Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

社会物理学最先端@JIMS部会

2012-12-20 12:52:56 | Weblog
本年最後のJIMS「マーケティング・ダイナミクス」研究部会は,東京大学で社会物理学の研究をされている若手研究者お二人に発表していただいた。社会物理学とは,社会現象への数理科学的アプローチといってよい。

まず高口太朗さんによる「テンポラル・ネットワークにおける接触イベントの重要度指標」。テンポラル・ネットワークとは,リンクが時間的に変化するネットワークだ。最近急速にそうしたデータが利用可能になってきた。

日立の開発した装置を使えば,同じ職場でいつ誰が誰と接触したかを測定できる。こうしたデータを固定的なネットワークに置き換えるのでなく,動的なものとして分析していくことで,いままでにない知見を得ることができる。

高口さんは,どの接触が重要であったかを評価するアルゴリズムを提案する。ポイントは,その接触が新たな情報を量的にどれだけ増加させたかである。そのような接触は稀にしか起きないが,インパクトは非常に大きい。

逆に,重要度の低い接触を取り除いても,ネットワークの本質的特徴はあまり変わらない。なるほど・・・これは人生に対しても重要な示唆を与えてくれる(どの接触が重要かを事前に予測できれば,さらにうれしいのだが・・・)。

それはともかく,このようなアプローチはミクロ組織論の研究者にとって垂涎の的ではないだろうか。測定対象となった人々のプロファイル,業務上の成果と報酬などとつき合わせると,いくつも面白い知見が得られそうだ。

当部会の趣旨からすれば,マーケティングへの適用も考えたいところだ。ある程度独立したコミュニティにおけるクチコミ伝播とか,店舗内の行動のノンバーバルな相互影響関係など,いろいろな応用が思い浮かぶ。

次に藤江遼さんによる「コンセンサスダイナミクス:言語の共存とその安定性」。これは,オピニオン・ダイナミクスの一種であり,マーケティングでいえばネットワーク外部性のある競争モデルだ。様々な分野と関連しそうだ。

藤江さんの研究がユニークなのは,エージェントの行動原理として「多数派になりたがる選好」に加え「少数派になることの回避」を考慮したことだろう。少数派回避は選択肢が3以上になると,多数派選好と違う帰結をもたらす。

この話を聞いて,Leibenstein のバンドワゴン効果とスノッブ効果のモデルを思い出した。前者は多数派選好,後者は少数派選好に対応する。両者が混合すると,少数派回避を含む様々な選好を表現できるかもしれない。

藤江さんの研究は言語を当面の対象としており,長期の言語使用データへのフィッティングも図られている。マーケティングでいえば,デファクトスタンダードの競争への応用がすぐに思い浮かぶ。ファッションへの応用も面白い。

オピニオン・ダイナミクスは物理学の一分野としてもっぱら数理的に研究されてきた。それに刺激されつつ,ミクロレベルの実験からマクロレベルのデータ解析まで,現実との接合をはかる研究がもっとあってもいいと思う。

・・・ということで,今回も刺激的な発表を聴くことができ,実り多い年末を迎えることができた。来年もまた,この部会に各分野の優れた研究者をお呼びして,マーケティング研究との橋渡しの役割を担っていきたい。

課題は,マーケティングの側から,他分野の研究者にとっても eye-opening な研究を報告することである。自分としても,まだそうした挑戦をあきらめるつもりはない。