Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

東日本大震災の流言・デマ

2011-07-30 16:53:19 | Weblog
荻上チキ氏は,東日本大震災が起きた直後から,自らのブログで震災に付随して起きたデマをまとめてきた。それをもとに5月に出版されたのが以下の本だ。いま読み直すと,震災直後の混乱した状況が,かなり以前の話のように感じられる。その頃は,真偽の判定が比較的容易な,デマといわれる流言がさかんに伝播され,大きな問題になっていた。

検証 東日本大震災の流言・デマ
(光文社新書)
荻上チキ
光文社

デマとみなされる流言は,Twitterなどのソーシャルメディアで観測・分析することができる。荻上氏は本書の最後のほうで,善意あるいは悪意によってデマを拡散させる「うわさ屋」と,その真偽を検証し,デマと判定されたらそのことを拡散しようとする「検証屋」の2つの類型を論じている。その立場は必ずしも固定していないとも指摘する。

「検証屋」は一種の免疫機構であり,ソーシャルメディアによってその役割が強化されているように思える。今後デマがなくなることはないにせよ,デマの流布がある程度抑制されることはあり得る。ある女性議員に関する「デマ」ように,時間をおいて何度も出現するネタにしても「検証情報」がネットに常時あれば,火消しは少しは早くなるだろう。

その後原発事故による放射能汚染,それによる一次産品や観光地の風評被害が広まっていくと,何がデマかわかりにくくなってきた。つまり真偽の検証が容易でなく,オピニオンリーダーたちがお互い入り乱れて議論する百花斉放状態にある。客観的に把握された因果関係で議論できる部分もあるが,リスクの許容度,優先順位といった価値観が必ず混入する。

研究の戦略として,まずは本書で扱われたような,真偽が比較的判定しやすいデマを分析するのが賢明だろう。いま,ゼミの2年生たちに震災後のデマや流言,風評被害について調べてもらっている。彼らはおそらく社会心理学の理論や統計分析,テキストマイニングの手法を知らないと思うが,むしろ素朴にどういう発見をするかが興味深い。

デマであることが明白なデマだとしても,その奥には複雑な人間心理がある。本書が引用する『災害ユートピア』で扱われた,高揚感を伴う「正義」志向や,そこに混入する憎悪や嫉妬,政治的意図など。それらを読み解くには,いきなり高度な解析手法を持ち込むより,1つひとつの発言を読み,それを取り巻く流れを体感することが重要である。

人々が本当に困っているのは,一時的に発生していずれ消えてくデマよりは,原発や放射線,あるいは復興財源の問題など,正解が必ずしもない状況における錯綜した情報を整理し,もう少し見通しよくすることかもしれない(少なくとも自分はそうだ)。デマ研究の延長でそこまで進めるのかわからないが,視野から外すわけにはいかないと思う。

災害ユートピア
―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか
レベッカ ソルニット
亜紀書房

JIMS部会~インサイトからペルソナへ

2011-07-23 17:50:04 | Weblog
昨夜のJIMS部会は以下のメニューであった:

消費者インサイトをいかに獲得するか―あるクリエイティブ・エージェンシーの取材に基づく考察
 水野誠(明治大学),生稲史彦(筑波大学)

ペルソナ法の実践適用―製品サービス開発における現場での改良と方法論的検討について
 渡辺理(富士通研究所)

前者は,ナイキの広告制作などで世界的に有名なクリエイティブ・エージェンシー W+K 社の東京オフィスを取材し,5人のクリエイター/プランナーから,消費者インサイトをどう獲得しているかを聴いたもの。6月の商業学会で発表した内容に,若干の補論を付け加えた。

奇しくもこの日,この研究を「研究ノート」として収録した『赤門マネジメント・レビュー』の最新号がウェブ上で公開された。興味をお持ちの方は,ぜひ論文をダウンロードしていただきたい(GBRC会員,サイト・ライセンス契約校の方は無料,そうでない方は恐縮ながら有料となる・・・)。

事例研究なので,聞き取りの結果をまとめた原文を読んでいただくのが一番面白いはずだ。しかし,あえて一言でまとめるなら,消費者インサイト獲得の方法論は,(1) 観察・取材,(2) 想像とメンタル・シミュレーション,(3) 社外ネットワーキングの3点に集約される(当たり前すぎるかもしれないが)。

なお,今回新たに補論として加えたのが,(1) 少数例の任意抽出 vs. 代表性,(2) 個別事例の深掘り vs. 一般性,(3) (しばしば無意識の)他者理解・同一化 vs. 客観性,という議論である。実務的にはともかく,理論的には未解決の問題だと思われるので,自分なりに考察を行った。

次いで,富士通の渡辺さんによる「ペルソナ法」の話。ウェブデザインや製品開発で注目されている手法だ。以下のような参考書もあるが,それを読めばわかる,というわけではなさそうだ。つまり,実践してみなければわからないという(もちろん何事もそうではあるが・・・)。

About Face 3 インタラクションデザインの極意
Alan Cooper 他
アスキー・メディアワークス


ペルソナ戦略―マーケティング、製品開発、デザインを顧客志向にする
ジョン・S.プルーイット
ダイヤモンド社

そこで渡辺さんの発表も,事例に即したものとなる。それを聴いて,ぼくが大まかに理解したのは以下のようなことだ。まずは対象とする顧客にデプス・インタビューを行い,彼(女)が置かれた状況から生活のなかで感じていることまでを徹底して聴く。1人ひとりをマップに位置づけて相対的に理解する。

そこまではデプス・インタビューと同じだが,ペルソナ法はそれ以降に特徴がある。1回答者=1ペルソナとは限らず,別の個人から得られた情報を複合して,新たな人格を作ったりもする(やりすぎるとフランケンシュタインになると渡辺さん)。そうして,いくつかの「ペルソナ」が想像=創造される。

さらに,製品開発に関わる人々が,それぞれのペルソナを演じみたりして,一体化する(石井淳蔵先生流にいえば「棲み込む」?)。そして,製品とのインタラクションについてメンタル・シミュレーションをする。このあたり,上述のW+K社への取材で学んだインサイト獲得手法とかなり重なっている。

したがって,上述の補論で指摘した3点がまさに重要となる。特にシミュレーションという部分だ。エージェントベース・アプローチが量的な構成論的方法であるとすれば,ペルソナ法は質的な構成論的方法ともいえる。構成されたものをリアルと感じるかどうかが,評価の分かれ目になるだろう。

クリエイターたちのインサイトの獲得とエンジニアたちのペルソナ法,そして少し飛躍するが,エージェントベース・モデリングが目指すものが通底しているという認識は,個人的には非常に「インサイトに富む」。基本的に同じ構造の問題だから,1つ解決すれば別も解決されるのではないだろうか。

事業計画書の読み方と書き方

2011-07-18 08:15:41 | Weblog
松本英博さんは大手通信機器メーカーのエンジニアを経て,ベンチャーキャピタルや起業のコンサルティングの最前線で活躍されてきた。現在はデジタルハリウッド大学の教授でもある。不思議な縁で,最近実務家向けの勉強会やアカデミックな研究会など,いろいろな場でお会いしている。

その松本さんから近著をご恵投いただいた。社内新事業から起業までを視野に,事業計画書について丁寧に説明した教科書である。5年前に出されたものの改訂版で,この間の急速な環境変化への適応が図られている。厳しい淘汰を生き残った,まさに「進化」した教科書といえる。

図解入門ビジネス 最新事業計画書の読み方と書き方がよーくわかる本 (How‐nual Business Guide Book)
松本英博
秀和システム

「事業計画書」という文書は,未来に対するビジョンや夢を語ればいいという代物ではない。資金調達,投資,人材採用,法的手続き・・・さまざまな実務的な作業を踏まえたうえで事業計画は成り立つ。そうしたことは,松本さんのような経験豊富な実務家でないとわからないことが多い。

本書は実務家だけでなく,将来、新事業の創出を夢見る学生にとっても,そこで待ち受ける実務的な諸問題に見通しを得るのに役立つ。本書の出版に当たり一般向け講演会も予定されている。松本さんの京都弁での講演は,聴く者を明るくする。定員があるので,希望される方はお早めに申し込みを。

経済物理学2011@京都大学

2011-07-17 17:38:13 | Weblog
京都大学の基礎物理学研究所・湯川記念館で開かれた「経済物理学2011」に参加した。アンコナのESHIA/WEHIAでお会いした,東京大学の池田裕一先生のお勧めに従い,ポスター発表・・・のはずであったが,直前にキャンセルが出たため,口頭発表に移ることになった。

物理学者の研究会で発表するとは何を考えているのだと思われても不思議ではないが,ここ数年,何人かの経済物理学者との付き合いで,彼らのオープンさ,寛容さを感じていた。しかし,初日からいろいろな最先端の研究を聴いていると,さすがに場違いであることに気づき,不安が募った。

それでも厚かましくも発表したのは,現在の研究の隘路を突破するヒントがほしかったからだ。ぼくが発表したのは「顧客視点のロングテール」,つまりここ数年取り組んできたテーマの1つ,ロングテール・ビジネスモデルを顧客のジップ分布と関連づけて評価しようという話である。

ロングテール・ビジネスを,テール(ニッチ)のアイテムの単純な利益貢献から論じるのは説得的ではない(最近の研究もそれを支持する)。しかし,さして儲からないニッチの品揃えが,顧客分布のヘッド(優良顧客)の維持に有効だとすれば話は変わる。それを実証するのが狙いである。

この研究に何人もの先生から貴重な示唆を得た。佐藤彰洋先生からは,顧客の嗜好の多様性を測るエントロピーを個人別でなく集計レベルで求めてはどうかとご助言いただいた。マーケティング・サイエンス的には個人に関心を向けがちだが,集合行動として現象を見るという視点は確かにある。

家富洋先生からはチャネルの制約が行動に影響している可能性,相馬亘先生からはリコメンの影響検出や業者購入がデータに反映されている可能性の指摘を受けた。どなたもふだん,マーケティング・データになじんでいないのに,瞬時にして問題点を把握する力に,いまさらながら感心した。

ということで,自分の研究にとって非常に実り多かったのだが,同時に様々な発表を聴講して,大きな刺激を受けたのも収穫であった。マーケティングと関連の深い石井,佐野,松本,新垣各氏の研究はもちろん,マクロからミクロ,あるいは気候の問題を含めた諸研究に触れることができた。

なかでも印象的だったのは,家富先生の労働生産性の分布を扱った研究で,コブ-ダグラス型生産関数の話から始まり,青木-吉川のモデルを通じて物理学(熱力学?)と結びつき,1つの経済のなかに有効需要が重要なケインズ領域とイノベーションが重要なシュンペータ領域があると論じる。

ぼく自身がどこまでこの議論を正確に理解しているかは非常に怪しいが(上述の要約もまた誤解している可能性がある),誰もが知る経済学の古典的研究を踏まえ,それらを統合して斬新な見方を提供するという血湧き肉躍る展開。物理学の基礎を学ぶ必要があると強く感じた一瞬でもあった。

そして,この研究会で最も興味深かったのは,全体の半分近くを,著名な実務家を招き,経済物理学の課題を模索するセッションに当てていたことだ。初日は一言でいえば,中小企業金融やそのリスク管理,学卒労働市場における「不均衡」が取り上げられていた。いずれも根の深い問題だ。

2日目は「公益資本主義」を唱える投資家の原丈人氏,高名なマクロ経済学者の吉川洋氏による講演と両氏を囲む討論があった。リーマンショックを招いたとされる「強欲な」資本主義,経済物理学としてはそのメカニズムを解明するだけでなく,次の仕組みの提案を目指しているのかもしれない。

貧しい途上国を,エネルギー消費量を先進国並みにするのとは違う方向で豊かにすることが日本の使命だと語る原氏の講演は,非常に熱いものだった。公益資本主義にはまだきちんとした理論がない,それを経済物理学に期待したい,という期待が表明されていた。それはぼくも大いに期待したい。

一方,正統的な経済学を代表する立場である吉川氏は,経済学には実はさまざまな流れがあり,株主資本主義を過度に支持するような流れがずっと主流であったわけではないと指摘された。経済物理学にしろ,行動経済学や進化経済学にしろ,経済学が多様性を取り戻す契機になるかどうか。

■会場で展示されていた書籍:

株価の経済物理学
増川純一, 水野貴之, 村井浄信, 尹煕元
培風館

経済物理学
青山秀明, 家富洋, 池田裕一, 相馬亘, 藤原 義久
共立出版

50のキーワードで読み解く 経済学教室
青木正直, 有賀裕二, 吉川洋, 青山秀明
東京図書

今回,個人的に大きかったのは,不確実性の経済学の研究で有名な酒井泰弘先生に数十年ぶりにお会いできたことだ。稚拙な卒論にご助言いただいた恩師の一人だが,本来は数理経済学の主流を歩んで来られた方である。その酒井先生もまた,経済物理学は大きな衝撃を与えると語っておられた。

■酒井先生の近著(まだ未読・・・):

リスクの経済思想
(滋賀大学リスク研究センター叢書)
酒井泰弘
ミネルヴァ書房

ぼくが厳密な意味での経済物理学に貢献することは能力的にもあり得ないが,学べることは学んでいきたいし,ささやかながらインタラクションが続けられればと思う。酒井先生にいわせれば,数学が苦手でなければ物理学は理解できるとのこと。その前提は,ぼくの場合かなり怪しいが・・・。

異文化適応のマーケティング

2011-07-10 11:40:11 | Weblog
日本企業にとっていま最大の課題の1つがグローバル化であることはいうまでもない。もちろん,海外市場で成功している日本企業はたくさんある。ただし,その多くが製造業でサービス産業では稀である。顧客のローカル化されたニーズへ適応する必要がどれだけあるかが鍵となる。

今回翻訳された『異文化適応のマーケティング』は,フランス人とアジア系オーストラリア人によって,現地適応を重視する立場から書かれたグローバル・マーケティングの教科書である。周知のように,グローバル・マーケティングには標準化を重視する立場もあり,論争になっている。

標準化か現地適応かという問題に単純な解はない。結局どうバランスをとるかである。完全な標準化あるいは現地適応が可能であるなら,グローバル・マーケティングという分野は必要なくなる。このバランスが難しいからこそ,その分野の研究が有意義で,かつ面白くなるわけである。

最近ぼくは,同じ大学(経営学部)の大石芳裕先生の研究会にときどき顔を出し,主に実務家の方々からグローバル・マーケティングの実践を伺っている。非常に面白い。異文化にいかに適応し,あるいはその差異をいかに乗り越えるかは,理論や思想を鍛える場として重要な役割を持つ。

本書を監訳された小川孔輔先生は日本のマーケティング・サイエンスを牽引されてきた一人だし,もう一人の監訳者・本間大一氏はデータ解析の専門家だ。一見意外な翻訳陣に見えるが,グローバル・マーケティングの研究が狭いコミュニティを超えて広がりつつあることを意味している。

グローバル・マーケティングを研究するには,語学力は当然として,海外取材に積極的に出かける行動力や異文化適応能力,幅広い人脈を形成するソーシャルな力などが必要となる。特に,若くて元気な研究者にはぜひ挑戦してもらいたい分野だ。今後いっそう必要となる分野だからである。

そのとき,この大著は学びのスタートに相応しい教科書となるだろう。ご恵投いただいた小川先生に深謝(特に最近は『マーケティング入門』『しまむらとヤオコー』など次々出版されており,いつも一方的に頂戴するばかりで恐縮する。いつかお返しをと思いながら,月日が過ぎていく・・・)。

異文化適応のマーケティング
ジャン・クロード ウズニエ ,
ジュリー・アン リー
ピアソン桐原

マネジメント・テキスト マーケティング入門
小川孔輔
日本経済新聞出版社

しまむらとヤオコー
小川孔輔
小学館

はい,アップルが好きです。

2011-07-05 09:09:56 | Weblog
AERA MOOK の「アップルはお好きですか」。一部書店で品切れになっているという噂もある。前半は有名人,有名企業がいかに iPad を活用しているか,というような記事。後半は,Apple Inc ... というよりスティーブ・ジョブズ特集だ。

なかでも興味深いのは,ジョブズと何らかの接点を持つ人々に,ジョブズとはどういう人物かを聴いている記事。ジョブズとつねに仕事をすることは大変厳しいし、実際そのような例はほとんどないが,ある接点で大きな刺激を得た人は多い。

AERA×Apple Love?Apple アップルはお好きですか (アエラムック)
朝日新聞出版

これだけ巨大な存在になったアップルについて経営学的な分析がほとんどなく,スティーブ・ジョブズを取り上げた本が山ほどあることは,この会社が完全なるワンマン企業で,ジョブズなしには語るに値しない企業であるかのようだ。

だが,本当にそうか。もしかすると,アップル,あるいはジョブズの巧みな広報戦略に踊らされ,本質から目を背けるよう仕向けられているのかもしれない。いずれにしろ,この号はよくあるジョブズ特集とかなり違う趣向で,非常に楽しい。