スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

王座戦&弱い意味

2006-08-07 22:40:24 | 将棋
 王座戦の挑戦者決定戦は後手になった深浦八段のごきげん中飛車。深浦八段は居飛車の本格派という感じでしたが,近年は振飛車もやります。佐藤棋聖は得意の角交換から▲9六歩。後手が向飛車にして持久戦になるのかと思いきや,後手が銀冠に組むために△8三銀と上がって6一の金が浮いたところで先手から仕掛けて銀交換。どうもこれで早くも先手が一本取ったようです。その後,先手が銀のただ捨てからと金を作る展開には驚きましたが,先手優勢は動かなかったようで,深浦八段の端からの反撃をきっちり凌いで佐藤棋聖が勝ちました。これでまた羽生対佐藤のタイトル戦が実現することになりました。第一局は9月7日。この顔合わせは2年連続3度目ですが,王座戦では佐藤棋聖は羽生王座にまだ1勝もしたことがありません。
 明日はふるさとダービー富山の決勝です。並びは関東は別れて武田,大薗の茨城に九州単騎の大塚。平原には静岡の渡辺晴智。渡部哲男,梶応,小川巧の四国中国。中部単騎の加藤が自在戦。難しいです。一応は先行か捲りで武田選手◎が決めるとみますが,相手には番手を奪いにきそうな加藤選手○を抜擢。うまく捲りに回った場合の平原選手▲と渡部哲男選手△で。

 ふたつの意味のうち,弱い意味の方には僕は問題がないと思いますし,ニーチェもこれは否定し難いのではないかと思います。というのは,スピノザは定理一七の備考で,神の本性には知性も意志も属さないことを説明する過程で,結果というのは本性においても存在においても原因とは異なるという意味のことをいっていますが,これを覆すのは難しいです。つまり,A(原因)からB(結果)が生じるとき,B(結果)はA(原因)とはその本性も存在も異なるからB(結果)といわれるわけです。すなわち,原因が与えられなければ結果が存在することは不可能であるというのは,そもそもそれが原因あるいは結果といわれることの意味の中に含まれているのです。ですから僕はこの弱い意味の因果論については何も問題とはしません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする