Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ネットワークの数理経済学

2013-07-26 11:42:42 | Weblog
24日の JIMS「マーケティング・ダイナミクス」部会では、UC Berkeley の鎌田雄一郎先生にお話しいただいた。鎌田さんは Harvard で経済学の博士号を取得されたばかりのゲーム理論家である。そんな方がなぜここに?という疑問はひとまず置いて、講演内容を紹介する。

講演の統一タイトルは An Economist's Perspective on Social Networks である。ゲーム理論が社会ネットワークを扱うとき、ネットワーク形成のモデルと所与のネットワーク上のゲームという2つの分野があるとのこと。今回お話しいただいたのは,前者のほうである。

今回発表いただいた2つの研究は、いずれも二人のエージェント間の関係から効用が決まり、それと費用に基づき二者間にリンクが形成されるという設定になっている。最初の研究では、各エージェントは固有の socilability を持ち、効用はその関数として定義される。

鎌田さんたちは、効用関数や sociability の分布が決まると「安定な」ネットワークが一意に決まること、さらにある条件のもとでは,ネットワークが一般社会でよく観察される、スモールワールド性やスケールフリー性などの性質を持つことを数学的に証明した。

一方、観察された実ネットワークから、各エージェントの sociability を最尤推定することもできる。sociability はネットワークの構造に依存し、次数(友人数)とは必ずしも一致しないので,ネットワーク上のターゲティングの新たな指標になる可能性が示唆された。

2番目の研究では、エージェントの特性(タイプ)がベクトルで表され、効用は二者間の「距離」によって規定される。なお、 Tversky が指摘した非推移性を反映するよう、ユークリッド距離とは違う形で定式化される。この距離がある水準以下だとリンクが張られる。

このモデルの極限をとると、距離関数の性質を変えることで平均距離やクラスタ係数の異なるネットワークを導出できる。また、このモデルを少し発展させることで、Granovetter の「弱い紐帯」の成立が証明できる。豪華絢爛たる論理の展開に、ただ舌を巻くのみである。

複雑に見える現象に対して枝葉をそぎ落としたシンプルなモデルを立て,厳密な数学的操作を行うことで本質を抉り出す。解析的に解ける範囲で問題を設定すると謙遜されるが、「解ける範囲」が人によって全然違うのだ。それができる人に頑張っていただくしかない^^;

発表いただいたモデルは非常に抽象的であるが、実証研究から見いだされた社会ネットワークの性質や非推移的な類似性、弱い紐帯などをカバーしており、現実と無関係に理論の精緻化が進んでいるわけではない。そこが最近のゲーム理論の瞠目すべき点かもしれない。

今回、エージェント・モデルの有力研究者にも何人か参加いただいたが、ネットワークの生成アルゴリズムやエージェント間の距離など、応用に向けた洞察がいくつも得られたのではないかと思う。また、純粋な理論研究との協働を目指す契機にもなったかもしれない。

一方、同じく何人も参加いただいたマーケティング・サイエンスの最先端を走る方々には、実データに基づくモデル分析という方向でも何らか洞察が得られたと思う。経済学、心理学、物理学等々の先端分野から貪欲に学んで成長することは、この分野のよき伝統である。

最初の疑問に戻ろう。実は鎌田さんの最新の所属は、UC Berkeley の経営大学院のマーケティング・グループなのだ。米国のマーケティング・サイエンスではゲーム理論の研究が盛んで、Berkeley がその拠点の1つである。そのことが回り回って今回のセミナーになった。

ご参加いただいたマーケティング・サイエンスやエージェント・モデルの研究者たちは、ぼくが日頃尊敬する方々である。この刺激的なセミナーが、新たな何かを生み出していく契機になればと願っている。それにしても、鎌田さんにはいくらお礼を申し上げても足りない。

天才数学者たち

2013-07-23 07:46:10 | Weblog
現代思想
2013年8月臨時号
総特集=フォン・ノイマン
ゲーム理論・量子力学・コンピュータ科学
青土社

字の小さな『現代思想』は、基本的に読みたくない雑誌なのだが、フォン・ノイマンの特集だからというより、寄稿者と寄稿の興味深さにつられて、つい購入した。ノイマンの主要業績であるゲーム理論、コンピュータ科学、量子力学について、論稿が並んでいる。

ゲーム理論については中山幹夫、小島寛之、竹田茂夫の各氏が論じている。最後の竹田氏は、ノイマンのゲーム理論に対する批判も述べている。3番目の著者が論争喚起的、という点で、コンピュータ科学の部で3番目に登場する池上高志氏の寄稿も興味を惹く。

数学に関心がある人なら、本邦初翻訳のノイマンの講演やゲーデルとの往復書簡が興味深いはずだ。俗っぽいことが好きな人間にとっては、科学技術史家・中尾麻伊香氏の「ノイマン博士の異常な愛情 またはマッド・サイエンティストの夢と現実」が大変興味深い。

中尾氏の寄稿以外に、冒頭の講演録の解題(高橋昌一郎氏)でも、ノイマンが第二次大戦中、米国政府・米軍の中枢の意思決定にいかに深く関わったかが記述されている。彼は、京都への原爆投下を主張する一方で、米空軍が主張した皇居への投下には反対したという。

こうしたノイマンの軍事的提言の背景にあったはずの分析は、この天才に相応しい質を獲得しているのだろうか?そこはワッツのいう高次複雑系で、いかなる天才をしても数学的に扱えず、凡人の意思決定のパフォーマンスを系統的に上回ることは無理なのか?

権力に最も近づいたフォン・ノイマンとは対極の天才数学者もいる。彼らはどんな人たちなのかを垣間見ることができるのが雑誌『考える人』の特集『数学は美しい』である。山本高光氏による円城塔、伊東俊太郎らへのインタビューが数学門外漢にも面白い。

音楽や美術の美しさは、自らにその才能がない凡人にも味わえるが数学はどうなのか。ぼくが仕事に使うような初等数学でも数学の美しさを味わえるのか。そんなことを考えながら、「独立数学者」森田真生氏の「数学と情緒」を読んでみるのもいいだろう。

考える人
2013年 08月号
新潮社

フォン・ノイマンに戻る。野崎昭弘氏の寄稿に、ノイマンの業績の1つとして、セル・オートマトンが出てくる。ゲーム理論とコンピュータを生み出したことを考え合わせると、ノイマンこそ、エージェントベース・モデリングの祖ではないか、と思った次第。

ISMS@Istanbul

2013-07-17 10:07:56 | Weblog
7/11-13 にイスタンブールで開かれた INFORMS Marketing Science Conference に参加した。反政府デモで大丈夫かと思った時期もあったが、現在のイスタンブールは世界中からの観光客で賑わっていた。参加者のキャンセルも、それほど多くなかったように見える。

今回楽しみにしていたのが Modelling the Behavior of Decision Makers というパネル討論で、立ち見の出る盛況ぶりだった。Tulin Erden が構造推定、Peter Faderが確率モデル、Eitan Mullerがエージェントベースモデル(ABM)、Martijn de Jong が因果推論の立場で登壇。

いずれも大御所による最新の研究動向の紹介で勉強になったが、最も面白かったのが Fader だ。MS の分析はマネジャーに理解される必要があり、Excel で動かせるレベルが望ましいという。MS の研究で定番化しつつある異質性や共変量の導入には懐疑的だ。

Fader はどんなモデルを作るにしろ、単純な確率モデルをベンチマークにして、それより明らかに予測精度が高いことを示すべきと提案する。その場合、単なる予測精度だけではなく、コストを含めたマネジリアルな観点から有意味かどうかが評価基準になる。

ABM を擁護する立場の Muller は、実際に観察されたネットワークをシミュレーションに用いることや、行動実験の分析と併用することを提案していた。 現実への接合を担保する工夫によって、MS コミュニティに受け入れられた事例があるということだろう。

各立場の哲学の違いは浅くはないが、さすがプラクティカルなマーケティング研究者、その問題に合っているならどんな手法でもいい、とパネリストたちは述べる。Erden によれば、構造推定でも均衡を仮定しない研究もあり、経済学とは同じではないという。

パネル討論では最後、どんなモデルを採用するにせよ parsimony が重要だという点で全員が一致していた。これは特に ABM のような自由度の高いモデルにとって銘記すべきことだろう。parsimony は、実務的有用性と理論的優美性の両面で必要だとぼくも思う。

ところで構造推定と関連の深い産業組織論(IO)モデルは、以前に書いたように、欧米の MS でますますさかんになっているが、日本の MS 界では見かけることはない。NYU の石原先生を始め、在米の日本人研究者がこの分野で活躍していることと対照的だ。

UC Berkeley の鎌田先生のように、純粋なゲーム理論家としてマーケティングに取り組む研究者も現れている。神経科学や経済物理学など、他の様々な研究方法論からの参入も予想される。マーケの「中の人」は「一般的に面白い問題」のキュレーションも任務だと思う。

自分の発表はというと "Detecting Influential Consumers in the Twitter Network" というタイトルで、阿部誠先生、新保直樹さんとの共同研究を報告した。まだ予備分析の段階なので結論できないが、自分が抱いてきたインフルエンサー仮説の修正を迫られそうな流れである。

Social Influence, WOM, Social Media 関連のセッションは依然として多い。今回、あまりそれらの研究を聴講できなかったので、最先端がどこにあるか、あまりよくわかっていない。今後、この分野でどういう貢献ができそうなのか、反省的に考えるべきことは多い。

組織シミュレーション系譜

2013-07-06 14:22:32 | Weblog
組織学会が『組織論レビュー』という2巻の出版物を編纂している。組織論の重要テーマの文献レビューを若手研究者が行い、シニアの研究者がそれにコメントを書くという趣向。この学会の層の厚さを示す企画といえる。

ぼくが最も興味を持ったのは、第2巻に収められた、稲水伸行「経営組織のコンピューター・シミュレーション」という章だ。いうまでもなく、エージェントベース・モデルの社会科学への応用に関心があるからだ。

組織論レビューII
組織学会
白桃書房

レビューされるのは、Cyert & March、Cohen、Axelrod、Carley、Levinthal、Harrison など(そしてシステムダイナミクス)。こう見ると、マーケティングにおけるシミュレーション研究の系譜よりは、層が厚そうである。

人工知能系の社会シミュレーションの研究でも組織はよく研究対象になる。しかし、Axelrod、Carley あたりを参照するだけでは、組織研究の巨人の肩の上に立てない。そうした意味で、本書は格好の読書ガイドになるだろう。

著者の稲水さんは、日本においてこの分野で研究実績を積み重ねてきた若手研究者である。本書が刺激になって、多くの若手(自認)研究者が、社会科学的含意に富んだシミュレーション研究に参入するようになれば嬉しい。

ご恵贈いただいた著者に御礼申し上げます。

マーケティングと経済学

2013-07-01 08:49:04 | Weblog
マーケティング学者の最高峰、といえばフィリップ・コトラーだろう。彼は経済学で学位を取得している。Wikipedia によると、シカゴとMITでミルトン・フリードマン、ポール・サミュエルソン、ロバート・ソローに学んだという(直接指導を受けたのか、講義に出た程度なのか・・・)。

マーケティングが科学化するに当たり、経済学の影響が大きかったことは間違いない。そして、最近の米国のマーケティング・サイエンスでは、ミクロ計量経済学、ゲーム理論、(新しい)産業組織論がそれぞれ中心を形成している(一方で心理学の影響も重要ではある)。

しかし、日本のマーケティング・サイエンス学会での発表を聴いている限りでは、そんな感じはあまりしない。一方、日本でも経済学者たちの仕事を見ると、マーケティングと関心がダブる領域で、さまざまな研究が行われていることに気づく。そのことを示す二冊の文献が、最近刊行された。

まずは日経BPから出版された『新しい経済の教科書』の最新版である。メインで取り上げているのは、アベノミクス等々のいかにも経済学的な話題だが、若手の経済学者の寄稿では、マーケティングと深く関わるテーマが取り上げられている。代表的なものを挙げると・・・

山田知明:失業したら、パラサイトシングルも悪くない
 米国「ブーメラン世代」の消費行動とリスク

遊喜一洋:日本人に必要なのは、「分析力」と「職人技」
 サービス産業の生産性向上が賃金増の鍵

西田充邦:ゲーム理論で読み解くコンビニの立地戦略
 データ推計で他社の行動を予測する

新しい経済の教科書2013-2014年版
(日経BPムック 日経ビジネス)
日経BP社

もう一つが一橋ビジネスレビューの最新号である。ビジネス・エコノミクスが特集されているが、ここでも、マーケティングの研究者にとって興味をひかれる話題がずらりと並んでいる。

安田洋祐:マーケットデザインの理論とビジネスへの実践

花園誠:抱き合わせ販売

中島大輔:行動経済学と産業組織論
 ナイーブな消費者と市場

一橋ビジネスレビュー 2013年SUM.61巻1号: 特集 市場と組織をデザインする ビジネス・エコノミクスの新潮流
東洋経済新報社


米国がそうだから、とか、経済学は高度そうに見えるから、という理由でマーケティング・サイエンスの「経済学化」を推し進めるべきだというのは、もちろん愚かである。一方で、過去に経験した経済学への反発から、最新の経済学をすべて無視してしまうのも、もったいない話である。

マーケティングと経済学の対象領域は重複しており、交流があるのは当然である。もちろん、これまではほぼ一方的に経済学が影響を与えてきた。逆の影響はほとんどなかった、といっていいだろう。しかし、双方の境界領域での研究が進むと、いずれそういったことも起きるかもしれない。