Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ビッグデータからディープデータへ

2018-01-27 09:46:48 | Weblog
JIMS「マーケティングの計算社会科学」研究部会では、NTTデータ経営研究所の高山文博さん、茨木拓也さんから、同社の最先端の実践について伺った。高山さんからは同社が構築している2万人、約1,500の変数からなる「人間情報データベース」が紹介された。その特徴は心理学や行動経済学に基づく個人特性情報を含む点にある。



すでに多くの会社が数万人規模の消費者データベースを商用化している。デモグラフィクスは基本として、購買履歴データやメディア接触データ、価値観やライフスタイルなど、各社がそれぞれの品揃えを競っている。それらに対してNTTデータ経営研究所は、人間心理の「深い」変数を、研究者の協力のもと収集することで差別化を図る。

行動履歴から観察される「相関」に基づいてデータを活用しようとするのが主流だが、行動の背景にある心理特性を把握することで Why? の問いに答えようというのが、その戦略である。その点で、ビッグデータ×機械学習だけでは満足できないという、少なからぬマーケティング研究者とも近い立場である。今後の発展を見守りたい。

後半は、同研究所で神経科学的な研究と企業へのコンサルテーションを行っている茨木さんの発表。脳情報通信技術の「恐るべき」発展の現況をまず伺い、同社が行っている実践例の紹介を受けた。たとえばテレビ広告に対する fMRI で測定される血流反応と、画像を言語化したアノテーションデータの関係が機械学習を用いて分析される。

その延長には、望ましい感情に対して最適な CM を作成することも視野に入っている。現状では測定にかなりのコストが掛かるので、個人差を扱えるような分析にはいっそうのイノベーションが必要とされる。ニューロ・マーケティングそのものは10年以上前から話題になっているが、現時点でさらに高いステージに進んでいるようだ。

今後、データを握るものが市場を支配する、ともいわれている。コンサルティング会社が広告業界に進出するだけでなく、従来にはない発想で大規模データを構築するのがひとつの潮流だろう。そこに解析手法だけでなく収集すべき情報という観点でもアカデミズムの成果が生かされる。それは研究者にとっての好機であり、試練でもある。

「社会記号」と市場の進化

2018-01-06 17:54:56 | Weblog
『欲望する「ことば」』は、広告ビジネスの最前線にいる実務家と気鋭のマーケティング研究者がタッグを組み、「社会記号」という切り口から、市場がどう創造されるかをわかりやすく述べた本である。社会記号とは消費者の隠れた欲望に与えられた「ことば」で、それが社会に伝播することで、最終的に人々の意識や行動を変えていく。

その一例が「加齢臭」だ。このことばが生み出されたことで、新たな市場が創造された。これは 1920 年代の米国で、口臭を意味するハトリシスということばが流布されたことと符合する。「女子」ということばも、意味がいろいろ変容した挙句「女子会」市場を生み出すに至った。私にとって馴染み深い「カープ女子」もその延長にある。

 欲望する「ことば」
 「社会記号」とマーケティング
 (集英社新書)
 嶋浩一郎,松井剛
 集英社


本書は豊富な事例を挙げ、社会学や言語学の理論との関連も議論し、非常に説得的である。これまで数量データを中心に「市場の進化」(とりわけ新製品の普及)を研究しようとしてきた自分も、大きな反省を迫られた。市場の進化には社会記号を通じた知覚の変化もまた重要なはずで、それをどう観測し、モデルに組み込むべきか。

社会記号はメディアや広告代理店が一方的に作り出せるものではなく、消費者との(あるいはメディア間での)複雑なインタラクションから生まれてくる。それはまさに複雑系で、ソーシャルメディア上のビッグデータを分析できれば、そのダイナミクスを解明できるかもしれない。計算社会科学にとって格好の研究対象ではないか。

もっとも著者たちは、ビッグデータや AI が発展しても、消費者の隠れた欲望の予兆を探り出せるのは人間だけだと述べる。私も AI の限界には同意するが、人間が計算機の力を借りてソーシャルメディア等のビッグデータから欲望の予兆を読み取ることは可能だと思いたい。その意味で、AI や計算社会科学の研究者にも薦めたい本だ。

なお、著者の一人、松井剛さんは以下の研究書をすでに出版されている(このブログでも一度紹介している)。松井さんの研究における一貫性を自分も見習いたいが、もうすでに手遅れかもしれない…。

 ことばとマーケティング
 ―「癒し」ブームの消費社会史
  (碩学叢書)
 松井剛
 碩学舎



2018年の年頭にあたり

2018-01-04 15:51:52 | Weblog


2018 年の年頭にあたり、抱負を書いてみたい。今年は私にとって、2年間の在外研究を終えて平常営業に戻るプロセスを終え、新たなステージに入ったことを示す1年にしたい。そのためには、在外研究を機会に生まれた研究の種を開花に向かわせることが重要になる。そうした研究を結ぶキーワードは「市場の進化」になるかと思う。

最初の一歩は、新製品に関する「普及の失敗」の研究だ。進化が淘汰によって起きるとしたら、多くの普及モデルが「失敗」の可能性を無視してきたのは問題だ。オンラインレビューやファッションのデータ分析も「進化」の研究と呼べそうだ。消費者側に着目することから、これらは「顧客の進化」といったほうが正確かもしれないが。

もう1つの重要目標は、エージェントベース・モデリング(ABM)による理論志向の研究へ回帰することである。まずは懸案の "Complexity Modeling of Consumer Behavior" が、出版社のサイトに記されているように2019年に刊行されるよう頑張りたい。なお、この本と連動するよう大学院の講義を体系化することも課題である。

研究とティーチングの連動という点では、学部の講義で教科書として用いている『マーケティングは進化する』を改訂する準備を進めたい。マーケティング環境は急速に変化している。もちろん、ファッドを追いかけてもすぐ陳腐化するので、ある程度は持続するトレンドを捉え、理想をいうならさらに不変の「真理」に迫りたいところ。

もちろん、仕掛品の論文投稿も進める。ゴール(or 締切)が間近に迫っているのは以下の3つだろう:

・Twitter 上のインフルエンサーの研究 w/ 阿部誠 …昨年8月のネットワーク生態学シンポジウムなどで発表

・複素ヒルベルト主成分分析によるカスタマージャーニーの分析 w/ 青山秀明、藤原義久 …昨年12月、JIMS研究大会経済物理学2017で発表

・デジタル・メディア環境でのマーケティング・コミュニケーションに関するレビューワークショップ w/ 大西浩志、澁谷覚、山本晶 … 昨年6月の JIMS研究大会で発表

次に論文投稿が課題となるのが以下の2点:

・期間限定が購買に与える影響の研究 w/ 石原昌和 … 昨年12月、行動経済学会大会で水野が発表

・購買行動の潜在オケージョン分析 w/ 石原昌和, Jessica An … 昨年8月の INFORMS Marketing Science Conference で第一著者である石原さんが発表

昨年5月に発表した「クリエイティブ-文化資本」の研究については、理論面の考察を深める必要がある。「熱狂」「イデオロギー」に関する研究もそうだが、テーマが狭義のマーケティングを超えて広がるほど、諸学問に立脚した理論武装が必須になる。自分の研究がそちらに向かうにつれ、文献を読むことがかつてなく重要になりそうだ。