スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

不死鳥杯&方法の土台

2022-07-11 19:20:24 | 競輪
 昨日の福井記念の決勝。並びは坂本‐菅田‐佐々木の北日本,松井‐鈴木の南関東,古性‐南の大阪で,森田と松岡は単騎。
 かなり長めの牽制があり,意を決して古性がスタートを取って前受け。3番手に松井,5番手に松岡,6番手に森田,7番手に坂本で周回。残り2周のホームの手前から坂本が上昇開始。森田がこのラインに続きました。ホームの出口で北日本ラインが古性を叩いて前に。バックで森田が連結を外して下げ,4番手に古性,6番手に森田,7番手に松井,最後尾に松岡という一列棒状になって打鐘。ホームから最初に動いたのは単騎の森田。その動きに乗るように松井も発進すると,そのふたりが来る前にバックから古性も発進。さらに坂本との車間を開けていた菅田も番手捲りを敢行。もっとも前に接近できたのは古性でしたが,佐々木の牽制もあり,菅田の横までは追いつけず。展開有利に運んだ菅田が優勝。古性が半車輪差で2着。菅田マークの佐々木,古性の後ろから伸びた南,直線の手前で南と松井の間を突いた松岡の3人で接戦の3着争い。一番外の松岡が4分の3車身差で3着。南が8分の1車輪差の4着で佐々木が4分の1車輪差で5着。
 優勝した菅田壱道選手は2月の西武園のFⅠ以来の優勝。GⅢは一昨年3月の久留米での国際自転車トラック競技支援競輪以来となる4勝目。記念競輪は2018年1月の大宮記念以来となる3勝目。この開催は3日目の開催中に大雨があり,準決勝を争うことができなかったため,抽せんで決勝進出者が決まりました。このために優勝候補だった脇本と松浦が抽せんに漏れて決勝進出を逃しました。脚力では上位の古性と松井はいましたが,菅田の場合は坂本も抽せんで決勝に進出してきたため絶好の番手戦に。幸運があっての優勝という気がします。

 スピノザは懐疑主義的な国家Imperiumは倫理的な側面から政治体制とは無関係に否定します。一方で,独断論的国家については,非現実性という観点から否定するのでした。ではどのような政治体制がスピノザの政治倫理に適合するのかといえば,それは前もっていっておいたように,実は政治体制に還元することができるわけではなくて,方法論を導入することによって解決策が示されるのです。つまりある国家が存在し,その国家がどういう政治体制であるのかということとは無関係に,実質的に政治権力をふるう人間の数が多くなるような方法が制度化されているような国家が,スピノザの政治倫理に最も適合する国家である,あるいは同じことですが国家および国民が最も敬虔pietasであるという国家になるのです。そしてこのとき,政治権力を行使する人間の数というのは,ある決まったときのことをいうのではありません。その国家が継続していくということを前提に,継続していけばいくほど自動的に政治権力を行使する人間の数が増えていくという制度が必要なのです。要するに人間の数というのは,ある決まったときの人間の数ではなく,長期的視点に立った上での人間の数を意味するのです。ですから,原則的にいえば,君主制よりは貴族制,貴族制よりは民主制が,スピノザの政治倫理に適合する政治体制を有する国家であることになるのですが,現実的に存在する国家を比較した場合には,ある民主制の国家よりも,別の君主制の国家の方が倫理的に優るという可能性があるのです。
                                        
 よって,長期的視点でみたときに,権力をふるう人間の数がなるべく多くなるルールを採用することが,倫理的には最も重要であることになります。そしてそのルールの土台となるのは,僕が君主Aが統治する国家と君主Bが統治する国家を比較したときの観点になります。つまりこの倫理を満たすための重要な要件はふたつあるのであって,ひとつは政治権力を行使するという意味での権力者には,任期が必要であるということです。そしてもうひとつは,この意味における権力者の職責を任期によって果たした者は,再び権力を行使する地位には就くことができないようにするということです。
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