Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2012 年を振り返る(世のなか篇)

2012-12-31 17:02:07 | Weblog
今年の社会や経済を振り返って自分として最も重要なニュースと思うのは,総選挙での圧倒的な勝利によって安倍政権が誕生(復活)したことである。まずは,その非常にアグレッシブな金融・財政政策(アベノミクス)の経済的・政治的効果がどうなるかが気になっている。

制限なき金融緩和と巨額の公共投資(国土強靱化)で経済成長を軌道に乗せることができれば,財政赤字はいずれ解消するというのがシナリオのようだ。反対する立場からは,たとえば,長期金利が上昇して国債価格が暴落して・・・などといったリスクが指摘されている。

先日,経済学者を含めた会合でアベノミクスをどう評価するかという話になった。最も専門が近いはずの研究者の答は「わからない」というもの。門外漢にあれこれ語っても仕方ない,ということがあったにせよ,専門家にとって簡単な問題ではないことは確かなようである。

そもそもアベノミクスでは,複数のお互いに対立する「学説」が同居している。金融政策を重視するいわゆるリフレ派は財政政策の効果を疑問視し,むしろ規制緩和を重要視するが,積極財政を主張する国土強靱派はそうした主張を新自由主義だとして嫌っているようだ。

アベノミクスへの反対論が主流派経済学者に多いのは,現在の日本経済はそれなりの均衡にあると見ているからだろう。日本経済を成長させるには,一時的効果はあっても長期的副作用の大きい需要側の刺激より,規制緩和やイノベーションによる供給側条件の改善が重視される。

いずれの主張も,いくつか検証不能な前提から紡ぎ出された物語だとみなすことができる。前提のいくつかが変われば物語の落ち着く先も変わる。わずかな摂動が系の長期的な軌道を大きく変えてしまうとしたら,その帰結は「わからない」という専門家の答は正しいといえる。

入り乱れる各種の言説は,それぞれ現実を部分的に反映しているのかもしれない。現実の経済は不均衡が持続する動的な複雑系であり,アベノミクスが期待する軌道は他の多くの軌道と同様に可能だという見方はあり得るだろうか。その場合も制御困難性が強調されることになる。

アベノミクスは,重病を患っている患者を前に,リスクを恐れずあらゆる治療法を施そうと主張する立場に,反対論は自然治癒力を信じ,リスクを避けることを主張している立場に喩えることができる。不確実・不可知な経済に対して,どこまでリスクをとれるかが分かれ目だ。

こうした政策が短期的に効果を出せば,来年7月の参院選挙で安倍政権が信認を得る。その結果,第三極も合わせて憲法改正が議題に上る状況が生まれるだろう。それはソ連崩壊や大震災・原発事故に匹敵する,ぼくが生きているうちに遭遇するとは思わなかった事態である。

ぼく自身は憲法を一字一句変えてはならないとは思っていないので,改正を巡る議論には是々非々で臨みたい。そうだとしても,国の成り立ちの基本に関わる問題なので,そこでの選択がのちの歴史に大きな影響を与えることは確かだ。その意味で来年は緊張に富んだ年になる。

2012 年を振り返る(自分篇)

2012-12-31 12:49:47 | Weblog
まずは仕事の話から。今年の年初に掲げた研究上の目標6つのうち,1つ(アフィリエイト広告の実態調査)はある程度遂行,もう1つ(乗用車の重装備が市場成果に与える影響)は年末ぎりぎりに着手したものの,残りはほぼ手つかずに終わった。ぼくの生産性はこんなものである。

「アフィリエイト広告」については研究助成をいただいた吉田秀雄記念事業財団に報告書を提出し,その後シミュレーション分析を拡張し続けて,その都度成果を ISMSJIMSWCSS といった学会で発表した。また,補足的な計量分析の結果を JASMIN で報告した。

アフィリエイト広告はスパムやステマということばを連想させることが多く,まともに研究されることは少なかった。しかし,この研究の成果に対して吉田秀雄財団から奨励賞をいただけたことは,こうした分野を研究する価値が認められたことを意味する。素直に喜びたい。

現在の形態のアフィリエイト・プログラムが今後どれだけ続くか分からないが,もっと多様な形での消費者生成型広告あるいは消費者駆動型広告と呼ぶべきものが今後拡大していくことは間違いない。その潜在的なメカニズムやダイナミクスについて,さらなる研究が必要である。

思い返せば,今年学会で発表した内容はアフィリエイト広告関係ばかりであった。この調子でいくと「アフィリエイトの水野」というポジションを獲得できるかもしれない。とはいえ,在庫はまだ多数あるし(現在1つを執筆中^^;),新たに取り組みたい課題もいっぱいある。

教育面では学内(富野先生)や学外(中川先生)のゼミとの合同イベントを実施したり,来年度の関東学生マーケティング大会への参加を決めたことが新機軸といえる。後者はゼミの活動内容を多少「アカデミック」な方向へ転換することを意味する。卒論を書かせる以上,それが自然にも思える。

明治大学ラグビー部のごとく「前へ」の精神でいこう。

ご恵贈感謝-マーケティング実践

2012-12-24 09:53:23 | Weblog
ご恵贈御礼シリーズの最後(多分...)は,一般のビジネスパーソンや学生向けに書かれた書籍を紹介したい。

まず古川一郎(編)『地域活性化のマーケティング』。日本マーケティング大賞を受賞した地域活性化の事例が紹介されている。「地域活性化」に関する本は多いが,巻頭・巻末にある編者によるまとめが頭の整理に役立つ。

地域活性化のマーケティング
古川一郎(編)
有斐閣


上田隆穂・兼子良久・星野浩美・守口剛『買い物客はそのキーワードで手を伸ばす』は,消費者の「深層心理」を捉えてプロモーションに活用する,ユニークな方法を提案する。実例が豊富で,実務家にとって刺激的な本である。

買い物客はそのキーワードで手を伸ばす
上田隆穂・兼子良久・星野浩美・守口剛
ダイヤモンド社

奥瀬喜之・久保山哲二『経済・経営・商学のための実践データ分析』。著者たちの講義経験から作られた,主にマーケティングデータを想定したデータ解析の教科書である。コンパクトだが,カバーしている手法は幅広い。

前半では Excel を使った分析が紹介されているが,後半で紹介される手法は,統計パッケージがないと実行できない。授業で使う場合は教師が補足すればよいが,自習しようとする読者には後半で苦労するかもしれない。

経済・経営・商学のための実践データ分析―アンケート・購買履歴データをいかす (KS社会科学専門書)
奥瀬喜之・久保山哲二
講談社

研究者にとって,一般向けの啓蒙書の出版は社会への貢献につながる。以上の3冊はそれぞれタイプは違うが,そうした貢献を目指しており,自分も見倣いたい。著者の皆様には,ご恵贈に御礼申し上げます。

ご恵贈御礼-消費者行動

2012-12-24 09:44:19 | Weblog
ご恵贈御礼シリーズその4。

最近出版された消費者行動の教科書のうち,以下の2冊はいずれもコンパクトながら内容が充実しており,もし授業でどちらかを使うとしたら非常に悩むことになりそうだ。ただし,それぞれの特徴は,副題に端的に現れている。

守口剛・竹村和久『消費者行動研究』の副題は「購買心理からニューロマーケティングまで」。そこから分かるように,行動的意思決定理論(行動経済学)や神経科学といった最先端の認知科学につながろうとする意欲作である。

ありがたいことに「研究の最前線」にエージェントベースモデルまで入れていただいた。したがって,消費者行動研究の最先端ないし未来を知りたいという研究志向の強い読者には,本書は格好の手引き書になると思われる。

消費者行動論―購買心理からニューロマーケティングまで
守口剛・竹村和久(編著)
八千代出版

一方,青木幸弘・新倉貴士・佐々木壮太郎・松下光司『消費者行動論』は,副題「マーケティングとブランド構築への応用」が示唆するように,消費者行動研究の成果を実務に応用したいという気持ちの強い読者に向いている。

本書が有斐閣アルマ・シリーズから出ていることからしても,現時点で最も正統的な消費者行動論の教科書といえるかもしれない。もちろん,両方読めば鬼に金棒である。いずれもご恵贈いただき,ありがとうございました。

消費者行動論―マーケティングとブランド構築への応用 (有斐閣アルマ)
青木幸弘・新倉貴士・佐々木壮太郎・松下光司
有斐閣


ご恵贈御礼-マーケティング

2012-12-23 11:05:30 | Weblog
マーケティング研究の最前線にいる若手・中堅の研究者からも骨太な研究書をご恵贈いただいた。

久保田進彦『リレーションシップ・マーケティング』は,何となくは知られているが,はっきりは理解されていない(少なくともぼくにとって)この概念を包括的に整理したものである。著者らしい緻密さが行間から伝わってくる。

リレーションシップ・マーケティングは B2B マーケティングと重なるし,サービス・マーケティング,あるいは CRM とも重なる。関係性や絆という概念を中核に置くので社会学,社会心理学や組織論とも密接に関連する。

そもそもリレーションシップ・マーケティングとはマーケティング活動の一分野なのか,それともパラダイム転換なのか,それらは従来のマーケティングの枠組みとどういう関係にあるのか。本書から学ぶことは多そうである。

リレーションシップ・マーケティング --コミットメント・アプローチによる把握
久保田進彦
有斐閣


寺本高『小売視点のブランド・コミュニケーション』は,著者が流通経済研究所とともに行ってきた研究の集大成である。前半では店内プロモーションの効果分析,後半では「情報発信型消費者」に関する分析が集められている。

これらの研究がユニークなのは,店内プロモーションを行動への刺激としてだけでなく,ブランドに関するコミュニケーションと見ている点であろう。したがって,購買の前段階である態度変容に対する効果が重視されている。

広告とセールス・プロモーションは昔からよく比較される。店内もまたコミュニケーションの場だという見方はその通りだが,広告のような店外コミュニケーションがどう関係するのかが昔広告業界にいた人間としては気になる。

小売視点のブランド・コミュニケーション
寺本高
千倉書房


B2B,流通はいずれも自分にとって苦手な領域。いずれはじっくり勉強しなくてはならない。そのときはこの2冊が導きの糸になるだろう。ご恵贈いただき感謝いたします。

ご恵贈御礼-国際マーケティング

2012-12-23 10:58:10 | Weblog
今年ご恵贈いただいたが紹介できなかった本の紹介第2弾。グローバルマーケティングも自分にとって知識が浅い分野の1つである。それに関して,今年頂戴した著作を紹介する。いずれも本格的な研究書である。

朴正洙『消費者行動の多国間分析』はブランドイメージに対する原産国(Country-Of-Origin: COO)効果について,とりわけ日本の周辺国の自民族中心主義(エスノセントリズム)や敵対心を扱っている点に特徴がある。

中台韓は日本にとって非常に重要な貿易パートナーでありながら,お互いに感情的な対立を孕んでいる。それが消費者行動にどう影響するのかを多面的に調べた書籍は他にないと思う。タイムリーかつ貴重な著作である。

消費者行動の多国間分析
-原産国イメージとブランド戦略
朴正洙
千倉書房

この分野の第一人者の一人で,シニアな同僚でもある諸上茂登先生の新著は,あえてグローバルマーケティングとはいわず「国際マーケティング」とタイトルに書かれている。そこに著者の主張が端的に現れている。

国際マーケティング論の系譜と新展開
諸上茂登
同文館出版

本書は著者がこの十年ほど発表してきた論文をまとめたもので,グローバル化の困難性を重視する方向へと研究が進展したと述べられている。このような考え方は Ghemawat らによっても支持されているという。

日本企業の生き残りを考えると,(広義の)グローバルマーケティングの需要性は増す一方だ。自分の研究はなかなかそこまで及ばないが,知っておくべき知識であることは間違いない。ご恵贈感謝申し上げます。

ご恵贈御礼-経営学

2012-12-22 14:49:56 | Weblog
今年は例年以上に多く方々からご著書を恵贈いただいた。自分の専門外だと内容を理解して評価することが難しく,タムリーにブログで紹介できなくなる。そうこうしていくうちに「在庫」が溜まりすぎてしまった。

そこで,これから数日間で順次,ご恵贈いただいたが未紹介の本を紹介したい。最初に(自分の苦手な)経営学から,専門書を2冊紹介しよう。生稲史彦『開発生産性のディレンマ』は著者の博士論文に基づく成書である。

著者は,日本のゲームソフト産業におけるイノベーションが衰微してきたことの1つの重要な要因として「開発生産性のディレンマ」を指摘する。これは,開発生産性の向上が画期的な製品開発の桎梏となることを意味する。

開発生産性のディレンマ
-デジタル化時代のイノベーション・パターン
生稲史彦
有斐閣


富野貴弘『生産システムの市場適応力』は,自動車産業や電機産業を対象に,需要変動に適応する生産システムのあり方を現場に即して分析している。この本も著者が大学院進学後,長きにわたって追求してきた研究の集大成である。

生産システムの市場適応力
-時間をめぐる競争
富野貴弘
同文館出版


いずれも長い年月をかけ,現場をつぶさに調べて得た成果をまとめた労作である。比較的若い年代でこのような成果を世に出されたことに,同じ研究者として頭が下がる思いである。ご恵贈いただいたことに感謝いたします。

社会物理学最先端@JIMS部会

2012-12-20 12:52:56 | Weblog
本年最後のJIMS「マーケティング・ダイナミクス」研究部会は,東京大学で社会物理学の研究をされている若手研究者お二人に発表していただいた。社会物理学とは,社会現象への数理科学的アプローチといってよい。

まず高口太朗さんによる「テンポラル・ネットワークにおける接触イベントの重要度指標」。テンポラル・ネットワークとは,リンクが時間的に変化するネットワークだ。最近急速にそうしたデータが利用可能になってきた。

日立の開発した装置を使えば,同じ職場でいつ誰が誰と接触したかを測定できる。こうしたデータを固定的なネットワークに置き換えるのでなく,動的なものとして分析していくことで,いままでにない知見を得ることができる。

高口さんは,どの接触が重要であったかを評価するアルゴリズムを提案する。ポイントは,その接触が新たな情報を量的にどれだけ増加させたかである。そのような接触は稀にしか起きないが,インパクトは非常に大きい。

逆に,重要度の低い接触を取り除いても,ネットワークの本質的特徴はあまり変わらない。なるほど・・・これは人生に対しても重要な示唆を与えてくれる(どの接触が重要かを事前に予測できれば,さらにうれしいのだが・・・)。

それはともかく,このようなアプローチはミクロ組織論の研究者にとって垂涎の的ではないだろうか。測定対象となった人々のプロファイル,業務上の成果と報酬などとつき合わせると,いくつも面白い知見が得られそうだ。

当部会の趣旨からすれば,マーケティングへの適用も考えたいところだ。ある程度独立したコミュニティにおけるクチコミ伝播とか,店舗内の行動のノンバーバルな相互影響関係など,いろいろな応用が思い浮かぶ。

次に藤江遼さんによる「コンセンサスダイナミクス:言語の共存とその安定性」。これは,オピニオン・ダイナミクスの一種であり,マーケティングでいえばネットワーク外部性のある競争モデルだ。様々な分野と関連しそうだ。

藤江さんの研究がユニークなのは,エージェントの行動原理として「多数派になりたがる選好」に加え「少数派になることの回避」を考慮したことだろう。少数派回避は選択肢が3以上になると,多数派選好と違う帰結をもたらす。

この話を聞いて,Leibenstein のバンドワゴン効果とスノッブ効果のモデルを思い出した。前者は多数派選好,後者は少数派選好に対応する。両者が混合すると,少数派回避を含む様々な選好を表現できるかもしれない。

藤江さんの研究は言語を当面の対象としており,長期の言語使用データへのフィッティングも図られている。マーケティングでいえば,デファクトスタンダードの競争への応用がすぐに思い浮かぶ。ファッションへの応用も面白い。

オピニオン・ダイナミクスは物理学の一分野としてもっぱら数理的に研究されてきた。それに刺激されつつ,ミクロレベルの実験からマクロレベルのデータ解析まで,現実との接合をはかる研究がもっとあってもいいと思う。

・・・ということで,今回も刺激的な発表を聴くことができ,実り多い年末を迎えることができた。来年もまた,この部会に各分野の優れた研究者をお呼びして,マーケティング研究との橋渡しの役割を担っていきたい。

課題は,マーケティングの側から,他分野の研究者にとっても eye-opening な研究を報告することである。自分としても,まだそうした挑戦をあきらめるつもりはない。

マーケティング・リサーチ温故知新

2012-12-15 10:04:12 | Weblog
朝野熙彦先生の近著は『マーケティング・リサーチ』という,極めてオーソドックスな名前がつけられている。何年か前に共分散構造分析やRの入門書を出されているが,本書では因子分析,クラスタ分析という伝統的な多変量解析から始め,コンジョイント分析へと進む。

最近,観察調査など質的なマーケティング・リサーチ手法が脚光を浴びている。朝野先生もダイレクト・リサーチという概念を提唱するなど質的手法を評価されているが,本書では長年育まれてきた定量調査+多変量解析というアプローチに依然として価値があることを主張されている。

マーケティング・リサーチ
―プロになるための7つのヒント
(KS社会科学専門書)
朝野熙彦
講談社

コンジョイント分析に次いで,多重ロジスティック回帰,コーホート分析,ベイズ推定法などが紹介される。このうちコーホート分析とは年代×年次データを「年代」「年次」「世代(コーホート)」の3要因の効果に分解する手法で,データが揃っていれば大変使いでがある。

しかしながら,これまでコーホート分析について分かりやすく指南する邦語文献はなかったと思う。本書では,まずこの手法の歴史を遡り,1つの到達点として中村隆氏が開発したアプローチを紹介し,最後にムーア・ペンローズの一般逆行列を用いた簡便法を提案している。

本書はマーケティング・リサーチの実務家を主な対象とし,コンパクトで読みやすい。ただし,それなりに数式が出てくるので,数学が苦手な読者は覚悟する必要がある。入門書として数学的原理を曖昧にする戦略もあるが,そこを妥協しないのが朝野先生の流儀である。

ぼくがマーケティング・サイエンスの世界に関わったのは,仕事上コンジョイント分析を学ぶ必要があったからで,それ以来朝野先生の著作(あるいは学会・研究会での直接のご指導)に大変お世話になってきた。今後もさらにどんな著作が上梓されるのか楽しみである。

なお,本書をご恵贈いただき感謝いたします。


なぜグレイトフル・デッドが?

2012-12-14 09:04:14 | Weblog
昨年のいま頃出版され評判になった本をいま頃読む。ロックバンドのグレイトフル・デッドがいかに優れたマーケティングを行ってきたかが綴られている。このバンドがコンサート中のファンによる録音を許していることは「フレーミアム」戦略の例としてこれまで度々言及されてきた。

だが,グレイトフル・デッドが実業界に先立って始めた優れた実践はこればかりではない。1960年代の後半にすでに「顧客データベース」を作り,ファンへダイレクトメールを送っていたという。他にもいろいろな例が紹介されているので,興味のある方はぜひ本書を読んでいただきたい。

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ

D. M. スコット, B. ハリガン (著),
糸井重里 (監修), 渡辺由佳里 (訳)
日経BP社

なぜそこまでグレイトフル・デッドは,時代を先取りできたのか?彼らは別にMBA取得者ではないし,有名なコンサルタント会社と契約していたいう話も聞かない。本書が示唆しているのはその逆で,アンチビジネス的な志向が,ビジネスでの成功をもたらしたという逆説だと思われる。

いうまでもなくその源流は,60年代の対抗文化にある。その点ではアップルとも類似している(求道者的なアップルないしジョブズに比べ,グレイトフル・デッドはもっと大らかに見えるとしても)。アンチビジネスとビジネスの奇妙な関係は興味深く,いずれ探求してみたいテーマである。

本書は非常に読みやすく,かつ楽しい。マーケティングについては腑に落ちる話ばかりである。ただし,グレイトフル・デッドの音楽だけはピンとこなかった(YouTubeで視聴しただけだが)。そこに共感するには,本書がいうように実際にライブを体験する必要があるということか・・・。

JIMS 研究大会@電通ホール

2012-12-09 21:33:06 | Weblog
12月9日,朝から電通ホール(汐留)で開かれた日本マーケティング・サイエンス学会の第92回研究大会に参加。八島明朗先生(早大)の報告にコメントをし,自分の部会の活動報告をしたあと,澁谷覚先生(東北大)に研究報告をしていただいた。澁谷さんの JIMS デビューの瞬間だ。

澁谷さんは JIMS をアウェイと感じておられるようだが,この学会でも実験アプローチの研究は決して少数ではない。マーケティング・サイエンスで一世を風靡した(?)コンジョイント分析もまた実験といえる。行動経済学に刺激を受け,実験による研究は今後さらに増えるだろう。

午後のセッションでは,濱岡豊先生(慶應大),鶴見裕之先生(横国大)がそれぞれ Twitter データを用いた研究を報告された。データの収集や処理におけるパワーでは理工系の研究者に一日の長があるものの,いずれもマーケターらしい視点を入れた,手堅い分析であった。

坂本和子先生(京都工繊大)のデザイン嗜好の研究は,ぼくが JIMS で最も楽しみにしている発表の1つである。東アジアで行われてきた国際比較調査がフィンランド,オランダに拡大され,興味深い結果がさらに蓄積されているようだ。次回どんな結果が発表されるのか楽しみである。

旧知の研究者・実務家とお会いできるのもこの学会のうれしい点だが,しかし,だんだんそれを味わう機会が減りつつある。懇親会の参加者が大会参加者に比してかなり少ない。特に,この学会の中核を担っている中堅・シニアの方々が少ない。彼らと話したい若手には残念なのでは・・・。

発表の量や質が以前より低下しているというわけではない(多分)。しかし,少なからぬ発表者が発表だけして立ち去っている。研究大会は単なる顔見世興行でしかない。発表する人と聴講する人が以前に増して分化して互いの交流がない。こういう現象は他の学会でも見られるかもしれない。

しかし,ぼくが入会した四半世紀前の JIMS はそうでなかった気がする。もっと小規模だったが(いや,その故か)相互の交流があった。よく考えれば,あれは学会というより,ワークショップに近いものだったのではないか。この学会がこの規模のまま,当時に戻ることは難しいだろう。

JIMS は静かに衰退しつつある・・・と感じる(正確にいえば「あの頃の」JIMS と比べて,だが)。ただし,JIMS の原単位は部会にあり,どこかの部会に属して議論を戦わせようというのが元々の考え方だ。問題は,したがって,研究大会ではなく個々の部会の活動にあるのかもしれない。

部会がオープンで,研究者間の交流の場になっているのか。大会での発表権を獲得するためだけの手段になっていないか。そうした意味では,僭越ながら自分が主宰する部会は,本来の趣旨に沿った交流の場を提供しているのではないかと思う(学会員以外に開かれすぎているとしてもw)。

とはいえ同じメンバーで運営される部会はどうしてもタコツボ化する。部会よりは大きく,肥大化・ルーティン化した学会よりは小規模な,流動的で柔軟なワークショップが最適になる。SMWS は1つの試みだが,それに限らない。自分でもできることとして,ワークショップを構想しよう。

行動経済学会@青山学院大学

2012-12-09 21:31:22 | Weblog
12月8日,共同研究を行っている山田尚樹君(筑波大)の発表を聴きに,青山学院大学で開かれた行動経済学会第6回大会を訪れた。実験社会科学カンファレンスとの合同開催で,併行セッションが7つもある。老若男女,様々な分野の研究者が集まり,賑わいを見せていた。

山田君の発表終了後,マーケティング・サイエンス学会(JIMS)が開かれている汐留に移動する手もあったが,行動経済学の動向を知りたくて,そのまましばらく居残った。新会長の池田新介先生(阪大)の講演が終わる直前に,JIMS の懇親会に出るため会場を去った。

池田氏は講演で,消費者はしばしば「自滅する」選択を行うが,そうした行動は稀少な資源である「意思力」を最適配分した結果として説明できることを論じられた。いかにも経済学者らしい議論だが,会場に少なからずいたであろう心理学者たちがどう聞いたかが気になる。

自滅する選択―先延ばしで後悔しないための新しい経済学
池田新介
東洋経済新報社

竹内幹先生(一橋大学)の発表では,消費者の推論プロセスがアイトラッキングで測定され,下條信輔先生(CALTEC)の視線のカスケード現象と比較されていた。経済学と心理学が架橋されつつあるのは事実で,お互いの差異を残しつつ,刺激し合っていくとしたら素晴らしいことだ。

この学会には,星野崇宏先生(名大)が主宰するマーケティングのセッションもある。マーケティングと心理学の交流は深いが,経済学との交流は計量経済学的手法の導入に留まる。しかし,行動経済学を介してつながっていくことはあり得るシナリオで,今後の発展に大いに期待した。

ぼくが最も興味深いと思ったのは,鷲田豊明先生(上智大)による「人工社会における構造と人格」という発表だった。方向性と速度だけで表される「個性」を持つ膨大な数のエージェントが,空間上を飛び回って相互作用するというモデルだが,そこからある種の秩序が創発される。

このモデルが生み出すパタンを社会の原型と考えていいのか,どう解釈すべきかよく分からないが,非常に刺激的である。物理学者なら,この現象に合致する数理モデルを見いだすかもしれない。なお,この発表があったのは行動経済学ではなく,実験社会科学のセッションであった。

学歴は必要なのかクソなのか

2012-12-05 09:10:38 | Weblog
学歴あるいは学校歴は,本書の帯にあるように「綺麗ごとばかりじゃすまされない」問題だ。大人はしばしば建て前と本音を使い分ける。大学に進学すべきか悩んでいる高校生,あるいは卒業する価値があるのか悩んでいる大学生にとって,大事なことはまず「事実を知る」ことだろう。

本書の前半では,教育社会学者である中村氏が「受験競争」という現象を諸外国との比較や競争という社会的機能の観点から語っている。後半では計量社会学者である吉川氏が,学歴と社会階層の関係について語っている。いずれも研究の蓄積を踏まえつつ,わかりやすく書かれている。

学歴・競争・人生:
10代のいま知っておくべきこと
(どう考える?ニッポンの教育問題シリーズ)
吉川徹,中村高康
日本図書センター

学歴・学校歴が人生において重要かどうかは,その人が選択した人生次第である。つまり,万人に当てはまる一般則があるわけではない。本書はあらゆる角度から,そう単純ではない現実を解き明かそうとする。したがって読者は結論を急がずに,著者の議論にじっくりつき合うべきである。

しかし,諸事情で悩みが頂点に達しており,焦りを感じている方は,まず5章を読んでみてもいいかもしれない。そこでは,18歳の時点での進路として「高卒正規就職」「大学進学」「フリーター」の3つが提示され,それぞれの選択に対する得失がデータに基づいて論じられている。

本書が本来想定している読者は高校生だが,大学に入学したものの,将来に展望を見出せないでいる大学生にとっても読む価値があるし,自分の子どもや孫の進路を心配する大人にとっても有益な本だ。最終章での政策提言も議論を喚起しそうで興味深い。多くの人にお奨めできる良書。

関東学生マーケティング大会@早稲田

2012-12-01 23:08:29 | Weblog
早稲田大学で開かれた関東学生マーケティング大会を聴講した。わがゼミに参加しないかという打診を受けたので,下見のためである。学生が運営しているということで,会場は多数のスーツ姿の学生で溢れていたが,教員の姿はほとんどない。教室の端っこで発表を聴いた。

参加しているのは首都圏の12大学18ゼミの約50のグループだ。1次審査でそれが9グループに絞られ,2次審査でさらに3グループになり,最終審査で順位がつけられる。1次審査は院生が行い,2次,最終審査では7人の企業人が中心になる。それ以前に論文審査もある。

二次審査と最終審査を聴いたが,その範囲ではどの発表も「問題意識→予備調査→既存研究のサーベイ→仮説の設定→質問紙調査→仮説検証(ほとんどが共分散構造分析を使用)→マーケティングプランの提案」という形式を踏んでいた。これがデファクトスタンダードなのだろうか。

細かい点では突っ込みどころ満載で,さすがに学会発表できる域には達していない。しかし,おそらく参加学生の大半は3年からマーケティングのゼミに入り,約半年しか経っていない。それを考えると驚くほど高いレベルだ。自分のゼミでどこまでできるか・・・いい刺激になった。

ただし,そうした方向性に,審査員となった日本を代表する企業のマーケターたちは多少違和感を感じていたかもしれない。最後の講評での「来年からは共分散構造分析は禁止したらどうかと他の審査員と話していた」というジョークが,それを端的に表していたように思う。

最初に閃いた現実的な問題意識を,消費者行動研究の文献から見つけた一般的な理論と対応させ,抽象的な構成概念に転化させる。測定変数を与え,パス図を描き,共分散構造分析にかける。こうした流れは「普遍的な」知識の獲得を目指す学術的研究としては間違っていない。

しかしその結果,ビビッドな問題意識があまりに一般的な,驚きのない命題に回収されるおそれがある。実務家たちはそこを残念だと感じたのだろう。この矛盾は,大学におけるマーケティングの研究・教育が抱える問題そのものでもある。難しいが,挑戦しがいのある課題といえよう。

ちなみに今回の最優秀賞は早稲田大学・守口剛ゼミのグループ,2位,3位はいずれも慶應義塾大学の清水聰ゼミのグループであった。学会でよくお目にかかる先生方だ。Congrat !