Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

JIMS@電通ホール(汐留)

2008-11-30 18:33:02 | Weblog
昨日から2日間,日本マーケティング・サイエンス学会@電通(汐留)に参加した。受付で驚いたのが,細見さんと10年ぶり?くらいにお目にかかったこと。それはともかく,今回は両日とも参加でき,多くの研究を聴いた。日本のマーケティング・サイエンスは,米国ほど経済学の影響を受けていないが,今回はそのよい面を感じることができたように思う。つまり,研究の自由度を広く,かつ実務志向である点だ。

ぼく自身が主に聴講したのは,エンタテイメント消費に関する研究である。岩崎「テレビ番組のプログラム価値マップ」や小野田「社会的期待-一致/不一致モデルに基づくアスリートの評価分析」,石田「交互作用距離による音楽CDの購買予測」,野島「オンラインサービスによる継続利用の促進」など,いずれもデータに即した興味深い分析を展開していた。

そこから共通に浮かび上がるのが,エンタメ製品のライフサイクル管理というテーマだ。エンタメはまさに「生きもの」で,その価値は時代の文脈のなかですぐに変化する。そこから何らかの再現可能なパタンを見出して,経営に役立てることができるか。どんなマーケティング政策が有効か。多くの発表者がそのあたりも視野に入れているように見受けられ,今後が期待される。

実務的な含意を語ることは「科学」の範囲を超えてしまいがちだが,それがないと,全く意味がない研究になってしまう。マーケティング・サイエンスは単なる応用統計学でも応用経済学でもない。そのことがわからない人が実務家にもいたりするから,話がややこしい。米国のマーケ・サイエンス学会では豪華絢爛たるモデルが披露されるが,so what? で終わってしまっては意味がない。

そういう轍を踏まないのが本物の理論家で,星野「状態空間時系列モデルの階層ベイズによる拡張と広告効果の推定」がまさにそうだろう。その恐ろしげなタイトルにもかかわらず,実務的な問題をしっかり把握し,先行研究をきっちりおさえ,高度な手法をテクニカルな話題に深入りすることなく報告している。懇親会で星野さんと「塩漬け中」のプロジェクトについて,ちらっと意見交換。

個人的に印象深かったのは,古川「反日感情下のマーケティングの課題」だ。中国の消費者は,社会的な規範としての反日感情に強く縛られながらも,実際には日本ブランド(日本車)を買うことが少なくない。その二重性の秘密を,グルインのテキスト分析などを手掛かりに探ろうとしている。中国の消費者行動は独特だが,決して神秘のベールに覆われているわけではない。

古川さんによれば,日本企業のいくつかは,日本的な丁寧なサービスを中国市場に持ち込むことで成功しているという。日本企業はモノづくりだけで,マーケティングは下手という意見があるが,必ずしもそうではない,ということか。こうした日本企業の強みを,日本特殊論に陥ることなく論理的に解明していけば,日本のマーケティング・サイエンス独自の貢献ができるのではと思う。

今日の午前中,森さんとともに「次世代新製品に関する情報伝播と選好形成」を発表。ある企業での,iPhone に関する組織内会話ネットワークと態度変容について,記述的な分析を報告した。コメンテータの中島先生をはじめ,何人かの方から貴重なアドバイスをいただく。分析されていない変数は山ほど残っており,これからいろいろな分析ができそうだ。

休憩時間や懇親会で,多くの人から新しい職場について質問を受けた。その都度いろんなことをいったが,正直,まだ何もわかっていないのだ。昨夜は久しぶりに「JIMSらしい夜」だった。つまり,二次会~三次会を経て,タクシーで深夜帰宅。片平先生からは,現状に安住することがないようにと釘を刺される。気持ちとしては直立不動で聞く(実際はへらへら飲んでいた)。

研究大会の最後に,大西さんがミシガン大でのカンファレンスの宣伝をしていた。1月30日がアブストラクト締め切りだ。場所には全くそそられないが,純粋に勉強のために行くべきか…。
 

誘惑に負けるのも人生だ

2008-11-26 23:35:22 | Weblog
本屋で立花隆氏の薦める『細胞の分子生物学』や『数学 その形式と機能』を手に取ってみた。自分に本当にこれが読めるだろうかという不安の一方で,ゆったりとこの大著のページをめくっている自分の姿を想像したりする。そういう時間が全くあり得ないとは言い切れない。それが,誘惑というものだ。

本屋は誘惑に満ちている。

小島寛之氏の『容疑者ケインズ』は,1章でケインズ型財政政策に乗数効果が本当にあるのかを,2章ではバブルがはじけるとなぜ不況になるかを論じている。それもデータを分析するのではなく,簡単な数値例を用いた理論的考察によって。それはある意味で寓話にも似た話なので,経済政策と関わるマクロ経済の現実とどう結びつけてよいのか,正直よくわからない。

容疑者ケインズ―不況、バブル、格差。すべてはこの男のアタマの中にある。 (ピンポイント選書)
小島 寛之
プレジデント社

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3章で著者は,意思決定論へと話を進める。それがケインズを理解するうえでも重要だという。しかし,そういう文脈を離れても,そこで紹介される「誘惑と自己規制」に関する経済理論は興味深い。原論文はきわめて数理的(公理論的)で難易度が高いが,本書ではジェームズ・ジョイスの小説を例にとって解説するなど,直感的に理解できるよう工夫している。

その論文では「誘惑」はメニューセットの選択という設定で語られる。つまり,選択肢となるセットのなかに,魅惑的であるが消費すると不効用を伴うものがあり,それが誘惑だと。誘惑に負けないためには,自己統制する必要がある。酒を断る自信がなければ宴会に行くべきでないし,金と時間が逼迫した読者家は本屋に行かないほうがよい。もちろん,人はしばしば自己統制に失敗する。

誘惑は,救いようのない悩みや後悔をつねに伴う。それを合理的経済人の選択としてモデル化していくことには限界があると思う。むしろ,現実に対してオープンな経験的研究に期待したい。最近出版されたばかりの以下の本には,誘惑といった「戦略的な」概念は出てこないが,それを基礎づける意思決定の心的メカニズムについて,これまでの研究がコンパクトにまとめられている。

意思決定心理学への招待 (新心理学ライブラリ)
奥田 秀宇
サイエンス社

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薄いといっても,中身が濃い本なので,スイスイ読めるわけではないだろう。しばらく,あちこちに持ち歩くことになる。それにしても選好の研究は,経済学と心理学が入り乱れて,これからますます面白くなっていきそうだ。
 

読むべき科学の本

2008-11-24 12:36:40 | Weblog
『文藝春秋』12月号では,立花隆,佐藤優の両氏がそれぞれ「21世紀を生きるための教養書」を百冊ずつ選んでいる。哲学や宗教から自然科学,そしてSFや漫画まで,カバーされている範囲は相当広い。読んだことがないどころか,名前さえ知らない本も多数ある。こんなのは特定個人が趣味で定義した「教養」にすぎない… と強がりをいいたいところだが,選んだのは「知の巨人」と「知の怪物」である。そのリコメンデーションはやはり気になる。

文藝春秋 2008年 12月号 [雑誌]

文藝春秋

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立花隆氏はさすがに自然科学書を多数取り上げている。『聖書』や『コーラン』もいいが,基本的な自然科学書を読むことは,21世紀を生きる者の教養に相応しい。リストに挙がった本のうち,立花氏が佐藤氏との対談でわざわざ言及しているのが『ガイトン臨床生理学』,『ネッター解剖学アトラス』と以下の本だ。いずれも2万円を超す価格。米国の大学では文系・理系を問わず,分子生物学が必修科目になっているといわれると,最後の本ぐらいは読むべきか,と心が動く。

細胞の分子生物学
Bruce Alberts
ニュートンプレス

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対談で言及されている数学書が,以下の本だ。立花氏は,数学が各分野に専門化されていくなか,この本は「ありとあらゆる領域の数学の本質部分をものすごくうまく解説してある」と誉めている。数学は,マーケティング研究においてさえ無視できない,諸学の基礎となる知識である(現実の授業では,数式の使用がはばかられる日々だとはいえ…)。もっとも 621ページで 8,400円というのは,そう簡単に読める本ではないとは思うが…。

数学 その形式と機能
ソーンダース マックレーン
森北出版

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心理学については,立花氏が『ユング自伝』と『元型と象徴の事典』を挙げている。ユングを選んだ当否はともかく,他に「21世紀の教養」となる心理学書はないのだろうか? 経済学は,佐藤優氏がマルクス『資本論』,レーニン『帝国主義』,宇野弘蔵『経済原論』,ヒックス『価値と資本』,ケインズ『一般理論』,リカードゥ『経済学および課税の原理』を挙げる。現代の経済学には『ファインマン物理学』のような本がないのだろうか?

自分に近い領域になると「巨人」「怪物」の評価にやや疑問が出てくる。ということは,他の分野についても同じことがいえるのか… いや,彼らの得意とする分野だから大丈夫,と思うことにしよう。そして,経済学や心理学といった分野における教養については,その分野の「巨人」「怪物」に期待するしかない。

JACS@東海大短大

2008-11-23 22:56:19 | Weblog
土曜はゼミ入室試験。「最低募集定員」15人のところ12人の応募があった。人気ゼミでは,50人を超す応募がある。やはり「統計」「コンピュータ」「サイエンス」ということばを並べたことで,文系の学生たちは引いてしまったか…。しかし,逆にいうと,それがよい選抜になったかもしれない。面接試験で10人を合格とする。5人を定員に二次募集を行う。何人ぐらいの応募があるだろうか…。

JACS に参加するため,夜静岡へ移動。初めての土地。駅近くでマグロ料理,生しらす(最高!),桜エビのてんぷら,黒はんぺんなどを食べる。お店の人によれば,静岡は住み心地がよすぎて,長くいると,のんびりした性格になってしまうという。泊まったホテルにはウェルカム・ドリンクなるサービスがあり,1時間に限り,各種のお酒が飲み放題となる。早い時間にカニが出る日もある。

翌朝,ローカル電車に乗って東海大短期大学へ向かう。心理学的な研究を中心に発表を拝聴する。最初に,竹村他「Consumer's ambiguous comparative judgment: Fuzzy theoretic model and data analysis」を聞く。推移性などを満たさない不完全な選好をファジー集合モデルで分析しようとするもの。ただ残念ながらファジーの理論になじみがないので,ほとんど理解できなかった。

次いで芳賀「コンジョイント・レスポンスレイテンシー法」。ウェブ調査で計測した対比較での反応時間に影響する実験要因が分析される。反応時間はタスクの困難性を反映していると見るのが一般的。ただ,そうした前提を含め,反応時間が本当は何を測っているのか,より深い心理学的分析に興味を感じる。そこがうまく識別できれば,ぼく自身の研究でも強力なツールになるだろう。

都築他「多属性意思決定における文脈効果に関する実験的検討とモデル構成-選択反応と眼球運動測定に基づく検討-」は,文脈効果を検証する三択のタスクをアイカメラで計測する。前段で語られた,魅力効果,類似効果,妥協効果のうち,魅力効果が最も顕著に再現されることや,それを予測するコネクショニスト・モデルが興味深い。系統的に研究が積み重ねられている。

発表後都築先生に,文脈効果研究の動向について少し伺う。消費者行動研究以外にも,認知科学のほうで相当研究されているらしい。それにしても,魅力効果の再現性が高いということは,人間の意思決定パタンとして,脳に深くプログラムされているということだ。そこにどういう適応性があるのか,進化心理学的な説明は可能だろうか,なんてことに興味を覚える。

教室を移動して,杉谷「企業に対する「信頼」とは何か:不祥事報道において有効なコミュニケーション戦略の検討」。実験によれば,企業不祥事に対する謝罪広告は,感情に訴えるより理性に訴えるコミュニケーションのほうがおしなべて効果的である。ただし,コミュニケーションの主体が報道機関になった場合は別だという。発表者自身の説得的コミュニケーション能力も高い。

最後に,濱岡「アクティブ・コンシューマー4.0 首都圏調査2008」を聞く。消費者による製品アイデアの提案や使用方法の創意工夫のような「創造的消費」行為を,Howard-Sheth のような消費者行動の枠組みに組み込むことが著者の目標だという。そのために,着々と調査が積み重ねられている。今回聞いた多くの発表から共通に学べるは,「積み重ね」の偉大さである。

学会のあと清水に立ち寄り,再びマグロ料理。なお,近海ものを味わうには焼津や御前崎がいいというから,いずれぜひそちらも訪れてみたい。今週末は JIMS。今度は,聞き役に徹しているわけにはいかない。
 

長い尻尾が疼く

2008-11-21 23:14:24 | Weblog
昨日はブレインパッドの草野社長に,データマイニングとリコメンデーションの最前線について話していただく。マイニングだけでなく数理計画法による最適化まで使うのが,同社独自のアプローチだ。今日も受講生たちが活発に質問してくれた。ビジネスの最前線にいる人々を呼ぶ機会をもっと作りたいし,学生にももっと来てもらいたい。

夜は,JIMS部会で松村-山本組の発表を聞く。ブログのリンクやトラックバックを通じた影響力の伝播に最適格差があるかどうかの研究だ。ついで「われわれ」の iPhone 普及に関する研究の報告。お世辞ではなく,的確なコメントをいっぱいもらって非常にありがたい。一瞬,みんなの頭脳でクラウド・コンピューティングしたわけだ。

本日の統計学の授業では,スライドに誤記が多すぎた。ゼミへの応募は予想以下,定員以下になりそう(ということは,二次募集しなくてはならないことになる)。明日,選抜しなくてはならない。夜,DM学会の定例会でHMV清水さん,市川さんの話を聞く。その後,じっくりお話しする機会を得て,ロングテールの話から始まって,多方面の話題が飛びかう。

そうだ 豊洲、行こう

2008-11-19 23:55:37 | Weblog
来月から始まるMBAマーケティングの準備のため,金融の専門家にお会いして打ち合わせる。このコースの教材は,5年ぶりの大改訂になるはず…。そのことが頭にあったせいもあって,先日たまたま本屋で目にとまって買ったのが,以下の本だ。昨年7月に刊行された本だが,投資信託のブームはバブルであり,いずれ崩壊すると「予言」している。実際,今年の夏以降,投資信託は下落した。その点で,予言は当たったようにみえる。

投信バブルは崩壊する! (ベスト新書 (155))
須田 慎一郎
ベストセラーズ

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著者によれば,銀行は投信に本来リスクのあることを知らせないまま,投資には素人の消費者に売りまくった。だから当時の投信ブームはバブルであり,その実態がわかれば,それははじけて相場は崩壊すると予測する。ただし,最近の投信の下落は,そうした理由より,もっとグローバルかつマクロな理由によると考えたほうがよいだろう。そのことはさておき,銀行のマーケティング戦略をわかりやすく語っている点で,ぼく自身には勉強になった部分が多々ある。

 ただし,著者の銀行性悪論には,やや,ついて行けない面も…。

本筋ではないが,豊洲に関する記述が興味を引いた。この地域には,比較的安定した企業に勤めている中堅サラリーマンにとって手頃な価格のマンションがどんどん建設されている。その結果,日本で数少なくなってきたといわれている若い「中間層」がこの地域で急増しており,東京で数少ない「高度成長」の臭いを持った地域になっている。銀行の戦略といえば富裕層を偏重する話をよく聞くが,むしろ中間層を狙って,みずほ銀行がこの地にユニークな支店を出したという。行ってみるべきか…。
  

伝えたい相手に伝えたい

2008-11-18 23:33:58 | Weblog
昨日のセミナーで聞いた重要な問いかけは「伝えたい相手に伝える」ことができるか,ということだ。広告関係者にとって,一見当たり前に聞こえることばだが,その含意は思いのほか奥深い。クリエイターの仕事を評価するときの本質は,そこにあるように思う。万人が喜ぶメッセージにはインパクトがない。多くの誤解を生み,非難されたとしても,伝えたい相手から絶賛されるのであれば,そのキャンペーンは成功だといえる。分母の広い評価には全く意味がない。

ということは,クリエイターとは何かを研究するとき,その鏡像としての「伝えたい相手」が不可欠の部分になる。それは,いわば community of taste とでもいうべき関係だ。だから,クリエイターの内部を探るだけでなく,その外延を探ることが重要だ。ある一定の範囲で共有されるテイストがまず大前提としてあって,さらにスキルが加わればクリエイティブな仕事が完成する。スキルに注目するならば組織論の問題だが,テイストに注目すると,必ずしもそうではなくなる。

この点で興味深いのが,MarkeZineニュースに紹介された,米国の iPhone ユーザに関する調査結果だ。iPhone が意外と広告によって支えられている,という点も面白い。

 iPhoneのコンバージョン率は決して高くなかった

いくつかポイントをピックアップすると・・・

- iPhone 購入検討者が実際購入した比率(コンバージョン率)は競合に比べ圧倒的に低い
- iPhone ユーザは高所得者比率が高いほか,ヒスパニックの比率が高い
- iPhone ユーザの7割は携帯電話(=iPhone?)で音楽を聴いている(競合に比べ圧倒的)
- iPhone ユーザの満足度 89% は,業界平均71% を上回る
- iPhone の広告費が AT&T 及び Apple にとって負担になっている(根拠不明)

コンバージョン率が低いというのは,iPhone はそれなりの注目を集めるものの,いざとなると多くの潜在顧客が尻込みしてしまう,敷居の高さがあることを意味している。この関門をくぐり抜けた顧客にとっては,満足度は非常に高い。だから,ありていにいえば「相手を選ぶ」製品なのだ。そこで,「やはり森公美子さんのような人に、いきなりiPhone売っちゃいけなかったね」という「議論」にもつながっていく。誰も彼もを分母にした評価は,クリエイティブな製品には意味をなさない。

iPhone ユーザの所得が高いのは何となく納得がいくが,ヒスパニック系の人々が多いのはなぜだろう? 彼らはつねに音楽とともにありたい,ということなのか。

今日は,2年向けのコース説明会。2つの教室に分かれて行われたが,私語の多さ,ざわつきが多少違う。学生たちがほぼランダムに振り分けられたのだとしたら,これは,少数の誰かが私語を始めるという,ゆらぎがもたらした差異なのだろう。ただどちらにも,教室の比較的前のほうに座って,真剣な眼差しを向ける学生たちが一定数いる。彼らのなかで,さらに大勢に従うことよしとせず,新しい価値を世のなかに提供したいと思っている学生が,今日のぼくにとって「伝えたい相手」だ。さて,その成果やいかに?
 

W+K はなぜクリエイティブであり得るのか?

2008-11-17 23:15:31 | Weblog
MBF で W+K の Adams 氏の話を聞く。同社はいうまでもなく,Nike とともに歩み,いまや独立系としては世界最大になったクリエイティブ・エージェンシーだ。彼らのアプローチは,クライアントが意識していない「ブランドの真実」を,トップから現場までのインタビュー等を通じて徹底的に考え抜き,それをベースにクリエイティブなキャンペーンを考えることだという。そこから,KUMON の CI やサッポロビール 「I Love Beer」キャンペーンが生まれた。なるほど… しかし,そうしたアプローチ自体は,他のエージェンシーも行ってきたのではなかろうか?

W+K が傑出したクリエイティブ・ワークを生み出してきたことは,上述のような方法論だけでは語り尽くせない,さらなる何かのせいだと思う。それは,優秀なクリエイターを集め,そのスキルを高め,最高の成果を上げるように環境整備と動機づけを行ったからだよ… と誰かが説明してくれたとしても,それだけでは十分わかった気になれない。他社だって同じ努力をしているし,時には成功もしている。それなのに,なぜある企業がより優れた人材を採用し,育成し,刺激できるのか? そこにこそ,W+K 自体が意識していない「真実」があるかもしれない。

奇しくも,今月号の DHBR では,IDEO や Pixar が取り上げられている。いうまでもなく「クリエイティブ」であることを希求するビジネスパーソンにとって,いま最もベンチマークしたい企業であろう。執筆しているのは,それぞれの企業の経営者だ。だから,両社の企業戦略がうかがえるメリットがあるとともに,内部から見えない何かを見逃している可能性もある。W+K がクライアントにそうしているように,「何も知らない」外部から見た研究も必要だ。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2008年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社

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クロスメディアと大学のカリキュラム

2008-11-15 22:27:26 | Weblog
 ネットユーザーに拡がるクロスメディア消費の正体とは?

CNET Japan で紹介された調査によれば,家電製品の購入について,実際の店舗で買った人より,インターネットで買った人のほうがインターネットで「十分な時間をかけて探した」だけでなく,実際の店舗で「十分な情報収集を行った」と答える比率が高い。つまり,インターネットで購買する人は,リアルな店頭を含むあらゆる場面で情報収集意欲が高いということだ。この記事では,これを「クロスメディア消費」と名づけている。

つまり,情報収集意欲が高い→ネットとリアルの双方で活発な情報収集→ネットで最も価格の安いところを調べて購入,という人々がひとかたまりになっている。そして,逆にいえば,さほど情報を収集せず,リアルの店頭で店員の推奨にしたがってエイヤで買ってしまう消費者のかたまりもある,ということだ(ぼくはどちらかというと,そのタイプである)。もちろんその両極の間に多くの人々が分布している。

情報収集意欲の高い人々のためにこそ,クロスメディアが効果を発揮する,と期待されがちだが,彼らにとってメディアは与件ではなく,選択の結果だということに注意する必要がある。つまり,環境や対象の変化に対して,彼らは敏感に情報収集や購買行動を変える可能性がある。したがって,過去の行動履歴をマイニングして,そこで抽出されたパタンに合った対応をすればよい,というわけには必ずしもいかない。

そこで思い出したのが,昨夜,前の職場の同僚たち(半数はすでに他の大学へ転出)と交わした会話である。前の大学のカリキュラムは,理工系ということもあり科目間の前後関係を細かく考えて構成されていた。しかし,規模の大きな大学の文系学部では,教員と教室の都合を満たしつつ,そのような調整を行うことは不可能だ。したがって学生は,サラダと肉料理のどちらかしか選べなかったり,デザートを最初に食べたりすることがあり得る。

しかも学生たちは,毎回規則的に授業に出てくるわけではない。バイキングのように,お好みのものを適当につまんでいく。文系の場合,それでも力のある学生は何とか卒業して,就職先でばりばり活躍する。なかには知的リーダーとして成功する者も出てくる。結局,胃のなかで混ざってしまえば,何をどういう順序で食べたかは問題ではない。一定のカロリーと栄養素が摂取されてさえいればよいのだ。

つまり,知識を階層的に整理し,その秩序に従って系統的に吸収させるのではなく,ほぼランダムに様々な知識へ遭遇させ,各人に自在に編集させるのが文科系のやり方だ。そして偏差値が高い大学では少なくとも,そのやり方は成功しているように見える。同様に,情報リテラシーの高い消費者には,緻密にデザインされたクロスメディアより,無作為に近いクロスメディアのほうが効果的なのではないかと思わせる。

それは昔ぼんやりと考えていた,個人の過去の情報を全く使わないでカスタマイズされたインタラクションを行う,というコンセプトとどこかでつながる気がする。
 

定額給付金の真の効果

2008-11-13 23:46:20 | Weblog
定額給付金をめぐって,マスコミはもちろん,ブログでも様々な議論が起きている。そもそもこの政策にどの程度景気浮揚効果があるのか,専門家であるマクロ経済学者はどう評価しているのだろうか? ネット上で検索するとまず見つかったのが,岩本康志東大教授のブログだ。

 ほぼ余計な追加的経済対策

ここで岩本氏は,現代マクロ経済学の標準的な理論に則り,数年後に消費税の増税が約束されている状況で給付金を配っても貯蓄に回るだけであり,「非常に効率の悪い政策である。定額給付金はやらない方がいい。」と断じている。さらに,

 定額給付金の所得制限をめぐる迷走

では,給付金をより消費に回しそうな(限界消費性向が高い)人をターゲットとした給付が可能かどうか,「思考実験」することを提案している。ところが現実の政策は,政策の有効性を追求するのとは全く別の方向へ「迷走」しているように見える。

小泉政権の閣僚であり,現在慶応大学の教授である竹中平蔵氏は,現在の政府が取ろうとしている「バラマキ」政策より,小泉政権を継承した「改革路線」のほうが景気回復にも選挙対策にも効果的だと主張している。

 経済対策「3つのシナリオ」

面白いのは,竹中氏が第3のシナリオとして,現在の案よりもっと大規模な財政拡大策をあげている点だ(「イチかバチかシナリオ」)。その結果,一時的に景気は良くなり,選挙に有利に働くが,そのツケは大きく,日本経済は「ガタガタになる」という。

やはり財務省の官僚として小泉政権を支え,その後退職して東洋大学の教授となった高橋洋一氏は,有名なマンデル-フレミング・モデルに従えば,定額給付金は金融政策とセットにしないと,景気浮揚効果を発揮しないと述べている。

 埋蔵金による減税政策は悪いのか

さらに岩本氏と同様,将来の増税とセットになっている点で効果が殺がれてしまうと見る。他の経済学者の意見も聞く必要があるが,マクロ経済の専門家の多くが,今回の政策の景気浮揚効果に対して懐疑的であることは容易に予想できる。

だが,与党の幹部にとって,そんなことは先刻承知のことかもしれない。重要なのは景気刺激効果ではなく,選挙の集票効果なのだ。竹中氏は与党は「改革路線」をとったほうが選挙に有利だというが,当事者たちは全くそう考えていないようだ。

定額給付金をもらった有権者たちは,期待された通り与党に投票するだろうか? 彼らが「合理的」ならそうしないだろう。もらうものはもらうが,誰に投票するかは別だと。だが,政治家たちは経済はともかく,選挙民のことはよく知っている可能性がある。

以下の本によれば,人間の心には,もらったらお返ししなくてはならない,という reciprocity(返報性,互酬性)の原理がプログラムされている,という。有能なセールスパースンは,顧客のこうした心の働きを利用して,うまく商売を進めているわけだ。

影響力の武器[第二版]
ロバート・B・チャルディーニ
誠信書房

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こうした人間が無意識に持つ reciprocity が選挙で効果を発揮する可能性がないとはいえない。ということは,次の総選挙は,経済学が仮定する合理性と,社会心理学や行動経済学が仮定する根深いバイアスのどちらが投票行動をよく説明するのか,検証する場になる? いやはや…
 

店頭からのクリエイティブ

2008-11-11 23:33:33 | Weblog
久しぶりにわがゼミ(前任校)の卒業生と会う。彼女はセールス・プロモーションの専門会社に勤めていて,その会社の社長も同席された。ぼくの元上司との接点がわかり,世間の狭さを実感する。それはともかく,いろいろ話しをするうちに,「クリエイティブ・マーケティング」の対象として「店頭」も見逃せないなあ,という気になってきた。

これまで消費者行動における店頭の重要性を理解していなかったわけではない。しかし,どうしても数値化された世界へのこだわりがあって,POSデータの分析か,せいぜい店内動線の研究まででとどまっていた。だが,そういう姿勢で「クリエイティブ」を語ることには限界があると,いまさらながら反省する。

今後はまず,授業かゼミで「店頭」をうまく取り上げられないかと思う。誰しも買物はする。だから店頭は,学生にとってもリアルに体感できる場であるはず。そこにどう「科学」を絡め,かつクリエイティブな発想を引き出すことができるか。幸い周囲には,こうした問題意識で先行する友人たちが何人かいる。まずは彼らから学ぼう。

さて,今日の大仕事は,学生が書いた論文の審査である。ふだんの学生の印象から想像されるのと違い,意外としっかり書いている(匿名化されていて誰が書いたかはわからないが)。そこで「手加減せずに」読むと,テクニカルな問題が目につき始める。だが重要なことは,どこまでリアリティに肉薄しようとしているかだ。

プロの研究者の場合,抽象化された世界である程度小器用に論を展開できる。学生にはそんな真似はできないし,それを求めるべきでもない。むしろ,方法論は素朴でいいから,果敢にリアリティに立ち向かうべきだろう。そしてそれに首尾よく成功したとしたら,プロの小細工などかすんで見えるだろう。

「店頭」に注目することの可能性も,そういうところにある。もちろん「店頭」に限らず,あらゆる「前線」にチャンスがあるはずだ。
 

本を書く

2008-11-09 23:28:58 | Weblog
昨夜は大学院時代の友人たちと食事(飲み会)。そこで,研究成果をまとめて本を出す,ということが話題になった。前の勤務先では,単行本は研究成果と認められていなかったが,今度は違う。助成金もあるようだし,そうだ,何か本を出すことにしようか… という考えが頭をもたげる。しかし,何を書けばいいんだろう?

たとえば,博士論文をまとめて出版するというのはどうだろう。しかし,ぼくの博論は,マーケティングという辺境の領域で,全く役に立ちそうにないテーマを中途半端にテクニカルに扱っている。そんな本を読む人がそんなにいるとはとても思えない。やはり,何らかの面でもっと一般性が高い本でないとだめだと思う。

同じ専門書でも,応用範囲は広いが,一般にはまだ敷居が高い手法について解説したものなら,ある程度の数の読者が見込めるかもしれない。つまり,経済学とか心理学とか,研究者や学生が大勢いる領域からの購買に期待できるからだ。だが,そういう手法で,自分こそが書くべきものが何かあるだろうか。

むしろテーマで勝負して,実務的に最先端の話題を専門的に取り上げるのはどうか? これまで行ってきた研究のうち,「クチコミ」とか「広告効果」などは,現場のマーケターの関心を惹くだろう。だが,それぞれ本にするほどまとまった量の研究成果(論文)がない。これまで,脈絡なく研究してきたせいである。

むしろ,啓蒙書を狙うのはどうだろう? 自分の講義から派生させるなら『商学・経営学部生のための統計学入門』とか,『実務家のためのマーケティング・サイエンス』とかが考えられる。しかし,いずれの場合もすでに定評のある教科書があるので,それと差別化し,何らかの点で上回ることはそう簡単じゃない。

本は論文よりもはるかに多くの人々に読まれる可能性がある。その点は大きな魅力だが,自分の研究のなかで,世のなかの広範な人々の関心を集めることができるものが何かあるだろうか? そこが大きな問いかけで,あとは些細な問題だ。日々の講義をこなしつつ,何とか論文を出し続ける,という言い古した課題に結局は戻っていく。

次々出てくる意思決定本

2008-11-08 16:37:06 | Weblog
意思決定に関する研究のハンドブックは,毎年のように出版されている感じがする。これもその一冊。大学院レベルのゼミでもあれば,ぜひ輪読してみたいところだが,残念ながら当分その機会はない。そんなことはいわずに,自分で勝手に読めばいいわけだが,持ち歩いて電車のなかで読むには大きすぎる。と何だかんだ言い訳しながら,本棚にしっかり収納した。

Blackwell Handbook of Judgment and Decision Making (Blackwell Handbooks of Experimental Psychology)

Blackwell Pub

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とはいえ,実際読んでみたい章がいくつかある。たとえば,

Gigerenzer, Fast and Frugal Heuristics: The Tools of Bounded Rationality

Payne & Bettman, Walking with the Scarecrow: The Information-processing Approach to Decision Research

Busemeyer & Johnson, Computational Models of Decision Making

Shafir & LeBoeuf, Context and Conflict in Multiattribute Choice

など。それらをちらちら眺めながら,意思決定の計算モデルが認知的なヒューリスティックと無意識の意思決定論とを架橋するのではないかなどと,さしたる根拠もなく考えたりする。

前任校で掲示していた自分のウェブページをほんの少し手直しし,現在の勤務先のサーバにアップロードした。所属を変えただけでなく,「進行中の研究」をちょっとだけ入れ替える。「進行中」ということばに,多少後ろめたい気持ちがないわけではない。そのなかには,いままさに動いているものも,かなり前から眠っているものもある。その多くは,自分的には一つの大きな流れを形成しているつもりでいる。それらが実際に合流するのはいつの日だろう…。

凄まじきもの

2008-11-07 23:12:51 | Weblog
電車通勤が与えてくれる自由な時間に,こんな本を読んでみた。そこに描かれているのは,あまりにも凄まじき人生だ。著者の筆致はきわめて批判的だが,ぼくには善悪を超えた凄まじい生き様に圧倒される。Google の企業理念の一つ「悪事を働かなくても金儲けはできる」という考え方とは異質な世界がそこにはある。

この本の副題に「魔女」とあるが,むしろいい意味でも悪い意味でも「鬼」といったほうがいい。しかも,ある一瞬ではなく,生涯を通して。そこまで彼女を駆り立てるものが何なのか,小市民としての自分には想像を絶する。そういう人生があり得ることはわかるが,彼女の心のうちに何があるかまではわからない。

細木数子 魔女の履歴書 (講談社 アルファ文庫 G 33-12)
溝口 敦
講談社

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マーケターとして考えるべきことは,細木数子氏自身よりは,マスコミを通して彼女を消費してきた消費者たちの心だろう。どうしてそんなに「偉い」のかよくわからない女性が,神がかった価値観で人を罵倒する。なぜそんな番組が高視聴率になるのか全く理解できない点で,ぼくは現代社会をほとんど理解できていない。

今日の昼休みと夕方,ゼミのガイダンスを行った。自己紹介,自分の研究と教育の方向,ゼミの方針を話す。その場でも誰も質問しなかったが,直後に何人かの学生が質問に来た。選考は再来週。誰が来るか,誰を選ぶか,将来どんなゼミになるか,よくわからない。結果はあとからついてくる,としかいいようがない。

夜,筑紫哲也氏の死を知る。テレビは,ありとあらゆるものを抱えている。

「結果」は自然に付いてくる

2008-11-06 23:49:54 | Weblog
何だかんだと,追われるような日々が続く。追われるのではなく,追いかけたい,と思うが,なかなかそうはいかない(本当は,追われているほうが楽かもしれない)。実施が目前に迫った調査が3件(iPod,サービス,クルマ),結果発表が月末に迫った調査が1件(iPhone),それぞれ面白い研究になるはずであり,ぜいたくな悩みともいえる。

今日のCマーケでは,グーグルの古見さんのお話を聞いた。創立されてまだ10年の企業が,株式の時価総額でトヨタを上回る存在になったという,奇跡といってもよい軌跡。イノベーションについて関心を持つ者なら誰でも,グーグルから学びたいと思うはずだ。一体どうすれば,グーグルのような企業になれるのか?

よく知られているように,グーグルは,情報を生産するのではなく整理する,というミッションを守りながら,社員のボトムアップなイノベーションによって新たなサービスを次々と生み出している。そのなかには,収益があがるかどうか全く不確実な実験も多数含まれる。それはまさに,進化論的プロセスを内部化している,ということなのだ。

グーグルのサイトに掲げられている「グーグルが発見した 10 の事実」,その筆頭にくる「ユーザーに焦点を絞れば、『結果』は自然に付いてくる」という一文がまさに象徴的だ。より多くの実験を試みさせ,市場によって検証させ,選ばれたものをビジネスとして昇華させる。一つ歯車が狂うと破綻しそうだが,そうはさせない何かが内在しているのである。

グーグルの社員は命令では動かないという。自分で掲げた目標が達成できたかどうかで評価される。勤務時間の20%は好きなことに使えるという有名なルール。しかし,その比率をたとえ100%に上げたとしても,イノベーションが生まれてこない組織もある。制度よりも重要なもの,それはその組織が持つエートスとでもいうべきか。

いま,ダイナミックに動いているものを,客観的に説明し尽くすことは難しい。しかし,そこに肉薄していかないと,現実を捉えることなどできはしない。非常に刺激的な話を聞いた。受講している学生にとってもそうだろう。何人かが質問に手を挙げてくれた。そうなると,もっと質疑応答の時間がとれたらよかったと,つい欲が出てしまう。

これが刺激になって新たな研究テーマに思いが及ぶが,いまは先にやらねばならないことが多々ある。とりあえず明日は,ゼミ募集のオリエンテーションがある。何をどういうか,まだはっきり決めていない。一次募集から始める最初の機会だから,重要であることは確かだ。ひたすら自分が欲するものを追いかけていくと,結果は自然に付いてくる。そう信じることにしよう。