スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

第三部定理三二証明&具体的な意義

2020-06-23 19:19:14 | 哲学
 羨望という感情affectusを強めるのは,羨望する相手への同類意識の高さと,羨望した相手が得た喜びlaetitiaについての入手の困難性の高さです。ところがスピノザの哲学では困難と容易は事物に属するものではなく,事物を認識するcognoscere人間の側に由来するものであるがゆえに,それについては詳しく説明されていません。そこで『エチカ』の定理Propositioを用いることによって,なぜ入手が困難であると表象されればされるほど,それに対する羨望が強まるのかということを,やや遠回しの方法によって説明するほかありません。ここでは第三部定理三二を援用します。まずはこの定理を詳しく証明しておきましょう。そのことが,僕が示そうとする事柄にとって有益になるからです。
                                   
 もしある人Aが,ある事柄Xを享受するのをBが表象するimaginariなら,BもそのXを享受しようとします。いい換えれば,Xを享受することへの欲望cupiditasをBは抱きます。このことは第三部定理二七から明らかです。なお,この定理の意味からして,BのAに対する同類意識が強ければ強いほど,BのXに対する欲望も強くなるのですが,このことは証明Demonstratioそのものとは関係しません。
 ところで,もしそのXを享受することができるのがただひとりであるということを同時にXが表象するのであれば,BはX以外の人,これはAに限らずB以外の人であればだれであれ,その人がXを享受することを妨げようとします。なぜなら第三部定理二八により,人は自身に喜びを齎すことを実現させようとするコナトゥスconatusを有しているので,BはXを享受することの実現に向かうコナトゥスを有していることになりますが,もしもXがだれかひとりしか得ることができない喜びであると表象されるなら,他人がXを享受するということ自体がBのコナトゥスに反することになるので,Bはだれであれ,他人がXを享受することについてはそれを妨げようとするのです。つまりこれを一般的にいえば,だれかひとりしか享受することができない喜びがあるとすれば,僕たちは他人がそれを享受することを可能な限り邪魔しようとするのです。

 『エチカ』における実体substantiaの定義Definitioの意義は,それが名目的定義ではなく実在的定義であると仮定した場合に,より明瞭に理解することができるでしょう。
 第一部定義三が,解するintelligereという形の定義ではなく,何らかの実在的な対象,いい換えれば知性intellectusの外に実在する何かについての定義であったとしましょう。書簡九のいい方で表せば,それ自身が吟味されるためにのみ立てられた定義ではなく,その本性essentiaが求められているものを説明するために役立つ定義であったとしましょう。すると,たとえば第一部定理五から第一部定理一一を経て第一部定理一四へと至る間に,実体の本性なり形相formaなりが,大きく変容を遂げてしまうことになります。もちろんいずれの場合であっても,実体はそれ自身のうちにありかつそれ自身によって考えられるものなのですから,公理系の内容自体は維持することができるかもしれません。しかし,定理Propositioの中では,ふたつあるいは複数の実体が存在するのでなければならない筈であったのに,実際にはひとつの実体しか存在しないということになってしまうのですから,実体というのが実在的なものとして定義されているとみる限り,その本性も形相も大きく様変わりしていることは間違いありません。こうした変容を避けるためには,実体は実在的な対象の本性を説明するような定義として立てられてはならず,実体自身が吟味されるために立てられるような定義でなければならなかったのです。もしそのような定義を立てておけば,第一部定理五の実体の本性や形相と,第一部定理一四の実体の本性と形相の間に大きな変容があったとしても,まったく問題はありません。なぜなら,この定義は実体を吟味するために立てられた定義なのですから,まさに実体を吟味していく過程において,実体の本性や形相に変容が生じたということになるからです。
 つまり,『エチカ』では,実体というのは吟味していく中で,その本性や形相を大きく変容させていくものなのです。そのためには実体についての名目的定義,実体という名前の定義が必要であったのです。これが『エチカ』における実体の定義あるいは名目的定義一般の,具体的な意義だったのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする