ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

電通と言う会社

2008年09月02日 | 気にかかる

              初雪草 (08-9-2 ジム)
    今の時期に咲くのに 何故?初雪草と名づけたのでしょう
          一本の茎からこんなに咲いています
           やはり育て上手なんでしょう
          わが家ではこうは行きませんでした





今日は又蒸し暑い一日でした。久し振りにクーラーのお世話になりました。

今年はバッタが多かったと思います。特別大きいのは殿様バッタだったでしょうか。葉っぱが丸く食べられているのはナメクジだとばかりおもっていましたら、バッタも丸く食べるそうですね。水を撒きますと、アチコチでピョンピョン跳ねています。

夜も更けて予報ドウリ雨になりました。相当強い雨です。「あ~、水撒き助かった」と喜んでいます。

電通最高顧問 成田豊氏の文章にこんなのがありました。
『7月下旬、久々に富士山の5合目まで足をはこんだ。電通ではこの時期、社員による富士登山を行う。敢闘精神を何よりも大切にした創業者、光水星郎が大正14年に初め今年が81回目。頂上でご来光を拝み、お取引先の繁栄を祈り暑中見舞いを投函する。全社員、希望者だけなどと参加資格は変わり、近年はグループ全体の新入社員が一泊二日で頂上まで往復する。社長らは初日のスタート時に全員を送り出し、二日目は早朝から昼近くまでゴールである5合目に立つ。下山してきた社員全員と握手し、健闘を讃える習わしだ。

この出迎えに社長職を退いて以来7年ぶりに参加した。初々しさの残る若者達が三々五々姿を見せる。前日と打って変わっり晴れ晴れとした笑顔に、創業者の精神を引き継ぎ、苦しい中で一つの事を達成した喜びが見える。

電通中興の祖、吉田秀雄はある年、部下を登山に送り出すにあたりこう訓示した。「登り始めたら、決して頂上を見上げてはならぬ。周りも見ない事だ。足元だけを見て進めば、何時の間にか頂上についている。もし見るならば太陽を仰げ。俺はあそこまで登るのだと」私はこれまで吉田の哲学を胸に広告人としての道を歩んできた。新人達も、この夏の登山が役立つ事がきっと来るだろう。彼らの人生に幸多かれと祈る。…後略…』

こんなに社長から新入社員まで、心を合わせる経験をする会社があったのかと驚いた。

富士山を登るのに何の技術もいらない、ただ一歩一歩踏みしめて登るだけなのです。

『頂上を見上げてはならない』そうなんです、険しいので直線では登れず、ジグザグに登ります。頂上は直ぐそこのように見えますが差にあらず、遙か彼方なんです。

私の経験から言っても、一時間以上前に頂上に立ち、腰掛けて足をぶらぶらしている息子の顔をはっきり見えるのに、そこまでが中々行き着けないのです。その辛さによる疲れが余計に疲れを増し足が進まない。

社長も、翌朝早朝から昼頃まで下山する社員を迎えに5合目で待つ。学生時代に山登りの経験のある人と、全く登山が始めての人とでは2時間や3時間の差はあると思う。普通の山は登れても、私の様に軽い高山病を経験する人も出るかも知れないし…。

一番のりした人は、早朝から迎えに待つ社長に感激するだろう。又最後の人は、最後の1人まで待ってもらったことに感動するだろう。

この会社の偉いところは「行って来い」だけではなく、「良くやった」と社長自らが迎えに行く事だと思います。

仕事面で苦しい時にきっと役立つ経験だと思います。あの苦しさに耐えた自分が居ると気付くからです。

仕事ではありませんが、私も遍路中、苦手な山登りの時に、何度富士登山を思い出した事でしょう。「何よ!しっかりし!あんたは富士山に登ったんでしょう!あの苦しさに比べたらこのくらい何よ!」と自分を励ましながら登りました。

富士登山は、何かにつけ私にとって励ましになっています。社員の皆さんもきっとそうだろうと思っています。良い経験だと思います。
コメント (4)
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