Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ソクラテスとネットの無料

2013-04-26 10:07:00 | Weblog
ネットの無料を語るのに、ソクラテスが登場する本書。しかし、話題になるのはギリシャ哲学にとどまらず、モースの贈与論から現代の心理学や脳科学の研究まで渉猟される。前著にも増して、著者の該博さに驚かされる。

ソクラテスはネットの「無料」に抗議する
(日経プレミアシリーズ)
ルディー和子
日本経済新聞出版社

ソクラテスがアテナイで異端視されたのは、知識を無料で提供したからだという。つまり、彼は「無料」の先駆者であった。しかし、すでに教育も貨幣経済に組み込まれている社会で、それは挑戦的な行為であった。

もちろん、それが贈与であるのならよい。贈与は返礼を伴う。しかし、ソクラテスが無料の理由として挙げたのは、自分の知識は無価値だから,というもの。それは、他の「価値ある」知識への挑戦状と受け取れる。

現在のネット上の「無料」は、なぜ成り立っているのか?実は代価として個人情報が提供されている。したがって、ユーザ側がそのことを理解していないこと、またそれを理解させようとしない企業に著者は苦言を呈する。

本書の射程は無料(フリー)に関する議論を超えて広がっている。ルディーさんの著書やブログ記事は、ビジネスのみならず最新の心理学や脳科学の研究がふんだんに紹介され、消費者行動の研究者にとっても得るものが多い。


カープ関連ムック続々発売!

2013-04-09 09:19:29 | Weblog
プロ野球が開幕し,セリーグでは巨人が歴史的な7連勝とか。あの工藤公康氏が2位と予測した広島カープは,現在ダントツの6位・・・しかし,まだ始まったばかりだ,これからどうなるかわからないぞ・・・というか,そういう次元ではないことについて書き記したい。

東京のど真ん中にある三省堂書店神保町本店,そのスポーツ書コーナーに行くと,なぜか赤い本が目立つ。もちろん赤だから目立つ,ということはあるにせよ,超人気球団の巨人や阪神に関連する書籍に比しても,赤い本の存在感を無視できない。その一部を紹介しよう。

まず,ふだんはミュージシャンを中心に特集を組んでいる『別冊カドカワ』が「広島東洋カープ』を特集している。選手やOBのに加え,カープファンの芸能人のインタビューが充実している。特に面白いのが,チュートリアルの徳井とロザンの宇治原の対談である。

別冊カドカワ 総力特集 広島東洋カープ 62484-86 (カドカワムック 482)
角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)

さらに,中国新聞に連載された「カープV逸20年 私の提言」が転載されていること。巨人の渡邊会長,中日の白井オーナーの発言は社交辞令に富んでいる感じだが,阪神へFA移籍した金本知憲,落合監督の下で中日の投手コーチを努めた小林誠二の意見はそれなりに手厳しい。

この連載には広島出身のミュージシャン・奥田民生も登場する。彼が横浜球場で、地元出身のカープファンにいわれたことばが印象深い-「私、駄目な人が好きなんです」。奥田は、監督以下選手に、そういう声を知って,自分のこととして考えてほしいという。まさにその通りだ

次は『ぴあ』と広島のスポーツ雑誌『Athlete』との共同編集によるムック。放送作家・桝本壮志による巻頭言が泣かせる-「日本一”日本一”から遠ざかっとるチームじゃけえ。今から”日本一”になったら日本一喜べるんじゃ。んで、まじそう思うとる日本一のファンがついとる球団なんよ」。

WE LOVE CARP (ぴあMOOK)
ぴあ

『別冊カドカワ』と重なるが,堂林翔太,高橋慶彦,谷原章介,チュートリアルの徳井が登場する。「鯉の波は関東に」という特集では,関東の球場のレフトスタンドでカープを応援していた人々へのアンケート結果が出ている。それによれば広島出身者は3割程度でしかない。

最後に紹介するのは『るるぶ』の広島カープ号だ。旅行のガイドブックらしく,マツダスタジアムの内部に加えて,応援の仕方や,周辺の飲食店情報までも載っている。また「東京の鯉党が集う店」という記事もあるが、いずれもお好み焼き屋ばかりである(しかも中央線が多い)。

るるぶ広島カープ (JTBのムック)
ジェイティビィパブリッシング

どのムックにも特徴があり,カープファンとしては全部買う羽目になる(広島に縁はないが,今度聖地を訪れたときの予習のためにも・・・)。それにしても,これらの3冊が同時に発売されたのは,球団広報の働きかけがあったのだろうか?それとも,やはりカープの風が吹いているのか。


『統計学が最強の学問である』の強さ

2013-04-05 15:20:13 | Weblog
統計学書としては驚異の12万部以上売れているという『統計学が最強の学問である』を読んでみた。内容は多岐にわたり,最新の話題を含み,かつ読みやすく,面白い。これは売れるはずだと思いつつ,それにしても10万部を超す売上になるのはなぜだろう,と考えてみた。

統計学が最強の学問である
西内啓
ダイヤモンド社

その前に,ざっと本書の内容を紹介しておこう。疫学を本来の専門としながら,マーケティングデータ分析のコンサルテーション経験も豊富な著者は,疫学やエビデンスベース医療の成果,そして企業の「ビッグデータ狂想曲」について取り上げるところから始める。

そして,単なる集計ではわからない因果関係を探るために,最初にランダム化比較実験を紹介する。次いでランダム化が不可能な疫学研究での層別分析,そして回帰分析へと話を進めていく。通常の統計学の教科書とはかなり違うが,ストーリーとしてなかなか説得力がある。

回帰分析については「平均への回帰」の話から入り,いきなり一般化線型モデルを取り上げ,その一部として平均値の差の検定(t検定),分散分析,カイ二乗検定,重回帰分析,ロジスティック回帰分析を紹介する。そして,傾向スコアを取り上げるあたりも抜かりがない。

最後には,心理統計学(因子分析),データ/テキストマイニング,計量経済学,ベイズ統計学などが紹介される。疫学の立場からの「違和感」(といっても否定しているわけではない)に触れている点も興味深い。30歳を超したばかりの著者の博覧強記ぶりには驚くしかない。

さて,なぜこの統計学本は売れたのか。理由として第1に,統計学の入門書で定番的な話題の順序を無視した独自のストーリー,第2にフィッシャーやゴルトンといった登場人物のエピソードの面白さ,そして第3に著者自身の現場での経験が語られていること,などが考えられる。

ただ,そうした理由だけで12万部を超す売上が説明できるかというと,いささか心許ない。本書を読んで学んだことを生かし,何らかの実験や統計解析で原因を探りたいところだが,いい方法が思いつかない。ぼく自身にはまだ統計リテラシーが身についていないらしい。

1つ思いついた仮説は,タイトルの『統計学が最強の学問である』の〈が〉が効いたのではないかということだ。であれば『統計学〈は〉最強の学問である』とのランダム化比較実験をすればいいのではないか・・・聡明な著者のことだ,そうしたA/Bテストを実行済みであろう。

「沈黙の螺旋」と経済

2013-04-03 11:26:48 | Weblog
ノエル=ノイマンの『沈黙の螺旋理論』が改訂復刻された。民主的な言論と選挙が保証されている社会でも,しばしば世論は同質化する。その社会心理的メカニズムに迫った研究として,あまりにも有名だ(だから「いつか必ず読むべき本」認定のままという罠が・・・)。

今回改訂復刻版が出版されることの意義について,訳者の池田謙一・安野智子両先生が冒頭で議論されている。いうまでもなく,インターネットとソーシャルメディアの時代に沈黙の螺旋理論がどんな意味を持つのか,それは今後どう進化していくかが論点となる。

世論形成は,政治や選挙では当然のことだが,マーケティングや経営でもきわめて重要なテーマだ。もはや消費者を孤立した意思決定主体として扱うパラダイムは通用しない。マーケターにとって,社会心理学の名著に通じていることはますます必須になっている。

沈黙の螺旋理論[改訂復刻版]:
世論形成過程の社会心理学
E. ノエル=ノイマン
北大路書房

さて,以下はぼくの妄想だが・・・世論形成の問題は,経済学にとっても重要になっている。いわゆるアベノミクスを歓迎する世論の形成は,沈黙の螺旋理論で一部説明できるのではないか。もちろん,実際に株高や円安が進んでいることも無視できない要素である。

これは一種の自己実現的な予想といえる。一方,実体経済の裏づけのない「期待」はバブルであり,いつかは弾けるという見方もある。マクロ経済と世論の相互作用はつねに相互強化的であるとは限らない。マーケティングにおいても期待と実体の乖離は重要である。

ところで,社会心理学の古典の復刻という点では,ぜひカッツ,ラザースフェルドの『パーソナル・インフルエンス』あたりも期待したいところ。

ご恵投いただいた訳者の先生に感謝いたします。