Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

大学下流化,言論下流化

2008-08-31 23:30:37 | Weblog
下流大学か・・・ またかと思いつつも,大学の話はやはり気になるので買う。電車で都内を移動中に読了。主に大学教員の「証言」に基づき,最近の大学生が,学力のみならず,社会常識やコミュニケーション能力等々でいかに劣っているかが語られる。その原因は,よくいわれる「ゆとり教育」よりは,若年人口が減少するのに大学の募集人員は減らない(どころか私立大学では増加している)ことであるが,それに輪をかけてひどいのが,学生たちにおもねる大学だと,著者の批判は大学に向かう。

下流大学が日本を滅ぼす! (ベスト新書 192)
三浦 展
ベストセラーズ

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中学校や高校の教育がなっていないと大学側は文句をいう。だったら,大学はレベルの低い学生を入学させなけりゃいい,という著者の指摘は確かに正論だ。批判はさらに大学教員にも向かう。そもそも大学教員は,自分の好きなことができれば,収入は低くてもいいと考え,コミュニケーション力の低い「下流っぽい」人が多い。そんな環境で過ごせば,学生が下流化するのは当然だと。そこまで教員に影響力があるのかとは思いつつも,耳が痛い。

本書で引用されている竹内洋氏の研究が興味深い。この数十年で,東大生の読書量はさほど減っていないが,以前はそれに負けない読書量があった「中堅上流大学」で,最近読書量が激減しているという。中堅上流大学とは何かはともかく,かつて「教養」の裾野を広げていた「中間層」が崩壊した,ということだ。そうかもなあ… しかし,いわゆる難関大学でも大差ないのでは,という気がしないでもない。

問題は読書の中身であり,志向性だ。世のなか全体で,知識を垂直的に位置づけようとする「教養」から,水平的な関係に置こうとする「ウンチク」への流れがあるのでは。だとすると,社会は異質化しつつも,平等化に向かっていることになる。しかし著者は,エリートにはそれに相応しい幅広い教養が必要で,エリート向けの大学は,世界史や日本史など,多様な受験科目を課す必要があると主張する。

著者はかつては大学の非常勤教員を務めたことがあるが,いまや年間百回の講演があり,その収入だけで二千万円あるから,超薄給で下流化した学生の相手をすることなど,バカバカしくてやってられない,という。なるほど・・・ 著者の生活が「上流化」していることだけは確かなようだ。

大学が大学教員ともども「下流化」しているという批判には,謙虚に耳を傾けるべきだろう。だが,一方の「言論」「評論」の世界はどうなんだろう・・・ そちらもまた(あるいは大学以上に)下流化してはいないだろうか? ぼくは下流な教員=研究者ではあるが,下流な知的生産はしたくないと思う。
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JWEIN@大岡山,S&RM@日本橋

2008-08-30 23:26:38 | Weblog
今日は東工大・大岡山キャンパスで開かれた JWEIN を聴講する。2日目の今日は,午前中が社会ネットワーク関係の研究発表,午後は招待講演。諏訪正樹氏の「スキル・サイエンス」は,身体での経験を言語化することでメタ認知を得るという議論。ご自身あるいは学生がスポーツのトレーニングを積みながらメタ認知を記録していく。そういう研究もあるのかと,ただ感心して聞くのみ。

池田謙一氏は,コミュニケーション=説得という従来の研究に疑問を呈し,むしろ知識の共有という面を強調する。そして,ロジャーズの普及理論やバートの構造的空隙理論,パットナムの社会関係資本の話に触れつつ,ご自身の研究成果を紹介。ただし,今回の参加者が最も聞きたかったであろう複雑ネットワーク上でのエージェント・シミュレーションの話には,ほとんど時間が残されていなかった。

最後は中垣俊之氏による,粘菌にはネットワークの最短路問題を解く力があるという報告。そのことを実験で確かめたあと,数理モデルによる説明を行う。あるいは,粘菌は周期的な刺激に対する学習能力もあるという。最も単純な生命に宿る,ある種の知性。あとのパネル・ディスカッションでも話題になったが,知性とは連続体であり,程度問題なのかもしれない。

昨日は,日本橋のS&RM研究会。ホットリンクの内山社長が,レコメンデーションやクチコミ・マーケティングについて講演。レコメンデーションのポイントは「気が利く」ことだと指摘,単純なランキングや過去の閲覧のリマインドから高度な技法までが適切にミックスされた事例が紹介される。ブログをベースにしたクチコミ・データのほうは観測が始まったばかりで,どう活用するかは今後が楽しみという印象。

二次会では,ブログの記述の質を問う声もあった。確かに個々人は気まぐれで記事を書いているし,最近はスパムが多い。そのクリーニングには,おそらく限界がある。だが,こうしたデータはミクロにはゴミだらけでも,集計すると実世界の動きの代理変数になるってことがあると思う。Godes and Mayzlin 2004 が示したように。同じことは,アンケート調査についてもいえる。

それは「大数の法則」なのか,それとは別の「集合知」みたいなものなのか,知の創発などというほど大げさなものではないが,「チリも積もれば…」ってことが何かあるように思う。それはもしかすると,分析者にすでにある知識と相互作用することで,暗黙の仮説候補が絞られる,ということかもしれない。だから事後的には「前からわかっていた」感覚になることもあると。

そう考えると,今日の JWEIN のパネルディスカッションで問われていた「創発」「知能」「ネットワーク」の三大噺とも関係するかな… ちょっと無理があるかも。明日からまた,研究室の大整理を。
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時間「厳守」ですか・・・

2008-08-27 23:48:49 | Weblog
研究室の図書整理を始める。まずは数学,複雑系,社会シミュレーション関係から着手。自分にとって「高度すぎる」と思われるものはどんどん処分。その結果,おおまかには半分は整理される。ただし,行動経済学系はほとんど残る。今後読む可能性があるから,というより,どれも甲乙つけがたく,選別できなかったからだ。

次に統計学・データ解析。こちらもかなり厳しく査定する。基準は,今後,実際に使う可能性が高い手法かどうか。少しかじったが,深くは理解していないというビミョーなものもある。かつてお世話になった本は,今後読む可能性の有無に関りなく,なかなか捨てがたい。悩みながら半分ほどに絞る。

そして社会学… ほとんどが社会階層あるいは家族に関するものだが,ほとんど残しても,思ったほどの量にならなかった。つまり,大型の専門書が少ないので,段ボール箱に意外と吸収されてしまうのだ。組織論関係の洋書とは,思い切って決別しよう。人生,何かを切らねばならないのだ。ぼくは「人」を取り,「組織」を捨てる。

その間サービス・イノベーションの会議。夜6時になって,今日は JAWS2008 の投稿締め切りであることに気づいてサイトにアクセスすると,投稿用ページはすでに閉鎖されている! 確かに「8月27日(水)17:00(厳守)」と書いてある。1時間すぎたらアウトなのか!? 信じられない律儀さに唖然。あぁ…

大学時代の友人と会う約束があるので,嘆くまもなく,そそくさと研究室をあとにする。彼と飲むのは,この地に来たときの歓迎会以来,5年ぶりだ。医学教育や研究の現状をいろいろ聞く。彼の共同研究者が,ぼくと同じ研究科の超有名教授(ただし面識はない)であることを知る。医学とロボット工学の連携,未来のためにきわめて重要である。

今日の「サービス」の会議でも,医療サービスを視野に入れることが提案されていた。米国ではヘルスケア・マーケティングは専門のジャーナルまである。日本でも水面下で(?)研究が進んでいるのでは,と期待している。数年後にガーッと出てくるんじゃなかろうか…。興味はあるが,さすがに軽々に手を出せないことは確か。

明日はいよいよ,経営学やマーケティング関係の図書に切り込む(後者はすでにある程度整理済みだが…)。今日の作業で少し腰が重くなった感じがする。要注意である。
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地獄に仏とはこのことだ

2008-08-26 21:36:52 | Weblog
昨日は久しぶりに電車で東京に出かけ,五反田で会社訪問のあと,「クルマ」チームと鶯谷で焼肉。これもだいぶ久しぶりのことだが,深夜バスで帰る。痛飲していたため爆睡。そして終点で目が覚め,周りを見回すと,期待していた風景と違う。ここはどこだ? 大学のど真ん中じゃないか!

夜中の1時。どこまで歩いていけば,タクシーに巡り会うのか・・・。研究室で寝ようか・・・。いや,無線でタクシーを呼ぼうとケータイをいじっていると,闇のなかから人が現れた。身分証明証を示され,この近くで勤務されている方だと。この時間,ぼくのように乗り越してしまい,ボー然と佇んでいることがよくあるらしい。

いまからクルマで帰宅するので,ついでに送っていただけるという。聞けば,ぼくの帰る方向とほぼ同じだ。お言葉に甘えて送っていただく。固辞する人もいるという。現金でお礼をしようとする人もいるが,お断りしているとも。となれば,ひたすらことばで感謝の意を伝えるしかない。本当に助かりました!

正直,このような親切な方がいるとは,ここは何と素晴らしい場所だろうと思った。もちろん,この地でさえ,こうした申し出を一般に受けてよいかどうか,難しいところである(特に女性の場合)。それにしても深夜バスの終点が変わったことに注意していなかった。日常のどこに落とし穴があるかわからない。

今日,ようやく10月の JAWS2008 に向けた予稿を書き終わる。エージェントベースCRM なるものを構想中で,その「序論」的なものを書いた。本番までもう少し発展させるとしても,全体から見ると,ほんの一歩にすぎない。追い風は吹いているものの,他に優先すべきことも多々ある。

そろそろ研究室の大整理~荷造りも始めなくては。
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学歴で人生は決まるか?

2008-08-23 23:37:09 | Weblog
木曜は人間ドックに行く。生まれて初めて大腸の内視鏡検査を受ける。2時間ほどかけて腸内をまっさらにする。モニタに映る大腸の内側を眺める。胃と同様,酷使に耐えている健気なやつ。一時的にお掃除したことで,すっきりした思いでいるのか,寂しく感じているのか・・・。

金曜は,写真の撮影に行く。モニタ上に鮮明に拡大された自分の顔は,胃や腸以上にくたびれて見える。いつも,この顔を世にさらしているわけだ・・・。お店の人が Photoshop CS3 で顔のシミをとったり,左右のバランスを補正したりしてくれる。もっと・・・とお願いしたくなるが,全く別人になりすますわけにはいかない。

その帰りに買ったのが以下の本。学歴は容姿と同様,人を差別し,人生に喜びと悲しみを与える。学歴が容姿とは違うのは,偏差値という数値まで用意され,客観性を装っていることだ。この本の副題「偏差値と人生の相関」には,人生もまた一次元的な尺度で評価されるという響きがある。

学歴社会の真実 偏差値と人生の相関関係 (セオリーBOOKS)
セオリープロジェクト
講談社

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帯に書かれた「学歴(出身校)は人生を決めるのか?」という問いに,この本は明確に答えてくれるわけではない。東大卒にも勝ち組-負け組はいるという例をあげて,人生いろいろ,といいたそうではある。だが,読者はそんなことはとっくに知っている。知りたいのは「例外」ではなく「平均」なのである。人生に平均など意味はないとしても・・・。

この本の真ん中あたりに,大学のポジショニング・マップが出てくる。縦軸は偏差値だが,横軸はエネルギッシュ対スタイリッシュ。前者の典型が早稲田,明治,法政,関大,立命館・・・などで,後者が慶應,青学,立教,同志社,関学・・・などというのは,ありきたりの図式だが,学校評価に二次元性があることは意外に面白い。

  どういうわけか,この図で中央大が文字通り中央に置かれている・・・

この本に書いてあることを大げさにいうと,A大学を落ちて,それより縦軸でちょい下のB大学に行った人は,A大学にコンプレックスを抱く(逆にAに行った人はBを見下す)。だが,横軸の位置がずれると,そうした感情が起きにくい(いや,KはWを見下している,という説もないわけではないが・・・)。

学歴という差別化装置に,なぜ水平の軸ができるのか・・・ しかもそれは,それ以上多次元化しないように思える。なぜか・・・

学歴の序列を混乱させる要因に,地域差がある。関西では(あるいは他の地方で・・・)一流と評価されているのに,関東ではそもそもよく知られていないということに,関西の「一流大学」出身者は苛つくという。「地元」ではあんなに尊敬されているのに! こういうギャップは,世界レベルでも存在するに違いない。

学歴話は,うまく扱えばジョークとして笑えるが,ちょっと間違うと,地雷を踏んでしまう。だから注意しましょう,というようなことが,この本にも書いてある。深刻な話だが,見方によっては滑稽,だが度を超すと危険,だから隠れた愉しみとして「学歴本」「出身校本」が売れるのだろう。

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IQ は高いほうがいい,だがそれだけでは …

2008-08-21 22:45:36 | Weblog
昨日は,芝公園で実務家向け「選択モデル」セミナー。今回,パワポをかなり整理縮小して臨んだつもりだったが,やっぱり最後のほうは時間が足りなくなって,駆け足になってしまった。2時間という制約のなかで,何をどれだけしゃべればいいのか・・・。この10年近く,いろいろ試行錯誤しながら講義内容を微調整してきたが,堂々めぐりの感が否めない。

製品・サービス間の競争を前提に消費者行動を予測するうえで,離散的選択モデルはなかなか有用だと思う。だから,それを実務家に教えることに大いに意義はあるのだが,一方で,選択モデルが抱える問題が気になってもいる。線形選好関数で扱えない問題のほうが実務的により重要で,よりチャレンジングだという思いが強い。だが,それに自分なりの解答を出せていない。

帰り道,つい買ってしまった Pen 9/1号は「ポルシェの美学」特集。Mac のデザインでも強く意識された Porsche だが,常人の予想を超える進化を遂げている。数年前に SUV のカイエンを出したのに続き,来年,ポルシェは4ドアクーペ「パナメーラ」を発売するという。Pen にそのイメージ・イラストが出ている。その「属性」が明らかになったとき,選択モデルはその成否を予測できるだろうか? 

ポルシェは企業としてもとてもユニークに感じる。創業者一族が力を持つ点で,フォードやトヨタ以上のようにみえるが,非常に革新的だ。VWを傘下に置こうとしている点も,大衆ブランドの企業が高級ブランドを吸収するという,一般的な傾向と異なっている。パナメーラは VW やアウディとも「基本設計を共有する」という。徹底した美学と職人気質がいかに野心的な経営と結びついているか・・・。一度きちんとした分析レポートを読んでみたい。

Pen (ペン) 2008年 9/1号 [雑誌]

阪急コミュニケーションズ

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同時に買った DIAMOND ハーバードビジネスレビュー9月号では「組織IQ」が特集されている。要するに,IT をどう活かしていくかという議論であり,最も注目される企業はグーグル,ということになる。この土俵でも,日本企業はなかなかベンチマークの対象にはならない。IQ より EQ? これも最近どうなんだろう・・・。ぼくとしては,Creative Intelligence Quotient (CQ) を主張したい。それこそが,アップルやポルシェの強みを「説明」(同義反復?)するだろうから・・・。

今回の DHBR では,クリステンセンたちの「財務分析がイノベーションを殺す」という論文が面白い。非現実的な前提に立つ「手続き的に優れた」手法が,「結果的に劣った」帰結をもたらすことが指摘されている。同じような批判が,選択モデルやマーケティング・サイエンス(あるいは,マーケティング・リサーチ全般)に対してもあり得るのでは・・・。そのようなことを,シミュレーションで示してみても面白いだろう。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2008年 09月号 [雑誌]

ダイヤモンド社

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轟音,震動,カープ検定

2008-08-19 23:38:59 | Weblog
もうすぐ夜の12時になろうとするのに,まだ工事が続いている。しかも,ぼくの席の真後ろにあるベランダでコンクリートを削っている。昼間は大学院入試があるので,いまやるしかないという。街中じゃとても許されないことだが,ここでは全然OKだ。何時までやるんだろう・・・ どちらが遅くまで頑張れるか・・・ なんて競争してもしかたない。

夕方,工事関係者の方が何度か訪ねてこられた。階下で雨漏りが起きているらしく,原因の調査をしているという。やはり,こんなにガリガリやっていると,どこかにヒビが入ってしまっても不思議じゃない・・・。この轟音と震動,慣れればさほど苦痛ではない。ヘビメタをガンガンかけていると思えばいいのだ。

昼間は「脳」について打ち合わせ。実験計画について議論する。選択におけるトレードオフや選好形成の先行研究に話が及び,D論の頃の問題意識を懐かしく思い出す。未完のまま放ってある研究なのだから,ただ懐かしがっているわけにはいかない。それにしてもこの轟音と震動は,ある程度パタンが決まった分析作業には合っているが,深い思考には向いていない・・・。

『カープ検定』なる本が届く。第1問目は「1975年広島カープが初優勝を決めた試合の,1打点目は誰?」。選択肢に (1) 山本浩二 (2) 大下剛史 (3) シェーン (4) 衣笠祥雄 とある。「1986年広島カープが神宮球場で優勝を決めた試合の初回に,満塁ホームランを打ったのは誰?」という問題なら答えられる。その場にいたわけだから・・・。

カープ検定―ありがとう広島市民球場・熱き戦いの記録

ザメディアジョン

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未来の「モノ」

2008-08-17 23:33:40 | Weblog
まるで神様からの贈り物のような,何と涼しい日なのか…。それならと大学に行く。今日は工事も行われていない。いくつかメールを送るとともに,だいぶ遅くなったが,期末試験の解答をウェブ上にアップする。そして「仕事」… やはり大きなモニタでの作業は楽である。

最近届いた本のうち,最も楽しみなのが Don Norman, The Design of Future Things だ。およそ30年前に出版された The Psychology of Everyday Things (邦訳『誰のためのデザイン?』)は,本当にeye-opening な本だった。今回対象が everyday things が future things に変わることで,そして30年の月日がさらにどれだけ目を見開かせてくれるか…。

The Design of Future Things

Basic Books

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誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)
ドナルド・A. ノーマン,D.A. ノーマン
新曜社

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形であれ,味や香りであれ,あるいは物語や論理であれ,美しいモノ/コトとは何なのか,それはどういう働きをするのかの探求が,いま,最もエキサイティングであることは明らかだ(ぼくにとって… ということだが)。最近の脳研究で美の判断と倫理的判断の相関が示唆されていることが,美の研究の背景がいかに広いかを雄弁に物語っている。

という意味でも,脳に関する勉強は欠かせないものになる。

シリーズ脳科学2 認識と行動の脳科学 (シリーズ脳科学 2)

東京大学出版会

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7月に刊行された本だけあって,神経経済学の話題もカバーされている。ただ,残念なのが Toversky という誤記である。それは,専門が違うと起こりがちな,人名に関するほんの一字の誤りにすぎないが,ぼくにはあり得ないものに感じる。脳神経科学と認知科学,あるいは行動経済学との対話は,まだまだなのかもしれない…。


蛇足: たとえば,なぜ,これらが美しいと人(正確には私)は思うのか?(そして,そのとき脳は何をしているのか?

MACPOWER 2008 Vol.3 (アスキームック)
マックピープル編集部
アスキー・メディアワークス

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Motor Magazine (モーター マガジン) 2008年 09月号 [雑誌]

モーターマガジン社

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サービスする「モノ」

2008-08-16 23:29:46 | Weblog
MacBook Air 上の Parallels を使って,Mac OS と Win との間を行ったり来たりしながら,ガソリンスタンドに関する消費者調査データを分析する。慣れない作業なので,いろいろ戸惑うことが多い。たまに Win 上のソフトが「落ちる」こともある。マウスをつなぐのは「らしくない」が,そのほうが効率いいので仕方ない。そうであれば,わざわざ MacBook Air を使わなくてもいいようなものだが, Mac に慣れる途上には無理があってもよい。

このデータは一部「研究」に使うとしても,主たる目的は「教育」なので,「模範演技」的な分析を行うことが望まれる。そのためには,誰でも標準的なソフトウェアを使えばできる分析の「型」を示す必要がある。しかし,それが思った以上に難しい。いろいろ理由(言い訳)は考えられるが,根本的には,ストーリーの構想力が足りないからだろう。

夕方になると急に涼しくなり,雷雨となった。ジムの帰りに寄った本屋で,以下のムックを買う。「最高のサービス」の例として,高級料亭/旅館を取り上げている点は興味深々だが,次いで芸者やホスト,体育会系セールスマンから学ぼうという話の展開に,疑問を感じないわけではない。「サービスは,最後は人だ」ということを強調しすぎると,大きな革新を妨げるのでは…。

セオリー vol.4 (2008) (4) (セオリーMOOK)

講談社

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中島聡氏は,Mac や iPhone のユーザーインターフェースに「おもてなし」を見出している。モノに体化された「おもてなし」のほうが,普及という点でも,品質管理という点でも優れている。ただそれは,ファストフード産業のような「サービスの工業化」とは異なるし,サービスに「工学」を導入すれば「生産性」が向上する,という議論とも方向性が違う。

ついでに以下の雑誌も買う。表紙には小さくしか出ていないが,「つけ麺」の記事も見逃せない。

dancyu (ダンチュウ) 2008年 09月号 [雑誌]

プレジデント社

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休業,陸の王者,加油,…

2008-08-15 23:48:29 | Weblog

久しぶりに学校に行くと,廊下に青いシートが敷き詰められている。工事関係者以外,建物のなかに人気がない。部屋に入って空調のスウィッチを押すが,動かない。事務室に行ってみると誰もいない。おかしいな… と思って大学のホームページを見ると,昨日~今日と全学で休業しているという。さすがの暑さに,早々に引き揚げる。

帰りに寄った電気屋に,iPhone 3G が展示されていた。田舎のロードサイド店のせいか,周囲に客はおらず,店員も近づいてこない。iPhone を触るのは二度目だ。一度目はユーザの指導付だったが,今度はそれがないので,正直,操作に戸惑う。そろそろ手に入りやすくなるという噂だが,この店頭には品切れだと書かれていた。

部屋に戻ってテレビをつけると,慶應義塾高校と沖縄の浦添商業高校の試合が中継されていた。調べると「塾高」野球部はここ数年,神奈川県大会で上位の成績を収めている。同校野球部のサイトで監督が語るには,推薦入学によって優秀な選手を集めているわけではないという。それなのにここまで強くしたのだとしたら,すごいことだ。

塾高の攻撃時には,甲子園に「若き血」の歌声が響く。だが,勝ったのは「陸の王者」ではなく,「美ら海」の国から来た県立商業高校だった。そのほうが,夏の甲子園には相応しい結果ではないだろうか。そう思ったのは,北京オリンピックでの「加油!加油!」の大応援にいささか辟易としていたせいかもしれない…。

一昨日,Mac の達人を訪ねて,Parellels のトラブルを解決してもらった。今日はそこにとりあえず必要な Win ソフトいくつかをインストール。ただし,なぜかライセンス番号を受け付けないソフトもある。バージョンを間違えたのか…。いずれにしろ,数年内には,こうした「底意地の悪い」ソフトからは卒業したいものだ。

昨日は渋谷の某社を訪れ,秋からの講義への協力をお願い,快諾を得た。講義の準備作業もまた,この夏に進めるべきいくつかの課題の一つである。だが,研究室が工事で使えないこと,この猛烈な暑さ,そして(本来関心がなかったはずの)オリンピックという様々な障害が襲いかかる。自分に「加油」しなくては…。

3日前に誕生日を迎えた。生まれたのは空調などない時代なので(平均気温はいまより低かったかもしれないが),親は大変だっただろうな…。GREE を通じていくつかお祝いメールをいただく。こちらが義理を欠く場合が多く,恐縮する。しかもパワー不足のため,儀礼的な返事しかできなかった。だが,こうした友人たちとの相互啓発や共同研究に点火+加油していく時間を早く作りたい。

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iPhone 失速?

2008-08-11 12:20:54 | Weblog
日経MJ今日の朝刊の一面は「iPhone 旋風はや息切れか」とある。最初の1ヶ月で10万台以上出荷したが,勢いがあったのは最初の3週間だけだったという。当初いわれた「半年で100万台」という見通しの達成は難しそうである。また,国内の携帯電話契約数は7月も横ばいで,他のキャリアから一定数の顧客は奪ったものの,市場の底上げにはなっていないという。

店頭で手に入りやすくなったというのは,個人的にはうれしいことだ。ソフトバンクがより魅力的な価格政策を打ち出してくれれば,ありがたい。 iPhone は,少なくとも日本で,iPod ほどの裾野は持っていないかもしれない。だが,もう普及が終わったとは言い切れない。これからの動向から目を離せない。
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米国から「サービス」の何を学ぶか

2008-08-08 10:01:45 | Weblog
東工大の田町キャンパスで JASMIN の研究部会。遠隔テレビ会議システムを使って,電通大,京都大学からも参加している。こうした会議に出るのは,ぼくにとっては初めての経験だが,なかなか難しいものだなと思う。画面は鮮明でないし,音はエコーが生じて聞き取りにくい。

大堀さんがエージェントベースモデリングの妥当性検証(validation)について書かれた論文を紹介。次いで,出口先生が米国の「サービス・サイエンス」の動向視察について報告。前半は自ら体験された「米国のサービス」実態。行きの航空機での食事から始まり,空港で,駅で,モールで経験される劣悪なサービスの数々…。激しく文句をいうと,やっと渋々対応する。

なんでそんな国から「サービス・サイエンス」を学ばなくてはならないのか,といいたくなる気持ちはよくわかる。Rust and Chung 2006 へのコメンタリーでも,サービス・マーケティングの研究が進んでいる割には,サービスの顧客満足が全般に低下していると皮肉るものがあった。サービスがあまりに稀少であるからこそ,サービスの工学が発展する余地があるのかもしれない。

サービスの品質は,最後は「人」の問題にいきつく。それは「文化」と切り離せない。すると,サービスへの期待や満足は文化の違いを超えて比較できない,という相対主義が頭をもたげる。そうかもしれない…。一方で,人間として,どうされたらうれしいかという,普遍的なものがあるのでは,という気もする。「客観的幸福」の測定論だってあるわけだし。

いまはそんなところまで,到底手が及ばない。当面,ガソリンスタンドの顧客調査の分析に時間を費やすが,この業種ほど,文化の違いが大きなものはないかもしれない。
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やはりフリーウェアでないとダメか

2008-08-07 11:12:16 | Weblog
MacBook White への Parellels Desktop のインストールはうまくいった。だが,Air へのインストールには失敗したようだ。Windows インストール中に(誤って)中断してしまったことが敗因だ。アンインストールしてもう一度,と思うがうまくいかない。こういうとき,Mac だとあまりに基礎知識がなくて,次に何をすべきかが見えてこない。

そのとき,研究室の片隅に ThinkPad があることを思い出す。数年前の機種で,研究室の学生たちが「追い込み用」に使っていたものだ。そこには,それぞれ旧バージョンの MATLAB と SPSS がインストールされている。それで最低限のことはできるはずだ。当面,研究室外の作業はこれでしのぐことにしよう。

やはりこういうこともあるから,R に慣れ親しんでおいたほうがいいのだ。R ならマシンはもちろん,OS からも自由になる(ただし今回は SPSS を使うことを前提にした教材作成の一環として作業しているので,しかたないが…)。そして MATLAB も,互換性があるフリーウェア Octave に移行したほうがよいかもしれない。

このことを真剣に考えさせるきっかけになったのが,MathWorks 社から届いたメールだ。MATLAB の大元である同社へ登録するメールアドレスを変えようとしたら,所属する組織のアドレスでないとダメだ,という。このソフト,確か科研費で買ったはずだが,価格からして大学の所有物(備品)にはならないのでは…。

いずれにしたって,こんなことを要求してくるソフトウェア・ベンダーは初めてだ。文句のメールを返送するが,果たしてどうなることやら…。MATLAB 最新版のエディタはエラーチェック機能があって使いやすいし,マルチスレッド対応しているのもうれしい。だが,これではいずれ Octave に移行するしかないか,と思ってしまう。
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Mac も甘くはなかった

2008-08-05 22:13:09 | Weblog
年内に新しい MacBook が発売されるという噂もあるらしい。

 これが次期MacBookか--漏えいしたとされる写真にネットが騒然

セットアップしたまま,ほったらかしにしていた MacBookWhite と Air が「デビュー」前に陳腐化してしまう! と焦ったわけではない。工事で研究室の環境が悪化していること,Let's Note が「旅に出ている」ことを背景に,例年になくハードな教務と諸事が一段落した今日,各種アプリをインストールする作業に着手した。

だが,最初につまづいたのが,以前セットアップしたときに設定した管理者パスワードを忘れてしまっていたこと。ヒントを見て1つは正しく思い出すことができたが,もう1つはいろいろ試してみても全く通らない。そこで再設定し直すことにしたが,操作を勘違いして若干時間を無駄にする。そのあとは,

1. Norton Antivirus
2. MS Office
3. iWork
4. Parallels Desktop
5. Windows XP

を順次インストールしていく。再起動したり,ネットを通じて最新版にアップグレードしたり,その間に時間つぶしに他の作業をしたり,ということでけっこう時間が経っていく。とはいえ特につまづきもなく,順調にことが進んでいるように思えた・・・。だが,幸福な瞬間はわずかであった。世のなか,そんなに甘くはない。しばらく間を空けてからブラウザを立ち上げると,「キーチェーン」なるもののパスワードを聞いてくる。さっき再設定した管理者パスワードを入力するが,受け付けない。

はぁ? 管理者パスワードがデフォルトでキーチェーンのパスワードになるんじゃないの? とマニュアル本を読み返すが,キーチェーンのパスワードを1から再設定する方法はどこにも書いていない。同じ問題に直面したユーザは少なからずいるはずだ・・・ とネットで検索すると,まさにビンゴ! 「唐津情報ステーション」さんの指示通り行うと,あっという間に問題は解決した。

それにしても,ユーザーフレンドリーな Mac とはいっても,ことセキュリティが絡んでくると,大変面倒くさいことになるようだ。最初のセットアップからアプリのインストールまで,こんなに時間を空けてしまったのが敗因の一つではあるが・・・。Mac 上の Win で MATLAB を走らせるという「実験」は明日に回そう。
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神経経済学の夢と悪夢

2008-08-04 22:51:30 | Weblog
土曜の夕方から,研究棟の工事が始まった。頭上でバリバリすごい音が響いている。そのうち天井に穴が空いて,そこからドリルが飛び込んできそうな勢いだ。歯医者で歯を削られる音にも似ている。そのことを考えれば,音だけの問題だからまだ我慢できる。

朝,郵便局に行って試験の採点結果を「配達証明郵便」で送る。夜になって1ヶ月近く「滞納」していた査読結果を「返納」。これであとは「サービス・イノベーション」のデータ解析を残すのみ・・・ だが残された時間は意外に少ない。

久しぶり(いつ以来?)に『現代思想』を買う。字が小さくて読みづらい。しかし,今回の特集「ゲーム理論―非合理な世界の合理性」は,なかなか興味深い論文が多い。まずは関根崇康,茂木健一郎「「合理性」再考」(表紙では著者の順序が逆になっている・・・)。著者の肩書きはそれぞれ認知科学者と脳科学者。茂木健一郎氏については,いまさら説明するまでもない。

現代思想 2008年8月号 特集=ゲーム理論

青土社

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この論文,前半はゲーム理論あるいは経済学における「合理性」「利己性」といった概念に対する「世間の誤解」を解くのに費やされる。ゲーム理論家や経済学者にとっては心強い味方を得た気持ちになるのか,いまさら・・・といった気持ちになるのか,いずれにしろそんな議論を認知科学者と脳科学者が行っているところに不思議な感じがする。彼らはいったい何を企んでいるのか・・・

そして中盤に来て,話が急転回し,面白くなる。彼らは,これまで行われてきたさまざまなゲームに関する行動実験は,ゲーム理論の経験的妥当性の検証にはなっていない,と言い放つ。そのココロは,ゲームのプレイヤー(被験者)が受ける報酬は,プレイヤー自身が内発的に決定するもので,実験者が外的に強制した利得にしたがっている保証はない,というもの。

つまり,被験者たちは,実験者が意図したものとは違うゲームをプレイしていたかもしれない,と。いや,その可能性を最小化すべく実験を操作するのだ,と実験経済学者は答えるだろう。とはいえ被験者の心を完全に統制できるわけではない。じゃあ,そうすればいいの・・・ という問いに著者たちは明確な答えを用意していない。ただし,実験結果の解釈には多義性があることから,もっと代替的な可能性を考えてみる,といった実践例は示している。

人々がプレイしている「真のゲーム構造」を探るのに神経経済学が役に立つ・・・ 関根,茂木両氏はそう示唆しつつも,それがいかに困難であるかも語っている(正直,ぼくにはよくわからない)。神経経済学については,同じ特集で松島斉氏が「経済学におけるゲーム理論とは何か」という論文で批判的に言及している。彼は神経科学的アプローチの貢献に期待しながらも,「急進的」神経経済学のパラダイムに警鐘を鳴らしている。

経済学は,その根源で個人の「選択の自由」というパラダイムを持ち,それに基づいた経済厚生を考え,制度設計を提案する。ところが神経経済学は個人の快楽を直接客観的に測定できると考え,本人の意思に関わりなく,快楽の達成を一種の「治癒」行為としてサポートしようとする。このパターナリズムは全体主義につながる危険を秘めていると・・・。松島氏のいうように,神経経済学の一部でそんな議論がなされているとしたら困ったことだ。

神経経済学が何であるのかについて,まだ明確な合意はなく,実態もないといってよいだろう。期待が過剰になると,警戒心も高まる。一度バブルがはじけて,健全な研究だけが残るのかもしれない。だが,現実はそこまでも進んでいないし,そうした局面では一部の「狂った」人々にも何からの役割があるのではないか,と思う。
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