スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

同類意識&状況への対応

2020-04-23 19:02:16 | 哲学
 第三部定理二七の意味のうちには,もしも僕たちがある人間を同類としてみなすとき,それ以外の条件が同一であるなら,同類としての意識が高くなるほど,感情の模倣affectum imitatioが生じやすくなるということが含まれています。僕がいう羨望は,感情の模倣の一種なので,これと同じことが妥当することになります。つまり僕たちは,ほかの条件が均一であるなら,同類意識を高く持っている人に対して,より羨望を感じやすくなりますし,より大きな羨望を感じるものなのです。
                                   
 たとえばここにひとりの将棋の棋士Aが存在すると仮定しましょう。この棋士はまだタイトルを獲得したことがありません。そこでだれかほかの棋士Bが初めてタイトルを獲得するという出来事が生じたとき,AはBに対して羨望を感じることになります。これはAもBも同じ人間であるという意味で同類であるだけでなく,AもBも同じ棋士であるという意味でも同類なので,単純にそれだけ大きな羨望を感じることになります。こういった事象が生じ得るということについては,とくに説明をする必要はないでしょう。
 このとき,Bが,Aとは普段はほとんど交流がない棋士であった場合と,Aと普段から親しくしている棋士,たとえば同じ研究会の仲間であったというような場合を比較すれば,Aの羨望は後者の場合の方が前者の場合よりも強くなるのです。これは前者の場合より後者の場合の方が,AのBに対する同類意識は強くなっているからです。ただし感情の模倣というのは,羨望のような欲望cupiditasの場合に特化して生じる現象なのではなくて,あらゆる感情について生じる現象ですから,羨望だけが大きくなるのではなく,喜びlaetitiaもまた大きくなります。つまりAのBに対する同類意識が大きければ大きいほど,Bがタイトルを獲得した喜びを,Aも大きく感じるのです。この喜びの場合は,おそらくだれしも経験的に知っているのではないでしょうか。そして羨望の場合にも同じことが起きているのです。このことも経験的に知っている方は,さほど少なくないだろうと思います。
 したがって羨望の特徴として,僕たちは同類意識が高い相手に対して羨望を感じやすく,また大きな羨望を感じるということが帰結します。

 どんな人間であれ,自分の意向に沿った政治体制の下で産まれてくるということはできません。また育つこともできません。実際に人間が政治的になるというのは,ある程度の年齢に達した後であるというべきでしょうが,そうなったときに自身の意向に沿う政治体制の下で生活を送るということは,まったくできないことであるとはいえないでしょうが,ほとんどの人にとって不可能なことです。いい換えれば大部分の人間は,与えられた政治体制や政治状況の下で生活し,それが思想や哲学によって基礎づけられるかどうかは別としても,その与えられた状況に則して政治に対して対応していくものです。したがって,対応そのものは能動actioではあり得るのですが,与えられた状況というのは個々の人間にとっては受動passioでしかないわけですから,人間が政治的であるという場合には,ほとんどの場合はそこにこのような意味での受動が入っていることになります。その受動に対して,よりよき能動を選択するというのが,多くの場合の政治的実践であるといえるでしょう。
 スピノザの場合でいえば,その時代のオランダは,王党派議会派の二大勢力が政治の実権を巡って権力闘争をしていました。スピノザはふたつの勢力のうち,議会派の方を支持しました。このことはスピノザ自身の中のスピノザ主義がそうさせたといっていいでしょう。ですが議会派の政策というものが,スピノザ主義に完全に即していたものであったと解するべきではありません。実際にはそうでなかったとみておく方が妥当でしょう。当時の議会派を代表する政治家というのはヨハン・デ・ウィットJan de Wittですがスピノザとデ・ウィットの間では最良の政治的手法とはどういうものであるのかという点に関して,明らかに相違があったからです。それでもスピノザが議会派を支持したのは,王党派と比べた場合には議会派の方がよりスピノザ主義に近かったからなのであり,王党派は反スピノザ主義で議会派が親スピノザ主義であったからというわけではないのです。政治的実践が,その状況に対しては能動的であり得たとしても,与えられた状況そのものは受動であるということは,具体的にはこのようなことです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする