Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

30分で読めるマーケティング入門

2012-01-30 00:37:54 | Weblog
経済学のように体系化された学問では基礎→中級→上級と教科書が揃い,積み上げ式に学ぶ必要がある。理工学ではほとんどの分野がそうなっているに違いない。だが,やはり大学で講義されている「マーケティング」という科目は趣が違う。そういう積み上げ式ではできていないように思う。

マーケティングにも,誰もが知っておくべき基礎知識はある。それは,STP+4P,つまり Segmentation,Targeting,Positioning と Product,Price,Promotion,Place だろう。マーケティングの実務家は最低限それだけは知っている。それだけ知っていれば十分ともいえるかもしれない。

もしそうならば,なぜ大学で1年もかけて「マーケティング」について講義したりするのか?(企業の研修でも,最低何時間かはかけて教えているはずだ・・・)。その理由は,STP+4P という原理自体は簡単だが,それがどんな文脈に置かれるかで様々な「各論」が生まれてくるからだろう。

つまり,マーケティングという知識は,中核に簡単な原理があり,それが現実のなかで円環状に広がっていく。知識が基礎から高度な水準へと階層的に積み上がっていく通常の科学とそこが違っているのだ(マーケティング・サイエンスという研究者たちの営為については話は別である)。

ただ,マーケティングをいきなり STP から始めるとうまくいかない。それ以前に,もっと根底的な原理がある。それは「視点」とか「方向性」といってもよい。たとえば顧客の立場に立つとか,価値創造とか,一見自明のことのようでいて,考えれば考えるほど頭を抱えたくなる問題がある。

そういうことも含めて「30分で読めるマーケティング入門」といった本がないかな・・・ないなら自分で書けないかな・・・と思っていたら,実はそれはすでに存在した。神戸大学の小川進教授が著した以下の書物である。イラスト満載で全32頁。実際,30分で読み終えることができる。

ドクター・オガワに会いにいこう。―はじめてのマーケティング
小川進
千倉書房

この本では単純な STP+4S の解説にとどまることなく,マーケティングの視点を以下の14のメッセージにまとめている。
1: マーケティングは△(三角形)で考えます。
2: マーケティングで使うお金は費用(コスト)ではなく投資です。
3: マーケティングで目指すのは需要を創造し,拡大再生産することです。
4: お客の期待を上回ることがマーケティングのカギになります。
5: 大切なのは方向性です。
6: もやしっ子でも勝てる土俵を目指す。
7: マーケティングでは顧客の立場に立ったイマジネーション(想像力)が重要です。
8: マーケティングでは2つの「差」が重要です。1つは買い手間の差(市場細分化),もう1つは売り手間の差(市場差別化)です。
9: ブランド。重要なのは「もっともらしさ」です。
10: 仕組みでも他者と差をつけることができます。
11: 4P から 4C へ。
12: 気がつくと売り手思考になっている。そんなことはよくあります。
13: 市場の大きさは人によって違って見えます。
14: お客様の声を我儘と取るか経営革新の機会と取るか。それが問題です。
こうしたメッセージは,もしかしたら全くの初学者よりは,マーケティングについて一定の知識を持つと自負する者こそ熟読すべきかもしれない。もう1つ付け加えておきたいのは「30分で読める」=「30分でわかる」では必ずしもないことだ。実際は沈思黙考する十分な時間が必要だろう。

このような良書がすでにあるので,いまさら自分が「30分で読めるマーケティング入門」を書く意味はないように思える。しかし,自分なりのマーケティング理解を深めるよい機会になるかもしれない。多くのマーケティング教員・研究者が競ってそういう小冊子を書くと面白いと思う。

スティーブ・ジョブズに捧げる

2012-01-27 08:08:33 | Weblog
一橋ビジネスレビューの2011年冬号は,昨年急逝された天野倫文氏が編集された「インド市場戦略」がメインの特集である。そこでサブとしてひっそり特集されているのが,一橋大学イノベーション研究センターを中心に,名だたる経営学者たちが寄稿した,スティーブ・ジョブズへの追悼だ。

青島矢一氏(一橋大学)はアップルの製品の魅力を「モノにとらわれず、モノにこだわる」ことだという。アップル,あるいはスティーブ・ジョブズのモノへのこだわりについては,いまさらいうまでもない。青島氏はいう―
・・・かつてホンダ(本田技研工業)が、デザイン重視でボンネットを低くするために、エンジンまで低くしてしまったという話を思い出す。そんなこだわりがかつての日本企業にもあったのだ。
では,一方「モノにとらわれない」とはどういう意味なのか。それは「物理的な構成物」にとらわれず,「機能の束」としてつねに変化し続けることをいう。青島氏はアップル製品が「非連続的な新しい世界の体験という素晴らしい贈り物を、僕たちにプレゼントしてくれた」という。

延岡健太郎氏(一橋大学)は「日本の製造企業は学ぶべき師を失った」と書く。1つはやはりモノづくりへのこだわりであるが,もう1つは「意味的価値」の創出である。延岡氏の近著『価値づくり経営の論理』の背景となった研究は,実はジョブズがきっかけであったことが明らかにされる。

延岡氏もまた次のように慨嘆する―
筆者も二十数年前に自動車を企画していたときには、たとえば、グローブボックスを閉める音や感触についてさえも何日もかけて気持ちよいフィーリングを追求していた。しかし、近年の競争環境のなかで、そのようなこだわりが過剰品質につながると思い込む企業が増えている。
そもそもアップルを支えているものは何なのか。米倉誠一郎氏(一橋大学)がアップル製品との長い付き合いを回顧するなかで登場するキーワードは,Wow! であり,エキサイトメントであり,クレイジネスであり,精神の自由である。それらを共有するのがもう1つの林檎,ビートルズだ。
「スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルがどうなるのか」。そんなことはどうでもいいことだ。ただ、その作品を耳にしたり、手にしたりしたときに、体中に衝撃が走り「僕は自由だ」と大声で叫ぶことができるような音楽や製品に、これから先も出合い続けることができるだろうか。それだけが、それだけが、それだけが大事な問題なんだ。
最後に武石彰氏(京都大学)のことばに耳を傾けよう。武石氏は冒頭,自分が音楽,小説,映画,建築,絵画について熱く語り合う友人たちは皆,マック・ユーザであると述べる。そのことの根底にあるのは「美しく,楽しく,自由なものが好き」という taste だという。

taste についてジョブズが語ったことばが引用される―「問題はマイクロソフトに taste がないことだ。まったくない。それはすごく大きな問題なんだ。僕が悲しいのはマイクロソフトが成功したことじゃない。それはいいんだ。悲しいのは、マイクロソフトがつまらない商品をつくることなんだ」。

武石氏自身のことばも引用したい―
taste というのはすごく個人的なもので、好き嫌いがある。でもときどき誰かの taste が世界を動かすことがある。ビートルズ、ボブ・ディラン。音楽ならわかる。ジョブズは情報通信の世界でそれをやった。不思議なことだ。まあしかし、とにかく、彼の taste がそれだけよかったということだ・・・
寄稿された経営学者たちのことばはいずれも納得いくものだが,とりわけ最後の武石氏のことばには目を見開かされた。クリエイティビティの基礎には,よき taste がなくてはならない。自分が本来研究しようと思っていたのはそこではなかったのか・・・。研究でも taste が命。

一橋ビジネスレビュー
59巻3号(2011年WIN.)
東洋経済新報社

↑画像がないのはいかにも taste に欠けるなあ・・・

パーソナルネットワーク

2012-01-26 09:24:22 | Weblog
ネットワーク科学,あるいは複雑ネットワークの研究の発展は著しく,マーケティング・サイエンスにも一定の影響を与えている。だが,その華やかさに目を奪われて,忘れてしまいがちなことがある。それは,そのネットワークを構成しているのが「人間」だということである。

ネットワークという抽象化によって数学的扱いが容易になり,物理学や生物学との交流が実現した。それ自体は望ましいことだが,一方で社会科学者がこだわるべき固有性がある。本書の著者,安田雪先生が「パーソナルネットワーク」と題する書物を著した動機は,そこにある。

パーソナルネットワーク
―人のつながりがもたらすもの
安田雪
新曜社

本書は常識的な意味での入門書ではない。社会ネットワーク分析や複雑ネットワークの諸概念を積み上げ式に学ぶのでなく,研究や応用の最先端の話題を早い時期から取り上げていく。必要な基礎概念は注で説明される。少し背伸びしなくてはならないが,興味は駆り立てられるはずだ。

そこが,ぼくが本書を商学部2年生のゼミで輪読に用いた理由である。基礎概念は教師が補足すればよい。それよりも,パーソナルネットワークに関する多種多様な話題・議論を次々と味わってもらい,ネットワーク科学の可能性をそれなりに感じてもらうことが重要なのだ。

ぼく自身にとっても,当面の研究課題の1つ,クチコミ・マーケティングについて考えるうえで非常に勉強になった。クチコミの伝播モデル化において,消費者が自己を取り巻くネットワークをどう見ているか,2歩先,3歩先をどう読んでいるかを,もっと深く考える必要がある。

あっと思ったのは,著者が「孤独」という問題に一節を当てている点だ。孤立点は社会ネットワークの外れ値として除外されがちだが,実はそこに社会の成り立ちを考える手掛かりがある。孤独と孤立は同じではない。ここでの議論は,安田先生の人に対する温かい眼差しを感じさせる。

パーソナルネットワークを利用したマーケティングとしては,ソーシャルメディアが云々される以前からマルチレベル・マーケティングがあり,本書でもその仕組みと是非が議論されている。人と人との紐帯は傷つきやすく,脆い。マーケターはそのことへの責任を自覚する必要がある。

「ソーシャル」ということばが氾濫するマーケティングの世界にとって,本書は少し立ち止まって,人と人との関係の本質的な意味を考えさせてくれる。ソーシャルメディアのマーケティング活用を考えるマーケティングの実務家や研究者にとって得るところが大きいはずである。

脳科学と意思決定~JIMS部会

2012-01-24 23:01:05 | Weblog
月曜夜の JIMS 「消費者行動のダイナミクス」部会には,理化学研究所/北海道大学の鈴木真介さんにご発表いただいた。鈴木さんは進化ゲームの理論を研究したあと,脳神経科学の分野に移った。「神経経済学」あるいは「神経社会科学」の最先端をいく若手研究者の一人である。

最初の話題は,行動経済学の核心といってもよいプロスペクト理論(prospect theory)の神経科学的基礎について。この理論を構成するフレーミング効果(framing effect)と主観確率の歪み(probability istortion)について,神経科学の最新の研究動向が紹介される。

フレーミング効果とは,人間はゲインとフレーミングされるとリスク回避的になり,ロスとフレーミングされるとリスク追求的になることだ。De Martino らはこれを行動実験で確認したあと,このような意思決定が Amygdala(扁桃体)の活動と相関することを示した。

一方,この理論の予想に反する意思決定の際には,ACC が活性化する。扁桃体は感情と関係し,ACC は葛藤と関係する。したがって,フレーミング効果を引き起こす感情的なシステムと,そうではない理性的なシステムの両方が人間の頭脳に存在していると示唆される。

ところが,ゲインとロスを同時に含む選択肢を提示した Tom らの実験では,ゲインとロスと相関するのは Striatum(線条体)とvmPFC という報酬の処理と関係する部位で,扁桃体ではなかった。つまり上の研究と違い,一元的な機構でフレーミング効果が説明される。

面白いのが,最初の実験を行った De Martino らが二番目の実験と同じ枠組みに沿って,ただし扁桃体に損傷のある被験者を使って実験を行ったことだ。するとフレーミング効果が予測する損失回避傾向が弱まった。したがって,やはり扁桃体は効いている,というわけだ。

主観確率の歪みについても,Tobler や Tsu らによって神経科学的な研究が行われている。それによれば,主観確率の歪みの各種タイプに Lateral PFC ,Ventral Striatum といった部位が関係する。主観確率の評価に,複数の評価システムが存在していることが示唆される。

プロスペクト理論の神経科学的研究は,まだ「定説」を生み出すには至っていない。とはいえ,理性的なシステムと感情的なシステムが意思決定に関わっているという知見は魅力的でもある。消費者行動を考えるうえで,つねにこの二重構造を頭に置いておいたほうがよい。

次いで,鈴木さん自身の研究が紹介された。その成果を一言でいうなら,人間は他者の意思決定を,自分の意思決定と同じ脳内機構を用いて理解することがわかった,ということになろう。そのために,被験者に他者の選択を観察させ,予測させるという実験が行われた。

この仮説は,幼児がある成長段階に達すると,他者の行動を他者の視点に立って理解できるという「心の理論」と関連する。さらにえば,人(猿)が他者の行動を観察するとき,自分が実行するときと同じ脳の部位が活性化するというミラーニューロン説ともつながる。

観察対象の他者は,表示された確定的な利得と表示されていない(しかし一定の)確率に基づいて選択している。獲得する利得を最大化するには,確率を学習しているはずだ・・・そこで他者の選択を予測しなくてはならない被験者は,「他者の学習」を学習していくことになる。

被験者の振る舞いを再現するモデルを比較することで,興味深い知見が得られている。人間が他者の行動を予測する場合,過去の行動から外挿的に予測するという戦略と,他者の知覚(内面)まで踏み込んで予測するという戦略を併用していると考えると辻褄が合うようなのだ。

この話を聴きながら,ぼくは Bem の自己知覚理論との関係が気になった。これは,人間が自分の感情を理解する際に,あたかもそれが他者であるよう知覚するというもの(と思う)。今回の研究と逆方向のようでいて,もしかすると表裏一体の関係にあるのかもしれない。

他者理解は人間の社会性の基礎にある。そこは蟻のような社会性動物の「社会性」とは違う部分である。それを支える脳内の機構が,神経科学の周到な統制実験と客観的な計測によって解明されつつある。このことは,消費者行動のモデリングにとって無視できない動きである。

もちろん重要なことは,マーケティング・サイエンスや消費者行動の研究が,神経経済学/神経社会科学の研究から「何を」「いかに」学ぶかということである。鈴木さんを囲む懇親会のさなか,熱い議論を冷ますように雪が降り始めた。皆さん無事に帰宅されたことを祈りたい。

FRIDAY 東日本大震災全記録

2012-01-21 23:35:27 | Weblog
東日本大震災についてはいくつも写真集が出版されている。篠山紀信氏の写真集を見たときは,アートとしてのある種の「美しさ」と悲惨な現実との組み合わせに複雑な心境にさせられた。FRIDAY はそうした芸術写真の対極にある。FRIDAY が見た震災の悲劇というものもある。

FRIDAY (フライデー) 完全保存版
東日本大震災全記録 2012年 1/3号
講談社

論議を呼んでもおかしくないのは,布に覆われた犠牲者のご遺体を写した写真がいくつか掲載されていることだろう。そうした写真は新聞社系の写真雑誌などではほとんど掲載されていないように思う。タブーがあるのだとしたら,FRIDAY はそれを破ることで「らしさ」を示したといえる。

もちろん,現地で目撃されたあまりに悲劇的な情景を報道することは読者に過大なショックを与え,災害報道にセンセーショナリズムを持ち込むといった批判が予想される。一方で,過去の戦争や災害についてそうした写真が後世に残され,歴史の教訓とされてきたという議論もあり得る。

FRIDAY はそのあたりを十分考えて,一定の抑制を保ちつつ,こうした写真の掲載に踏み切ったのだろう。少なくともぼくの感覚では,それらの写真はより深い悲しみと怒りを被災地から離れた場所に住む人々に伝える力があり,然るべき時期に報道されるべきものだと思われる。

映画に見る危機の中の身体/世界

2012-01-14 23:03:34 | Weblog
本日明治大学リバティホールで「映画に見る危機の中の身体/世界」と題する映画祭+シンポジウムが開かれた。メインは世界中のショートムービーの上映会であり,シンポジウムのようだが,ぼくは夜の部のみ参加した。そこで東日本大震災に関する映像が上映されるというからだ。

満席だったら困ると思って直前のセッションから顔を出した。それは「琴姫 & MAHARI GIRL'S」 のチャリティーコラボ。琴姫さんは年齢不詳(?)の女性シンガーだが,MAHARI GIRL'S は小中学生の少女ユニット。彼らが狭い教壇で歌って踊るのを見るのは,少し不思議な体験だった。
このコラボの出番が終わると,観客のかなりの部分が入れ替わった。ビデオを回していた大人たちは少女たちのファンだったのか,それとも家族だったのか・・・。
海外の研究者のビデオメッセージのあと,木之村美穂氏が震災の被災者を取材して撮った「Three Eleven 記憶の中で」というドキュメンタリーが上映された。木之村さんは CM ディレクターとして活躍されてきた方だが,東日本震災の直後に居住されている LA から帰国された。

木之村さんは被災地のボランティアに参加,一人でカメラを回して取材を続けた。映画では5人(4組)の被災者の方々の証言を,時折印象的な映像を挿入しつつも,淡々と紹介していく。悲しみを秘めつつ前向きに生きようとする人々の姿に,人間の強さを感じて感銘を受ける。

最後の証言者は福島・亘理町の男性。幼い子どもを2人失うという悲しみのなか,地元で遺体の捜索にあたってきた。気丈に語る男性だが,いま一つだけ叶うとしたら何を望むかという最後の問いに,子どもの声をもう一度聞きたいと答える。目頭が熱くなるのを抑えられない。

そのあと上映された,東京大学が開発した全方位カメラによる震災の記録は,技術の可能性を知るという点で興味深かった。Google のストリートビューと同様,このカメラは前後左右と上方の映像をすべて記録する。これを載せた車で東日本大震災の被災地を縦断したのである。

今日上映されたのはその一部だが本邦初公開だという。映像の流れがカクカクしており,見ていると疲れる。なぜそうなるかというと,膨大な情報量なので,現状では間歇的に情報を保存させるしかないためようだ。ただし,CG 技術を適用すればもう少し見やすくなるという。

この技術を用いれば,ある環境の出来事をすべて映像として保存しておき,あとで必要な部分を切り出したり,その環境に擬似的に没入したりできる。街並みの記録といったこと以外に,たとえばスポーツをこうしたカメラで記録しておくと,従来にはない映像が作れるのではないか。

なお,この映画祭+シンポジウムは,明治大学政経学部のシドウイッツゼミナールが主催したとのこと。世界中から映像を集め,有識者を集め,ポスターやホームページを制作して集客し,当日の運営を仕切るという全プロセスを1つのゼミで行ったというのは凄いことだ。

Head First データ解析

2012-01-13 09:34:37 | Weblog
統計学あるいはデータ解析の基礎について,ビジネスパーソン向けに書かれた入門書・・・というと他にも類書がいっぱいあるが,この本はかなりユニーク。お得意先からの依頼に統計アナリストとしてどう答えるか,という視点で架空のストーリーが構成され,統計学の手法が紹介されていく。

Head Firstデータ解析
―頭とからだで覚えるデータ解析の基本
マイケル・ミルトン
オライリージャパン

本書でカバーされている話題は以下の通り:

実験計画
最適化
データの可視化
仮説検定
ベイズ統計と主観確率
ヒューリスティクス
ヒストグラム
回帰分析
RDBとクリーニング

これを見ても非常に個性的であることがわかる。つまり,データ解析の本でありながら実験の話で始まり,いきなり最適化(線形計画法)の話題になって,次に可視化に触れる。ベイズの定理を用いた意思決定については,2章を割いて詳しい叙述がなされている。

一方,統計学の入門書であればメインに扱われる仮説検定や回帰分析については,最小限(見方によっては不十分な)知識しか与えられない。とはいえ,Excel の統計ツールではなく,フリーの統計ソフト R の利用を薦めるあたり,著者のこだわりが感じられる。

架空の事例のストーリー構成はユーモアに富んでいて,なかなかよくできている。分析の結果にクライアントは大喜び!という結末ばかりで,経験者はそんなにうまくいかないだろ・・・と思いがちだが,初心者を動機づけるにはこれぐらい書く必要があるかもしれない。

この本を商学部3年生のゼミで輪読した。ふつうの統計学の教科書を読むよりは,学生たちには読みやすかったはずだ。自習書としても薦めたいところだが分厚すぎるのと,理論的にやや疑問の記述もあって,一定の知識を持つ教師が教材として用いるのが最適だろう。

実務家や実務家志望の学生向けに,本書と同じくらい面白く書かれ,しかしもう少しコンパクトで,手法をより深く紹介するような統計学・データ解析の教科書があってもいいのではないか・・・いつか自分でそういう本を書いてみたいなと,ちらっと思ったりする。

2012年 研究の抱負

2012-01-01 14:05:51 | Weblog
2011年3月11日に起きた東日本大震災により多くの人々が命を失い,家族や財産を失った。地震による直接的な被災に続き,原子力発電所の事故が広範な放射能汚染を引き起こした。こうした事態は,志の低い一マーケティング研究者にもそれなりの衝撃を与えた。

ここ数年クチコミ・マーケティングを研究してきた者として,震災直後にはソーシャルメディア上のデマの氾濫が気になった。当初流布したデマは,あとから考えるとデマと分かりやすいものであったが,緊迫した状態では一種の正義感が真実に対する目を曇らせてしまった。

しかし,原発事故や放射能汚染に関する議論は短期の真偽判定が難しく,対立する論者どうしが相手をデマゴーグと罵り合う展開になる。したがって,研究上の関心はデマかどうかの判定よりも,対立する争点-議題がどう設定され,議論がどちらに推移していくかに向かう。

TPPや消費税,あるいは大阪都構想など昨年注目を集めた政策論争も同じ構造だ。iPhone か Android のどちらが「買い」かという議論さえ,似たような構造だと見ることができる。こうした事象の研究枠組みは,社会心理学や政治学にかなり準備されているようである。

こうした研究を数理的に抽象化していくと opinion dynamics になる。一方,心理的基盤を掘り下げていくと選好形成の実験的研究などと深く関連するだろう。その両者を視野に入れつつ,ソーシャルメディアのデータ等を使って理論と実証のバランスが取れた研究を目指したい。

以上は昨年から2012年に引き継ぐ宿題の1つである。他に山ほどある以前からの「在庫」のうち,昨年は2つだけ「出荷」することができた。残っている課題を着手の予定時期の順に並べると以下の通りになる:

1)乗用車の「重装備」が市場成果に与える影響 ・・・現在執筆中。投稿先思案中。

2)アフィリエイト広告の実態調査 ・・・昨年実施した調査結果をじっくり分析。ABMへの架橋。年度内報告。

3)クリエイティブな仕事意識と消費行動の関係 ・・・早々に追加データを入手し,平明な分析を目指す。

4)顧客視点でのロングテール・ビジネス研究 ・・・昨年予備分析を学会発表。今年はより本格的な研究へ。

5)消費者のトレンド予測能力に関する実験 ・・・学会発表時の分析水準で十分と思われ,いつ書くかの問題。

6)ワインのテイストテストによる選好形成実験 ・・・分析手法を投稿先に合わせて再執筆したい。理論武装が課題。

他にもまだ多くの研究課題やプロジェクトがあるが,申請中や準備中なのでここでの紹介は省略する。そのほとんどが学際的な共同研究なので,うまくいけば社会学,経済学,政治学,物理学,情報工学,経営学,会計学など様々な分野の研究者と交流できるだろう。非常に楽しみだ。