Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

流動化する組織のシミュレーション

2014-02-28 14:58:44 | Weblog
一部の企業では、オフィスで固定した机が与えられず、出社次第自由に席を選んで仕事をするスタイルになっている。このことは、単にオフィス空間の効率的利用といった話で終わらない。それは、組織を流動化させるインパクトを秘めている。つまり、実は奥深い問題なのだ。

こうした柔軟なワークスペースに関する研究は以前からあるが、観察するだけでは解明できないメカニズムがある。そこで稲水伸行氏(筑波大学)は、エージェントベース・シミュレーションを行うことで、潜在的なメカニズムの機能を探ろうとする。その研究成果が本書である。

流動化する組織の意思決定
: エージェント・ベース・アプローチ
稲水伸行
東京大学出版会

稲水さんのモデルは、第1にアクセルロッドの文化の流布モデルに移動性を加え、第2にマーチらのゴミ箱モデルに組織の流動性を加える形で構築されている。そして、シミュレーション結果に妥当性があるかを、実際のオフィスの観察事例と比較して検討している。

最近、センサーを従業員に装着して互いの接触・交流を計測するような研究もある。そこから得た情報を解析したりシミュレーションしたりする研究は、今後ますますさかんになるだろう。そのとき、本書で整理されている既存研究や、本研究自体が大いに参考になるはずだ。

本書の前半では、組織論でのエージェントベース・シミュレーションを用いた研究が概観されており、組織の意思決定全般に関心がある人々にも有用である。こうした方法論が組織研究で広がっているとまではいえないまでも、着々と地歩を築いていることは喜ばしいことだ。

著者の属していた(いる?)東大ものづくり経営研究センターでは、現場での観察を重視しつつも、シミュレーションや数理モデルの構築を藤本所長自ら実践されている。そのような風土から、幼稚なデータ分析やことば遊びとは異次元の、重厚な研究が生まれてきたのである。

マーケティング研究では、非数理と数理、さらには数理なき数量崇拝、といった分裂があるが、それらを架橋するエージェントベース・モデルの役割は大きいはずである。これまでヤッコー(やったらこうなった)型の研究が多かったが、ビッグデータの登場で状況は変わりつつある。

本書をご恵贈いただき感謝いたします。

「ヤンキー」ゴーミーム

2014-02-27 15:15:50 | Weblog
最近、マーケ業界の一部で大きな話題になっている「マイルドヤンキー」について知るため、原田曜平『ヤンキー経済』を読んだ。原田氏は博報堂ブランドデザイン若者研究所のリーダーである。マイルドヤンキーは、残存ヤンキーと地元族の2タイプからなる。後者は、見かけ上ヤンキーの面影がないが、地元志向という点でヤンキー性を持つ。

原田氏がマイルド・ヤンキーに注目するのは、彼らの消費意欲が、他の若者に比べ強いせいである。たとえば、クルマ、酒、タバコのような、若者の間で「離れ」が起きている製品を、マイルドヤンキーは好んでいる。彼らは消費者調査で現れにくいが、重要なターゲットなのだ(本書の最後には、彼らをターゲットにした商品企画案が列挙されている)。

ヤンキー経済
消費の主役・新保守層の正体
(幻冬舎新書)
原田曜平
幻冬舎

マイルドヤンキーはITへの関心やスキルは低いとされるので、消費者調査の主流であるウェブ調査で彼らを捉えるのは難しい。しかし原田氏は、実際に彼らに会い、自宅にまで上がり込んでインタビューするというフィールドワークを精力的に行う。若者研に参加している学生たちも動員される。そこで明らかになるヤンキー像はなかなかリアルである。

そもそもここでいうヤンキーとは何かに疑問を持つ向きは、難波功士『ヤンキー進化論』を読むことを薦めたい。社会学者である難波氏は、多くの文献(含雑誌記事)、映画、漫画などを通して、ヤンキーということばの起源を探っていく。その結果、大阪のアメリカ村で生まれたとか、大阪弁の「~やんけ」から来ている、といった大阪起源説は否定される。

ヤンキー進化論
(光文社新書)
難波功士
光文社

ヤンキーの起源を探ることは、戦後日本の不良の歴史を探ることであり、その周辺の若者風俗史、あるいはファッションの歴史を探ることになる。ヤンキーという概念が変遷していくプロセスは、ミーム(文化的な遺伝子)が変異と交叉によって進化するというイメージがぴったりくる。マイルドヤンキーも、その延長線上にある、と理解すべきであろう。

ヤンキーの特徴として、難波氏は(1)階層的には下(とみなされがち)、(2)旧来型の男女性役割(男の側は女性に対して、性的でありかつ家庭的であることを求める。概して早熟・早婚)、(3)ドメスティック(自国的)やネイバーフッド(地元)志向、を挙げている。他に、当人たちがそう思っているかは別にして、バッドテイスト趣味、という特徴もある。

原田氏の『ヤンキー経済』の副題に「消費の主役・新保守層の正体」とあるように、彼らのライフスタイル全般に加え、(さほど積極的ではないにしろ)政治意識において保守的である可能性が高い。地元志向は、場合によっては排外主義に結びつく。実際、日の丸や特攻服、場合によってはハーケンクロイツをアイコンとして好んだりする面がある。

ヤンキーの「進化」が示唆するように、ヤンキーと非ヤンキーの間に大きな溝があるわけではない。ヤンキーとオタク、あるいはエリートとされる若者の間にはグレーゾーンがある。バットテイストは、食でいえば「フード右翼」的な嗜好になる。内なるヤンキーは、多くの人々のなかに棲息する。だから、ヤンキーものの漫画や映画は広く人気がある。

『ヤンキー進化論』の最後で、ヤンキー性の高いゼミ生ほど就職に強い、という著者の経験が語られている。『ヤンキー経済』に出てくるマイルドヤンキーは自分たちのコミュニティに閉じこもっている印象ではあるが、主観的幸福度が高い。いずれにしても、現代の日本社会を生き抜くための適応形態なのだろう。その意味で、ヤンキーの進化は終わらない。

食とイデオロギー

2014-02-25 08:59:44 | Weblog
前回の投稿で、イデオロギーがマーケティングにとっても重要な変数だと述べたが、その確信は速水健朗『フード左翼とフード右翼』を読んでいっそう強くなった。イデオロギーによって食生活が決まる(あるいはその逆)という単純な話ではないが、そこには奥深い関係がありそうだ。

フード左翼とフード右翼
食で分断される日本人 (朝日新書)
速水健朗
朝日新聞出版

本書で最初に紹介されるのが、東京ベジフードフェスティバルである。代替的な食生活を好む人々には、ベジタリアンだけでなく、ビーガン、マクロビアン、ローフーディストなど様々なタイプがある。彼らの考えはかなり異質なのだが、ゆるやかに結びついてベジフェスを運営している。

彼らのことを、著者は「フード左翼」と名付ける。自然食への嗜好は、潜在的に現代の消費文明への批判的態度を内包している。日本の有機農業のルーツは左翼運動と無縁ではないし、米国では対抗文化と結びついている。欧州では、環境保護派が議会でも有力な政治勢力になっている。

では、その逆の「フード右翼」とは何か。本書によれば、B級グルメを愛し、大盛りや高カロリーを好み、ジャンクフードやコンビニ弁当を常食とする人々だ。フード左翼か右翼かの差異は、社会階層の違いとも結びついている。フード右翼は、どちらかというと「下層的」である。

本書では、全体としてフード左翼への記述が多い。フード右翼の食生活は、「右翼」という切り口より、流行りの「(マイルド)ヤンキー」という切り口で語ったほうがよいかもしれない(両者は無関係ではないが)。最近のヤンキー論については、改めて触れることにしたい。

政治的立場と食生活の関連は、米国においてより明確のようだ。速水氏は、渡辺将人『見えないアメリカ』から、スターバックス・ピープル(=リベラル派)とクアーズ・ピープル(保守派)ということばを引用する。このような見方は、実際に選挙運動で使われていという。

見えないアメリカ
(講談社現代新書)
渡辺将人
講談社

ということで、渡辺将人氏の著書も読んでみたが、これまた面白い。渡辺氏は米国の上院議員選挙や大統領選挙のスタッフとしての経験を踏まえ、米国では保守-リベラルというイデオロギーが生活のあらゆる側面と結びついていること、それが選挙戦術に組み込まれていることを語る。

渡辺氏の著書では、そうした米国の状況がいかに歴史的に形成されたかが述べられているので、日本にそのまま当てはめることはできないことがわかる。その一方で、日本でも階層化が進み、ある種のイデオロギー対立が深まると、ある程度似た状況が生まれてくる可能性はある。

食にかけるコストは、衣や住ほどには格差が起きにくい(自然食が高コストだとしても)。だからこそ、本人の価値観やイデオロギーが現れやすいのではないか(他のさまざまな撹乱要因を伴いつつ)。これらの本から得た着想をデータで裏づけたいと、現在ひそかに考えている。

イデオロギーはヒューリスティクス

2014-02-13 09:52:34 | Weblog
今回の都知事選では、イデオロギーについていろいろ考えさせられた。といっても、一時期の日本の政治を支配した保革対立とか、まして社会主義対資本主義というイデオロギーが生きているといいたいわけではない。こうしたイデオロギーがすでに終焉していることは間違いない。

前の投稿でも触れた蒲島郁夫・竹村佳彦『イデオロギー』では、イデオロギーはヒューリスティクスだという見方が紹介されている。現在、有権者にとって投票先の選択がそれなりに難しいものなら、ヒューリスティクスが必要となる。その意味で、イデオロギーは健在なのである。

現代政治学叢書8 イデオロギー
蒲島 郁夫、竹中 佳彦
東京大学出版会

この本によれば、イデオロギーの起源はフランス革命の頃生まれた「観念学」にある。その後、マルクスとエンゲルスが、より強烈な意味を付与する。したがって、1960年代に米国を中心にわき起こった「イデオロギーの終焉」論は、マルクス主義への対抗意識が背景にある。

マルクス主義の影響力が失われたいま、イデオロギーは終わったというより、本来の意味に戻りつつある、と見たほうがよいだろう。実際、これまでの実証研究で、日本において左-右(保-革)という対立軸の影響は弱まりつつあるとはいえ、まだ生きていることが示されている。

ヒューリスティクスとしてのイデオロギーは、消費者の購買行動とも関連し得る。機能差がもはや選択の基準にならず、センスによる識別は一般の消費者には難しい。一方、エシカル消費といわれるような、購買において企業の社会的責任を問う消費者が増えているといわれている。

最近、グーグルはソチ五輪の開幕に合わせ、ロシア政府の同性愛に対する抑圧に抗議するかのようなメッセージを出した。これは、グーグルの社会的な価値観、イデオロギーが表明されたと考えられる。企業はそのようなコミュニケーションをする時代になった、ということだ。

都知事選-政治学理論の勝利?

2014-02-09 23:43:50 | Weblog
都知事選の結果は、舛添氏の圧勝で終わった。事前に流された予測どおりといえばそうだが、彼の勝因は何だろうか?都議会の最大勢力の2党が応援し、有力な支持団体がつき、本人自身の知名度も高い。それだけでも十分、と思えるが、それだけではないかもしれない。

直前に以下の本を読んでいたこともあり、政治学者から熊本県知事に転じた蒲島郁夫氏が、自らの勝因をダウンズの理論(その大元はホテリング)に求めていたことを思い出した。保守系候補ばかり立候補した状況で、彼は相対的に左寄りの位置どりで勝利したという。

現代政治学叢書8 イデオロギー
蒲島郁夫、竹中佳彦
東京大学出版会

今回は宇都宮氏と田母神氏が左右のイデオロギーの両極に立ち、細川氏が脱原発のワンイシューで1つの極を形成した。ソーシャルメディアでは(互いに対立する)この3人への支持者の発言が目立った。いわゆる知識人も同様で、それが争議空間を形成している印象があった。

舛添氏については、彼の人格や過去の言動への批判が目立った気がする。それには、自分がフォローしている人々に偏りがあるせいかもしれない。それにしても、舛添氏には、細川氏(むしろ小泉氏?)や田母神氏ほどには、熱狂的な支持者がいなかったように思える。

しかし、舛添氏は左-右のイデオロギー、脱原発-原発推進という争議空間において中庸の(あるいは、曖昧な)位置取りに成功し、有権者の多数派の票を獲得したのだと思う。ダウンズの理論では対立する候補者の政策も中庸に収斂するはずだが、そうはならなかった。

舛添氏は早い時期に、自分も脱原発派だと主張し、原発を巡るポジションの中庸に立った。有権者の選好が正規分布しており、他の候補者が初期の立場を変えないために、非常に効果的な戦略になった。元厚労大臣として福祉政策に強いことを強調したのも同じ戦略だろう。

こうなったのは、かつて政治学者であった舛添氏だけがダウンズの理論を知っていたためか、それとも、その理論では計り知れない原理で他の候補が動いたためか、定かではない。いずれにしろ、ものいわぬ多数派(silent majority)の存在を重視することで、彼は圧勝した。

あなたは、なに主義?

2014-02-05 09:52:19 | Weblog
経済倫理の本、などと聞くと敬遠したくなる人は少なくないだろう。しかし、サンデル教授の白熱教室で有名になったコミュニタリアン対リバタリアン、といった対立軸における自分の位置が、本書に用意された質問に答えていくと診断される、と聞けば興味がわくかもしれない。

経済政策への選好に関する研究プロジェクトで本書に出会った。有権者としての経済政策の選択は、価値やイデオロギーと深く関連する、というのはきわめてオーソドックスな考え方だろう。研究上の問題は、それをどう測るかである。当然ながら先人に学ばなくてはならない。

経済倫理=あなたは、なに主義?
(講談社選書メチエ)
橋本努
講談社

ところで、価値観やイデオロギーは、マーケティングのセグメンテーションにも使えるだろうか? イデオロギーはともかく、価値観という概念は、マーケティングの現場でもたびたび使われてきた。マーケティングの教科書には VALS というモデルが紹介されていることが多い。

本書で紹介されるのは、シュワルツやイングルハートといった心理学者あるいは政治心理学者の価値モデルだ。特に後者は、大規模な国際比較研究にまで発展している。日本では電通総研が参加しているので、価値観と消費との関連も研究されてきたのではないかと想像している。

価値観あるいはイデオロギーと、消費のある側面の相関が見つかると面白い。実際、TIME.com の行っているテストでは、使用ブラウザの違いが左-右のイデオロギーの予測変数の1つに使われている。逆に見れば、イデオロギーでブランド選択を予測できるということだ。

この本が出版されたのは2008年。著者の橋本努氏が最近の動向を踏まえて新たに開発した診断項目が、ネット上に公開されている。