にまわってしまう。というか、そっちサイドじゃないといけない気がする。
別の人でも、
「わからない、日本人、よくわからない。」『他には、どういう例がありますか?』
「みんな、暑がっているのに、誰も窓を開けないとか。」
『あー、それは、よくありますよ。。(笑)』
「なんで?みんな暑いと思ってるんなら、自分が開ければいいじゃないですか?」
『わかった、わかった、ひとつ、これを教えてあげましょう。i think that Japanese people don't like "changing"!(日本人は変わることが嫌いだ。)』
これで、納得してくれるだろう。だが、すぐに、
「Why?(なぜ?)」
と返された。Why?だと?そんなこと考えたこともなかった。
『これは、自明(axiom)であって、理由はありません。しいて言うなら、変化はめんどくさいし、皆、変化を恐れているからです。。』
それでもわからない顔をする彼女に、もう何を言っても、俺の英語力では、、いや、たとえ、日本語を話せたとしても、無理だったかもしれない。
まったく同じ冗談を、まったく同じ感じで言っても、クラスによってウケが違う。そんな瞬間、クラスにもカラーがあるんだなって思った。
それと同じように、超マクロレベルで、1億3000万人が作るカラーがあるんだと思う。
明後日は、うちの学科で、国際交流みたいなんがあるらしい。俺も先輩の後ろで見学する予定だが、そこでもまた、こんな文化の差を、感じる瞬間があるのだろうか。
非常に貴重な時間なんだな。