Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「計算社会科学」の3段階

2016-12-09 02:49:28 | Weblog
ワシントンDCで開かれた IEEE Big Data 2016 で、計算社会科学ワークショップが開かれた。つまり、米国に本拠がある国際的な電気・電子学会のビッグデータに関する会議で、一種の社会科学の小会議があったというわけである。聴講して感じたことをまとめておきたい。



計算社会科学(Computational Social Science: CSS)については当ブログで何回か取り上げてきた()。笹原和俊さんによるまとめが有用だが、簡単な定義は Wikipedia にもある(ただし日本語版は computational economics を「計量」経済学と訳すなど、やや難あり)。

自分なりのテキトーな定義でいうと、CSS とは「研究においてコンピュータをインテンシブに使う社会科学」である。現在の社会科学でコンピュータを全く使わないことはあり得ないので、「インテンシブ」というのは相対的な問題だ。といっても暗黙の線引きはあるはずである。

それはともかく、今回のワークショップでの発表を聴きながら、CSS には次の3つのタイプ(見方によっては「段階」)の研究があるように思えてきた。

(1) Computer Science applied to Social phenomenon
(2) Computer Science applicable for Social Science
(3) Computational Social Science as a synthesis

(1) は、コンピュータサイエンス(例えば機械学習)の研究で、適用対象がたまたま社会現象になったと思わせる研究である。その手法を適用する対象は本当のところ社会現象でなくてもよかったと。今回は IEEE の会議の一部となったので、そういう発表が多くても不思議はない。

しかし、それでは「社会科学」との接点は生まれにくい。それが生まれるのは (2) のタイプの研究である。その研究自体は社会科学的な含意をほとんど持たなかったとしても、そこで用いられた手法に社会科学的に興味深い知見をもたらす可能性を感じられるなら、(2) に分類される。

今回聴いた発表では、たとえば交通信号機に設置したカメラで通行するクルマを撮影し、画像認識でブランドを識別するという研究がそれに当たる。この装置が広域に設置され、地域別の車種別通行状況を分析することが可能になれば、社会科学的にも面白い知見が得られるだろう。

最近、経済学やマーケティングサイエンスでも、ディープラーニングのような機械学習の手法が導入され始めている。消費者や企業の行動をこの手法でまるごとモデル化するというより、そのままでは扱いにくい画像データなどを、既存モデルに入力しやすく変換するのが目的だ。

(3) は、その研究から得られた知見が社会科学上の知識の蓄積に直接貢献する場合である。今回聴いた発表では、ジョナサン・ハイトの道徳心理学的な理論枠組みを Twitter データを用いて検証した Kaur and Sasahara による研究が、その典型的な成功例の1つといえよう。

今後、(1)→(2)→(3) という順で研究が増えてこそ、CSS の旗を立てた意味が出てくる。そのためには、けっこう (2) の研究が重要ではないかと思う。社会科学者にとっては、CSS に将来性があるだけでなく、自分にも貢献の余地があると感じられることが必要となるからだ。

こうした流れに乗って、Computational Marketing Science (CMS) を推進してみたいという誘惑に駆られる。上述の定義に照らせば、統計モデルの推定に MCMC を使うのも CSS と呼べる。もちろんそれでいいのだが、新しい概念を提案する以上、手法の幅を広げたいものである。

社会はなぜ左と右にわかれるのか
――対立を超えるための道徳心理学
ジョナサン・ハイト
紀伊國屋書店