スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ゴールドカップレース&推測の理由

2022-11-01 19:15:31 | 競輪
 京王閣記念の決勝。並びは吉田‐坂井‐高橋の関東,森田‐平原‐宿口‐中田の埼玉で,佐々木と北井は単騎。
 平原がスタートを取って森田の前受け。5番手に吉田,8番手に佐々木,最後尾に北井で周回。残り3周のバックを過ぎると佐々木がインから上昇。中田の後ろに入ったので,5番手に佐々木,6番手に吉田,最後尾に北井という隊列に。ホームで誘導を外した森田は後ろを牽制しつつ打鐘前のバックから発進。だれも追い上げてこなかったのですが突っ張り先行のような形になりました。この後のコーナーでまた佐々木がインから上昇。ホームで宿口の内に取り付きましたが,ここは宿口が守りました。バックに入って吉田が発進。しかしこれはさほどの勢いがありませんでした。吉田がいけないとみた坂井が自力で発進。こちらはよいスピードでしたが,森田の番手の平原が合わせて出て執拗に牽制。このために内が開き,そこを突いた宿口が抜け出して優勝。平原の牽制でスピードを失ったものの,平原を差すことはできた坂井が半車身差で2着。平原が4分の3車輪差で3着。
 優勝した埼玉の宿口陽一選手は昨年10月のドームスーパーナイトレース以来となるGⅢ2勝目。記念競輪は初優勝。このレースは埼玉勢が4人で結束しましたので,森田の先行が有力。ただ早い段階からの先行になったので,番手を回った平原にはあまり余裕がなかったようです。坂井を牽制しての動きではありますが,宿口のために内の進路を開けたとも受け取れますので,自身が優勝できなくても埼玉勢から優勝者が出ればよいという考えが平原にはあったのではないかと思います。そういう意味では森田の頑張りと平原のアシストを受けての宿口の優勝だったということになりそうです。

 僕も妹もファイザー製のワクチンを接種したのですから,ワクチンの構成成分は同一です。また,接種した会場は異なりましたが,横浜市の集団接種という点では同じなのですから,接種のために用いた注射器に大きな違いがあったとは思えません。それなのに僕は腕の痛みを感じましたが,妹は感じなかったのです。そして接種後の処置の相違として僕と妹とで何かが異なっていたのだとすれば,それは注射した部位に貼られた絆創膏を,腕の痛みが出る前の当日の夜に剥がしたか,剥がさずに貼ったままにしておいたかという点が,僕にとって思い当たるところでした。なので僕は3度目の接種のときには当日のうちにはそれを剥がさないまま入浴して眠ったのであり,かつこのことが腕の痛みを軽減させる可能性があるのではないかと推測していたのです。そして実際にその腕の痛みは,まったくなかったということはないのですが,1度目と2度目に比べればかなりましでした。というかその比較の上では出なかったといえるくらいでした。
 ただし,これは本当に絆創膏を貼ったままにしておいたからそうなったと断定できるわけではありませんので注意してください。スピノザの哲学を利用して少しだけ説明を加えます。
                                   
 第二部自然学②公理一から理解できるように,現実的に存在するAという物体corpusとBという物体が関係することによってAという物体に何らかの運動motusが生じるとき,この様式はAという物体の本性naturaからと同時にBという物体の本性から生じます。この場合でいえば,僕の腕の痛みというのは,僕の腕の本性と同時に注射したワクチンおよび注射器の本性から生じるのです。一方,この接種によって妹の腕に何らかの運動が生じる場合にも,それは妹の腕の本性とワクチンおよび注射器の本性から生じるのです。なので,同じ注射器で同じワクチンをほぼ同じ腕の部位に接種したとしても,僕は腕に痛みを感じ,妹は痛みを感じないということは,絆創膏の処置をどうするかということとは無関係に生じ得ることです。僕の腕の現実的本性actualis essentia,もっといえば僕の身体corpusの現実的本性と,妹の腕あるいは身体の現実的本性は,異なった現実的本性であるからです。
コメント
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