浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

完全ネタバレ 映画『ノルウェイの森』レビュー

2010-12-24 20:49:36 | 村上春樹
ども。映画「ノルウェイの森」観てきました。以下はネタバレなんでそういうのが嫌な人は映画観てからどうぞ。














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言うまでもないけど僕は一番好きな日本人作家は村上春樹で、そうなると言うまでもなく『ノルウェイの森』は読んでいる。じゃあ『ノルウェイの森』が村上春樹作品の中で一番好きか、と言われると少しだけ悩む。やっぱりあの作品は難解、いや違うな、書かれていることは分かりやすいし読みやすいから難解ではない。「深い」というのが正しいな。深い分、何度も新しい発見があって、単純に「好き」とは言えない。ただ、確実に僕が一番何度も読み返した作品、とは言える。

その作品が映画になったわけで少し悩んだけど映画館に観に行きました。

まず言うけど僕は十分楽しめた。

小説の映画化ってその原作のファンであればあるほど「違う!」と思いがちだけどそういうところが極力少ない、良い映画だった。ま、原作のことが好きなんでもう映画になっただけでいいや、と思うところもないわけじゃないのかも知れないけど。そりゃ最後にビートルズの「Norwegian Wood」が流れたらそりゃもうどうでもいいや。

映画「ノルウェイの森」のどこが良かったのか、ということをとりとめもなく挙げていく。

まず細かいところをしっかりと作っていて良かった。この作品の舞台は1967年。なんとまぁ今から43年前ということになる。ちょっとした歴史モノだね。

当時を思わせる、ところどころのディテールが邪魔をしないようによく作られていた。たとえば、主人公ワタナベがミドリの家で食事をするシーン。ここで使われている鍋とかコップとかが「ああ、こういうのあった」と思えるちょっとレトロな、当時っぽいデザイン。

もちろん僕は1975年生まれだから当時のことはまったく知らないけど、「ああ、子供の頃おばあちゃんの家なんかに行くと、こういう鍋あったなぁ。そうそう、こういうコップで麦茶飲んだなぁ」と思った。こういうディテールが(特に日本の)映画だと雑だったりして、それが観ているほうとして「ノイズ」になることがある。「え?この時代にこんなのあった?」という感じで。でもこの作品はそういう細かい所をしっかり作っていて好感が持てた。例えばタクシーに乗っているシーンで窓に書かれている料金は「2キロ100円」と書かれていたり。

何より「あ!これあった!」と思ったのがミドリの家の電話(もちろん黒電話)の話し口にカバーというか、あれなんて言うのか分からないけど、ホコリ除けみたいのが付いていたこと。昔の電話はこういうの付いていたよね。

僕の母がメールを送って来て「ノルウェイの森、観てきました、私たちの時代ですね」って言ってたんだよ。リアルにその時代を生きていた人が「そうそう、あったあった」と思ったんだろう。そういうディテールがしっかりしていてノイズの無い映画になっていた。

そして何より素晴らしいのが、原作からのエッセンスの抽出の仕方。

これは話が長くなる。

『ノルウェイの森』という小説は色々なエッセンスがあって一筋縄では行かない。もちろん恋愛小説でもあるし、一方、青春小説でもある。ユーモラスなシーンだってあるし、ある人にとっては昔を懐かしむ懐古小説でもある。

(この小説が発行されたのは1987年で、舞台は1967年だから実に20年前を舞台にしている。この年代のタイムラグが、当時を知っている人に取っては懐かしく、知らない人に取っては新鮮だったんだろうと思う。そこで語られるテーマが「愛と死」という時代を超えるものだったが故に多くの世代に受け入れられたんだろうと僕は思う。そしてだからこそ、舞台から40年経って、更に発行から20年経っても受け入れられ、更に2010年に映画化される所以なんだろう。)

話を戻すけど、村上春樹は近年常々、「総合小説」を書きたい、と言っている。総合小説とはつまり、人の良い部分も醜い部分もとにかくすべて総合的に描いた小説のこと。

その総合小説性の片鱗を表し出すのがこの「ノルウェイの森」とこの次の「ダンス・ダンス・ダンス」だと思う。そして、物語を総合的に表わそうとすれば、盛り込まなくてはいけないのが「恐怖」である。

そう、この「ノルウェイの森」はある種の「恐怖小説」でもある。村上春樹作品の多くが「恐怖」について語っている、というのは村上春樹の作品を良く読んでいる人なら理解してくれると思う。たとえば「ノルウェイの森」のひとつ前の「羊をめぐる冒険」には明らかに「幽霊」が出てくる。僕の中では村上春樹の長編小説の中でベスト3には確実に入る「国境の南、太陽の西」は明らかに怖さを感じさせる。

これだけ多くの要素を盛り込んだ長編小説を映画化すると、残念ながらエッセンスを絞らざるを得ない。(まっとうに全部映像化していたら映画の尺では間に合わない。それこそ大河ドラマにしないとね) そこでこの映画の制作者が残した一つ目のエッセンスが「恐怖」だったんだろうと思う。捨てたエッセンスはたぶん「キャラクターの深み」だろうと思うけど、それは後述します。あ、あと「癒し」と「再生」のエッセンスも捨てられてたね。

この映画、恐怖映画として観ると非常に良くできています。

たとえばメインキャラクターである直子を菊地凜子が演じているけど、正直、映画の冒頭では「これが直子??」と僕は思っていた。でも物語が進むにつれ「直子」の持つ危うさ、もろさ、そしてこういう言い方がいいのか悪いのか分からないけど「狂気」がしっかり見えた。本人には悪いけど、菊地凜子の顔(言っちゃ悪いけどハ虫類顔)が、徐々に壊れていく直子をよく表現していた。

では「ノルウェイの森」で描かれる「恐怖」とは何か。僕は誤解を恐れず言うけど村上春樹作品でたびたび描かれる「邪悪性」だと思う。村上春樹作品にはたびたびこの「邪悪」が描かれる。たとえば初期作品の「羊男」、「ねじまき鳥クロニクル」のワタヤノボル、「1Q84」のリトルピープル、「海辺のカフカ」のジョニー・ウォーカー、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のやみくろ。。。すべて「邪悪性」の化身でしょう。

じゃあ「ノルウェイの森」で出てくる邪悪性の存在は何か?それは「女性」です。(もちろん「ノルウェイの森」では女性の邪悪性と共に聖性も描かれている)

この作品の中では、主人公であるワタナベというある意味「からっぽ」の存在が女性の邪悪性に振り回され、そして女性の聖性に癒される、という両面を描いているからこそ素晴らしい作品であると言える。

以前、たぶん、僕がドッピオさんと仙台に行った時、村上春樹作品を良く読んでいる遊太さんと居酒屋で延々語ったけど、村上春樹作品に出てくる女性は多かれ少なかれ「邪悪性」を持っている。反対されても非難されてもいい、僕はそう思うんです。

「ねじまき鳥クロニクル」の主人公の妻ユミコは邪悪さがあるでしょ?「国境の南、太陽の西」の島本さんは明らかに邪悪だし、有紀子は無垢が故に邪悪、大原イズミだって主人公が悪いとは言え最後に邪悪の権化と化した。

「ノルウェイの森」に出てくる女性は4人いる。直子、ミドリ、レイコさん、ハツミさん。どれも別々の邪悪さを持っている。(もちろんどれも別々の聖性を持っている) それぞれの邪悪性を緻密に描くことによって、原作のもつ恐怖をしっかり描いたのが映画『ノルウェイの森』なんだと僕は思う。(もちろん男の邪悪性も描いているよ、それは後で書く)

2時間ちょっとの時間で原作を映画化する、という時に一番残したエッセンスは「恐怖」だった。(時間に間に合わせるために原作にあった「女性の聖性」は描かれていない)

直子が徐々に狂っていく恐怖。ワタナベ(≑普通の男)がいくら言葉を尽くしても伝わらない、まったく別の世界に直子が行ってしまう様子がよく分かった。

そしてミドリ。この映画で素晴らしく描かれていたのはミドリの邪悪さだね。もちろん、彼女の邪悪さは見方を変えると愛おしさでもあるわけだけど。
こういう面倒くさい女性に惹かれてしまう気持ちだって僕は良く分かる。息をするように嘘をつく。(お父さんはウルグアイにいるの、とか。これってまったくもっての嘘だから) 些細なことでヘソを曲げ、口を聞いてくれなくなる。いきなりトンデモないことを言う。。。この表現は見事だった。もちろん原作ではもっと背景の描写(生乾きのブラジャーをつけてた、とか)があるわけで、それが彼女の聖性に繋がるわけだけどそれまでやってたら映画じゃなくて大河ドラマになっちゃうから。とにかくこの役は助演女優賞に値すると思う。下世話な話だけどこの人が貧乳なのがまたリアリティがあるんだよなぁ。

そして何よりの恐怖はハツミさんですよ。ワタナベ、永沢さん、ハツミさんの食事のシーンは最高の恐怖だったね。徐々にハツミさんが怒っていく。これは原作でもいいシーンだったけど、この映画では女優さんの演技によって更に怖いものになってた。演出なのか、それともこの女優さんの特徴なのか分からないけど、このシーンでハツミさんがアップになるんだけど、微妙に眼の焦点があってない。右目が下側が白目になってて(つまり三白眼)、左目は黒目が中心になってる。このシーンは非常に怖かったね。この人には最優秀助演女優賞をあげたい。

残念なのはレイコさんの描かれ方。彼女は真に邪悪な少女に出会うことによって人生をめちゃくちゃにされた女性なんだけど、そのエピソードが一切出てこないのでなんだか変な感じになってしまった。まぁそれもそこまでやってると大河ドラマになるから仕方ないんだけど。個人的に一番残念だったキャラクター描写はこのレイコさん。これについては残念シリーズとして最後に書きます。

とにもかくにも原作の「恐怖」をこの映画はよく表現していたと思う。

一方、男性キャラクターはどうか?

主人公ワタナベ役の松山ケンイチは立派だね。すべて良かった、100点、とは言えないけど、これだけの作品の主人公をこれだけ演じた、ということで文句はつけられない。ファンがたくさんいる小説の主人公を演じる、ということだけでも拍手を送りたい。他に演じられた俳優がいたか?と聞かれると僕は答えられないもの。さすがの僕だって「ワタナベ役を」とオファーを受けたら「僕には無理です」と断るよ。(なんのこっちゃ) とにかく「よく頑張った」と言ってあげたい。

それから永沢さんを演じた玉山鉄二は良かった。やっぱりこの人(玉山鉄二のことね)は俳優としてのキャリアがあるからちゃんとやってた。

この永沢さんという役こそ男性の持つ「邪悪性」の権化のキャラクターである。女性の「感情」を一切理解しない、男ならではの「論理」で生きている、というキャラクター。(その「論理性」の描き方は映画ではちょっと足りなかったな。せめて「システム」の話をしないと)
一つ残念なのは、後ろ姿が映る時に舞台の60年代風の衣装がタイトなんでちょっと脇腹の肉がベルトに乗ってたんだよね、細かいことだけど。後ろ姿もちょっとお尻の肉がぷたっとしてて貫禄がありすぎて。。。ま、これはそういうことで永沢さんの貫禄を表わしていた、とも言えるけど。

さて、ここまでは「僕は楽しみました」という話だったけど、逆に「これは無いだろう」と思ったことを言ってきます。

やっぱりレイコさんの描写だよね。ぼろぼろになったワタナベがレイコさんとあっけらかんとしたセックスをすることによって現実社会に戻る、ある種の「救い」を得る、というのがこの物語の最後の「救い」なわけで、そういう描写をして欲しかったなぁ。今回の映画だけ観るとレイコさんが単なるやらしい熟女にしか思えないんだよな。これが時間の制限のある映画にすることによって失った登場人物の背景、つまり「キャラクター性」の最たるものであると思う。

それから重箱をつつくようだけどミドリに緑の服を着させちゃいけませんよ。これは原作を読んでいる人の意見だけど。ミドリが「私はミドリだけど緑がまったく似合わないの。お姉さんは桃子でピンクが似合うから嫌になっちゃう」という台詞が原作にあるんだよね。映画的に緑を着させる必然性は無いんだから原作ファンのためにも緑は着させないで欲しかったなぁ。

そして突撃隊(というあだ名のキャラクター)。これはこの作品において非常に重要なキャラクターなんだけど描かれ方が薄かった。ま、これも「それやってると大河ドラマになる」という話なんだけど。(でも、これって映画だけ観ると直子と突撃隊が裏表の描写のような気がしてそれはそれで成功だったのかな?)

あと大学教授役糸井重里、レコード店店長細野晴臣、門番役高橋幸宏、と言ったカメオ出演はいらなかったと思うなぁ。こういう有名人が出てくる度に「あ、糸井重里だ!」ってみたいにノイズになるんだよな。

そして、これは映画としての致命的な欠点だと思うけど、「原作読んでないと分からない」描写が多すぎる。たとえばワタナベは学生寮に住んでるんだけど、知らない人に取ってみると「あれ?なにこの共同生活?」と思うと思う。

ミドリとワタナベが初めて出会って、次のシーンで二人でデートしながらミドリが「ごめんね、こないだ待たせちゃって」と言うんだよね。本当はミドリがデートをキャンセルする、という話が入る。ここでミドリの勝手な感じ、もっと言えば人を振り回す「邪悪性」が分かるんだけど、それを知らないと、つまり原作を読んでないと「え?なんのこと?」と思っちゃうと思う。

ワタナベがバイト中に手を怪我するシーンも良く分からない。いきなり血が出てるんだもん。

それからミドリが「彼氏と別れた」と言った時にワタナベは「どうして?」と言って欲しかったなぁ。そこでミドリの名台詞「どうして??あなた仮定法過去が分かるくせにそんなことも分からないの?あなたが好きだからに決まってるじゃない」は欲しかったよな。

こういう「原作読んでないと分からない」箇所が多いんでこの映画は敷居が高くなってると思う。

とは言え、原作を何度も読み返して頭に入ってる僕みたいな人間からすると「うん、まぁよく作ってるな」と上から目線の感想になる映画でした。

ということでもし映画を観るんだったら原作を読んでからのほうがいいと思います。



あ、メリークリスマス。

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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ドッピオ)
2010-12-27 08:57:40
わかった。実家に置いてあるから帰省したらまず読むわ。
Unknown (shiw)
2010-12-27 23:52:21
読む読む詐欺w
Unknown (show)
2010-12-31 21:05:52
とうとう自分の名前まで間違えだしたw末期だわ。
観ました!! (安達)
2012-03-26 05:16:21
 私は原作を読む前にこの映画を見ましたが、ご指摘されているような、原作を読んでいないとわからない箇所、というのは案外もっと少ないように感じます。
 また、ワタナベがバイト先で突然流血するシーンについてですが、この映画では「血」がリアルに描かれている場面が何度か出てきます。もしかしたら監督は、ここに何らかの「象徴性」を持たせたかったのではないでしょうか。「血」がいったい何を象徴しているのか。これを考えたいと思います。
Unknown (show)
2012-03-28 09:23:05
ありがとうございます。

そうか、僕は原作がかっちり頭にあるので見るたびに「ここがない、ここもない」と思っているだけなのかもしれませんね。案外ゼロベースで観ると気にならないのかも。。

今頃お邪魔します (くるくるり)
2013-11-26 13:14:04
私はもうすぐ30になりますが、ノルウェイの森を読んだのは高校1年頃だったと思います。短すぎる感想をもちましたが、「何だかわからないが死んでしまいたくなった」のを覚えています。何にも気にしていなかったことがいっきに自分の中で疑問に代わって、周りとぐんと離れてしまった気がして、悩んで苦しい時間が続いた気がします。
 映画版。確かにレイコさんの詳しい描写が無いので不自然極まりなかったですよね。私はこの話で一番好きな人物なので結構ショックでした。永沢さんとかハツミさんとか、ここに出てくる各人物の抱えているものを短時間でぎゅっとしちゃった結果、初めてこの物語を見る人には、内容の薄い、そして読み過ぎちまった人にはなんじゃらほい的な印象を受ける気がしました。
この精神世界をどう映画にしようってんだとかなり最初から疑ってはいましたが、映画にしてやろうというのがまずすごいですよね。友達と派手にいちいちうるさく突っ込みながら楽しく観れました。
私はレイコさんが病院の部屋でギターを弾き(ノルウェイの森)、その時に直子が小銭を入れるシーンなんかが特に好きです。というかよく憶えている。映画であったっけ、ここ・・・
好きすぎるとうるさいですね、すません。(笑)
Unknown (show)
2013-11-27 11:55:24
高校生にしてそのようにお感じになられるなんてすごいですねー。僕はたぶん、中学後半か高校の早い時期に初めて読んだのですが、その時はあまりよく分かりませんでした。面白かったんですけどね。
「好きだけど、よく分からないなぁ」と思いつつ何かの折々に読み返して分かってきた感じですね。それでもいまだに全部が分かっているとは思えませんが。。

レイコさんは残念でしたねぇ。。もう少し年齢上でイメージしていたし、ラストはあんな感じではないと思っていましたから。そもそも嘘つきの美少女の話がないとあのキャラクターが分からないですよね。って言っているとまた話が長くなります(^^;;

でも映画版、僕はそんなに嫌いじゃないんですよ。

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