Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

天才になれなかった全ての人に

2017-11-24 15:13:24 | Weblog
「左ききのエレン」の各話の冒頭には「天才になれなかった全ての人に」と書かれている。子どもの頃を思い出してみよう。天才とまでいくかどうかは別にして、自分はいつかすごいことを達成するという漠然とした夢を抱いていたのではないだろうか。その夢は歳を重ねるたびにしぼんでいったとはいえ、どこかでまだくすぶっていたりする。

「左ききのエレン」の主人公は、美大を卒業して大手広告代理店にデザイナーとして就職、クリエイティブ・ディレクターの道を歩む男である。エレンは彼の高校の同級生で、傑出したアートの才能を持つ(つまり天才である)が繊細で傷つきやすい女性だ。広告業界で何とか出生街道を歩む主人公だが、エレンには憧憬と劣等感を持ち続けている。

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア
かっぴー
ピースオブケイク

クリエイティブであることが非常に大きな価値となる時代において、大手広告代理店で有名なクリエイティブ・ディレクターになることは、1つの成功物語だといえるだろう。しかし、その現実は必ずしも「クリエイティブ」なことばかりではない。純粋にアートを追求し、世界的名声を獲得した「天才」を憧憬し嫉妬するのは自然である。

どんな職業に従事しているにせよ、そこでどの程度成功しているにせよ、本来自分が達成したかったのはもっと純粋で高貴なものであったという思いは残る。だから「天才になれなかった全ての人へ」というメッセージが心に響く。だが、このメッセージには積極的な意味もある。それは、このシリーズの第10巻(第一部の最後)で明らかになる。

このマンガで描かれる広告業界はリアルに思える。それもそのはず、作者は主人公と同様、ムサビを出てから東急エージェンシーの制作部門で働いていた。広告業界に縁のある人には「これ、あるある」的な楽しみ方ができるかもしれない。もっとも、現役の広告業界人たちがどういう受けとめ方をするか、実際に聴いてみたい気もする。

左ききのエレン(2): アトリエのアテナ
かっぴー
ピースオブケイク

左ききのエレン(3): 不夜城の兵隊
かっぴー
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左ききのエレン(4): 対岸の二人
かっぴー
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左ききのエレン(5): エレンの伝説
かっぴー
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左ききのエレン(6): バンクシーのゲーム
かっぴー
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左ききのエレン(7): 光一の現実
かっぴー
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左ききのエレン(8): 物語の終わり
かっぴー
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左ききのエレン(9): 左ききのエレン・前
かっぴー
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左ききのエレン(10): 左ききのエレン・後
かっぴー
ピースオブケイク


文系大学生がデータ分析を学ぶために

2017-11-13 15:03:11 | Weblog
これからはたとえ文系人間でも、データ分析のスキルを身につけておいたほうがよいと多くの人が指摘している。しかし、文系学生が大学でいきなり統計学の授業を受けてもすぐに挫折してしまう可能性は高い。その一因は、彼らの多くが大学受験で進学先を私立文系に絞り、数学をあまり勉強していないからだが、それだけではない。

統計学の授業はいきなり抽象的な話から始まることが多く、文系の学生にはまったく興味が持てないのである。だとしたら、彼らが興味をもつ事例を取り上げ、数理的裏づけはとりあえず置いて基礎的な統計手法がどう使えるかを示せばいいはずだが、言うは易く行うのは難しい。そんな古くて新しい課題に挑戦したのが本書である。

データ分析をマスターする12のレッスン
(有斐閣アルマBasic)

畑農 鋭矢, 水落 正明
有斐閣

本書を読んで面白いのは、単に平易に書かれているからだけでなく、面白く書かれているからである。本書の前半には、筆者の一人が少年野球の監督をしながらセイバーメトリクスを実践した例や「阪神タイガース債」の需要曲線という話題が出てくる。データ分析が役に立つ領域は予想外に広く、そして楽しいものであることがわかる。

本書が想定する読者は、第一に経済学、そして計量的なアプローチをとる各種の社会科学を学ぶ大学生(と彼らを指導する教員)だろう。経営学やマーケティングの学生はやや志向が異なるとはいえ、本書に盛られた知識を知っていて損はない。経済分析で用いられるテクニックは、これまでも経営学・マーケティングで重宝されてきた。

マーケティングを教える立場からいえば、実務でよく用いられる因子分析やクラスター分析、せめて主成分分析あたりが紹介されているとさらにうれしかったが、あまり内容を膨らませると、コンパクトな教科書としての魅力が失われてしまう。本書を授業で用いる場合、各教師がさらに必要と思う内容を補っていけばすむ話であろう。

後半でパネルデータの分析やロジット/プロビット・モデルが扱われているのも類書にない特徴である。ただし、マーケティング・サイエンスでよく用いられる選択モデル(条件付ロジット/プロビット・モデル)はさすがにカバーされていない。そこまで学びたいという奇特な学生がいた場合、次に以下の本に挑めばよいだろう。

マーケティング・モデル 第2版
(Rで学ぶデータサイエンス 13)
里村 卓也
共立出版


なお、私は本書の著者とプロジェクトをともにしたことがあり、また一人とは同僚でもあるので、私の評価にはバイアスがあるかもしれない。しかし、本書の売れ行きが好調であることから、本書が多くの読者(特に教員)に歓迎されていることは間違いない。その理由は店頭で本書をめくってみると、たちどころにわかるはずである。