Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「先送り」でうまくいく

2013-06-24 09:33:24 | Weblog
意思決定を先送り(延期、保留)することは,優柔不断、あるいは怠惰の表れとされ、好ましからざる行為とされてきた。しかし、最新の心理学・認知科学・行動経済学等の研究によれば、そうではない。著者は、それらの研究を行った研究者に,丹念にインタビューしている。

すべては「先送り」でうまくいく
フランク・パートノイ
ダイヤモンド社

本書の前半は、最近強調されることが多い、無意識的で瞬間的な意思決定が扱われる。そこでも、わずかな遅れを入れることで、意思決定の質を改善できる。それらが、ふつうにいう「先送り」かどうか戸惑うが、時間をコントロールするという意味ではつながるのだろう。

ふつう、先送りというと「今日の仕事を明日に延ばす」というレベルのタイムスケールを考えるが,本書では後半で扱われる。面白いのが、アカロフとスティグリッツをめぐる実話である。ノーベル経済学賞の受賞者が,自ら時間選好の理論に関する啓蒙劇を演じるのだから。

ぼくが本書を読んだのは、選択肢間にトレードオフがあるとき選択を延期するという Tversky, Shafir, Dahr らの研究とのつながりからだが、本書ではそれには直接言及していない。先送りという観点から見れば,トレードオフ回避はそれほど大きな論点ではないのだろうか・・・。

この本は,時間と意思決定に関して興味深い話題を列挙し、各研究者を訪問して研究の現場をビビッドに描き出している。巻末の参考文献リストも役立ちそうだ。ただし、Kindle版では次の章への移動や注の参照がスムーズに行かなかった。なわけで、紙の本も購入した。

歴史への複雑系アプローチ

2013-06-15 14:42:22 | Weblog
昨夜の JIMS「マーケティング・ダイナミクス」部会では,以下の二題のご発表をいただいた。

川畑泰子(九州大学), 石井晃(鳥取大学):ヒット現象の数理モデルによる江戸時代のヒットの考古学

光辻克馬(東京大学):元治元年池田屋事件シミュレーション

最初の発表は,江戸時代の歌舞伎を分析対象にしている。当時の歌舞伎で、広告はもちろん、コ・プロモーションやプロダクト・プレースメントが行われていた,という話だけでも十分面白かったが、本題は川畑さんの収集した「ビッグデータ」の解析である。

歌舞伎に関する浮世絵、川柳、瓦版に関する膨大な数のデータを丹念に集めるという努力自体、学術的な貢献が非常に大きいと思われる。しかし川畑さんはそれにとどまらず、これらのデータをクチコミの代理変数として、石井晃先生のヒット現象の数理モデルを適用する。

このモデルでは公演回数と事件が入力で、「クチコミ」が出力になる。出力の予測値と観測値がグラフで示されたが、どれだけフィットしているのかがわからなかった。モデル研究の作法として、既存モデルと性能を比較するには、相関係数など何らかの指標が必要だろう。

では、このモデルが性能を競うべき既存モデルは何だろう?すぐに思い浮かぶのが、多変量自己回帰モデルだ。部会でも指摘があったが,公演回数とクチコミには双方向の因果関係が存在する可能性が大きい。多変量自己回帰は、そうした点を扱うのに適しているはず。

光辻さんの発表は,今年の MAS コンペティションで高く評価されたもの。有名な幕末の池田屋事件について、歴史学が明らかにした事実群を制約とし、未知の部分をシミュレーションで生成し、制約を満たすシナリオを探索する。そして「最もあり得た」歴史を構成する。

その結果から示唆されるのが、刀を用いた殺し合いの実態は、時代劇の殺陣で見るものとはかなり違っていた可能性である。また、非常に単純なルールで動くエージェント(サムライド)が、限られた空間で自己組織的に「集団戦法」を生み出す,という発見も素晴らしい。

歴史(記憶)に残るエージェントベース・モデル(ABM)には、シェリングの分居モデルやアクセルロッドの協力の進化モデル、あるいはレイノルズのボイド・モデルなどがある。光辻さんのサムライド・モデルは、その1つに含まれるといって過言ではないと思う。

実際、ここ数年そうした ABM に遭遇した記憶が自分にはない(自分の研究は当然のこと ... orz)。ということはもしかすると、僭越ながら昨夜のセミナー参加者はラッキーであった、というか、優れた研究への嗅覚が優れた人々であった、といえるかもしれない。

いまさらながら感じたのは、ABM でしか解けず,解けたら(多くの人にとって)非常に面白い問題を見つけることの重要性だ。そして、モデルはできる限り単純化しながら、複雑な相互作用から美しいパタンを創発させる・・・いつかそういう研究ができればと・・・。

JSAIからJIMSへ:富山から長崎へ

2013-06-14 16:55:18 | Weblog
富山で開かれた人工知能学会(JSAI)の全国大会に参加し、次いで長崎で開かれた日本マーケティング・サイエンス学会(JIMS)の研究大会に参加した。それぞれにおいて、Twitter 上のインフルエンサーについて進めてきた一連の共同研究の成果を発表した。

JSAI では主に「ネットワークが創発する知能」のセッションに参加した。対象とされたネットワークは Twitter が多く、情報工学、ゲーム理論、社会心理学、数理生物学など、さまざまなモデルの適用例が紹介された。そこには、ぼく自身が関わる研究も含まれる:
Twitterネットワーク上のユーザコミュニティ抽出と話題分析 by 新保 直樹、織田 瑞夫、城 沙友梨、米山 照彦(以上構造計画研究所)、水野 誠(明治大学)
iPhone あるいは Android に関する日本語のツイートを約半年にわたって収集し、被RT数が一定の期間を通して多いユーザをインフルエンサー(候補)とする。そして、彼らを取り巻くネットワークから「コミュニティ」を抽出し、そこでの話題の差異を分析したものである。

しかし、そもそもインフルエンスとは何なのか。RT は直接的な情報拡散をもたらすが、それより深いレベルの効果として、受け手の発言を誘発するかどうかを考える。そうした基準のインフルエンスについて、暫定的な結果を報告したのが、JIMS の研究大会であった。
Twitterネットワーク上の影響伝播:インフルエンサーは存在するのか? by 水野 誠(明治大学)、阿部 誠(東京大学)、新保 直樹(構造計画研究所)
現在得ている結果によれな、被RT数の多いユーザ(インフルエンサー候補)で、フォロワーに対して発言誘発へのインフルエンスを持つ者の比率は限られる。他方、ネガティブなインフルエンスを持つ者が少なくないので、その原因を探ることが課題の1つとなっている。

JIMS の大会は2トラックだが、今回は2日目の半分が、ほとんどソーシャルメディア関連の研究で、いわば全報告の4分の1ほどにあたる。それだけ関心を集めているわけだが、用いられているデータや分析手法はまちまちである。JSAI のそれとも異なっている。

Twitter のデータが売り物になるにつれ、昔ほど自由に研究者が取得できなくなってきたようだ。古いデータを使い倒すか(手法の研究者にとってはそれもアリだろう)、大型予算の確保に狂奔するか、別の分野にシフトするか・・・数年後には分岐が明らかになる。

今回意外だったのが、映画の観客動員について長年計量的な研究をされてきた荒木先生(大阪府立大)が、エージェントベース・モデルを用いた研究を報告されたこと。JIMS の本流に属すると思しき研究者から、当惑気味のコメントがなされていたのが印象的だった。

いうまでもなく、一般の学会においてエージェントベース・モデルを用いた研究を報告する場合、経験的妥当性と理論的継続性の保証をきちんとすることが必須である(Rand & Rust 2012)。そうした作法は、使い手にも聴き手にも、まだあまり理解されていない。

初日に開かれた若手研究者セッションは、発表が6件と例年になく多いだけでなく、その半分が MCMC を用いた研究であった。このような研究が今後主流になっていくと、そうした「高度化」に距離感を感じる研究者や実務家の足がますます遠ざかるかもしれない。