さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
その他つれづれなる(そんなたいそうなもんかえ)
拳闘見聞の日々。

雪辱ならず、しかし彼は敬意の中を去った 内山高志、コラレスの逃げ切り許す

2017-01-01 03:42:23 | 関東ボクシング

昨日は大田区総合体育館に行ってきました。
関西依怙贔屓で売る当ブログとしては、京都に行くのが筋やないのか、という気もしたんですが、
どうしても内山高志の「最後の一戦」をこの目で見ておきたい、という思いでした。


セミが終わって場内にTV東京のVTRが流れ、それが終わろうかというときでした。
青コーナーの方から、内山の名を呼ぶ声が沸き上がり始めました。
ひょっとしたら、花道の奥に内山の姿が早めに見えたのかもしれません。
まるで彼の登場を待ちきれないように、人々は早々に声を上げていました。

両者入場、本来なら...もう、こういうのは古い考え方なのかもしれませんが、
後から入ってくるべき王者、ジェスリル・コラレスが先に登場し、次いで内山が入場。
場内は一斉に大歓声と拍手で内山を迎えました。

長きに渡る「王朝」を築いた男への、雪辱の期待はもちろんのこと、だったでしょう。
しかしその熱量は、単なる目前の一戦を勝利することのみに向けられたものではなく、
ひとたびの敗北で却って浮き彫りになった、ひとつの勝利がいかに難事であるか、
その積み重ねが、どれだけ膨大な労苦の元に成し遂げられた偉業であるかという
事実に対する、改めての驚嘆と敬意にも満ちている。そんな風に感じました。


試合は序盤、内山より大柄で、なおかつ速い驚異のサウスポー、コラレスの優勢でした。

何しろ大きく、距離が長く、踏み込みが速い。
左のパンチは、内山を鋭く脅かす。立ち上がりは内山、外せないかに見える。
内山が出ると、体を左右に翻して、連打とスイッチを織り交ぜた攻撃でヒットを取る。

しかし同時に、これらの攻め手のみならず、防御、というのを通り越した「護身」もまた、
こちらの想像を超えた次元のものでした。
好打してはクリンチ、ミスブローしてもクリンチ、という具合で、自分のやることだけやると、
ひたすらに体を寄せ、揉み合う。ことにミスブローのあとのクリンチが一番スピードがあることには、
見ていて呆れるのを通り越し、感心してしまうほど。

能力が高いことは見て取れるが、果たしてこの選手、本人が模索していたという
「ビッグマッチ」の舞台たる、米国のマーケットで売り物になるボクサーかな、と疑問でした。


しかしそのボクシングは、内山にとり御しにくく、脅威であるのも事実でした。
3回、ボディを打たれ、スイッチを交えてのコンビで後手に回らされる。
右ボディストレートが散発的に出るが、そのたびに倍する手数、ヒットを喫し、
後続をクリンチで断たれ、また攻められ、序盤は失点続きでした。

5回も低い姿勢から突き上げるようなワンツーなどを打たれ、劣勢。
しかしこの回終盤、コラレスがミスしてバランスが崩れ、そこに左フックが当たったか?
ダウンの裁定。場内一気に歓声に満ちる。

これで流れが変わるかと淡い期待もしたが、コラレスは頻繁にスイッチし、
左右の構えから左フックを決める。内山の攻めは散発的。
8回を経ても流れは変わらずも、9回終盤に内山がボディを決め、
10回は右ボディから猛攻。左右のボディが数回決まり、コラレスは露骨にホールド。

場内は囂々たる声援、しかし内山攻めきれない。
11回、コラレスはほぼ横向いて回り、しまいには走って逃げる。
揉み合いでは、ロープをつかんでのクリンチも。
しかし攻めると、軽い連打を放り込んでくる。また逃げ、クリンチ。
最終回は内山が攻めたが、ノックアウトはならず、判定でした。


採点は2-1でした。会場での私の採点は、115-112でコラレス。
自分では、内山に甘いかな、と思った数字でした。


試合後、場内は判定への不満も、ちらほらありました。
しかし内山本人がインタビューで、悔しさを押し殺して静かに敗戦を認め、
場内へ感謝を述べると、誰もが結果を受け入れねばならない、という雰囲気にもなりました。


試合全体を見て思うのは、ジェスリル・コラレスの能力の前に、
現状における内山高志の戦力は、それを攻略するにはさまざまに不足があった、
ということです。厳しいようですが、そして残念至極ですが、そう思います。

そして、過去のどの時点かなら、それがかなったのか、という問いには、もう意味はありません。
時は過ぎ去り、王朝は終わり、失われたものがいかに偉大で、貴重なものだったのかを思い返す。
我々に出来ることは、それに多大な敬意を払うことのみ、です。



感情を押し殺して言葉を紡いだのち、内山高志は静かにリングを去りました。
その背中に向けて、盛大な拍手と、敗れてもなお敬意に満ちた声がかけられていました。

そのしばらくのち、勝者コラレスがリングを降りる頃には、場内は閑散としていて、
彼を称える声も拍手も、まばらなものでした。

この日、フルラウンドの闘いで見せた姿がその全貌である、とするならば、
少なくとも私は、この選手の能力の高さが、現状の内山を上回ることは認めるにせよ、
到底、敬意の対象たりうるものとは思いませんでした。


そして、改めて内山高志の偉大を思っています。
どんな相手にも、堂々たる闘いぶりで、強烈な勝ち方を長きに渡り見せ続け、
そのこと自体が当然であるかのように存在していた、王者の姿を。

今更詮無いことですが、その頃に、一度でもいいから、直にその姿を見ておくべきだった。
愚かしいことこの上ないですが、そんな風に思っています。







コメント (7)
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