Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2010年の「世のなか」を振り返る

2010-12-31 22:43:50 | Weblog
この1年の「世のなか」を振り返ると,政治のことを語らざるを得ない。なぜなら,一昨年の夏の政権交代がさまざまな政治的争点を浮き上がらせ,有権者がその都度,態度を問われるようになったからだ。事実,これほど頻繁に世論調査が行われたことは過去になかったと思われる。そして,内閣の支持率がこれほど激しく乱高下することもなかったのではないか。

民主党政権は一昨年の総選挙で圧勝した。それは一時的な現象ではない。自民党長期政権をそろそろ終わらせたいという気分が,有権者のなかにずっと以前からあったと考えられる。だが有権者の間に,それ以上の具体的な合意はなかったのではないだろうか。残念なことに民主党内部にさえ,ポスト自民党政治への一致したビジョンがなかったように思われる。

変革を望む国民の気持ちはかなり強かったので,鳩山内閣,菅内閣への支持率が低下しても,民主党への支持率はさほど下がらなかった。だが,最近になってそれもなくなり,自民党への支持率は民主党への支持率を少し上回るようになった。一方,みんなの党への支持率は伸び悩んでいる。次の政治的多数派がどんなものになるのかは,まだ不透明である。

民主党への失望が明確になったいまこそ,有権者が民主党へ託した夢は何であったかを問い直す必要がある。それが「仕分け」をより徹底して,巨大な官僚制度をスリム化することなら,みんなの党が政界再編成の軸になる。子ども手当等の社会のセーフティネットを強化したいなら公明との連立,財政再建を重視するなら民自大連立が支持されるだろう。

有権者は実際のところ,どのような政策を支持するのだろう?あるいは,もっと好ましい,実行可能な政策パッケージがあるだろうか?多くの有権者は公務員のリストラ,政府のスリム化を支持する一方で,自分の業界や地域への政府の手厚い援助を望んでいる。このような連立方程式を解くことは,どのような政権にとっても非常に難しいはずである。

こうした閉塞状況を外から打ち破ろうとしているかのように見えるのが,大阪府の橋下知事や名古屋の河村市長である。そこに東京都知事選への立候補が噂される東国原氏が加わるかもしれない。彼らは,既存の議会,政党を飛び越して市民とつながろうとする。既存の政党に飽き足らない層の支持を得て,彼らが無視できない政治勢力になるかもしれない。

その意味で,春の統一地方選挙は注目に値する。それは「政治のイノベーション」につながると期待したくなる。しかし,ぼくはそれ以上に懸念の思いが強い。既得権益にまみれた議員と役人,そこに大胆に切り込んでいく改革の旗手たる首長,という単純化された構図に落とし穴はないか。健全なる保守主義,漸進主義の立場を再評価したいと考える。

2010年の「研究」を振り返る

2010-12-30 23:58:55 | Weblog
その年の研究成果を振り返るといつも暗澹たる気分になる。だが,それでも総括しておかないと進歩はない。今年を振り返ると,どん底の時期を脱しているのではないかと思うが,どうだろう?今年の4月1日に研究の進行状況について記したので,そこを基準にレビューしてみよう。一昨年学会発表した

1)クルマの過剰(過小)装備に関するデータ分析
2)消費者の「予測能力」のフィールド実験
3)新製品の普及と情報伝播のエージェントモデル
4)選択におけるトレードオフ回避の統制実験

のうち,3はなんとか査読付き論文として採択された(はずである)。来年4月ぐらいには刊行されるのではないかと楽観しているのだが,どうだろう・・・。研究としてはほぼ完了している1と2は早急に論文化すべきなのだが,既存研究のサーベイ等々がネックになって行き詰まっている。

他にも積み残しが山ほどあるが,このなかで

8)顧客DBを用いたロングテール・ビジネスモデルの研究

は某学会の研究支援を受けることになった。困難はまだ残っているが,来年こそ結果を出さなくてはならない。これに関連して,春に刊行される予定の「社会経済物理学」のハンドブックに,「ロングテール・ビジネスモデル」について概説を執筆した(ただし,自分の研究成果はそこに含めていない)。

9)インサイト獲得に関するクリエイター取材

はようやく脱稿し,某機関のディスカッションペーパーにしようとしたが,資格がないことがわかり方向転換。年明け早々に投稿する予定だ。取材から1年半経っていることを考えると決して自慢できるスピードではないが,他に塩漬けになっている研究と比べるとまだいい。あとは採択されるかどうか・・・。

3については,モデルに負のクチコミを導入する拡張を試みた。ただし実データは用いず,エージェント・シミュレーションのみ行った。 カッセルの WCSS で "The Effects of Valence of Word-of-Mouth and Its Propagation by Non-Adopters on New Product Diffusion" と題する発表をした。

4月1日に「今年着手することになるテーマ」として挙げたのが以下の3つである。

12)アフィリエイト広告の理論的・経験的研究
13)Twitter 上のオピニオン・ダイナミクス
14)コンセプト創造手法の実践的研究

このなかで一定の成果をあげたのが 13 だ。構造計画研究所の新保,高階,田内,城の各氏とともに Twitter を用いた企業の情報発信とクチコミ効果を研究した。その成果は 11月の JIMS で「Twitterによる企業と顧客の対話:企業ツイートのコミュニケーション効果分析」と題して発表された。

そうした研究に取り組むことになったおかげで,『大ヒットの方程式』を著した鳥取大学の石井晃先生やデジタルハリウッド大学の吉田就彦先生たちと,ソーシャルメディア研究の相互交流を盛り上げる方向で話が進んでいる。そこから,社会的に意義のある研究を生み出せないかと考えるようになった。

なお,具体的な研究成果とは別に,今年大きな研究上の刺激になったのは,CALTEC の下條信輔先生と何回かお話しする機会を得たことだろう。それを生かし得るような自分の研究はいまのところカケラもないが,本来の自分の関心事はそこにあることを再確認した。これは来年以降,大きな課題になる。

ネットワーク+影響=社会動学

2010-12-29 23:58:16 | Weblog
今年読んだなかで最も面白かった本・・・について語ることは,本来それなりの読書家にしか許されない行為である。そして,今年といっても最近読んだ本のほうが印象に残りやすいというバイアスもまた認めざるを得ない。と,前置きをしたうえで『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』を今年読んだなかで最も面白い本の(少なくとも)1冊にあげたい。

著者の Christakis はハーバードの医学研究者,Fowler は UC サンディエゴの政治学者,一見奇妙な組み合わせに見えるこの2人は,これまで数々の興味深い共同研究を行ってきた。その成果の集大成が本書である。彼らが取り組むテーマは,題名から分かるように社会ネットワークである。ただし,単なる交友や情報伝播の関係にとどまらず,影響関係に注目する。

冒頭にまず驚かされるのは,知人のネットワークには有名な「6次の隔たり」があることが知られているが,影響は「3次のつながり」までしか及ばないという言明である。そして,次々と興味深い影響関係が示されていく。幸福感,肥満,喫煙,飲酒・・・など人間の感情や生活のさまざまな面に,社会ネットワークを通じた影響の伝播が発見されているのだ。

つながり
社会的ネットワークの驚くべき力
ニコラス・A・クリスタキス,
ジェイムズ・H・ファウラー
講談社

ネタとして面白いのが,高校での性的関係についての分析である。なぜそんなデータが得られたかというと,ある学校で性感染症が流行り,感染経路を突き止める必要があったからである。どういう男女が性的関係を結びやすい(にくい)か,人種によってどう違うか,そこにどういう「構造」が生まれるか・・・これ以上は本書を読んでの「お楽しみ」ということで。

分析対象は経済活動,そして政治活動にも及んでいく。さらにネットワークを形成するメカニズムを探るため,行動ゲーム理論の実験,協力行動の遺伝的基礎などの研究が紹介される。著者はこれらの分野の研究でもさまざまな成果をあげている。すでに多くの「社会ネットワーク」関係の文献を読んできた読者にとって,新たな刺激を得られることは間違いない。

本書では,消費者行動やマーケティングに関する話題はそれほど多く登場しない。だが,マーケターにとって得られるインスピレーションはきわめて大きい。したがって改めて読み直し,そのメッセージを反芻すべき本だと思う。そして,社会ネットワーク上での影響伝播をいかに推定しているかの手続きを知るために,元になった論文に目を通す必要がある。

Objectify It !

2010-12-21 20:02:54 | Weblog
製品デザインに興味を持つ同僚に教えてもらったDVD。世界的に有名な(と思われる)プロダクト・デザイナーが次々と登場し,自らのデザインに対する想いを語っていく。彼らのことばの断片から,一貫したスートリーを組み立てることは難しい。彼らは基本的に,ことばだけで生きている人々ではない。

登場人物のなかでぼくが知っていたのは,IDEO の David Kelly, Tim Brown と Apple の Jonathan Ive,そして日本の深沢直人の4人だけ。だが,元ブラウンの Dieter Rams や BMW の Chris Bangle は,その名前を知らないでデザインを語ることが許されない,あまりに有名なデザイナーであった。

多くのインタビューが英語で行われているが,フランス語,オランダ語,日本語の部分もある。どのインタビューにも英語の字幕が表示されるのは非常にありがたいが,それでも展開の早さについていけない部分がある。操作の点でも字幕がきっちり映る点でも,TV ではなく PC で視聴したほうがよい。

Objectified [DVD] [Import]
Plexifilm

デザインは,日本の製造業にとって最も深刻な課題の1つだろう。Dieter Rams が登場するシーンで,彼は盆栽をしながら,簡素さの美を語っている。それを受け継いでいるのが,深沢直人氏も関わる MUJI であり,UNIQLO もそうかもしれない。では,最大の輸出産業であるクルマや家電はどうなのか?

美術大学を始めとして,デザインの研究・教育機関は少なくない。技法論であったり,哲学や歴史であったり,ときには認知科学が導入されている。一部の工学部にはデザイン工学科がある。日本デザイン学会は設立が 1954 年だそうだ。デザインの研究や教育は,それなりに充実しているように見える。

では,優秀なデザイナーを活用できないマネジメントに問題があるのだろうか?少なくとも 30 年ぐらい前には,日本でもデザイン・マネジメントについて語られ始めていた。米国で Design Management Institute が設立されたのは 1975 年であり,さほど遅れをとったとは思えない。

日本の企業については,リスクをとらない,投資意欲が低下している,効率的でない,グローバル化が遅れている,などと批判されているが,デザインの不毛も軌を一にするのだろうか? 最近では Samsung のデザイン力が評価されている。なぜ「彼ら」にできて「われわれ」にできないのだろうか?

ただそれ以前に,ぼくとしては「優れたデザイン」「美しさ」がどこまで自明なのかを問いたい。 iPod と Walkman を見せてどちらのデザインがよいかと学生に聞くと,過半数は前者だと答える。しかし,だからといって,それが自明とはいえない。もしかしたら,ぼくが誘導しているのかもしれない。

どうアプローチすべきか,まだはっきりしたアイデアは浮かばないが,いま進行中のプロジェクトのいくつかは,そこに結びついていくと信じている。

20歳のときに知っておいてほしいこと

2010-12-20 16:11:32 | Weblog
だいぶ時間が経ってしまったが,先週の木曜,明治大学アカデミーコモンでティナ・シーリグ氏の講演会が開かれた。当日ロビーには長蛇の列ができており,大ホールのなかはほぼ満員であった。明大のゼミナール協議会が主催する講演会ではあったが,他大学の学生もかなり参加していた模様である。

講演の内容は,彼女の著書『20歳のときに知っておきたかったこと』とかなり重なっていた。したがって,この講演に興味はあるが聴き逃した方は,本を読めばよい。そのメッセージを要約すると,既成概念にとらわれない考え方をすること,失敗を恐れず,むしろそれを通じて成長すること,などになる。

そうまとめてしまうと,イノベーションに関する多くの本に,すでに書かれていることじゃないかと指弾されそうだ。確かにそうだが,何度いわれても実行できないことについては,何度も耳を傾ける必要がある,と答えたい。しかも著者の体験を交えた語り口がより説得的なので,今度こそ身につくはずだと。

20歳のときに知っておきたかったこと
スタンフォード大学集中講義
ティナ・シーリグ
阪急コミュニケーションズ


著者は,ただただ起業や冒険を推奨しているわけではない。本書は,起業家を目指す人々が往々にして陥りがちな危険,他人との協調を過小評価して,自己中心的に振る舞うことの危険などをきちんと指摘している。失敗をいかに迅速に認め,謝罪し,立て直すかについて自身の経験を紹介している。

起業といっても,結局それは人が行うことであり,人と人の交流のなかで育つものだ。優れたアイデアと資金があれば成功する,というものではない。こうしたヒューマンな,あるいはソーシャルな側面にも目配りがある点が,この本,あるいはティナ・シーリグ氏の優れた点ではないかと思う。

上述の講演会を聴講するようゼミ生たちに強く推奨した。3~4年生は何人か参加したようだが,2年生はゼロであった。キャンパスが離れているとはいえ,1年生や他大学の学生にも参加者がいたことを考えると残念なことである。情熱と足腰が伴ったクリエイティビティでないと,何も生まれない。

最新マーケティング・サイエンスの基礎

2010-12-14 16:35:12 | Weblog
朝野熙彦先生から最新の著作を献本いただく。タイトルにある「最新」の冠に全く偽りはない。それは本書の構成を見れば一目瞭然だ:

知覚空間(コレスポンデンス分析)
選好空間(クラスター化双線形MDS,地球統計学)
セグメンテーション(CHAID)
質的選択モデル(多項ロジットモデル)
ベイズ推定(MCMC)

ベイズ推定(MCMC)が最終章に来ることは,マーケティング・サイエンスの最新動向を正しく反映しているといえる。しかし,それ以上に先端的で,本書のユニークな特徴は,クラスター化双線形 MDS と地球統計学を取り上げていることだろう。ぼく自身,本書で初めて詳しく知ることができた。

コレスポンデンス分析や CHAID などはすでに実務で使われ,「最新」ではないように見える。しかし,実務でいまだに因子分析とクラスタ分析が(多分)さかんに使われているように,その真価が十分理解されているとはいいがたい。本書が試みるように,「最新」の視点でそれらを捉え直す必要がある。

最新マーケティング・サイエンスの基礎
(KS社会科学専門書)
朝野 熙彦
講談社

初学者向けに書かれているが,著書のこれまでの著書のなかでは,「数学度」がかなり高いほうだと思う。コンパクトな本だが濃密度が高いため,腰を据えて読む必要がある。ただし,数理の詳細をフォローできなくても,著者が伝えようとするメッセージは汲み取れるし,噛み締めるべきである。

EXPO'70 パビリオン

2010-12-12 17:56:03 | Weblog
1970年の大阪万博を扱った本は,ほぼ反射的に購入する。そういうマーケットが確実に存在するので,手を替え品を替え,この手の本が定期的に発売される。

EXPO’70パビリオン
平凡社

そこには「懐かしい未来」があるだけでなく「すでに実現した未来」や「未だ実現しない未来」「裏切られた未来」もある。そして,自分がすでに失った感覚を少し思い出す。

ワルシャワ同窓会,ではなく JIMS 部会

2010-12-11 07:45:36 | Weblog
水曜の夜,今年最後の JIMS 消費者行動のダイナミクス研究部会を開く。最初の発表は,京都大学の佐藤彰洋さんによる「国内ホテル予約サイトデータを用いた旅行行動パターンの統計分析」。本来は,外国為替を主な研究対象とする佐藤さんだが,今回はホテル予約サイトに表示される,予約可能なプランの数というマーケティング・データの分析に取り組む。

この研究では,予約サイトに表示されるホテルの予約可能プラン数はポアソン分布に従うと仮定する。ただし,その発生確率は季節性,曜日など様々な要因で変動する。そこで,日々の予約可能なプラン数は,異なる(クラスに属する)発生確率を混合したもので決まると考える。クラス数設定,ポアソン分布の仮定の妥当性などを巡って活発な議論が起きた。

二番目は,立正大学の小野崎保さんの「消費者の合理性に依存するマーケットシェア・ダイナミクス」。小野崎さんの問題意識は,新古典派経済学では競争の帰結として寡占や独占が生じるプロセスを的確に理解できない,というもの。そこで,同質財をめぐって価格と数量を模索的な学習によって決定する企業間の競争をエージェントベース・モデル化する。

このモデルでカギとなる役割を担うのは消費者だ。彼らが現在購入している製品から別の製品にスウィッチするとき,製品の入手可能性に基づく効用が影響する。消費者がこの効用に忠実であるほど(つまり「合理的」であるほど),市場は独占化する(ただし独占下での企業行動が消費者の効用を下げるので,新規参入により独占が周期的に崩壊する)。

消費者にとって最も望ましい(ただし企業の利益が最も小さくなる)のは,消費者が中程度に「合理的」な場合だという。つまり,消費者行動に多少ノイズが含まれているとき,市場は独占に向かうことを妨げられる。大変興味深い結果である。と同時に,現代の市場を特徴づける差別化された財の市場ではどうなるのか,研究の今後の発展が期待される。

佐藤さんと小野崎さんとは2年前,ワルシャワで開かれた ESHIA/WEHIA でお会いし,学会の合間に市内を歩き回った仲でもある。物理学から経済学の対象領域へ越境しようとする佐藤さん,経済学の問題解決に物理学的なモデルを導入しようとする小野崎さんという,それぞれ学問の境界領域で活躍するお二人の研究に触れ,あらためて刺激を受けた夜であった。

来年,ESHIA/WEHIA はイタリアのアンコナで開かれる。

顧客創造実践講座

2010-12-07 19:41:08 | Weblog
今年の後期,3年生のゼミで輪読したのが『顧客創造 実践講座:ケースで学ぶ事業化の手法』である。新事業開発の「現場」を疑似体験できる,なかなかの好著だと思う。著者の宮永博史氏は NTT の研究部門で働いたあと,コンサルティング業界に転身。現在は,東京理科大の MOT 大学院の教授をされている。つまり,技術にも経営実務にも強い著者が,仮想の大企業を舞台にした新事業開発のプロセスを描写している。

顧客創造 実践講座
ケースで学ぶ事業化の手法
宮永博史
ファーストプレス

最初は戦略的意思決定のツールがいくつか紹介されるが,後半は社内説得や社外からの経営者のリクルーティングまで実務的な話題が登場する。どの部分も面白いが,特になるほどと思ったのは,前半で SWOT 分析を扱った部分だ。いうまでもなく,これは自社の強み(strength)と弱み(weakness),環境の機会(opportunity)と脅威(threat)を整理して,そこから戦略の方向性を見出そうとする手法である。

実際に SWOT 分析を経験した人の多くは,どうも分析が平板になり,現状をなぞったような結果しか出てこなくて期待はずれだと感じたのではないだろうか。その原因は,SWOT の各要素をあたかもお互いに独立の,静的な存在として扱うことに問題がある。そこで宮永氏は,先にターゲットとなる顧客を設定し,彼らが抱えるボトルネックを機会(O)とし,そこから SWT を考えていくアプローチを提案する。

そうすることで SWOT の各要素は動的に関係づけられ,一貫したストーリーを構成するようになる。素晴らしい!ただし,そうするためには主な対象とする顧客を先に設定しておく必要がある。本書では次の節でセグメンテーションとターゲティングを論じており,それは順序が逆じゃないかという気もする。おそらく,現実の戦略策定プロセスでは,ターゲティングと SWOT の間で何度も往復するに違いない。

以上のことから,本書は,実務家(あるいはそれを目指す学生たち)が事業開発のプロセスを追体験するうえで非常によくまとまった教科書だというだけでなく,戦略論の教科書的な知識に反省を迫るという点で,研究上のマニフェストにもなっている。それはおそらく,著者が元々エンジニアであり,戦略論に対して,いい意味で素朴な視点から,論理性を追求しているからだと思う。

行動経済学会@上智大学

2010-12-05 16:50:25 | Weblog
上智大学で開かれた行動経済学会を(初日だけ)聴きにいった。ふだん親しくさせていただいているマーケティングの研究者たちによるセッションもあったが,今回は「神経経済学入門」というセッションに出た。玉川大学の春野雅彦氏による「社会的意思決定における情動と個人差」と題する報告では,最初にいくつかの有名なゲームにおける,プレイヤーの脳反応を測定した既存研究が紹介される。

囚人のジレンマ・ゲームでナッシュ均衡ではない協力行動が両者に選ばれるとき,脳内では線条体が活性化する。つまり,協力すること自体がプレイヤーにとって快になっている。一方,最後通牒ゲームで「不公平な」申し出をされたプレイヤーでは島皮質が活性化し,不快感を感じていることがわかる。このように,ゲームのプレイヤーが必ずしも合理的ではない,情動を報酬として行動選択することが生理学的に裏づけられる。

以上の研究は情動を扱っているとはいうものの,意識された意思決定の範囲にとどまっている。春野氏は無意識の領域ヘアプローチするため,社会心理学における Social Value Orientation を取り上げる。この個人特性は,以下の利得配分の代替案からどれを選ぶかで識別される:

1. 自己に100,他者に100 → Pro-social
2. 自己に110,他者に 60 → Individualistic
3. 自己に100,他者に 20 → Competitive

日本で学生を被験者とした実験を行う限り,Competitive な被験者はほどんど見つからない(ただし時間圧力をかけると現れるらしい)。だから Pro-social か Individualistic の比較になる。そこで報酬差に対する脳反応を見たところ,扁桃体の活動が関係していることが見いだされたという。扁桃体には遺伝の影響が強いことがわかっているが,人々の社会性は加齢によっても上昇するので,後天的な要素も大きいとのことだ。

次いで大阪大学の田中沙織氏が「時間割引の脳機構」について発表される。最初にハトを使った時間割引(時間選好)の既存研究が紹介される。元々経済学が発見した行動とはいえ,その起源は動物にまで及ぶ。そして,最近の研究で,双曲割引は指数割引を重ね合わせたものだということが示されているという。時間選好の研究は理論面でも実証面でも,かなり深く進められてきたことが伺える。

田中氏の研究は,セロトニンという脳内物質が時間割引にどう影響するかを実験によって検証したものだ。そのために被験者を統制するあたりが,まさに自然科学的実験という感じで面白い。では,経済学に対してどのような含意があるだろうか。貯蓄率を上げるために国民のセロトニンを高めるわけにはいかない。むしろ超ミクロレベルで,多重債務者の救済などへの応用が考えられるかもしれない。

このセッションのあと,名古屋大学の加藤英明氏による Anomalies と題する会長講演を聴いた。ユーモラスなエピソードから始めて,行動ファイナンスにおけるアノマリー(合理的ファイナンス理論に反する特異現象)の研究が回顧されていくのだが,聞いたことがない専門用語が続出し,だんだんわからなくなった。この学会の会員は,ファイナンスの専門知識を持つ人が多いので問題ないのかもしれない。

以下は加藤会長の近著。まだ買ってもいないのだが,司会の大竹文雄氏によれば大変面白いらしい。これならぼくにも理解できそうである・・・

人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方 (講談社プラスアルファ新書)
加藤 英明,岡田 克彦
講談社

Rでマーケティング・サイエンス

2010-12-03 18:16:21 | Weblog
先日学会でお会いしたばかりの慶應義塾大学の里村卓也先生から新著を献本いただく。「Rで学ぶデータサイエンス」シリーズはすでに何冊か持っているが,いよいよマーケティング・サイエンス(MS)の主な手法に対応した巻が登場した。カバーされているのは集計モデル(市場シェアモデル,普及モデルなど),選択モデル(ロジット),潜在クラスモデル,そして MCMC など。いずれも MS の基本中の基本である。

マーケティング・モデル (Rで学ぶデータサイエンス 13)
里村 卓也
共立出版

R で学ぶマーケティング・サイエンスの教科書としては,照井,伴,ドニ ダハナの各先生らによる『マーケティングの統計分析』がすでに存在する。そちらがより多くの手法を要約的に紹介しているのに対して,こちらは上述の基本手法について詳細な R のコードを記載するなど,より詳しく解説している。MS を専攻する院生,それと同等の知識を持つ実務家が,実際に使おうとするときに大変役に立つ本だと思う。

ぼくは前から R に関心だけはあり,いくつも参考書を買い,学生にも奨めてきたが,結局自分ではほとんど利用していない。周囲の学生が R を使う状況にはないので,自分も使わなくてすむ。自分だけであれば使い慣れた?MATLAB で十分だが,ここまで詳しくコードが公開されたことで,MATLAB での分析にも参考になるかもしれない(R にしかない関数があるかもしれないが・・・)。それとも R へ移行する・・・?

それにしても,これから MS を学ぼうとする人々は幸福である。レベルの高い教科書が各種揃っているという点で,日本は他に類をみない MS 先進国かもしれない。それが MS の「主流」から外れつつある自分にとってどういう意味を持つかは,まだよくわかっていない。