浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

年末に考える「適職」について

2013-12-22 15:42:22 | 仕事
うわ!あっと気づいたらもう年末。年末、年末ゥゥゥウ!

12月1日に就職活動解禁されたってさ。へー。そういうの僕、ぜんぜんわかんないんですよね。。

大学3年生の12月から1年弱、就職活動というものに忙殺される大学生活ってほんとにどうなんだろうなぁと思う。大学時代に僕はまともな就職活動をしたことないんだけど、何にも言えないけど。一生懸命やっている学生に何の問題もなくて、システムの問題なんだと思うけど。

日本の就職事情について、まず大前提としての僕が感じる問題は「世の中に自分にぴったり合った職業がある」といういわば「適職幻想」なんじゃないかなぁと思っています。

どうもなんとなく外側から眺めていると、就活生というのは「自分に合った職業」を探して、何十社も会社説明会なんか出てるんじゃないかなぁ。

僕みたいな未熟ではっきり言って社会人としてはかなり失格のラインの人間がちょっと言わしていただくなら。

適職なんてものは無いよぉお。いやぁ、ほんとそれは無い。いや、ちょっと語弊があるなら言い換えると「働いたことがない人に適職なんか分からないよ」ということ。

はっきり言って僕、今やっている仕事はそれなりに好きだし、楽しいと思っているし、向いているとも思うんだけど、こんなのやってみる前には分からなかったもの。

やりたいことでもやってみたらそんなに楽しくなかったり、やりたくなかったけどやってみたら案外楽しい、ってこととかあるよ。

英語の「天職」って言葉が僕は結構好きで、それは「Calling」。キリスト教的に言うと「神が君はこれをおやんなさい、と呼んでいる」と言うことらしい。僕はまったくもって一般的日本人の宗教観しか持ち合わせていないけど、この感じはよく分かる。

まっさらな状態で「これやって」「これよろしく」「これお願い出来ないかな?」とか言われたことに右往左往している間に「あ、案外これって自分向いているのね」とか「へーこういう仕事って結構楽しいもんだな」と思うものじゃないかと思う。

例えば僕が自分でも気づいていなかったけど案外自分に向いている仕事というのはエクセルを使った数値分析。もともと理数系は大の苦手で生きてきたんだけど、これはこれでやってみると楽しいし、案外得意。

そういうもんだと思う。

どこでもいいから働けば、と言うつもりはないんだけど、とにかく入ってなんやかんややっているうちに見つかるのが「適職」なんじゃないかなぁと思う。

就職で内定が取れないくらいで気を病むことは無いと思いますよ。いや、僕みたいな人が言うことじゃないと思うし、当の本人にとっては一大事なんだろうけど。

実際、社会出てみて思うことは「どんなことやってても案外食えている人いるもんだなぁ」ということだもの。ほんと今の日本っていろいろあるけど案外いい時代だから食ってくことは出来ると思うんだよなぁ。

と、三連休ずっと仕事しながら考えた。