Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

いつか読む日まで

2007-09-28 01:23:24 | Weblog
明日(今日)の授業の準備で一日終わる。長崎での授業の採点が終わっていないことが気になり始めた。注文していた本がどんどん届く。

佐藤悦子『SAMURAI佐藤可士和のつくり方』誠文堂新光社・・・ご本人の著書『佐藤可士和の超整理術』は一時品切れでまだ届かない。ジョン・ヘスケット『デザイン的思考』ブリュッケ・・・と合わせてデザイナーの思考に学ぼうという算段。ヘスケットでも,こちらはHBSのほうの『バリュープロフィットチェーン』日本経済新聞社…顧客満足と従業員満足が利益に結びつくという主張で有名。ただし,きちんとした実証的裏づけがないという批判もある。

同じHBSのイアンシティ他『キーストーン戦略』翔泳社・・・は生態学をメタファーにしている。ということなら,本家オドリン=スミー他『ニッチ構築』共立出版・・・から学ぶこともあるだろう。さらには,複雑系の生命研究,池上高志『動きが生命をつくる』青土社・・・から学びたい。いつ,何を学べるかわからねど,このあたりは必ず「買う」。

古典からも学ぶべしと思い,タルド『模倣の法則』河出書房新社・・・模倣の本質性は最近学んだばかりだ。チャルディーニ『影響力の武器(第二版)』誠信書房・・・はすでに古典といってよいだろう。Loewenstein の論文集 "Exotic Preferences" Oxford Univ. Pr. …は,本来最も先に読むべき本かも知れぬ。にしても,エキゾチックな選好というのは,どんなニュアンスなのか・・・。

最後に今野浩『21世紀のOR』日科技連出版社・・・ちらちらと読むと,すぐに経済学への悪口が目に飛び込んできた。20世紀に花開いたORであるが,マーケティングという辺境の地では枯れそうである。ORから始まったマーケティング・サイエンスは,いまやどちらかというと,(特に米国では)経済学の属領だというと,いいすぎだろうか。
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マーケティングの真理?

2007-09-26 23:44:19 | Weblog
かなり以前の話。「マーケティングとは,真理を探究することだ」という職場の先輩のことばに,駆け出しのぼくは大いに感銘を受けた。膨大な情報を徹底的に解析していくと,最後に Aha! の瞬間があって「真理」が顕現する・・・いつかそんな経験ができるのかと胸を躍らせた。一方,そう語っていた先輩は,その後どういう真理を発見したのだろうか・・・。

時が経って,いまやマーケティングの職業的「研究者」を自称する立場になった。「研究」というからには,何らかの「真理」を追究していると見られてもおかしくない。真理とは何だろう・・・科学の立場からは,再現性のあるパタン,というのが一つの答えである(もちろんそれは,まだ反駁されていない限りでの再現性だ)。

では,マーケティングに「再現性のあるパタン」はあるのか? 思いつくのは「ブランドの二重苦」や「パレートの法則」だ。現実にはいくつもの反例があるとしても,これらの命題は,比較的再現性が高かったのではなかろうか? もしマーケティング研究者が真理探求を望むなら,このようなシンプルな規則性を持つパタンを探すことから始めるべきであろう。

DHBR6月号で,Jeffrey West が組織規模と知的生産性の間にベキ則(power law)が成り立つことをパワーコンセプトに挙げている。ベキ則はシンプルで美しいパタンであり,物理学者が好んで発見しようとする。だが,経営学的にはそこから先が難しい。この発見に基づいて,小さな組織のほうが革新的だという俗説を戒めるのはよい。しかし,組織の知的生産性を上げるには,組織の規模を大きくすればいい,とまでいってしまうと,おいおい,そんな単純じゃないぞ,ということになる。

このような応用上の難しさがあるとはいえ,再現性のあるパタンを探求することは,経験科学の基本的態度として大変重要である。で・・・自分の現実を振り返ると,そういう理想と程遠い状態にある。今日の午前中は「サービス」プロジェクトのための調査設計の打ち合わせ,午後は授業の教材用の調査票作成で終始した。手をつける時間がなかったが「クルマ」プロジェクトの調査票改訂も控えている。だが,こうした調査から,いずれ,何らかの再現性の高いパタンが発見されるだろうか・・・それが難しく思えるのは,ほとんどの調査項目がアドホックだからだ。

「真理」を探りたいなら,定型化された質問を「場をわきまえず」ありとあらゆる調査で繰り返し,その結果から頑健なパタンを探さなくてはならない。しかし,それは学術的には価値があったとしても,実務的には必ずしもそうではない。当然ながら状況次第で聞きたい質問は異なる。学術よりの調査ですら,その時々の最重要課題に合わせて,アドホックな部分を増やさざるを得ない。「二重苦」を発見した Ehrenberg は調査会社を所有していたから,同じ項目の繰り返し調査ができたと聞いたことがある。

ということは,調査会社を持たない市井の研究者は,「真理」を探究したければ,質問紙調査より,POSとか顧客DBのような反復性の高いデータを分析したほうがいいのだろうか。そういえば,某サイトの購買履歴データを分析する話もある・・・。だがそれに取り組む以前に,すぐに作るべき調査票がいくつかあり,さらに何と,自分が回答すべき教育・研究業績に関する「調査票」がある。調査票地獄・・・。
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パワーコンセプト

2007-09-25 23:57:39 | Weblog
今日の脳科学塾はディスカッションの日。最近,実務家のなかで脳科学を勉強する人たちが増えている。そのうち企画書に「扁桃核をターゲットに・・・」とか「ここでドーパミンを・・・」ということばが当たり前のように使われるかもしれない。ただし,お気に入りの著者は,茂木健一郎,池谷裕二,前野隆司などに分化しているという印象を持った。

いずれにしろ,多くの実務家が人間のことをもっと詳しく知りたいと思い,脳科学に関心を向けている。多岐にわたるニーズに応えるべく,脳科学関係の本のレパートリーは広い。だが,その関心は,認知科学や社会心理学にはさほど向かっていない。それらに多くを依拠する消費者行動研究に対する関心はもっと低い。いままで以上のパワーを発揮する必要がある。

オアゾの丸善に行くと,閉店時間を過ぎているのにまだ空いている。だが,アカデミッククラブはすでに閉めてしまったらしく,現金でDHBR6月号(バックナンバー)を買う。5月号に続き「2007年のパワーコンセプト」が取り上げられていて,その一つが Dijksterhuis の「無意識の意思決定力」(When to Sleep on It)だ。消費者研究から,パワーコンセプトが生まれている。

なお,同誌5月号で取り上げられたコンセプトに,Watts の「流行が起こる本当のメカニズム」(The Accidental Influentials)がある。そこでは,素朴なインフルエンサー論に冷水が浴びせられる。ネットワーク上のハブをターゲットにしたクチコミ・マーケティングが必ずしも効果的でないことは,わが研究室の(より素朴な)シミュレーションでも示されている。ではどうする・・・今後の課題。

今日届いた本:

 盛山和夫『年金問題の正しい考え方』中央公論社
 『日本の論点』編集部『10年後のあなた』文藝春秋
 ボルフガング・ワイドリッヒ『ソシオ・ダイナミクス』森北出版
 アルジュン・チョードリー『感情マーケティング』千倉書房
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親子関係とブランド関係

2007-09-24 23:09:41 | Weblog
茂木健一郎氏のブランドに関する講演をDVDで聴く。茂木氏がブランド選好を addiction(嗜癖)と考えているのは,著書で知っていた。この講演で初めて聞いたのが,ブランドは secure base(安全基地?)だという説。サプライズではなく定番だと。そこで援用されたのが,John Bowlby の attachment theory だ。少年の問題行動の背景には,幼い時期に母親からの庇護が欠けていたこと,つまり secure base の欠落があるという理論らしい。

なるほど・・・母親との接触の重要性は,茂木氏と立場が異なると思われる脳科学者も指摘していた。だが,これは,脳科学的に裏づけられているというより,心理学や精神医学の「定説」ないし「経験則」ではないだろうか。それが前提とする家族像の現代社会における一般性は大いに気になる。まあそれは置いておいて,親子関係といえば,今日報じられた男子中学生が父親を斧で襲った事件。「父殺し」はフロイド流精神分析の十八番である。

だが,これが先週起きた,16歳の娘が父親を斧で殺した事件に影響されていることは,フロイド説より確実だと思われる。「無意識の消費者」の論文を読んでプライミング効果以上に印象的だったのが,人間がいかに「自動的に」他者を模倣(mimic)するかである。同じグループのなかで誰かが鼻をさすったり足を揺らしたりすると,それが意識されないまま伝染する。父親を襲った男の子が意識していようといまいと,かなりの確度で模倣が起きている(動機よりは手段に)。

互いに摩擦を起こしつつ,同調し合う人間たちを分析するのに,エージェントシミュレーションはきわめて有望だ。・・・というのは「一般論」で,具体論となると難しいことが多い。今日,B4の中沢君と卒論の打ち合わせをする。アフィリエイト広告をどうモデル化するか。何がキーイシューか。深い考察が必要だ。あとは突破力。M2大沼さんの自然派化粧品への選好形成研究を含め,いよいよあと数ヶ月の勝負となってきた。

それにしてもブランドや製品への選好形成を扱うには addiction と attachment の理解が避けられないのか・・・意識的情報処理を扱う(狭義の)認知科学や,適応を重視する現代的「無意識派」でそれらはどこまで解明できるのだろう。むしろ異常を好む伝統的「無意識派」から学ぶところが大きいのか。・・・ともかく,人と人との間にあるドロドロに,あらゆる方法で接近する必要があると,とりあえず書いておこう。
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組織のKY理論

2007-09-22 23:39:51 | Weblog
東京との往復の間に上杉隆『官邸崩壊』を読む。安倍氏とその側近たちを中心に,有力な政治家やマスコミ関係者も加わって,人間くさいドラマが進行する。つまり,自己顕示欲,嫉妬,恐怖心といった様々な感情が渦巻いて,順風満帆に発足したチームが崩壊していく様が描かれている。本書の結論を今風にいえば,首相も側近も周囲の「空気が読めなかった」(=KY)のが最大の問題であった,ということになる。だから,これは組織の「KY理論」を唱える書物なのである。ただし,そこから得られる教訓が,組織で何かを行なうには,様々な利害関係者との調整を十全に行ない,摩擦を最小化すべきだということだけだとしたら,あまりに悲しい。
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I'm home.

2007-09-21 23:52:31 | Weblog
2週間ぶりに本務校で授業。今日は評価グリッド法の実習を行う。この手法は,消費者が自己の選好構造を「意識」できるという前提に立っている。「無意識」派からみれば,文句をつけやすい手法だろう。しかし,そうしたアカデミズムの関心とは別の次元で,この手法が実務的に支持されていることは否定できない。それが,学生が体験してみる価値があることの理由である。

この数週間の「不在」でたまった仕事は山ほどある。新聞のストックも然り。しばらくジムにも行っていない。その間の飲食を考えると,今後はストイックな時間が必要だろう。修論,卒論の指導もいよいよ本格化する。いつもの季節が始まる。もちろん,違った空気の流れもある。
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S&RM@新橋

2007-09-21 00:58:56 | Weblog
明日の授業の準備をして,S&RM研究会に行く。Rust and Chung 2006 をベースにサービスマーケティングの今後の研究課題を議論する・・・という目論見であったが,ぼくが報告したようなごちゃごちゃした論点は,実務家を中心とする参加者にはあまりに縁遠いもののようであった。

むしろ現場の方々から,その議論とブランド戦略をどう関係づけるのかという問いかけを受け,たじろいでしまう。こうした議論を受けて,自分として,今後サービス領域で何を研究すべきかと考えたとき,あまり明確なビジョンが浮かんでこない。もう少し時間が必要だ。

帰りの電車で『プリンセス・マサコ』を読了。誰にとっても明快な選択肢がない状況に,重苦しい気分になる。
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意識と無意識の間

2007-09-19 23:46:38 | Weblog
昨日は「無意識の消費者行動」について,最近の研究状況を紹介する機会を得た。2005年の Journal of Consumer Psychology に掲載された,Dijksterhuis らの展望論文と,それに対する Simonson の反論。環境に隠された(しばしば意識されない)要因が,いかに自動的に態度変容や行動を引き起こすかを示す統制実験が列挙される。それに対して,Tversky の共同研究者でもあった Simonson は,無意識の重要性が誇張されている,消費者の選択の重要な部分は意識的な情報処理にある,と従来の認知科学的な立場を擁護する。

Simonson によれば,Dijksterhuis たちが見出した環境要因は種々雑多で,現実の購買場面ではノイズになる。周到に仕組まれた統制実験で効果が検出されたとしても,実際の行動の予測には使えないという。かつて,Tversky らが,人間の限定合理的な意思決定がもたらすバイアスを数々の実験で暴き出したとき,主流派の経済学者たちは,そんなものは大局的に見ればノイズにすぎない,アドホックすぎて予測に使えない,などと反論していた。それを思い起こすと,皮肉な展開になっている。

一方,Dijksterhuis らは,Simonson と Tversky の有名なコンテクスト効果の研究を槍玉に挙げる。そもそも「消費者は選択肢の諸属性を考慮して選択する」という枠組みを勝手に消費者に押し付けて調査をしている。実際の購買時にそんな形の意思決定をしている保証はないから,そちらこそ非現実的だと。こうなってくると,完全に話は噛み合わない。合理的意思決定パラダイムが崩壊したあと,かつては異端であった学派どうしが喧嘩している,と見えなくもない。

この対立は,仔細に見れば,かなりの程度調停できるかもしれない。つまり,同じ号で Chartrand が指摘するように,無意識的か意識的かの峻別が,人間の意思決定のどの部分を指しているのかを明確にすれば,ある程度は棲み分けできるのではないか。それでも残る,無意識と意識の線引きが難しい領域が,本質的に重要な争点になるだろう。たとえば,有名な認知的不協和について,無意識の意思決定であることを示す研究があるという。

・・・ともかくセミナーを終え,久しぶりに完徹に近い状態のまま本屋で

『一橋ビジネスレビュー』秋号「デザインと競争力」
『広告批評』9月号「ワイデン+ケネディ」
『週刊ダイヤモンド』9/22号「新聞没落」

を買う。そして,それを読むまもなく,クリエイティブあるいはエンタメの経営学的研究の方向性をめぐって,若手研究者と打ち合わせる。こういう大テーマは手探りで進むしかない。無意識の心理学に,考えすぎるとかえってよい意思決定はできない,寝かせていると,いいアイデアが生まれることを示す実験がある。その教えに従い,昨夜は久しぶりに爆睡した。

そして今日は脳科学塾。東大の石浦章一先生から,無意識よりさらに奥底にある,遺伝子と脳科学の話を聞く。遺伝的に決定される部分とされない部分をいかにきちんと区別するか。自然科学の厳密さを改めて実感する。ある個人がいつ痴呆になるか,遺伝子診断によってかなりの精度で予測できるという。そして,個々人の条件に応じて,どう生活習慣を変えれば痴呆の発症を遅らせるかを提言できると。経営科学でも,確実性のレベルは低いとはいえ,そんなことができないかと夢想する。
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空気の国ニッポン

2007-09-16 23:52:40 | Weblog
長崎での集中講義を終え,佐世保,西海,平戸などを回る。四方を山に囲まれ,狭隘な陸地に押し込められた人々の眼前には,広大な海が広がっていた。その向こう側にある中国や朝鮮とは,侵略を含む様々な交流が行われ,15~6世紀にはポルトガルなどヨーロッパへの窓口になった。そして鎖国時には,オランダとのパイプを唯一維持する場。長い間,異文化を吸収し,かつ厳しい排除する最前線となってきた。

「隠れキリシタン」の歴史は,日本史のなかでも異彩を放っている。思想や信仰のために命を賭け,激しい弾圧に耐えるという事例は,戦時中の日本にもあったし,他にもあっただろう。しかし,それを一般庶民が数百年も続けるというのは信じ難いことだ。日本人は強い信念やイデオロギーを嫌い,一神教ではなく多神教,アニミズムだという,よく聞く通念とは一致しない。

安倍首相の突然の辞任のあと,後継総裁は圧倒的に麻生太郎氏が有利かと思いきや,一日で「空気」が変わって,自民党内で福田康夫氏への雪崩現象が起きた。読売新聞の世論調査では「自民党総裁に相応しい」のは福田氏だという回答が58%に及び,雪崩は一般有権者も巻き込みつつある。山本七平の有名な『「空気」の研究』が分析したような,「通念」どおりの日本人の姿がここにある。

長崎でのキリシタン弾圧をめぐっては,遠藤周作の小説『沈黙』が有名である(マーティン・スコセッシが映画化するという)。原作は信仰の問題に光を当てているが,長崎の漁村や海を見て感じたのは,生態学的とでもいうべき視点からも,あえて「空気」に身を委ねなかった人々の歴史を理解できないかということ。そして,現代の日本社会を生きる上で,「空気」を超越した空間―無限の彼方まで広がる「海」のような場が何か必要だと感じる。
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安倍劇場~最近買った本

2007-09-12 19:31:04 | Weblog
安倍首相の辞任に驚く。何でいま・・・いろいろな解説が飛び交っているが,それにしても,なぜいまなのか・・・。自身のスキャンダルが報道される可能性があった,という説もある。疑惑を追及されそうになって,唐突に政権を投げ出した細川元首相を思い出す。名門の子息に共通の感覚があるのかもしれない。

数日前,ブッシュ米大統領との会談後,安倍首相はテロ特措法の延長ができないなら辞任することを示唆した。これについて,自ら手を縛る誤った戦術だという批判があったが,ぼく個人は,これはゲーム理論でいうコミットメントであり,なかなかの高等戦術ではないかと考えた。コミットメントとは,まさに自らの「手を縛る」ことによって自らを有利に導く戦術だ。退路を断つ,ということと同じ意味だ。

テロ特措法が通らない場合は辞任すると宣言することで,民主党がこの法案を通さなかった場合の帰結は一つになる。つまり,この法案は通らないが,安倍政権は続くという可能性がなくなる。十中八九麻生氏が後継首相になり,その後適当な時期に解散・総選挙が行われる。民主党にとっては,それよりは不人気の安倍首相のもとで総選挙を戦うほうが有利である。だとすると,テロ特措法で首相を辞任に追い込むのは避けるのでは・・・考えすぎかと思ったが,同じような見解を示している政治評論家もおり,全くない話ではない。

だが,こんな素人の推論が成り立つほど,政界は(あるいは安倍首相は)「単純」ではないようだ。首相が所信表明演説でやる気を示した2日後に辞任するという「前代未聞の」出来事で,これからの展開がよくわからなくなった。混乱のなかで過去の不祥事への関心が薄れ,麻生氏の人気が醸成されたりすると,潮目が変わるかもしれない。参院選では不発に終わった「安倍劇場」が,最後にこんな大きなサプライズを用意していたとは・・・。

今日長崎で買った本:

上杉隆『官邸崩壊』新潮社 ・・・いまさらだが,賞味期限が切れる前に。
ベン・ヒルズ『プリンセス・マサコ』第三書館
間瀬元朗『イキガミ 4』
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集中講義@長崎

2007-09-11 00:56:12 | Weblog
長崎での集中講義。3年目になる。例年8月に実施していたが,今年は9月にした。だから,いつもほど暑くはない。今回の受講約20名。マーケティングの入門的講義をして,班分けをして,2回プレゼンをしてもらう。
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とりあえず近況を

2007-09-07 18:17:43 | Weblog
いつも台風に不安を感じるわけではない。しかし,昨夜は不安だった・・・なぜなら,研究室に窓用エアコンを取り付ているので,ふだんは窓にわずかな隙間があるからだ。出かけるに当って窓を密閉するのを忘れたため,激しい雨風で万が一パソコンや机が水浸しになったらと不安だった・・・幸いにもそれは杞憂に終わったが,別の建物で雨漏りの被害が出たらしい・・・。

今日から「実習」開始。オリエンテーションなので早く終わったとはいえ,2時間半は費やした。空調の効かない教室は蒸し暑く,正直疲れた。ともかくあと数ヶ月,オカユさんと会計学とマーケティングのジョイント・プログラムに挑戦する。ところで彼が講義のなかで「自分の生まれる前の年に・・・」と語っていたエピソードは,ぼくが大学生の頃の事件であった・・・。

昨日はオピニオン・ダイナミクスの研究会。Wu and Huberman 2004 は,物理学で博士号を取った西山さんだからこそ報告できる内容だ。この研究で示される次数中心性の持つパワー,さらには「頑固者」のパワーは,純化された世界とはいえ(あるいは,だからこそ)率直に驚かされる。文系の人間が数理モデルを勉強しようとするとき,経済数学や統計数学(初歩の微積や線形代数)を学ぶ。しかし,若い頃に物理学の数理をある程度学んでおくことも重要だと感じる。ぼくはもう手遅れだが・・・。

今週前半のニュースは,某省某プロジェクトへの申請が採択されたことだろうか。今後は予算が確定次第,きちんと執行することが職務となる。それはいいのだが,それ以外の部分に不安が・・・。一方,純粋な大型研究プロジェクトの申請準備も進めている。そちらはまだ雲をつかむような話だが,夢を賭けたいと思う。「同志」になってほしいと思う人々に働きかける・・・。

このところ,集計レベルの評価データによる「非補償型」構造の分析に時間を割いている。データ量自体は大きくないが,(多くの生データと同様)扱いはそう簡単ではない。層別で変数間の相関が一変する。異質なデータが混合しているとか,交互作用が大きいといえばそれまでだが,ではどうやって平板な分析に終わらず,意味のある知識を抽出できるか。試行錯誤していると,たとえば「相関」という単純な概念についてさえ,いろいろ考えさせられる。いずれにしろ,もっと時間(とパワー)がほしい・・・。
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予測が外れることの意味

2007-09-06 19:22:55 | Weblog
今日の日経「経済教室」で,哲学者の土屋賢一氏が,非常に面白いことを書いている。経済学者の予測は外れる。それによって責任を問われることは一切ない。理工学ではありえないことだ。予測が外れるという点では,天気予報も同じだ。しかし,違うのは,経済学者間でしばしば予測が一致しないこと。天気予報でそんなことはまずない。

結論からいうと,経済現象は最も複雑な現象であり,正確な予測ができないということだ。そして,実はそのことをみんな心得ているので,予測が外れた経済学者(あるいはアナリストその他)を追及することはない,と。確かにそうだが,なぜ再び経済学者の予測に耳を傾けるのか・・・土屋氏は「理性的人間らしく理論的に納得した上で売り買いを決定できるし,その結果,損をすることもできるのだ」と,皮肉とも本気とも取れる言い方をしている。

土屋氏は,経済現象があまりに不確実なのは,人間の気まぐれにあるという。「長年連れ添った妻の消費行動を予測できる夫はいない」と(何だかマーケティングにも火の粉が及んできた感じ・・・)。従来の経済学では,こうした気まぐれは相互に独立なノイズなので,集計すれば相殺されると考えてきた。しかし,それがおかしいとしたら,その理由は個人間の独立性が認められないことにある。さらには,特定個人の気まぐれが社会に甚大な影響を与えるという,極端な異質性があるためだと考えられる(マーケティングでも「消費者間相互作用」の研究はきわめて重要だ!)。

もう一つこの論考で興味深いのは,経済の内部で,様々な理論や経験を駆使してそれを観察している人々の間で,かなりの確度で異なる見通しが生まれること。それ自体が,マクロな経済の動向に何らかの影響を与えていること。そこで思うのは「期待」の異質性を積極的にモデルに取り込み,それをシステムの変化の鍵となる変数とすることはできないか,ということだ。そんなことは,すでに誰かが試みていても不思議でない・・・たとえば,先日聞いた「人工市場」の研究がそうかもしれない。

にしても,今日は「予測どおり」台風が来てしまった・・・。
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書架の整理(思うだけ)

2007-09-05 17:35:25 | Weblog
(左手から・・・)

数学,確率論,カオス・フラクタル,遺伝アルゴリズム
数理社会学,ネットワーク,社会シミュレーション,複雑系
行動経済学,ゲーム理論,(行動)意思決定論
進化経済学,進化/生態学的組織論,認知科学・・・

統計学,計量経済学,パネルデータ分析,ベイズ統計学
心理統計学,多変量解析,心理測定,データマイニング
人口動態,家族,階層,社会学一般・・・

経営学,競争戦略論,イノベーションマネジメント
コンテンツ/エンタメ産業,クリエイティブ&クール
産業組織論,経済学・・・

マーケティング,ブランド,インターネット,WOM
広告,消費者行動,消費者心理,説得,感情,嗜好
快楽と幸福,脳科学・・・

(折り返して)

ジャーナル・バックナンバー

マーケティング・サイエンス,サービス,CRM
離散的選択モデル・・・

(そして机に戻る)

どの棚から何を減らすか?
どの棚をもっと減らすか?
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「政策マーケティング」

2007-09-04 19:48:20 | Weblog
竹中平蔵氏が,日経ビジネス8/24号で,安倍政権の失敗は「政策マーケティング」の欠落にあると指摘している。竹中氏によると,政策マーケティングとは,有権者がどういう政策を求めているかを把握し,議論が沸騰するようなアジェンダ設定を適切なタイミングで行うことだという。では,小泉政権は,そのような政策マーケティングを実践したといえるのだろうか。竹中氏はそれについて明言していないので,ここで考えてみることにしよう。

小泉政権の最大のアジェンダといえば郵政民営化だろう。そのような政策を,国民が事前に求めていたとは考えにくい。しかし,肥大化した政府・官僚機構への憎悪があったことは確かだ(いまでもある)。そこに,その象徴として特定郵便局を標的とする,郵政民営化のアジェンダを設定した。そして,この政策への賛否が,日本全体の「改革」を推進するか後退させるかの分岐点だと問いかけた。なるほど,大筋で「政策マーケティング」の手順に沿っているといっていい。

一般のマーケティングでは,ポジショニングが重要だとされる。それは,競合相手との差別化であり,しばしば「棲み分け」のニュアンスを伴う。競争戦略と称するものは,実は競争回避戦略だと野中郁次郎先生が喝破されていたのを思い出す。それに比べ,アジェンダ設定はあえて波風を立て,顧客に白か黒かの選択を迫る戦略だ。きわめて攻撃的。市場でトップになることと,政治で多数派になることには本質的違いがある。政策マーケティングはどう猛で,血に飢えている。

しかし,市場にアジェンダ設定がないわけではない。グーグル,アップルが典型だが,多くのパワーブランド企業は,独自の選択軸を顧客に投げかけて,どちらを選ぶのかと強く迫る。どちらが顧客満足の総合点が高いか,なんてことは小事にすぎない。この一点で,どちらを選ぶかが人生または社会の一大事だ,という軸を打ち出す。消費者側の必然性ではなく,企業側の必然性として,非補償型ルールによる選択を行わせる,ということだろう。

平和的な説得ではなく,あえて対立構造を創りだし,そこで葛藤させ,最後は自らの意思で自陣営に身を投じるかどうか選択させる。選択した人間は,深いコミットメントを持たざるを得ない。つまり,強いロイヤルティが生じる。宗教の布教がまさにそうだと考えられる。対立構造は物語の本質的構造であり,人を興奮させ,楽しませるエンタテイメントの本質である。それが有効だと気づいている人は多いが,まだ経験則にとどまっているように思う。政治からマーケティングが学べることがある,ということだ。
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