Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

歴史学者プロ野球を語る

2012-04-29 12:11:01 | Weblog
一橋大学の橘川武郎教授は「応用経営史」を提唱されている。それを字義通り受け取れば「役に立つ経営史」ということになる。経営に関して歴史から学ぶことが多いということは,歴史書好きの経営者たちは皆同意するだろう。ただし,経営史は単なる過去のエピソード記述ではない。

応用経営史は歴史学であると同時に経営学でもある。橘川氏の近著では,電力,石油,化学,金融,不動産といった産業の歴史が叙述されるだけでなく,そこでのビジネスモデルの変遷や今後のあり方が論じられている。そして個人的に大変興味深いのは,プロ野球を扱った章である。

歴史学者 経営の難問を解く
―原子力・電力改革から
地球温暖化対策まで

橘川武郎
日本経済新聞出版社

橘川氏は日本のプロ野球球団のビジネスモデルを「本業シナジーモデル」「広告宣伝モデル」「地域密着モデル」に3つに分ける。最近では,パリーグを中心に「地域密着モデル」が拡大し,増収をもたらしている。ただし,その歴史的な起源はセリーグの広島カープにある。

カープの地元密着モデルが最も成功したのは 1970 年代後半である。地元出身の選手の活躍と広島経済の好調が重なって観客動員が増加し,それによる黒字がチーム力の強化に再投資され,日本シリーズでの連覇につながり・・・という好循環をもたらしたと橘川氏は語る。

カープファンとして気になるのは,その後のカープの凋落と長期低迷である。地域密着モデルはむしろ日本ハム,ソフトバンク,ロッテ,楽天といったパリーグ各球団で花開いていく。彼らのモデルは,広告宣伝モデルと地域密着モデルの混合である。そこが広島との違いである。

なぜ「本家」の広島カープで地域密着型のビジネスモデルが成功していないのか(独立採算で黒字という意味では成功しているかもしれないが),その分析は「われわれ」に残された課題である。歴史学を含む分析を踏まえつつ,これからの歴史の創造について考えねば。

SXSW オースティンの変

2012-04-28 11:14:17 | Weblog
昨夜はアップルストア銀座で開かれた「「WIRED大学 特別公開講座」 ジャパニーズスタートアップ~SXSWオースティンの変」というイベントに参加した。WIRED編集部の小谷知也氏と頓智ドットの井口尊仁氏の掛け合いで SXSW2012 の様子が紹介される。で,SXSW って何だ?

SXSW というのはテキサス州オースティンで毎年開かれる音楽・映画・インタラクティブのカンファレンスである。South BY South West と読む。1986年に音楽業界のイベントとして始まったが,その後映画が加わり,最近はインタラクティブ分野の成長が著しいという。

井口氏が 3.11 の直後に参加したとき,現地であっという間に支援体制が立ち上がった。そのお礼として,日本のスタートアップたちを千人連れて行くことを目指した。結果的には2百人強の参加に留まったが,それでもすごい規模だ。その目的は見学ではなくプレゼンや商談である。

ブースでの展示以外に「ピッチ」といわれる数分のプレゼンもある。厳しい選抜を経てピッチに出るという栄誉に浴した Compath.me の安藤拓道氏も登場。WIRED Vol.3 の「日本のザッカーバーグは誰だ!?」という特集では,安藤氏を含む SXSW への参加者たちが紹介されている。

WIRED (ワイアード) VOL.3
(GQ JAPAN2012年4月号増刊)
コンデナスト・ジャパン

有力な投資家たちが居並ぶ SXSW でのピッチに成功すると,巨額の投資資金が流れ込む。そこで重要なのは「世界を変える」クレージーさだという。だからグーグルにしろフォースクエアにしろ,ある意味でおバカな展示をして自らのクリエイティビティを誇示している。

ちなみにサムスンは SXSW に積極的に関わり,会場で存在感を示している。アップルは企業としては関っていないが,参加者のほとんどが MacBookAir,iPhone,iPad を使っているという存在感がある。音楽+映像+インタラクティブというのはまさにアップルの世界だ。

日本企業はスタートアップを除くと全く存在感がないかというと,そうでもないようだ。電通アメリカが SXSW でかなり有名な賞をとったが,日本ではあまり伝わっていないと,井口氏は残念がっておられた。日本には世界に目を向けた優れた才能がそれなりに存在する。

オースティンはリチャード・フロリダによれば米国で最もクリエイティブな地域である。SXSW はそれを象徴するイベントだといえる。日本での同種のイベントに,博多の「明星和楽」があるという。博多は日本のオースティンになるのか?次回は行ってみたいな・・・。

クリエイティブ資本論
―新たな経済階級の台頭
リチャード・フロリダ
ダイヤモンド社

モナ・リザはなぜ名画なのか?

2012-04-18 15:34:10 | Weblog
ダンカン・ワッツは物理学者としてスタートし「スモールワールド・ネットワーク」のモデルで有名になったあと社会学者に転じた。今はYahoo!研究所に属し,インターネット上の社会現象について精力的に研究している。そのなかにはマーケティングに深く関連する研究が多数ある。

そのワッツの新著は予想以上に刺激的だ。彼は先端的なビジネス界で常識とされる「インフルエンサーマーケティング」,「予測市場」,「シナリオ・プラニング」・・・といった「常識」を次々と俎上に挙げていく。彼の主張の要点を一言でいえば「予測不能性」ということばに尽きる。

彼の主張を端的に表すのは,次のように書かれた場面である:ルーブル美術館に行き,人だかりのなかで初めて「モナ・リザ」を見たとき,世界の名画を目にしたことに喜びを感じるとともに,この絵はどこが素晴らしいのだろうか,という疑問がかすかに頭をよぎりはしないか・・・。

偶然の科学
ダンカン・ワッツ
早川書房

なぜモナ・リザは名画なのか。識者たちはその絵がいかに素晴らしいかについて,多くの論拠を挙げることができる。しかし,本当のところ,皆が名画だといっているということ以外に,この名画を名画たらしめている条件などないのではないか? それがワッツの直観である。

ワッツらが行った音楽ダウンロード市場の実験は,この直観を裏づける1つの根拠になっている。お互いに隔絶された複数のダウンロードのサイトに何万人もの被験者をランダムに割り振る。そこで好きな曲をダウンロードさせると,サイトによって曲のランキングが変わる。

サイトでは過去のダウンロード数が表示されている。初期に偶然発生した人気の差が,被験者間の相互作用によってますます強化されていく。最初の人気の違いは全くの偶然によるのものなので,最終的にどの曲がヒットするかを事前に予測することはほとんど不可能である。

他人のダウンロード数が表示されない市場では,相互作用がない場合の曲に対する好みが現れる。相互作用のある各市場でのランキングは,そうした曲自体の魅力と弱い相関を持つが,とてもヒットを予測するレベルではない。つまり,本来の魅力はあまり関係ないということだ。

この実験に,ワッツの主張のほぼすべてが集約されている。社会という非常に複雑な系では,結果として観察されるパタンはかなりの程度偶然が重なって形成されたものである。後からその特徴を捉えてもっともらしく説明しても,未来を予測するのにほとんど役立ちはしない・・・。

特定の人物が果たした役割について述べる歴史書や,カリスマ経営者の決定を賞賛する経営書はまさにそうした愚を犯している。経営学が依拠する事例研究はもちろん,データを用いた計量分析でさえ,たまたま観察されたサンプルへのオーバーフィットにすぎないかもしれない。

そう考えると,ワッツの批判は社会現象を科学として分析しようとしている広範な人々に警鐘を鳴らしているといえる。ワッツは社会(科)学者に対して,物理学への憧れを戒める。社会現象は物理現象に比べはるかに複雑であり,美しい理論を夢見るのはあまりにも早計だと。

ワッツが勧めるのは,上述のようなフィールドでの大規模実験で,そこから「中範囲の理論」を構築することだ。そのために膨大なデータにアクセスできるインターネット環境は非常に便利だという。それには一理ある。ただ,そればかりではなかろう,という反論もあるだろう。

ぼくはワッツのインフルエンサー・マーケティング批判に興味があって本書を読んだ。この点に関する彼の議論(ハブを情報の起点にすることの費用効率の評価方法)に疑問があり,それは本書を読んでも変わらなかった。しかし,彼がなぜそう考えるかは前より少し理解が進んだ。

伝統的な社会科学者から社会経済物理学者まで,あるいは現場のマーケティングリサーチャーも含め,社会を科学的に理解することに関心がある人々にとって一読の価値がある本である。彼の意見に同意しないのなら,指摘する問題にどう答えるかを考えなくてはならない。

美としての複雑ネットワーク

2012-04-13 11:00:01 | Weblog
世界のさまざまま現象に潜む複雑ネットワーク・・・それを視覚化することでどんな「情報」を得られるのかよくわからないが,その美しさに感動し,ことばにならないインサイトを獲得できるのは確か。複雑系,社会ネットワーク,ソーシャルメディア等に関心がある方には必携・必見の書。

とりあえずこのサイトでその断片を楽しめます。

ビジュアル・コンプレキシティ
―情報パターンのマッピング
マニュエル・リマ
ビー・エヌ・エヌ新社


新しい林檎のかじり方

2012-04-09 14:54:10 | Weblog
たまたまなのか,裏で誰かがコーディネートしているのか,新型 iPad への自然な反応というべきなのか,DIME と日経トレンディがアップル製品の特集を組んでいる。DIME のほうはちょっとお洒落に「新しい林檎のかじり方」というタイトルの特集を組んでいる。

DIME (ダイム)
2012年 4/17号
小学館


単なる製品紹介に終わらないのが DIME らしい。「働く女子」やクリエイターの利用シーンの紹介は軽めのノリだが,「Steve Jobs forever!」という第2特集はけっこう情報価値がある。ポール・サフォー,中島聡,大谷和利といったグルがアップルやジョブズについて語っている。

これに対して日経トレンディは表紙で「Apple vs ライバルズ」と謳い,ガチで製品比較をしている。タイトルを拾うとタブレットについては「ウィンドウズ台頭も、iPad 優位」,スマホについては「それでも iPhone が上を行く」で,アンドロイド陣営から広告を取れるのかが心配になる。

日経 TRENDY (トレンディ)
2012年 05月号
日経BP社

しかし,電子ブックリーダーについては「楽天がアマゾン以上の「本命」に」と,ぼくにとっては意外な(だから情報価値のある)記事を載せている。スマートテレビについては,サムスン,LG,パナソニック等の製品が Apple TV や Google TV を上回るという(理由は他機器との連係)。

日本メーカーの名前が出てこないわけではないが,主役扱いされていないのは確か。また,上述の記事では,ハード系の市場で,グーグルが他社に対して優位に立っているところが1つもないのは本当だろうか。もう1つの特集「GREE vs DeNA 」もぼくのような門外漢には勉強になる。


人はなぜ<上京>するのか

2012-04-07 10:02:36 | Weblog
明治・大正の時代から現在に至るまで,日本人にとって「東京」という都市は特別な存在であり続けた。本書は,有名な知識人から市井の人々までを視野に入れながら,彼らにとっての「上京」とはどういうものであったかを膨大な文献や統計等の資料を通じて描き出そうとしている。

人はなぜ<上京>するのか
(日経プレミアシリーズ)
難波功士
日本経済新聞出版社

本書を読み,明治維新が上京者による革命であったことはいうまでもないが,戦後日本のメディアやポップカルチャーもまた,少なからず上京者たちによって形成されたことを認識した。しかし,その構造は最近希薄化してきた。「地方」の若者の間で地元への愛着が強まりつつある。

東京がトーキョー化し,日本中に遍在していると最後に著者は指摘する。では今後どうなるのか?「上洛」ということばがあまり使われなくなり,「上阪」に至っては完全に姿を消した(その存在をぼくは本書で初めて知った)。上京ということばも早晩陳腐化するのだろうか?

一方でトーキョーがグローバル化するというシナリオもある。著者の難波功士氏が愛してやまない大阪が今後再活性化するのは,グローバルな大都市として自立することによるのだろうか?「大阪都」構想はそれを目指しているが,著者はもっと複眼的に考えているようである。

「勉強になる」だけでなく,読んでいて楽しい本。特に1970年以降の記述は自分史と重なる部分が多く,つい熱中して電車を乗り過ごすことが何回かあった。そういう意味ではぼくより若い世代,特に東京で生まれ育った若者たちが本書を読んでどう感じるかにも興味がある。