荻上チキ氏は,東日本大震災が起きた直後から,自らのブログで震災に付随して起きたデマをまとめてきた。それをもとに5月に出版されたのが以下の本だ。いま読み直すと,震災直後の混乱した状況が,かなり以前の話のように感じられる。その頃は,真偽の判定が比較的容易な,デマといわれる流言がさかんに伝播され,大きな問題になっていた。
デマとみなされる流言は,Twitterなどのソーシャルメディアで観測・分析することができる。荻上氏は本書の最後のほうで,善意あるいは悪意によってデマを拡散させる「うわさ屋」と,その真偽を検証し,デマと判定されたらそのことを拡散しようとする「検証屋」の2つの類型を論じている。その立場は必ずしも固定していないとも指摘する。
「検証屋」は一種の免疫機構であり,ソーシャルメディアによってその役割が強化されているように思える。今後デマがなくなることはないにせよ,デマの流布がある程度抑制されることはあり得る。ある女性議員に関する「デマ」ように,時間をおいて何度も出現するネタにしても「検証情報」がネットに常時あれば,火消しは少しは早くなるだろう。
その後原発事故による放射能汚染,それによる一次産品や観光地の風評被害が広まっていくと,何がデマかわかりにくくなってきた。つまり真偽の検証が容易でなく,オピニオンリーダーたちがお互い入り乱れて議論する百花斉放状態にある。客観的に把握された因果関係で議論できる部分もあるが,リスクの許容度,優先順位といった価値観が必ず混入する。
研究の戦略として,まずは本書で扱われたような,真偽が比較的判定しやすいデマを分析するのが賢明だろう。いま,ゼミの2年生たちに震災後のデマや流言,風評被害について調べてもらっている。彼らはおそらく社会心理学の理論や統計分析,テキストマイニングの手法を知らないと思うが,むしろ素朴にどういう発見をするかが興味深い。
デマであることが明白なデマだとしても,その奥には複雑な人間心理がある。本書が引用する『災害ユートピア』で扱われた,高揚感を伴う「正義」志向や,そこに混入する憎悪や嫉妬,政治的意図など。それらを読み解くには,いきなり高度な解析手法を持ち込むより,1つひとつの発言を読み,それを取り巻く流れを体感することが重要である。
人々が本当に困っているのは,一時的に発生していずれ消えてくデマよりは,原発や放射線,あるいは復興財源の問題など,正解が必ずしもない状況における錯綜した情報を整理し,もう少し見通しよくすることかもしれない(少なくとも自分はそうだ)。デマ研究の延長でそこまで進めるのかわからないが,視野から外すわけにはいかないと思う。
![]() | 検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書) |
荻上チキ | |
光文社 |
デマとみなされる流言は,Twitterなどのソーシャルメディアで観測・分析することができる。荻上氏は本書の最後のほうで,善意あるいは悪意によってデマを拡散させる「うわさ屋」と,その真偽を検証し,デマと判定されたらそのことを拡散しようとする「検証屋」の2つの類型を論じている。その立場は必ずしも固定していないとも指摘する。
「検証屋」は一種の免疫機構であり,ソーシャルメディアによってその役割が強化されているように思える。今後デマがなくなることはないにせよ,デマの流布がある程度抑制されることはあり得る。ある女性議員に関する「デマ」ように,時間をおいて何度も出現するネタにしても「検証情報」がネットに常時あれば,火消しは少しは早くなるだろう。
その後原発事故による放射能汚染,それによる一次産品や観光地の風評被害が広まっていくと,何がデマかわかりにくくなってきた。つまり真偽の検証が容易でなく,オピニオンリーダーたちがお互い入り乱れて議論する百花斉放状態にある。客観的に把握された因果関係で議論できる部分もあるが,リスクの許容度,優先順位といった価値観が必ず混入する。
研究の戦略として,まずは本書で扱われたような,真偽が比較的判定しやすいデマを分析するのが賢明だろう。いま,ゼミの2年生たちに震災後のデマや流言,風評被害について調べてもらっている。彼らはおそらく社会心理学の理論や統計分析,テキストマイニングの手法を知らないと思うが,むしろ素朴にどういう発見をするかが興味深い。
デマであることが明白なデマだとしても,その奥には複雑な人間心理がある。本書が引用する『災害ユートピア』で扱われた,高揚感を伴う「正義」志向や,そこに混入する憎悪や嫉妬,政治的意図など。それらを読み解くには,いきなり高度な解析手法を持ち込むより,1つひとつの発言を読み,それを取り巻く流れを体感することが重要である。
人々が本当に困っているのは,一時的に発生していずれ消えてくデマよりは,原発や放射線,あるいは復興財源の問題など,正解が必ずしもない状況における錯綜した情報を整理し,もう少し見通しよくすることかもしれない(少なくとも自分はそうだ)。デマ研究の延長でそこまで進めるのかわからないが,視野から外すわけにはいかないと思う。
![]() | 災害ユートピア ―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか |
レベッカ ソルニット | |
亜紀書房 |