スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

規範の適用&君主

2022-07-08 19:29:16 | 哲学
 『人間における自由Man for Himself』でフロムErich Seligmann Frommがそうしているように,第四部定理二四に依拠することによって,スピノザが示しているvirtusの概念notioが,一般的な規範を人間に対して適用したものであるというのには無理があります。しかしそこでフロムがいっている一般的な規範の原理というのは,確かに一般的な原理を人間に対して適用したものであるということができます。なので僕はこの部分では,フロムがスピノザの哲学に関して,ひどく誤ったことをいっているとは考えません。
                                 
 このことは,第四部定義八でスピノザが徳を定義するとき,それは人間に特有の徳の定義Definitioであるということと関係していました。また僕自身は,徳という概念そのものが人間に特有の概念なのであって,スピノザは人間以外のものについては徳という概念をもっていなかったというように解しています。しかしフロムはこの点では僕の見解opinioと相違があります。つまりこの定義が,あらゆる事物に適用されると考えているのです。そしてその場合は,第四部定理二四を援用することによって,スピノザがいう徳が,一般的な規範を人間に適用したものであるということが帰結するでしょう。このときにフロムは,馬にとっては,自分が人間に変えられたということは,自分が昆虫に変えられたということと同じように破壊的なことであるという主旨のスピノザのことばを援用しています。
 しかし僕の考えでいえば,このことを徳と関連させるのには無理があります。というのは,第四部定義八を仮にすべての事物に適用するとしても,それはある事物が能動的である限りにおいてそれがその事物の徳であるということにならなければならない筈であって,ある事物の本性essentiaが,あるいは同じことですがある事物の形相formaが,ほかの事物の本性なり形相なりに変化するということとは無関係であるからです。上述のことは,もし馬が能動的に人間に変じたり昆虫に変じたりすることはないということだけが成立しなければいえない筈ですが,能動的であろうと受動的であろうと,そのような変化は生じ得ないからです。つまりスピノザはそこで馬の徳について何かをいおうとしているのではないと解さなければなりません。

 説明を分かりやすくするために,ここでは『国家論Tractatus Politicus』に示されている3種類の政治体制のうち,君主制を例に挙げることにします。
 君主制における君主というのは,世襲であるとここでは理解してください。日本でいえば天皇制を考えれば分かりやすいでしょうし,現時点で現実的に存在する国家Imperiumでいえば,北朝鮮を考えるのが分かりやすいと思います。ただしこれは君主が何を意味するかの説明であって,君主制が何を意味するのかということではありません。この例でいえば,日本における天皇は,法律の上では国家元首であって,それを君主とみなすことは可能です。ところが天皇は,現実的に政治的権力を行使するという力を与えられているわけではありません。それどころか天皇,これは天皇に限らず天皇家,あるいは皇室といってもよいですが,皇室の人びとは政治に参加する権利jusを剥奪されているといわなければなりません。僕は現在の日本は,スピノザの分類で民主制に該当していると考えますが,政治に参加する権利を,生まれながらにしての属性によって制限されている皇室からみれば,共和制という結論があったとしてもおかしくはないだろうと思います。これに対して北朝鮮は,国家の正式名称は朝鮮民主主義人民共和国と名乗っていますが,これは文字通りに名乗っているだけで,民主制でないのはもちろん共和制でもなく,君主制であるとみなさなければならないでしょう。
 君主制を単に説明したときに前もっていっておいたように,あるひとりの君主が政治的権力のすべてを独占して行使するということは現実的ではありません。ですので現実的な政治体制について考える場合には,この例は無視してよいのですが,ここでは説明のためにまずこの例から考察します。この場合,その国家あるいは国民が敬虔pietasであることができるか否かは,その君主の受動passioが敬虔であり得るか否かということだけで決定されます。ただし,その君主の受動がすべて敬虔であるということは考えられませんので,この国家が敬虔であることはできません。なのでこういう国家はスピノザの倫理からは絶対的に排除されることになります。ただし,程度の差は発生し得ます。
コメント
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