ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

命のありようの薄さ

2010年07月30日 | 気にかかる

       「宝石蘭」  どうにか葉脈が金色に輝いて見えますか?  (宝塚 10-7-27)


報道を見たり聞いたりしていますと情けなくなりますね。今の親子関係はどうな
っているのでしょうか? 親が子を、子が親を殺す。こんなことは他の国々でも
起こっているのでしょうか?あるにしても、日本のように3日にあげず新聞紙上
をにぎわすことは無いのではないでしょうか。

新聞によって子どもの年齢が違うのですが(○新聞では5歳と3歳、X新聞では
3歳と9ヶ月の女の子と男の子)、放置した母親が「子どもは小さいから放置す
れば死ぬことはわかっていた」と言っています。離婚していたそうですが、「食
事をさせたり、世話をするのが嫌ななった」から放置したというのです。

それならどうして離婚の時引き取ったのでしょうか?意地にでも相手方には渡
したくなかったのでしょうか?ご自分のご両親はいなかったのでしょうか?子
どもの命を絶つくらいなら、どうして人に相談し頼らなかったのでしょうか?

いまさら言っても詮無い事ですが、人の子の親になるのに何の資格も束縛もあ
りません。生まれた家が悪かったというだけですが、子ども達は何のためにこ
の世に生まれてきたのでしょうね。欲しくとも子宝に恵まれない夫婦は沢山い
るのに…。


大人になった子も又親を放置します。「即身仏」になりたいからと言う父親が「戸
を開けるな」と言ったからと言って、30年間も戸を開けず放置した。何も食べな
ければどんなに生きても数日でしょう。今日まで生きていれば111歳とか。現
に30年間生きていたことになっています。そして、その方の年金は支払い続け
られていたというのです。そのお金の大半は使われていたといいます。これは
もう親の年金欲しさとしか言いようがありません。

でも役所も死亡手続きが無ければ、延々と払い続けるのも如何でしょうか。
111歳の生存を確かめもしないなんて、年金と言っても始めは低額(国民年金)
だったそうですが、この何年かは何らかの規定で高額年金(妻が死亡、教師だ
ったので共済年金の遺族年金に移行)に移行していたそうですね。その時にも
家庭を訪れることなく、規定どおり引き上げたということでしょうね。

昨日「死刑反対論者」だったはずの千葉法務大臣が、サインをし死刑が執行さ
れました。彼女の、何かに対するパホーマンスだと囁かれていますが、そんな
ことがあっていいのでしょうか?人の命を奪った者は自分の命でしかその罪は
償えません。しかし、その執行が何らかの個人的事情によって行われたのが事
実とすれば、言語道断です。

二人のわが子の命を切り捨てた親はどうなるのでしょう。いかなる罪にも弁護
人が付いて出来るだけ刑期を短くするか、無罪を勝ち取ろうとします。命を奪
われた方の事は考えられていないような気がします。たとえわが子といえども
命まで奪う権利はありません。命は命でしか償えないと私は思っております。




       「バーベナ」  過って何度も育てたことがありますが この色は初めてです
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この命、義に捧ぐ

2010年07月29日 | 読みました

                 16日のお食事処の傘たての「フクロウ」



今日は何日振りでしょうか久しぶりに雨の一日になりました。庭の花達はすっ
かり、元気を取り戻して生き生きとしています。しかし家の中は又じめじめと、
床がぺちゃぺちゃと足の裏にひっつく感触が戻って来ました。明日は又天気にな
るそうですが…

今日は少し「写真」関係のパソコンのお勉強をしました。出来ないのにいらいら
しながら、この機器が最後かもしれないね~と思いました。新しい機器は便利
になることはわかっていますが、使いこなすのに、お勉強をしなくてはなりま
せん。それが出来るのが、今が最後かな~と思ったわけです。私にとっては高
価なオモチャですが、覚えておいてよかったと思っています。還暦でワープロに
挑戦、それからパソコンに移行して14年がたとうとしています。出歩くのが億
劫になればなるほど、パソコンを触ってよかったと思うだろうと思っています。



         この命、義に捧ぐ     門田隆将
           台湾を救った陸軍中将 根本博の奇跡

学生時代、世界史も日本史も本当に嫌いだった。テストのために丸暗記するだ
けだったから、何も頭に残っていない。日本を旅するようになって、いつも後悔
している。今自分が此処に生きているのは、過去の営みの末に連なっている事、
それを知っておくことがどんなに大事かを思わなかった自分が情けない。

そんな私でも「蒋介石」と言う名だけは知っています。中国から財宝を、台湾に
持ち出した人。そのことを書いた本を昔読んだ覚えがあるが。運び出す苦労を
書いたものだったと思うが、定かではない。「故宮博物館」はその品々だと言う
ことぐらい、悪人?としか知らないのです。でもその人が私達日本人とどういう
関係にあるのかは知らないのです。

この本を読んで「陸軍中将根本博」「蒋介石」の関係を知り「えっ!?」と驚きま
した。

台湾の司令官だった根本博は蒋介石に頼んで、生き残った兵隊と民間人を、
日本に帰国させてくれるように頼んだ。蒋介石は4万人の邦人と35万将兵
を日本に帰還させてくれた。

その恩義を忘れない根本は、その後、蒋介石が中国共産党に負け戦になった
時、台湾に死にに行くつもりで密航して台湾に戻った。根本の作戦は蒋介石
を助けて勝利に導いた。台湾は蒋介石の統治下におき現在の台湾政府がある。

その3年後根本は帰国した。その時空港で記者達の質問に答えている。『な
にをやろうとか、具体的な計画があったわけではないよ。どうしても蒋総統が
いけなかったら、私は、一緒に屍を並べて、感謝の気持ちを日本人として伝え
たかっただけだ』『一緒に死ぬ為に行ったのだ』と本音を語った。「外省人:蒋
介石と一緒に中国から台湾にやってきた人」と「本省人:もともと台湾に住み、
日本の統治時代を過ごした人」の対立・反目を無視しては理解できない事だ
が、根本博の果たした役割の大きさは十分に理解できるものの、国防部で軍
の正史を扱った人々は、根本の存在を日本人の純粋な行動を歴史の上からす
べてを完全に消してしまった。

しかし、真実を知る、共に戦った人は根本のことを『台湾を救ったのは根本博』
と家族に語っていたのです。その人たちの証言で、この本は書かれたようです。

もう一つ、日本の皇室を残してくれたのが蒋介石だったということです。私は今
の今までアメリカの代表マッカーサーだと思っていました。知らないという事は
恐ろしいことですね。悪人だと思っていた人に助けられていたとは…。

2009年の春、台湾の「古寧頭戦役60周年記念式典」に参加した関係者の子
孫は、国防部常務次長の黄奕炳(こうえきへい)陸軍中将から、こんな感謝の
言葉を受けました「1949年、わが国が一番苦しかった時に、日本の友人であ
る根本様と吉村様(通訳)二人にしていただいたことを永遠に忘れることはでき
ません。わが国には『雪中に炭を送る』と言う言葉があります。一番困った時に、
お二人は、それをやってくれたのです。中華民国国防部を代表して心より御礼を
申しあげ、敬意を表します」金門戦争への日本人の関係を、根本将軍の功績を認
めたのです。



  ↑  身延山のちいさな「フクロウ」    ↓  さすが身延山「狸親子」もお数珠を持っています

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憧れの伊吹山

2010年07月28日 | 一寸そこまで

                   アカバナシモツケソウの群落



         ルリトラノオ                       ヤマアジサイ

             ギボシ

                  ノリウツギ                  ナデシコ     
7月27日長年「行きたい!」と思いながら行けなかった、伊吹山に行ってきま
した。山野草に憧れてからもう何年になるでしょうか。伊吹が山野草の宝庫で
あること、日帰りできること、条件はそろっているのですが、暑さの苦手な私
にとって、野草だけで、木陰を作る木が一本も無い登山道と言う悪条件が、私
をして思いとどまらせていました。もう一つ、行った友人が2度も、雨で登山出
来なかったという話を聞いていたからです。

昨日は上天気過ぎました。暑かったのですが、一瞬吹き抜ける風の冷たくて心
地よかった事、生き返る思いでした。

この1ヶ月ほど、山小屋の主のブログで、花々の咲き具合は知っていました。
しかし、その花を見つけることが出来るか?が心配でした。何しろ花は恐ろし
く小さいからです。途中カメラを向けている方があれば、必ず立ち寄ることに
しました。小さな花達に出会いたかったからです。



   背の高い白いのは「シシウド」 黄色は「メタカラコウ」 赤いのは蓼の一種かと思うのですが…



             「イブキトラノオ」 バックのピンクは「シモツケソウ」

     エゾフウロ(1本だけ咲いていました)          ホタルブクロ

登山道は3本あります。ツアーですから時間に限り(2時間)があります。少し
険しい階段道だけれど頂上まで20分コース、なだらかだけれど長い40分の
西コース、健脚向き(道が細いので下りのみ)の60分コースです。4人で参
加しましたが、私が一番登山歴があるようなので、上りを20分コース(階段
を下るのは足に負担が大きいから)、下りを40分コースと決めました。

下山してからの話では、一人は、もう途中で下山しようと思ったそうです。息苦
しくなって、早く山頂に着きたい、休みたいと思って足を速めようとして、余計
息苦しくなったといいます。ゆっくりマイペースで行かなければならないところ
をです。一人は14歳も年下、もう一人は田舎育ちで、小さい頃は山で遊んだと
いう人と行動を共にしようとしたからの苦しみでした。

私はといえば、ず~っと遅れています。花を見つけるためにゆるりと登っていま
すし、見つければ見つけたで、撮影の為に立ち止まります。下る人が「わ~綺
麗!」と言う声が聞こえますと、私も立ち止まって下界を見ます。時計を見なが
らまだまだ時間はあると計算しながら上りました。

ただ同伴者の一人が、赤い傘をさしていてくれたので、仲間がどのあたりにいる
かと言う目安になったことも心丈夫なことでした。







                                         メタカラコウ

                                 アザミ

                                      クルマユリ
頂上には私達ツアー客のように身軽な人たちばかりではありません。リュックに
登山靴と言う方たちも大勢居られました。平日にこの人出です、休日には数珠
繋ぎになるのではないかと思いました。

「登山道は整備されているので、はきなれた靴であれば大丈夫です」と言う話
でした。「整備された道」と言うのは私は土の道をイメージしていましたが、石を
砕いて敷き詰めたものでした。角の尖ったものも多かったので、此処で転べば
大事故にもなりかねないとお思いましたから、心してゆっくりと歩きましたし、
たびたび水分補給も心がけました。

あまりの天気の良さで、眼下に見えるはずの琵琶湖もうっすらとしか見えず、白
山、立山連峰は全然見えず、それが一寸残念でした。沢山のお花と、鶯の声が
私達を歓迎してくれたことと、事故無く下山出来たことで満足しましょう。

もう一つ楽しみにしていた「醒ヶ井の梅花藻」を見に立ち寄りました。花自体は
はっきりと見えるように橋の上に水を上げてトロ箱のなかに梅花藻を浮かべてく
れていたのですが、左右に家の立ち並ぶ環境ですので、私の想像していた、自然
の中でなかったことが、少し私をがっかりさせました。2年ほど前「富士山の湧
き水」に咲く梅花藻、自然の中に咲く花を見た経験から、人のいない環境、自然
の中で咲くものと思っていたからだと思います。一生懸命、保存に力を入れてく
ださっている地元の方には申し訳ないのですが、私の正直な感想でした。







渋滞に巻き込まれること無く(3台の玉突き衝突は見ましたが)予定より早く尼崎
に帰ってきました。

お昼は登山前に「ゴマの里」で済ませました。ツアーの昼食ですからまずいだろ
うと覚悟はしていましたが、本当にまずかったです。でも食べないと登山できま
せんから、最低限食べました。そんな関係からおなかもすいていますし、でも昼
が肉類でしたから、「蕎麦」でも食べよということになりました。いつもなら
「天ぷらそば」を食べるのですか、今日は無性に冷たい「蕎麦」だけが欲しくて
「ざる蕎麦」にしました。

若い友人は色々と気を遣ってくれました。後期高齢者(私はまだ予備軍)組は大
助かりでした。花達の笑顔にあえた満足な一日は暮れていきました。


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きみこさんのファミリーコンサート

2010年07月26日 | 一寸そこまで
    
             「私いつの間にか猫にされちゃった」と笑っていたきみこさん


7月24日の土曜日(夏休み初めての土曜日)きみこさんは「ファミリーコンサー
ト」を地区会館でしています。今回で23回目だそうです。私はお知り合いになっ
て7~8年だから、7~8回聞きに行った事になります。

きみこさんが偉いな~と思うのは、毎回異なった楽器とジョイントすることです。
今回は「馬頭琴」でした。「馬頭琴」と言う楽器を間じかに見たのは今回が初め
てです。弦が2本で(3本の三味線でも凄いと思っているのに)なのに、色々な
音が出るものですね。三味線の撥のように弾くのではなく、バイオリンの弓よう
に弦に沿わせる?のです。音色は低いと感じました。弦は蒙古馬の尻尾の毛
だそうです。

春蘭さんは内モンゴルのかたで、意外や意外、モンゴル民族大学声楽科の卒
業だそうです。入学と同時にモンゴルの民族楽器「馬頭琴」も学ばれました。
2005年に来日、大学院を終了後、芸術ビザ(こんなビザがあるのですね)を取
得して、演奏活動を行い、日・中・蒙文化交流にも参加しておられるようです。

モンゴルの曲も数曲、沖縄の「花」、流行の「千の風になって」も聞かせて頂き
ましたが、私はやはり、公子さんとのジョイントで「荒城の月」がとても心に染
み入りましたし、「馬頭琴の音色」にぴったりだと思いました。

世界広しといえども赤ちゃんのお尻に出る「蒙古斑」はモンゴルと日本人だけと
学校で習いましたから、何となく親しみを感じていました。

着るものも着物に似ていますし(今日は演奏の為の服で、普段は簡単なものを
着ていますと春蘭さん)、髪も黒くて、顔立ちも似ています。一番感心しているの
は、今日の春蘭さんもそうでしたが、モンゴルの人の日本語には癖がありませ
んね。中国や韓国の人の日本語は癖があります。これはなにを意味しているの
でしょうか?

春蘭さんの苗字は「白」だそうですが、モンゴルでは苗字は使わないそうです。
これは日本と違いますね。

質問コーナーがあったのですが、その時は何も思いませんでしたが、今から思
えば、「留学先を日本に選んだわけは?」「日本人の好きなところ、あまりな
じめないところは?」とか色々ありましたね。

きみこさんの「お刺身は食べますか?」の問いに「モンゴルは海がありません
から、初めは生のものは食べれませんでした。今はお鮨も大好きです」「日本
人に食べさせたいモンゴルの食べ物は?」「羊の丸焼き」その答えに会場中が
「ひえ~」。春蘭さんも生の魚を食べる日本人に「ひえ~」だったのでしょうね。

会場には、お知り合いの顔も見えて、これもまた、楽しみの一つでもあります。
ここでも頂いたご縁は大切にしたいな~とつくづく思いました。

                 ☆  明日お休みします。



   ↑ 世代の違うお友達・きみこさん          ↑  馬頭琴奏者・春蘭さん


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尼崎市・市バスの有料化

2010年07月23日 | 今日この頃

    ↑  ひがしなかさんの絵        ↓  会場  会員は30名ほどだそうです


友人のひがしなかさんが所属する絵画クラブの展覧会があるので、見に来てと
はがきを貰いました。

尼崎は10月からバスの無料化が廃止となり有料になります。その手続き方法
が、3種類に分けられ、「70歳から73歳」「74歳から78歳」「79歳以上」と分
けられて、今日が私の年代の手続きの日に当たります。

ひがしなかさんも今日から3日間の間に入りますので「バスの手続きの前か後
に展覧会に来て」と言う事で、それならご一緒しようと言うことになりました。

9時半にバス停で待ち合わせていきました。会員は30人ほどと言うことでした
が、出品しない人もあり、例年より少なかったように思いました。

「この人は展覧会でいつも入賞している人でね~」とか、説明を受けてみてい
きましたので、面白かったです。

さすが先生の絵は違います。私が習うなら、この先生が良いな~と思う、私の
好みの絵です。「私は水彩画とか日本画とかが好きなのよ」といいますと、ひ
がしなかさんは思わぬ返事が返ってきました。「私はどちらかと言うと、油絵が
好きなのよ。あのこってりした存在感が良いのよ」といいます。

彼女の上の絵は「トロピカルフルーツ」と言う題だそうです。「パイナップルと椰
子の実とは判りますが、唐辛子が何故『トロピカルフルーツ』なの?赤色が欲
しかったの?」と意地悪な質問をしました。彼女の答えは?忘れました。


バスを乗り継いで申請する役所に着きました。大勢の人が並んでいましたが、
日陰でしたから助かりました。

現在は無料ですから、何方も同じ定期券を貰っていますが、10月からは「定
期方式(半年払いと1年払いがあります)」「乗車払い方式」に分かれます。

「月に15回(7.5往復)以上バスを利用する人は、こちらが負担が少なくなりま
す」と書いてありました。私はスポーツジムに通っていますが、週2~3回です
し、往きは歩いていきますから当てはまらないのですが、時々塚口のイカリスー
パーに買い物に行ったり、墓参りに行ったりしますので、ボーダーラインすれす
れと言う計算になります。そうなると定期の方が面倒でなくていいかな~と思っ
て「定期方式」にしました。

「乗車払い方式」と言うのは乗車するたびに50円の利用者負担金を支払うとい
う制度です。

私は当然、「定期方式」の方が多いと思っておりましたが、行って見ると「乗車
払い方式」の窓口が3箇所、「定期方式」は1箇所でしたし、人の列も「乗車払
い方式」の方が長~い列でした。役所の方は事前にわかっておられたのでしょ
うか? アンケートでもとられたのでしょうか?

今は時間帯によっては無料パスばかりで満員だな~と気の毒なような気持ち
の時がありましたが、これかは、乗車人数が減るのではないかと思います。

今日は手続きだけで、その受け取りを貰いました。8月の末ごろに領収書が
送られてくるので9月末までに郵便局で支払うと、定期券をその場で発行して
くれるようです。私の家は郵便局のすぐ近くですから、その点助かります。

1年分先払いするのですから、有効利用が出きる様に夫婦して健康に気をつ
けたいと思います。



             サボテン 「大明神」   大塚国際美術館  (10-7-19)
   神代の昔から家に飾ると魔除けになり、幸福を招く非常に珍しい貴重な植物だそうです

コメント (2)
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『日射病』と言う言葉知ってます?

2010年07月22日 | 気にかかる

        『ブラサボラ・ペイニィー』   宝塚・アイアイパーク  (10-7-16)

我庭でも早朝からセミが鳴き始めました。その声を聞いていますとますます「暑
い!」と思ってしまいます。「暑いから熱中症にならないように、ジムは休もうか」
「そんなこと言っていたら秋まで休む?」「そ~わいかんよ」「そしたら、往きもバ
スにする?」「やっぱりね~」と自問自答しながら、結局は歩いていきました。熱
中症にならないように、たっぷりお茶を飲んで…。

「今は『熱中症』言うけど、昔は違った言葉言ってたよね、どんな言葉だった?」
と主人に聞きました。「そ~言えばそうやったな~」といいつつ二人とも思い出
さない。

あくる日、主人が「あれからず~っと考えて思い出したわ『日射病』やわ」「そう
やそうや、私には『日射病』言うた方が、『暑さにやられた!』と言う気がするけ
どね~」如何思われます? 若い方は『日射病』と言う言葉さえ知らないかもね。
いつごろから言葉が変わったのでしょうかね。



           『白鷺かやつぎ』   宝塚・アイアイパーク  (10-7-16)


偶然目に入ったテレビの座談会で中井美穂さんの言葉が耳に残りました「出
会いの大切さ」について話しておられました。若い時は沢山の出会いがあって
も、気が合わなければ「では次々」と言うことがあったけれども、今は違う、出
会いを大切に(勿論、気心の会うということでしょう)していきたいと思う。と言う
ようなことを話しておられました。

私も近年「友情を大切にしよう」とよく考えております。彼女のように若い方でも
そうなんだと、「そこに気づくのが早くてよかったね~」と彼女の為に思いました。

もう一つ、「遠くの親戚より近くの他人」とはよく言ったものだと思います。本当
に近くの友人は大切です。だからと言って、体が弱った時お世話になると言う
わけではありません。

元気な今を共に楽しみましょうということですね。元気な時だけと言うと、ドライ
な関係と思われるかも知れませんが、それでいいと私は思っています。お互い
に「死」を見取るなんてウエットな関係ではなく、又、病気と闘っている友を見舞
うのが友情とは思っていません。私の時然りです。所詮は人間一人なんです。
そうなる前に、共通の思い出を沢山持っていれば、寂しくないと思っています。
違うかしら? 元気な時の私を覚えていて欲しいのです。
                                 (1430回)



              『猫のひげ』   宝塚・アイアイパーク   (10-7-16)
     

     
                『ねむの木』   宝塚・アイアイパーク  (10-7-16)
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インド家庭料理 (第25回)

2010年07月21日 | 今日この頃
     
         オーナーの「盛り花」 素敵でしょう  私の好きな楽しみなお花です。

                           「卓上花」

今日で「インド家庭料理教室」3周年記念日だそうです。料理の種類は70種類
以上習ったそうです。「皆さんのお陰で、小さなグループですが3年間続きました。
嬉しいです」と言うお言葉を頂きました。私達も、先生は美人の上に明るく大ら
かな方なのでこうして、続いたと思います。良いご縁ができて嬉しいです。


   「マピイラビリヤニ」 ↑ オープンで焼き上げたところ  ↓ お皿に盛ったところ


「マピイラ ビリヤニ」
先生の出身地南インド・ケララ地方の「お祝い料理」だそうです。今日が3周年
セレモリーの日なので、この献立を考えてくださいました。

「マピイラ」はキララ地方に住む人種名「ビリヤニ」はご飯を別に炊くと言うこと
だそうです。お米「パスマティライス」は普通のお米の10倍の値段がする高
級品だそうです。日本米より長くて、太さは1/3ぐらいの細~いお米です。チ
キンを主にし煮た具とお米を交互に重ねて(ホイールで包み)、オープンで焼い
たものです。美味しかったです。


                       「ベジタブル カツレット」

文字通りの「野菜のカツレツ」です。ただ衣をつけるときに玉子は使いません。


                           「パパド」

餃子の皮を大きくした様なものを、油で瞬間的に揚げるか、直火であぶります。
あぶったほうが塩味がきつく感じました。


                      「マンゴーラッシー」

アルポンソのマンゴーといえば高級品だそうで、お店ではうす~く水増しして飲
ませるそうですが、今日はどろりとしたものを牛乳、ヨーグルトを加えてミキサ
ーでジュースにしたものです。美味しかったです、お変わりしました。


                          「ライタ」

これはおなじみです。ヨーグルトに好みの野菜を刻んで入れ、塩で味付けしたも
のです。今日は胡瓜とトマトにみじん切りを入れました。始めは苦手だった私で
すが、今は平気でカレー味が「辛い!」と感じた時、口直しに食べます。


                     マイディッシュの盛り合わせ

今朝のJRの人身事故の余波を受けて、ショリー先生遅刻でしたが、案外品数の
多い割には短時間でできました。早く終わった分ショリー先生のご主人様のお仕
事や、日本にこられた経緯、御子息のことなど楽しくお話を聞きました。

8月はお休みで9月は29日最終回の水曜日です。夏ばてしないように頑張って
その日を待ちましょう。



   ↑ 「アルポンソ・マンゴー」は高級品         ↑  パスマティーライスも高級品

                            「パパド」その袋
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大塚国際美術館

2010年07月20日 | 一寸そこまで

                 鳴門大橋    この橋桁のあたりで、『渦』がおきるそうです

7月19日(祝日)の昨日、徳島の大塚国際美術館に行ってきました。私は行っ
た事があるのですが、主人にも見せたいと調べていましたら、今「怖い話のツア
ー」が人気だというのです。但しそれは休日にしかありません、1回が20名限
定で、予約に余裕があったのが、19日だったというわけです。

          
                    「ロボット」が迎えてくれて ビックリ


玄関を入って始めて目にしたのが「ロボット」です。私が始めて来たのは、開館
してまもなくでしたから10年前になりますが、「ロボット」はいませんでしたし、
時間が無かったのであまり隅々まで見なかったということかもしれませんが、
作品が増えているように思いました。

その「ロボット」が歩いて作品の前に行き、説明してくれるなんて、想像もして
いませんでしたし、終わりまでついて歩いていましたので、すっかり予定が狂
ってしまいました。

作品は1000点以上あり、すべて見て歩くと4K歩くことになるそうです。何時
もの通り「説明のイヤホーン」を借りたのですが、その数100点以上あり、十分
時間を取って予定したつもりが、とても足りませんでした。食事に30分かけた
として6時間居たのです。帰りのバスの時間が無かったら、もっと居たかったと
思います。


                     初めての部屋「システィーナ・ホール」

10年前のことは忘れていますが、やはり一番初めに目にした「システィーナ・
ホール」のことは覚えていました。


                  学芸員から「怖いお話の絵」出説明を受ける


今日のメインである「怖いお話」のツアーが11時半から12時45分まであり、じ
っくりと話を聞くことができました。始めは限定20名で出発しましたが、気が付
いてみると30人以上の人が続いておりました。
     
     
                    私の一番好きな「スクロヴェーニ礼拝堂」
この天井のブルーの色が、私にとっては、とても心安らぐ色に感じました。


                           美術館の中庭



庭に出たのは私も初めてでした。芝は綺麗に刈り込まれていましたし、心地よ
い風も吹いていました。時間があれば、パラソルの下でしばし留まりたいと思
いましたが、何しろ時間がありません、後ろ髪引かれる思い出立ち去りました。


                      モネの「大睡蓮」の絵


                           モネの睡蓮の絵の外回りは池



写真に写っているように、いすに座ってじっくりと眺めていたいのですが、何しろ、
太陽が照りつける屋外ですし、傘も帽子もロッカーに入れていますので、写真に
収めて、早々に立ち去りました。

最後の方は時計と絵を交互に見るという状態で、とうとう最後まで見ることは出
来ませんでした。

時間が余れば「渦の道」にも立ち寄るつもりでしたが、時間切れです。


               帰りは 高速道路までをこの「スロッピー」で登ります 

往きは美術館の近くの「鳴門公園口」と言う停留所に止まるので良かったので
すが、帰りは「高速鳴門」まで出なければ高速バスに乗れません。高速バスま
では普通のバスで行きます。「往きはよいよい、帰りは怖い」の感じです。往き
は三宮から乗りましたが、帰りは「高速舞子」で降りて、JRに乗り換えました。
渋滞を避けるためです。正解でした。JRの窓から見た高速道路はのろのろ運
転でした。

芦屋で途中下車して、何時もの焼き鳥やさんで晩御飯を食べて帰りました。残
念ながら、市会議員のご主人は用事でおられませんでした。二人で「民主党の
選挙結果」を語り合いたかったであろう主人は、一寸がっかりだったかも知れ
ませんが、私は満足満足の一日でした。   





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大きなフクロウに感激!

2010年07月16日 | 今日この頃
今日はとても楽しみにしていた、半年に一度のお食事会でした。5人で行って
きました。

阪急の山本でまちあわせ、お店からのお迎えの車が無ければ一寸わかりにく
い、入り組んだ山すそにありました。お店といえば繁華街、と言う観念からは
外れています。美味しければ、人が口コミで集まるというのが今の世の中のよ
うです。

お部屋はついたてで3つに区切ってありました。いずれの席も年配の女性で
す。1座席の人たちが鍋を囲んでいました。「まあ~この暑いのに、鍋?」と
思っていましたら、「はも鍋」のようでした。冬は河豚もあるようでした。


   自然の庭と和食料理の店 だいすきな「フクロウ」が迎えてくれました    ↓  玄関



                ↑  お座敷        ↓  窓の外の自然


    
            お料理も美味しかった  中トロが口の中でとろけました
    

お料理も程よい分量で(デザートにアイスクリームが出ました)満足満足でした。
又お喋りも楽しく、過去・現在・未来とあちらにとび、こちらに戻りと、命の洗濯
をしました。

彼女達は、私が卒業したクラブに在籍ですから、いずこのクラブにでも属する人
達は、仲間で固まりがち(中に居る時には判らない)、心も考えも同じように固
定されます。たまには私達のような(もう一人卒業生がいます)違った世界の人
間と接することも、柔軟に生きる為にはいいことだと思うのですよ。

又私達にしても、過ってのクラブの今を聞いたり、元の仲間達が元気にしてい
る消息を聞いたりで、懐かしいひと時も持てますし、このドッキングはとても
いいと思っております。


お食事の後は「宝塚・アイアイパーク」に連れて行ってもらいました。行く途中の
宝塚で有名な和菓子屋さんにも立ち寄り、又甘いものを買いました。買う時は
「太る!」なんて事はけろっと忘れております。

「宝塚・アイアイパーク」は宝塚市の施設とかで、「花やさん」だけではなく、色ん
なお稽古事のお教室もあるようでした。又この建物がメルヘンチックと言うかヨー
ロッパ風と言うか、我尼崎は負けてるな~と思いました。

JR尼崎の新しい「ここえ」も外見からして新しいのに継ぎ接ぎと言う感じですし
ね。これって誰のせいです?センスの違いは設計者のせい?それともそれを許
可した役所のせい?

でも我尼崎もすべて負けているわけではありませんよ。美人で、しっかり者の市
長を頂いていますよ。勝ってるよ! ハハハハハ!

「アイアイパーク」では珍しい「宝石の蘭」と言う花を買いました。葉脈が「キラキ
ラ宝石のように光ってるのです。上手に撮れたら又載せますね。帰ってパソコン
で調べましたら、今人気の花だそうです。葉の綺麗な花の常で、花は目立たない
そうです。小さな小さな苗なのに900円もしたんですよ。「蘭だから仕方が無
いね」と買って来て良かったわ。


秋は我ふるさと、神戸、美味しいものを食べて、北野町散策と洒落ますよ。

          ☆ 19日(月) お休みします。



  宝塚・アイアイパーク  お花が一杯  始めてみる花も多く 又一鉢買ってしまいました

             一寸まだほっそりとした入道雲のわいた、暑い一日でした
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新種じゃなかった「緑のアジサイ」

2010年07月15日 | 新聞から

   「ミソハギ」  仏花といわれていますが 仏壇に供えると 花がぽろぽろ落ちて処置なしです
                     やはり「墓」用でしょうね

    

やっとお天気になりました。でも明日までは梅雨空のようです。それがすむと、
暑い暑い夏本番です。そうなりますと『青菜に塩』の私は、家でごろごろとして、
『秋よ、来い!』とひたすら待つことになります。家で美味しいものを食べ、本を
読んだりで、身体を動かさないで居ると、秋を待つまでも無く『私肥ゆる秋』にな
ってしまいます。


先日、神戸のセンター街の花屋で 「緑のアジサイ」を見ました。葉の色と同じ
色をしています。ただ形は花のま~るい形です。「きっと新種よね」と言いなが
ら見ていました。結構なお値段が付いていました。

ところがです、2.3日前の新聞に「緑のアジサイ 実は病んでいます」と言う記
事が載っていました。病原細菌は「ファイトプラズマ」に感染されたものだという
のです。

と言うことは「ファイトイナズマ菌」に感染された花が売られていることになりま
す。そんなことしていいのでしょうかね~。

この病原菌は人体には害はないのですが、植物同士の感染はするようです。
もし、庭で見つけたら感染が広がらないように隔離や処分が必要です。

そういえば、昔我が家のアジサイにも「緑色」があった様な気がします。売り物
の「緑のアジサイ」のように、何本も固まって咲いていますと「珍しい綺麗だ!」
と言うことになり商品価値を持ちますが、我が家のように1本づつ咲いています
と枯れかかっていると思ってしまいます。良くぞ蔓延しなかったと思います。

アジサイ固有のファイトプラズマはヨコバイ(セミの仲間で感染した植物の汁を吸
った後、ほかの植物の汁を吸って感染を広げていく)による感染は無く、感染した
アジサイの挿し木などで増えていくそうです。

ファイトプラズマはすでに世界の1千種ほどの植物に感染、熱帯や欧米をはじ
め、海外で猛威をふるっているそうです。地球温暖化で媒介する昆虫が活発化
し、国内を含め、更に深刻化しそうだといわれています。

あまり珍しいものを欲しがってはいけませんね。「ファイトプラズマ」のことを早く
知って良かったと思っています。



    
       園芸種の「ギボシ」です 古来の「ギボシの葉」ような優しい感じがありません    
    
             綺麗だけれど造花のような感じの「葉」です
    
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