Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

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「浪費」という成長戦略w

2018-03-13 17:32:55 | Weblog
浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―
劇団雌猫
小学館


あんスタ
同人誌
若手俳優
地下声優
EXO
ロザン
乃木坂46
宝塚歌劇団
東京ディズニーリゾート
V系バンド
ホスト
触ってほしい一心

以上は『浪費図鑑』に登場する、20〜30代の女性がハマり、収入の相当部分をつぎ込んでいる対象だ。宝塚やディズニーリゾートはわかるけど、あんスタとかEXOとかは何のことかさっぱりわからない。いずれにしろ男性のオタクに負けないハマりぶりだ。これらに共通点がないか考えてみた。モノよりヒトが多いな、ぐらいしか思い浮かばない。

何かにハマるのは恋愛と同じで、何にハマるかに共通する要素などはないかもしれない。いったん好きになると、どんどん夢中になっていく。しかし、多くの場合どこかで醒める。醒めるのは、それ以上進むと生活が「完全に」破綻するからだろうか。そのあたりのバランス感覚で、男性より女性のほうが優れているように思うが、特に根拠はない。

人々が何かにハマって「浪費」に邁進すれば、念願の日本経済デフレ脱却となるかもしれない。経済力のある女性が売れない俳優へ贈り物をしたとき、その俳優の生活に余裕が出て消費が増加すれば、マクロ経済的にはプラスになる。ただし、贈り物がそのままゴミ箱に行ったり、贈り主の消費が犠牲になっているだけならゼロサムでしかないが。

したがって無条件というわけではないが、人々が「浪費する」ことは歓迎すべきことだ。何かにハマることは人生を前向きに生きるエネルギーにもなる。もっと働いて豊かになろうとした高度成長期がそうだった。それに応えるべく、供給サイドでもイノベーションが起きる。社会の役に立っているのだから、浪費は何ら後ろめたいことではない。

… なんてことは余計なお世話で、本書に登場する女性たちは泰然として何かにハマり、粛々と浪費し、多くの場合無事に帰還している。これらの活動がシンクロすると、経済はもっと成長し始めるかもしれない(?)
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西部邁先生の遺した問題

2018-02-23 11:25:50 | Weblog
西部邁先生の訃報を聞いて、すぐに本屋に行った。そこで数冊の著書を買ったが、最初に読んだのが『蜃気楼の中へ』である。この本は、1970年代の後半、西部先生がUCバークレー、ケンブリッジ大学で在外研究を行ったときの手記に基づいている。当時『経済セミナー』に連載されており、学生だった自分はリアルタイムに目を通していた。

その数年後、筑波大学で西部氏の集中講義が開講された。『ソシオ・エコノミクス』で一躍有名になった社会経済学者の話を聴こうと、当時4年生の私も受講した。講義のあと毎回開かれる酒席にも参加した(卒業直後にも数回お会いした)。それだけの接点しかないが「謦咳に接する」という経験だったので「先生」と呼ばせていただく。

蜃気楼の中へ
西部邁
中央公論新社


『蜃気楼の中へ』では、在外研究の滞在先での近隣との交流を描かれている。その観察眼や思索の深さは同じく2年の在外研究を経験した自分の及ぶところではない。いずれにしろこの期間に、その後の西部先生を有名にする保守思想、アメリカや近代への嫌悪が確かなものになったことが窺える。もっともその原点は幼少期の経験にある。

著者の幼少期を含めた、ある意味熾烈で破天荒な人生は、2年前に執筆された『ファシスタたらんとした者』に詳しく述べられている。どちらの本が一般向けかといえば、こちらの書物だろう。一時期並べ称された青木昌彦氏や、東大駒場の同僚に対する評価など、自分を含む凡人たちが抱きがちな「ゴシップ」への好奇心も満足させられる。

ファシスタたらんとした者
西部邁
中央公論新社


40年前に書かれた『ソシオ・エコノミクス』以外では、実は西部先生の著作をほとんど読んでいない。今回改めて新旧の著作を読み、その一貫性に驚くとともに、さらに何冊か読みたくなった。と同時に、西部先生と自分の考えや感覚の大きな溝も確認することになった。凡庸な言い草だが「生きてきた世界」があまりに違いすぎる。

1つだけ、西部先生が当時の講義や評論で語り、近著のなかでも触れられ、自分がずっと気になっている問題を挙げておきたい。社会科学では現象に対して複数の異なるモデルが提供され、それぞれがデータにそこそこ適合することがある(西部先生はそこで消費関数の例を挙げる)。そうした不一致に対してどういう態度をとるべきか。

西部先生が嫌う「専門人」という立場からは、モデルの妥当性について何らかのルールを設けていずれかのモデルを選ぶ、複数のモデルを接合して一般性を主張する、といったことが行われる。それで「唯一の真実」に近づいているといえるのか。往々にして異なる学派の城に立て籠もり、そこでゲームに勝つことに終始するようになる。

西部先生は意味論に基づく一種のメタ分析を提唱されているように思える。それが、社会を合理的に理解できるという近代主義やリベラリズムへの批判とつながっていく。共感できる部分もあるが、(表層的だと思うが)保守主義というにはラディカルな主張のように感じられ、その根拠について疑いの目を向けざるを得ない部分もある。

自分としては、西部先生が批判するマスマン(大量人)の一種としての専門人として、もう少し妥協的な方法をとるしか道はない。その一方で、そもそも社会に対して複数の見え方を生み出す複合体(Complexity)としてのメカニズムがあるのではないか、それは(自分の手には余るが)数理的に解決できるのでは、と妄想したりもする。
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「ドーピング検査」の統計学

2018-02-20 15:20:32 | Weblog
オリンピックでは必ず話題になるドーピング問題。今回の平昌冬季オリンピックでは、日本人選手に抜き打ち検査で陽性反応が出て、出場停止になってしまった。本人は禁止薬物を意図的に飲んだことを否定しており、うっかり何かを間違って飲んだのかもしれない。しかし、難しいのは、そもそも100%正確な検査というものがあり得ないことだ。

どんな検査にも大なり小なり誤差はある。しかし、検査に基づく意思決定は0-1の二値になる。そこで統計学が登場するのだが問題が残る。本当は禁止薬物を使用しているのにそれを見逃してしまう危険(偽陰性、第二種の過誤)と本当はシロなのにクロと判定してしまう冤罪の危険(偽陽性、第一種の過誤)、これらをどうバランスさせるかが難しい。

というのは、これら2つの危険を同時に減らすことはできないからだ(検査の精度が一定である限り)。冤罪を出さない方向で意思決定すると本当の悪を見逃してしまう。それは許さじと厳しめに判定すると今度は冤罪が増えてしまう。これはほんの一例で、統計学の諸問題を興味深いエピソードとともに平明に説明しているのが『ヤバい統計学』だ。

ヤバい統計学
カイザー・ファング
CCCメディアハウス


著者はいわゆるデータ・サイエンティストで、統計学者ではない。だからなのか、統計学を実際の意思決定に使う場面を詳しく描いているのが特徴だ。同じ著者の『ナンバーセンス』も翻訳されているが、こちらに出てくるグルーポンの話はマーケターにとって面白いはず。どちらも好著だが、欲をいえば2冊が1冊に圧縮されていればなおよかった…。

ナンバーセンス
ビッグデータの嘘を見抜く「統計リテラシー」の身につけ方
カイザー・ファング
CCCメディアハウス


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「プラットフォーム」が支配する世界

2018-02-13 09:47:40 | Weblog
私はなるべく経営学の文献を読まないようにしている。なぜなら、そこにはマーケティングと関連が浅からぬ話題がいくつかあり、それを追い始めるととてつもなく広い大海に船を漕ぎ出すことになってしまうからだ。だが、ときには読まざるを得ないこともある。「プラットフォーム」の理論について概説する本書がまさにその一例であった。

実は昨年来、デジタルメディア環境における新たなマーケティングの研究をレビューする共同研究を始めている。その結果、プラットフォームという概念の理解を避けられないことになり、この分野の研究の第一人者による著書を読むことになった。そして、それがマーケティングに与えるインパクトについて、いろいろ思いを巡らしている。

プラットフォームの教科書
超速成長ネットワーク効果の基本と応用
根来龍之
日経BP社


本書の副題が示すように、プラットフォーム競争の鍵は「ネットワーク効果」が握る。そのプラットフォームにいかに多くのプレイヤーが集まるかが勝敗を分ける。しかし、顧客も戦略的に、自己のために複数のプラットフォームを使い分ける(マルチホーミング)。交換と競争のあり方が、以前に比べてより複雑化してきたといえるだろう。

価値連鎖のようなこれまでの道具立てだけでは不十分だという意味で、こうした変化は経営学者に大きな研究テーマになっているのだろう。そのことはマーケティング研究者にとっても同じである。いくつものレイヤーが重なったプラットフォームを消費者はどのように選択するのか? それは従来使われてきた消費者モデルで捉えられるのか?

AmazonやGoogleを中心としたエコシステムに組み込まれる企業にとって、そこでいかに自分のブランド戦略を展開するかも大きな課題である。これらの問題についてはおそらく各所で研究が進んでいて、数年後には成果が次々と発表されると予想する。そこではマーケティングと経営学、経済学の研究の垣根はかなり低くなっているだろう。

なお、本書の帯には「理論とカラクリを3時間で学ぶ」と書かれている。確かに本書は平易な文章に書かれており、厚い本ではないので、スイスイ読めることは確かだ。しかし、よほど前提知識があって速読術を身につけていない限り、3時間で読了するのは難しい。これは、生産性が著しく高い著者を基準にして書かれたコピーだと思われる。

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社会学と計算社会科学

2018-02-07 18:22:59 | Weblog
JIMS「マーケティングの計算社会科学」研究部会では、東北大学の瀧川裕貴さんをお招きしてセミナーを行った。瀧川さんは数理・計量社会学の立場から計算社会科学の研究を進めている。それは米国ではけっして珍しくなく、多くの大学が教育プログラムや研究センターを設置し始めている(日本ではほとんどそういう話を聞かないが)。

では、なぜ社会学にとって計算社会科学が重要なのか。瀧川さんによれば、実証分析を重んじる社会学では、従来サーベイ調査やインタビューを中心に研究が進められてきたが、それでは社会学が本来重視すべき社会的関係性が必ずしも適切に扱えない。ところが、たとえばソーシャルメディアのデータにはその限界を突破する可能性がある。

さまざまな高粒度の時系列データが蓄積されるにつれ、それらを用いて社会のダイナミクスを長期的視点で把握したり、さらには因果を推論したりする研究が増え始めている。データが大規模であることには、これまでなら無視された少数事例を十分なサンプルで分析でき、またデータ内部にある異質性をそのまま扱えるという利点もある。

計算社会科学が主に対象とするビッグデータは、事前に注意深く設計されたというより、事後的に収集されたものが多い。したがって、研究者の先入観や回答の社会的望ましさバイアスを排除できることは利点だが、測定されているものが研究者が意図したものと一致しないとか、収集されたデータに代表性がないといった問題点も存在する。

もちろん、それらの問題を克服する方法の研究も進んでいる。瀧川さんは従来のサーベイ調査と組み合わせる、実験と組み合わせる、といった複合的なアプローチを推奨する。そうなると、社会科学でも研究プロジェクトの大規模化が進む。それを支援する組織も必要だ。そうした点での日本の現状は順風ではないが、各自が頑張るしかない。

セミナーの後半では瀧川さん本人の最近の研究が紹介された。Twitterで観察される政治的分極化が2つの視点から分析される。まずは政党党首のアカウントのフォロー(とフォロワー間の)ネットワークの分析から、左右両端の政党党首のフォロワーほど他の党首をフォローせず、いわゆるエコーチェンバー現象が生じていることが示される。

次に、各フォロワーのツイートの内容が教師なし機械学習の手法の1つ、トピックモデルによって分析される。そこから示唆されたのは、排外主義的傾向の強い右寄りのグループと政府に批判的な左寄りのグループが存在し、それぞれにおいてエコーチェンバーが起きていることだ。先行研究が示すように、特に前者においてその傾向が強いという。

フロアからのコメントからは、特にエコーチェンバー化のダイナミクスへの関心が伺えた。一方的に意見を極端化せていく人もいれば、つねに揺らいでる人もいる。そういう違いはどういった要因から生まれるのかは確かに興味深い。私自身は政治もさることながら、消費に関わる話題でも分極化・エコーチェンバーがあるかどうかに興味がある。

瀧川さんの発表を聞き、社会学者を中心とした計算社会科学的研究について概観すると、社会を長く研究してきたことからくる問題意識の深さが印象に残る(自分が嗜好を反映したバイアスもあるが)。今後、日本の計算社会科学界でも社会科学の研究者の存在感が増していくことが期待されるが、そのネックはやはり分析スキルにありそうだ。

その意味で欧米の大学に計算社会科学のコースやセンターができつつあるのは羨ましい。学会のチュートリアルなども、日本でもっとあっていいと思う。データサイエンスと重なる部分があるので、データサイエンスの次は計算社会科学がブームになればよいが、「社会科学」という呼称のせいで実務界にはあまりアピールしないかもしれない。

しかし歴史の話やグローバルな地政学が好きな「意識の高い」ビジネスパーソンにとって面白い話題が、計算社会科学の研究にはかなり含まれていると私は思っている。

計算社会科学の第一人者による入門書
(翻訳が進められているとのこと)

Bit by Bit: Social Research in the Digital Age
Matthew J. Salganik
Princeton Univ Pr


瀧川さんの発表内容の一部が収められている最近の本

ソーシャルメディアと公共性: リスク社会のソーシャル・キャピタル
遠藤薫(編著)
東京大学出版会
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ビッグデータからディープデータへ

2018-01-27 09:46:48 | Weblog
JIMS「マーケティングの計算社会科学」研究部会では、NTTデータ経営研究所の高山文博さん、茨木拓也さんから、同社の最先端の実践について伺った。高山さんからは同社が構築している2万人、約1,500の変数からなる「人間情報データベース」が紹介された。その特徴は心理学や行動経済学に基づく個人特性情報を含む点にある。



すでに多くの会社が数万人規模の消費者データベースを商用化している。デモグラフィクスは基本として、購買履歴データやメディア接触データ、価値観やライフスタイルなど、各社がそれぞれの品揃えを競っている。それらに対してNTTデータ経営研究所は、人間心理の「深い」変数を、研究者の協力のもと収集することで差別化を図る。

行動履歴から観察される「相関」に基づいてデータを活用しようとするのが主流だが、行動の背景にある心理特性を把握することで Why? の問いに答えようというのが、その戦略である。その点で、ビッグデータ×機械学習だけでは満足できないという、少なからぬマーケティング研究者とも近い立場である。今後の発展を見守りたい。

後半は、同研究所で神経科学的な研究と企業へのコンサルテーションを行っている茨木さんの発表。脳情報通信技術の「恐るべき」発展の現況をまず伺い、同社が行っている実践例の紹介を受けた。たとえばテレビ広告に対する fMRI で測定される血流反応と、画像を言語化したアノテーションデータの関係が機械学習を用いて分析される。

その延長には、望ましい感情に対して最適な CM を作成することも視野に入っている。現状では測定にかなりのコストが掛かるので、個人差を扱えるような分析にはいっそうのイノベーションが必要とされる。ニューロ・マーケティングそのものは10年以上前から話題になっているが、現時点でさらに高いステージに進んでいるようだ。

今後、データを握るものが市場を支配する、ともいわれている。コンサルティング会社が広告業界に進出するだけでなく、従来にはない発想で大規模データを構築するのがひとつの潮流だろう。そこに解析手法だけでなく収集すべき情報という観点でもアカデミズムの成果が生かされる。それは研究者にとっての好機であり、試練でもある。
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「社会記号」と市場の進化

2018-01-06 17:54:56 | Weblog
『欲望する「ことば」』は、広告ビジネスの最前線にいる実務家と気鋭のマーケティング研究者がタッグを組み、「社会記号」という切り口から、市場がどう創造されるかをわかりやすく述べた本である。社会記号とは消費者の隠れた欲望に与えられた「ことば」で、それが社会に伝播することで、最終的に人々の意識や行動を変えていく。

その一例が「加齢臭」だ。このことばが生み出されたことで、新たな市場が創造された。これは 1920 年代の米国で、口臭を意味するハトリシスということばが流布されたことと符合する。「女子」ということばも、意味がいろいろ変容した挙句「女子会」市場を生み出すに至った。私にとって馴染み深い「カープ女子」もその延長にある。

 欲望する「ことば」
 「社会記号」とマーケティング
 (集英社新書)
 嶋浩一郎,松井剛
 集英社


本書は豊富な事例を挙げ、社会学や言語学の理論との関連も議論し、非常に説得的である。これまで数量データを中心に「市場の進化」(とりわけ新製品の普及)を研究しようとしてきた自分も、大きな反省を迫られた。市場の進化には社会記号を通じた知覚の変化もまた重要なはずで、それをどう観測し、モデルに組み込むべきか。

社会記号はメディアや広告代理店が一方的に作り出せるものではなく、消費者との(あるいはメディア間での)複雑なインタラクションから生まれてくる。それはまさに複雑系で、ソーシャルメディア上のビッグデータを分析できれば、そのダイナミクスを解明できるかもしれない。計算社会科学にとって格好の研究対象ではないか。

もっとも著者たちは、ビッグデータや AI が発展しても、消費者の隠れた欲望の予兆を探り出せるのは人間だけだと述べる。私も AI の限界には同意するが、人間が計算機の力を借りてソーシャルメディア等のビッグデータから欲望の予兆を読み取ることは可能だと思いたい。その意味で、AI や計算社会科学の研究者にも薦めたい本だ。

なお、著者の一人、松井剛さんは以下の研究書をすでに出版されている(このブログでも一度紹介している)。松井さんの研究における一貫性を自分も見習いたいが、もうすでに手遅れかもしれない…。

 ことばとマーケティング
 ―「癒し」ブームの消費社会史
  (碩学叢書)
 松井剛
 碩学舎


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2018年の年頭にあたり

2018-01-04 15:51:52 | Weblog


2018 年の年頭にあたり、抱負を書いてみたい。今年は私にとって、2年間の在外研究を終えて平常営業に戻るプロセスを終え、新たなステージに入ったことを示す1年にしたい。そのためには、在外研究を機会に生まれた研究の種を開花に向かわせることが重要になる。そうした研究を結ぶキーワードは「市場の進化」になるかと思う。

最初の一歩は、新製品に関する「普及の失敗」の研究だ。進化が淘汰によって起きるとしたら、多くの普及モデルが「失敗」の可能性を無視してきたのは問題だ。オンラインレビューやファッションのデータ分析も「進化」の研究と呼べそうだ。消費者側に着目することから、これらは「顧客の進化」といったほうが正確かもしれないが。

もう1つの重要目標は、エージェントベース・モデリング(ABM)による理論志向の研究へ回帰することである。まずは懸案の "Complexity Modeling of Consumer Behavior" が、出版社のサイトに記されているように2019年に刊行されるよう頑張りたい。なお、この本と連動するよう大学院の講義を体系化することも課題である。

研究とティーチングの連動という点では、学部の講義で教科書として用いている『マーケティングは進化する』を改訂する準備を進めたい。マーケティング環境は急速に変化している。もちろん、ファッドを追いかけてもすぐ陳腐化するので、ある程度は持続するトレンドを捉え、理想をいうならさらに不変の「真理」に迫りたいところ。

もちろん、仕掛品の論文投稿も進める。ゴール(or 締切)が間近に迫っているのは以下の3つだろう:

・Twitter 上のインフルエンサーの研究 w/ 阿部誠 …昨年8月のネットワーク生態学シンポジウムなどで発表

・複素ヒルベルト主成分分析によるカスタマージャーニーの分析 w/ 青山秀明、藤原義久 …昨年12月、JIMS研究大会経済物理学2017で発表

・デジタル・メディア環境でのマーケティング・コミュニケーションに関するレビューワークショップ w/ 大西浩志、澁谷覚、山本晶 … 昨年6月の JIMS研究大会で発表

次に論文投稿が課題となるのが以下の2点:

・期間限定が購買に与える影響の研究 w/ 石原昌和 … 昨年12月、行動経済学会大会で水野が発表

・購買行動の潜在オケージョン分析 w/ 石原昌和, Jessica An … 昨年8月の INFORMS Marketing Science Conference で第一著者である石原さんが発表

昨年5月に発表した「クリエイティブ-文化資本」の研究については、理論面の考察を深める必要がある。「熱狂」「イデオロギー」に関する研究もそうだが、テーマが狭義のマーケティングを超えて広がるほど、諸学問に立脚した理論武装が必須になる。自分の研究がそちらに向かうにつれ、文献を読むことがかつてなく重要になりそうだ。
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ブランド戦略研究の金字塔

2017-12-27 13:15:00 | Weblog
田中洋『ブランド戦略論』は500ページを超えようとする大著である。したがって、簡単に読み通すことはできないが、拾い読みするだけでもその価値が伝わってくる。嘘だと思う人は本屋で本書を手にとってパラパラめくってほしい。この本を一言で評するなら、ブランド戦略に関して現時点で最も包括的で、かつ挑戦的な本だということになる。

ブランド戦略論
田中洋
有斐閣


本書がどれほど包括的かは、ブランド戦略に関する話題を何か思い浮かべ、本書でどう扱われているかを調べればわかる。私の見た限り、その守備範囲はかなり広い。定番的な話題に加えて、一般によく知られていない(もちろん私も知らない)最近の話題が多数紹介されている。それらを深く知るための参考文献のリストも、かなり充実している。

その意味で、本書はブランドに関して何らかの研究を行うとき、まず当たってみるべき百科全書的な本といえる。しかし、それだけではない。本書の後半には、日本で活動する企業の事例がなんと30も掲載されている。理論より事実に興味がある実務家にとって、あるいは実務的な教育を目指す教員にとっても、本書は役に立つ情報源となる。

一方、本書が挑戦的だと私が思ったのは、最初の数章がブランドについての原理的考察に当てられていることにある。そこでは交換という概念をめぐってマルクスが参照され、沈黙交易についての文化人類学の議論が参照されるなど、著者の教養の深さが示される。先史時代から現代に至るブランドの歴史が概観される章も、純粋に読んで面白い。

本書を「著者の永年のブランド研究の集大成」と呼ぶのは、いまなお精力的に研究中の著者に対して不適切だろう。長年の研究成果を体系的な書物として残したいと願う研究者は少なくないはずだが、本書を一瞥すれば、それがそう簡単ではないことも実感できる。その意味で、本書はマーケティング研究者に1つの模範を示したといえるだろう。

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わが内なるポピュリズム

2017-12-25 17:03:03 | Weblog
ポピュリズムということばが世界的に話題になったのは、昨年の冬頃である。その背景にどのような政治的事件があったかは、いまさら説明するまでもないだろう。Google Trends を見ると、昨年の冬を除くと、このことばは一定の周期を持って話題になっていることがわかる。それはまるで、社会がバイオリズムを刻むようでもある。



ポピュリズムとは何かを議論する上で難しいのは、自分の政治思想はポピュリズムであると自認している人が、ほとんどいないことである。したがって、何がポピュリズムなのかは、それはポピュリズムだと一定の範囲で合意できる政治運動から帰納的に分析されるしかない。しかし、ポピュリズムの基準が曖昧なので、それはそう簡単ではない。

水島治郎『ポピュリズムとは何か』は昨年の今頃出版され、石橋湛山賞を受賞するなど、ポピュリズムに関する書籍として高い評価を得てきた。南北アメリカからヨーロッパに至る、「ポピュリズム」とみなし得るさまざまな政治運動が紹介されているが、それらは決して同じではないことも丁寧に説明される。ただし、いくつかの共通点がある。

ポピュリズムとは何か
- 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)
水島治郎
中央公論新社


本書の副題「民主主義の敵か、改革の希望か」が示唆するように、ポピュリズムは民主主義とは切り離せない関係にある。それはしばしばエリート(すなわち既存の政党や官僚)から民衆への権力移行を主張する。国民投票のような直接民主制的手続きを好む。そこで推進しようとする政策が右翼的か左翼的かは、置かれた状況によって変わる。

ポピュリズムは「大衆迎合主義」と訳されることもある。有権者の欲求に適合することを目指すのは、民主政治においては当然のことである。マーケティングのことばを使えば、ポピュリズムは政治における顧客志向だということもできる。どんな政党・政治家であっても、大なり小なりポピュリストにならなければ、選挙で選ばれることはない。

ポピュリズムが危険であり、抑制すべきものであるとしたら、エリートによる大衆の善導という思想を受け入れるべきなのだろうか。あるいは、エリートへの依存は避けつつ、人々のなかにある異質性が尊重され、維持されるような社会を目指すべきなのか。それはそれで社会が分裂し、対立し合う危険をはらんでおり、平坦な道のりではない。

ちなみに「熱狂」は、マーケティングの研究において私が関心のあるテーマの1つである。政治行動における熱狂まで視野に入れると、熱狂現象の負の側面にも目配りが必要になる。
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経済物理学と行動経済学の狭間で

2017-12-11 08:15:42 | Weblog
経済物理学と行動経済学 … 新たな経済研究の方法という点では共通するが、視点においてはある意味で対極にある2つの分野の会議に続けて参加した。いずれも京都での開催だ。どちらでもビールの購買データを分析した研究を報告したが、問題意識やアプローチはかなり違っている。



経済物理学 2017」は京都大学・基礎物理学研究所(湯川記念館)で開かれた。建物の前には、風雪に耐えた感のある湯川秀樹博士の像がある。隔年に開かれる会議で、だいぶ前に参加したことがある。ファイナンスに関連した研究発表が多く、当該業界の実務家も参加している。

そんな会議で私が発表したのは、先週 JIMS で報告した研究である。今回は共著者のお二人が一緒なので大船に乗った気持ちでいた。発表後、ある物理学者から、複素ヒルベルト主成分分析がマーケティングでも使えるのを知って驚いた、といわれた。少しはお役に立てたかもしれない。

翌日は、日本とは思えない美しいキャンパスを持つ同志社大学に向う。ふらっと聴講した、実験経済学の第一人者・西條辰義先生の講演が刺激的であった。一言でいえば、無視されがちな将来世代の選好を現在の政策に反映させる試みで、「仮想将来人」を加えたワークショップを行うもの。



行動経済学会の大会では、マーケティングに関する特別セッションで、石原昌和さんと行っている期間限定の効果に関する研究を発表した。すでに上海で発表しているが、今回は個人差についての報告や、背景に潜む心理的メカニズム(リアクタンスやリグレット)の議論を追加した。



この研究は、選択モデルの発展を継承した、マーケティング・サイエンスらしい研究といえる。その一方で、期間限定品の効果を仔細に見ると、合理的な選択行動としては説明しにくい面があると指摘している。つまり、行動経済学会で話すのに相応しい内容だと思い発表した次第。

セッション・チェアの星野崇宏さんからはモデリング面で、フロアの先生からは行動仮説について貴重なコメントをいただき、感謝している。その逆に、こちらの研究が行動経済学者にとって得るところがあれば win-win な関係になるが、実際のところどうだったかが気になる。

初日を締めくくるパネル討議は「感性マーケティング」がテーマで、清水聰さんと実務家3人が登壇した。NTTデータの方による、時間選好から価値観まで多様な変数を含むデータの話も興味深かった。行動経済学会として、ビジネス界からの期待に応えようとしているようだ。

実は、はるか以前にも行動経済学会の大会で発表したことがある。その後も何回か聴講したが、入会には至らず、今年から正式に入会することにした。行動経済学を学ぶには経済学の基礎知識が必要となるし、研究は日々進化しているので、新参者にはそれなりの勉強が必要となる。

経済物理学が、集団レベルの現象に対する computational なアプローチであるのに対して、行動経済学は個人レベルの意思決定に対する behavioral なアプローチだといえる。冒頭で「対極」と書いたのはそういう意味だが、相補的ともいえる。実際、私はその双方に関心がある。

今回、これら2つの会合の両方に参加した人は、私の知る限り、もう一人いた。彼は経済物理学のパネルに招待されたほか、行動経済学会の理事にも選ばれている。ファイナンスの分野でこれら2つのアプローチの交流が進むかもしれない。自分としては基礎的な勉強から始めたいw

行動経済学 -- 伝統的経済学との統合による新しい経済学を目指して
大垣 昌夫, 田中 沙織
有斐閣


マルチエージェントのためのデータ解析 (マルチエージェントシリーズ)
和泉 潔,‎ 斎藤 正也,‎ 山田 健太
コロナ社
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JIMS@電通ホール(2017年冬)

2017-12-04 08:43:55 | Weblog
2017年冬のJIMS研究大会は、校務のせいで初日はほとんど聴講できなかった。したがって限られた見聞でしかないが、深夜アニメの視聴率を力学系モデルで分析した研究(大阪府立大・荒木先生)やYouTube上でのアーティストネットワーク分析(明星大学・片野先生)など、消費者のコンテンツ消費や発信を扱った発表が印象に残った。

モデルの精緻さを競いがちな当学会にあって、研究上の革新はデータの開発にあると考える慶應の清水聴さんの発表も面白かった。サンプリングがネット上のクチコミを伴いつつ購買にどのような効果を持つかをフィールド実験で検証している。これは、シーディング戦略の効果を研究している自分にとっては、注目せざるを得ない研究だ。

今回私が発表したのは、青山秀明さん(京都大学)、藤原義久さん(兵庫県立大学)と行った複素ヒルベルト主成分分析(CHPCA)の応用研究である。マクロ経済領域で応用されてきたこの手法を、ビールに関するスキャナーパネルデータ(i-SSPデータ)に適用し、カスタマージャーニーの類型とブランド間の競争反応(同期関係)を分析した



CHPCAとは多数の時系列の複素相関行列を固有値分解する手法で、複数の時系列間のタイムラグを伴う相関を計算できる。それによって、多数の変数の時間的動きからノイズを除去し、いくつかの次元でのシステマティックな co-movement を抽出できる。多変数の動きについて明確な知識が事前にない場合、非常に有用な分析手法だと思う。

今回の分析では、主要なブランドでウェブ/モバイルでの検索やサイト閲覧→テレビ広告接触→価格と数量の共変、という時間的展開が見出された。また、いくつかのブランド間にはテレビ広告やサイト閲覧が同期する現象も見られた。これは従来の意味での適応的な競争反応というより、競争するがゆえに行動が同期する現象かもしれない。

マーケティング研究者からは、集計データの分析はカスタマージャーニーの個人差が埋もれてしまう、という懸念が表明された。また、大会に先立って行われた部会では、タイムラグを実時間で表現してほしい、という要望が実務家からあった。これらは、少なくともマーケティングでの利用を考える限り、重要な研究課題であるといえよう。

Macro-Econophysics: New Studies on Economic Networks and Synchronization (Physics of Society: Econophysics and Sociophysics)
H. Aoyama, et al.
Cambridge University Press
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天才になれなかった全ての人に

2017-11-24 15:13:24 | Weblog
「左ききのエレン」の各話の冒頭には「天才になれなかった全ての人に」と書かれている。子どもの頃を思い出してみよう。天才とまでいくかどうかは別にして、自分はいつかすごいことを達成するという漠然とした夢を抱いていたのではないだろうか。その夢は歳を重ねるたびにしぼんでいったとはいえ、どこかでまだくすぶっていたりする。

「左ききのエレン」の主人公は、美大を卒業して大手広告代理店にデザイナーとして就職、クリエイティブ・ディレクターの道を歩む男である。エレンは彼の高校の同級生で、傑出したアートの才能を持つ(つまり天才である)が繊細で傷つきやすい女性だ。広告業界で何とか出生街道を歩む主人公だが、エレンには憧憬と劣等感を持ち続けている。

左ききのエレン(1): 横浜のバスキア
かっぴー
ピースオブケイク

クリエイティブであることが非常に大きな価値となる時代において、大手広告代理店で有名なクリエイティブ・ディレクターになることは、1つの成功物語だといえるだろう。しかし、その現実は必ずしも「クリエイティブ」なことばかりではない。純粋にアートを追求し、世界的名声を獲得した「天才」を憧憬し嫉妬するのは自然である。

どんな職業に従事しているにせよ、そこでどの程度成功しているにせよ、本来自分が達成したかったのはもっと純粋で高貴なものであったという思いは残る。だから「天才になれなかった全ての人へ」というメッセージが心に響く。だが、このメッセージには積極的な意味もある。それは、このシリーズの第10巻(第一部の最後)で明らかになる。

このマンガで描かれる広告業界はリアルに思える。それもそのはず、作者は主人公と同様、ムサビを出てから東急エージェンシーの制作部門で働いていた。広告業界に縁のある人には「これ、あるある」的な楽しみ方ができるかもしれない。もっとも、現役の広告業界人たちがどういう受けとめ方をするか、実際に聴いてみたい気もする。

左ききのエレン(2): アトリエのアテナ
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左ききのエレン(3): 不夜城の兵隊
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左ききのエレン(4): 対岸の二人
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左ききのエレン(5): エレンの伝説
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左ききのエレン(6): バンクシーのゲーム
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左ききのエレン(7): 光一の現実
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左ききのエレン(8): 物語の終わり
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左ききのエレン(9): 左ききのエレン・前
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左ききのエレン(10): 左ききのエレン・後
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文系大学生がデータ分析を学ぶために

2017-11-13 15:03:11 | Weblog
これからはたとえ文系人間でも、データ分析のスキルを身につけておいたほうがよいと多くの人が指摘している。しかし、文系学生が大学でいきなり統計学の授業を受けてもすぐに挫折してしまう可能性は高い。その一因は、彼らの多くが大学受験で進学先を私立文系に絞り、数学をあまり勉強していないからだが、それだけではない。

統計学の授業はいきなり抽象的な話から始まることが多く、文系の学生にはまったく興味が持てないのである。だとしたら、彼らが興味をもつ事例を取り上げ、数理的裏づけはとりあえず置いて基礎的な統計手法がどう使えるかを示せばいいはずだが、言うは易く行うのは難しい。そんな古くて新しい課題に挑戦したのが本書である。

データ分析をマスターする12のレッスン
(有斐閣アルマBasic)

畑農 鋭矢, 水落 正明
有斐閣

本書を読んで面白いのは、単に平易に書かれているからだけでなく、面白く書かれているからである。本書の前半には、筆者の一人が少年野球の監督をしながらセイバーメトリクスを実践した例や「阪神タイガース債」の需要曲線という話題が出てくる。データ分析が役に立つ領域は予想外に広く、そして楽しいものであることがわかる。

本書が想定する読者は、第一に経済学、そして計量的なアプローチをとる各種の社会科学を学ぶ大学生(と彼らを指導する教員)だろう。経営学やマーケティングの学生はやや志向が異なるとはいえ、本書に盛られた知識を知っていて損はない。経済分析で用いられるテクニックは、これまでも経営学・マーケティングで重宝されてきた。

マーケティングを教える立場からいえば、実務でよく用いられる因子分析やクラスター分析、せめて主成分分析あたりが紹介されているとさらにうれしかったが、あまり内容を膨らませると、コンパクトな教科書としての魅力が失われてしまう。本書を授業で用いる場合、各教師がさらに必要と思う内容を補っていけばすむ話であろう。

後半でパネルデータの分析やロジット/プロビット・モデルが扱われているのも類書にない特徴である。ただし、マーケティング・サイエンスでよく用いられる選択モデル(条件付ロジット/プロビット・モデル)はさすがにカバーされていない。そこまで学びたいという奇特な学生がいた場合、次に以下の本に挑めばよいだろう。

マーケティング・モデル 第2版
(Rで学ぶデータサイエンス 13)
里村 卓也
共立出版


なお、私は本書の著者とプロジェクトをともにしたことがあり、また一人とは同僚でもあるので、私の評価にはバイアスがあるかもしれない。しかし、本書の売れ行きが好調であることから、本書が多くの読者(特に教員)に歓迎されていることは間違いない。その理由は店頭で本書をめくってみると、たちどころにわかるはずである。
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JIMS部会「インフルエンサー」祭り

2017-10-10 17:38:53 | Weblog
先週末の JIMS「マーケティングの計算社会科学」部会では、インフルエンサーに関する2つの研究が発表された。それを紹介する前に、インフルエンサーということばがいつ頃から流行り始めたかを確認しておこう。"influencer" および "opinion leader" ということばが検索された頻度の推移をGoogle Trends で調べると、以下の図のようになる。


*最高の水準が100となるよう基準化されている

これを見ると、influencer ということばは2015〜16年あたりに急に関心を集め始めたことがわかる。一方、opinion leader ということばへの関心は徐々に低下している。次の図は、以前流行っていた buzz marketing や viral marketing への関心が低下し、それに代わって influencer marketing への関心が急速に高まっていることを示している。



こうした変化はマーケティングの実態面での変化を反映しているのか、単なるバズワードの変化なのか、いろいろ議論がありそうである。オピニオンリーダーという概念は1940年代に誕生し、その後もイノベーターやマーケットメイブンといった関連する概念が次々生まれてきた。それらの関係を調べることも、疑問への1つの解答になるだろう。

最初に報告された名古屋商科大学の山田昌孝先生の研究は、インフルエンサーからイノベータあるいは高感度人間まで、これまで提案されてきた(またご自身の開発された)さまざまな項目を用いて、オーガニック・インフルエンサー尺度を構成することを提案する。そして、それと楽天が付与しているレビュアー格付けとの関係を分析する。

楽天の格付けがインフルエンサーとしての「実態」を表し、それを上述の尺度が再現(予測)できるなら、当該尺度の有効性・実用性が示される。実際に分析してみると、レビュアーの格付け上位層の間については予測精度が高い。他方、新製品の採用を予測するなら、インフルエンサー尺度よりもイノベーター尺度だけを用いたほうがよい。

ソーシャルメディア上で観測される行動データの分析が主流になりつつあるなか、自己申告された尺度に基づきインフルエンサーを分析するのは一見オールドファッションに思える。しかし、行動データでは見えないインフルエンサーの顔がさまざまな質問項目への回答から読み取れる。その意味で、こうしたアプローチは大変価値があると思う。

2番めは私と阿部誠先生(東京大学)、新保直樹さん(リブセンス)との共同研究で、インフルエンサーマーケティングのターゲット選択(いわゆるシーディング)を扱っている。だいぶ前から進めてきた研究だが、現在はシーディングに費用がかかるときの収益性を分析している。先日ネットワーク生態学シンポジウムで発表した内容とほぼ同じだ。

われわれが分析した iPhone に関するツイートの連鎖に関する分析からは、インフルエンサーの影響度以上にフォロワーの被影響度に異質性(個人差)があることがわかったので、それをシーディングに反映させることが望まれる。ところが、フォロワー数の多いインフルエンサー(いわゆるハブ)を優先的にシードにしてもそう悪い結果にならない。

シーディング費用がフォロワー数に比例して大きくなる場合でも(フォロワーの多いユーチューバーやインスタグラマーほど関係構築に費用がかかるという設定)、それが一定の範囲にとどまるならハブをシーディングするのは悪くない戦略になる(もちろん、労を厭わなければ、われわれが提案する準-最適化アルゴリズムがそれを上回る結果を出す)。

…という結果なのだが、もちろんケースによって結果が違ってくるだろうから、一般化は課題として残る。しかし、とりあえずは早く論文にしなくてはならない(…とこれまで何度語ってきたことか)。懇親会では久しぶりに味噌鐵カギロイを訪れた。かつてはランチの楽しみの1つであったホイル焼ハンバーグにも再会でき、総じてよき夜であった。
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