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本人がほのめかしたところによると、辰吉はウィラポンとの再戦に勝ち負けに関わらず引退するとかしないとか、とにかく大変な決意で臨むらしい。
いかにボクサーとして様々な特殊事情を抱えつつ存在する辰吉といえど、こういう進退のかけ方はやはり普通ではない。
彼がこうした極限の心理状態に背中を押され、過去に幾度か見せた悲劇的玉砕がまた繰り返されるのではないか、と悪い予感がする。
辰吉の力量も、以前のように特別視することはできない。
歴戦のダメージ。
10代の頃と同じ階級で闘うこと。
周知の眼疾。
加えて噂された走り込み不足の原因がそれ以外の故障だとしたら(膝か腰あたり?)今回の試合の勝算も乏しいと思わざるをえない。
しかし、キャリア初期の華々しい勝利、その代償である眼疾、そして敗北、強いられた引退誓約、海外での再起、それらの繰り返し、王座返り咲き、またも転落という苛烈なキャリアを経て、現在、彼の心がどうあろうと、ウィラポンを殴り倒す手伝いが出来るわけでもない第三者に何も言えることなどないだろう。
また、このような覚悟で闘ってきたからこそ、かつての天才を失いながらも三度の王座獲得を成したのだし、また四度目があるのかもしれない、とも思う。
遠い昔のような気がするが、かつて、誰もが辰吉に壮大な夢を見ていた頃があった。
専門誌には、ラスベガスのリングでネルソンやフェネック相手に四階級制覇を目指せ、という投稿が載った。
香川照之氏は「我々は遂にベガスの昼間の興行に出しても恥ずかしくない選手を手に入れた」と書いた。
好選手に対し辛口となるのが常のジョー小泉氏も、オリバレスやナポレスの名を引き合いに出した。
それが間違いだったと言いたいわけではない。
まっとうに見た夢が必ず実現するとは限らない、というだけの話だ。
彼は我々が勝手に思い描いたような夢を実現することはできなかった。
しかし彼が見せてくれたボクシング、そして激動のキャリアは、ある意味ではネルソンを倒して四冠制覇する事以上に、貴重で濃密なものであり、時に感じた怒りや悲しみ、失望や絶望をも含めて、僕は充分に素晴らしい夢を見せてもらったと思っている。
もちろん、8月29日の大阪ドームが新たな辰吉伝説の始まりにならないとは限らない。
だが、この試合をこの眼で見たいと思う心の奥底は、もう、そういうことではなくなってしまっているのだ...。
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これは1999年の6月頃に書いたものです。
再戦決定の報を知り、いてもたってもいられずチケットを予約したのを覚えています。
今読み返すと、なんというか...あらかた「覚悟」は決まっていたんやなあ、と。
もうちょっと希望的観測があっても良さそうなものですが。
記事のタイトルは、お察しの通り?尾崎豊「時」の一節を拝借したものです。
こんなことを明かすのはお恥ずかしい限りですが...若さ故の過ちというのかなんというのか。
それから、走り込み不足の件、確かに言われてみると長谷川さんの凄いふくらはぎや、尚弥様の身体つきから比べて何というか、密度が薄く見えますね。
確かセーンの次の相手、アビラ戦の前に肉離れ起こしたんでしたよね。何で?と思ってましたが、なかなか目や反射神経以外にも厳しい状況あったんですね。
試合については、本当に、書くことがない内容でした。闘われるべきではない試合、だったとも言えるでしょうね。
その辺、思うところは次の記事に書いています。
下肢の負傷については、関西ローカルの番組でトミーズ雅が、無念を押し殺して笑いに包みつつ言及していました。ウィラポンとの初戦のキャンプ時に、重篤な負傷があって、走り込みが全然出来ていなかったらしい、と。
それは結局完治することなく、アビラ戦を一度延期したのも、その故障の再発、悪化によるものでした。
アビラ戦は、リスケして挙行されましたが、故障箇所が再び悪化していて、本来ならさらに延期するべきものだったとのことです。しかし興行側から、再度延期は出来ない(事実上の引退勧告、と見る向きもありました)と通告され、それこそ足を引きずるような状態でリングに上がった結果、ああいう試合になったわけです。酷い話です。
ただ、別の話として後に聞いたのは、薬師寺に敗れた後の渡米、ベガスでのトレーニングにおいて、現地のトップボクサーたちが、日本のボクサーほどロードワーク、ランニングに重きを置かない様子を見て、それに感化された面もある、ということです。みんな、せいぜい4キロかそこらしか走らないと。800メートルダッシュ10本、とかいうハードメニューをこなしてきた辰吉にとり、それは一種のカルチャーショックだったのかもしれません。
何しろ、数度に渡る渡米トレーニングと前後して、辰吉は以前より、キャンプ時などはともかく、日常時におけるロードワークの量をかなり減らすようになったのだそうです。言われて見れば、ちょうどこの頃、辰吉のボクシングから、以前の馬力、躍動感が目減りしていった印象を受けたのも確かです。
もっとも、これは簡単に是非を言える話ではないかもしれません。それまでの走り込みが過度なものであって、それ故に故障を招いた部分もあるかもしれません。井上尚弥がこなしてきた猛練習が、今後の彼に災いを成すことだってあるでしょうから。