Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

さよなら!僕らのソニー

2011-12-30 14:50:57 | Weblog
本書の冒頭で,著者はソニーのオープンリールのテープレコーダを初めて買ったときの思い出を語る。著者より一世代下のぼくにとっては,それは物心ついたときにすでに自宅に存在した。SONY のロゴ,機械が発する独特の匂い,全体としての質感が記憶に残っている。

そしてトリニトロンのカラーテレビ,ウォークマン・・・ある時点までソニーは日本のイノベーションを代表する企業であった。しかし,気がついてみるといまやソニーは多くの市場でプレミアム性を失い,マーケットシェアを失い,日本の製造業の衰退の象徴となっている。

さよなら!僕らのソニー
(文春新書)
立石泰則
文藝春秋

ソニーがこうなったのは何が原因なのか?本書はソニーの創業時代を振り返りつつ,大賀,出井,ストリンガーといったトップから現場に至る取材結果を紹介する。それを通じて,ソニーが傑出した技術にこだわり,画期的な新製品を導入し続ける企業ではなくなっていく過程が探求される。

出井氏が CEO の時代に始まった経営上の変化は,ストリンガー氏の時代に決定的になる。グループ全体を金融市場のアナロジーで運営し,挑戦的な研究開発を抑制し,製品や技術をサービスやコンテンツと同じ地平に置き,リストラを推進する。経営陣がグローバル化する。

だが「ソニーの凋落」の犯人捜しは,本書をよく読めば分かるように簡単な話ではない。上述のような経営スタイルの変化はソニーの苦境の原因というより,その結果であるともいえるからだ。原因と結果がお互いに錯綜し,様々な人々の思惑が絡み合って事態が進行していく。

ソニーが利益を重視して投資を抑制した背景には,米国での映画事業の巨大な累積赤字があった。それを推し進めたのは盛田氏や大賀氏だ。もちろんソニーのコンテンツ事業への進出がすべて誤りとはいえない。一方,どこからおかしくなったかの線引きは容易ではない。

今後,現行の路線を推し進めることでソニーは一定の業績回復を果たすかもしれないが,そうなっても,それは感動する新製品を次々と生み出してきた「僕らのソニー」ではないというのが著者の見立てだ。ぼくの世代はそれを寂しく感じるだろうが,若い世代はどうなのだろう・・・。

実験社会科学カンファレンス@早大

2011-12-29 17:37:39 | Weblog
昨日は早稲田大学で開かれた「実験社会科学カンファレンス」を聴講した。文科省の特定研究領域「実験社会科学」が主催したもの。会場は社会心理学,認知科学,実験経済学等の研究者と思われる人々でごった返していた。若い人が多く,今後の発展が期待できそうな分野だと感じた。

「意思決定」セッションの最初は,山田尚樹,秋山英三(以上筑波大),水野誠(私)「選択における葛藤回避と正則性の破れ---意思決定における個人差要因に注目して」である。これは昨年 JACS での発表をアップデートしたもの。秋山研の D2 である山田君が報告した。

Tversky & Shafir (1992) は,選択肢の間にトレードオフ(属性について一長一短)があることで,選択を延期する人が増えることを示した。これは,選択肢が増えたとき,元々あった選択肢の選択確率が増えることはないという「正則性」に反する,というのが彼らの主張だ。

われわれが行った実験では,全体としてその結果を再現できなかった。しかし,そこには個人差があり,延期するのはクリエティカル・シンキングでいう「論理性」と関連していそうなことを見出した。この報告にフロアから「専門外だが」と断ったうえでの,それゆえに鋭い質問をいただく。

「延期は他の選択肢と同等の選択肢なのか?」という質問は,そもそもの問題設定に疑問を呈したものといえる。この研究の大元 Tversky たちは合理的選択理論の性質に反する現象を見出すことに熱意を燃やす。しかし,そのためにやや強引な議論をしているといえなくもない。

「選択時の葛藤はトレードオフ以外のケースでもあり得るのでは?」という趣旨の質問も新鮮であった。もちろんトレードオフに注目することには,選択理論の流れから見て意味がある。ただ実験参加者たちが実際どこまでトレードオフを知覚しているかは気になるところだ。

2番目の発表は井出野尚氏(早大)他による「選択行動による選好形成過程の基礎的研究」である。選好形成のメカニズムとしては単純接触効果や視線のカスケード効果が知られているが,竹村和久氏を始めとするこのグループでは,選択が選好に与える効果を検証しようとする。

そのために知覚判断(たとえば図形の大小の判断)課題を行わせたのちに,それによって生じた選好の差を測定する。現状では結果は必ずしも明確ではなく(たとえば対比較での選好では有意差はあったが,評定評価では有意差がないなど),今後の進展が大いに注目される。

3番目は守一雄氏(東京農工大)らによる「同調行動の発達における性差」。有名なアッシュの同調実験を小学校から大学生までの各発達段階で行ったもの。参加者が子どもということもあり,この研究では偏光グラスの眼鏡を使って人によって異なる長さの線を見せるという方法がとられている。

実験結果は非常に明確で,男性では発達とともに同調は起きなくなるが,女性では維持される。見事な実験に拍手を送りたいが,そもそもここでいう「同調」が社会的文脈のなかでどう意味を持つのかは,なかなか奥の深い問題でもある。今後,文化による差も研究されるという。

そのあと「いかにして実験は社会科学の「共通言語」となりうるか」と題する特別セッションが行われた。囚人のジレンマ等のゲーム実験について岡野芳隆氏(阪大,経済学)と 犬飼佳吾氏(北大,社会心理学)が報告,それぞれグレーヴァ香子(慶応), 大平英樹(名大)各氏がコメントする。

岡野氏はゲームのプレイヤーたちが実際にどのような戦略を使っているかを質問紙調査等を使って掘り下げ,犬飼氏は fMRI を用いて脳内の反応を分析する。それに対してグレーヴァ氏は実験計画へのメカニズムデザインの貢献可能性,大平氏は fMRI データの結果の多義性を指摘する。

もう一人の報告者は清水和巳氏(早大,政治経済学)で,実験を組み込んだ一種の世論調査について報告された。さらに清水氏は実験的手法の諸問題を論じられたが,そのなかで個人的に最も気になったのは実験の文脈依存の問題である。この発表へのコメンテータは曽我謙悟氏(神戸大,政治学)。

実験の文脈依存性と密接に関連しそうなのが再現可能性である。これは,実験社会科学者をつねに悩ます問題であり,そもそも生物学のようなレベルでの実験が可能なのかという疑問はつねにつきまとう。ぼく自身ささやかな実験的研究をいくつか手がけ,それなりに苦労してきた。

実験には,口承で伝えられるテクニックがあると何人かの専門家から聴いたことがある。実験は一見誰でもできそうだが,実はそんなに甘いものではない。こうしたカンファレンスや教育プログラムで実験社会科学の専門家が育ち,マーケティング研究者とも協働してくれるとうれしい。

The Connected Customers

2011-12-26 07:59:09 | Weblog
マーケティング分野の研究者に加え,ネットワーク分析で有名な社会学者 Ronald Burt 氏まで加わった豪華な執筆陣。オランダの Tilburg 大学で開かれた会議の論文集であるが,マーケティング(サイエンス)の研究が今後どこに進むべきかを示す示唆に富む文献だと思う。

今後消費者行動の分析では,消費者が個々に独立したものではなく,お互いに結び合った(connected)存在であるとみなすアプローチがいっそう拡大するだろう。そこに研究資源が重点配分されるべきだし,それに相応しい分析手法のさらなる発展が強く望まれる。

The Connected Customer:
The Changing Nature of Consumer and Business Markets

Stefan H.K. Wuyts, Marnik G. Dekimpe ,
Els Gijsbrechts, F.G.M.(Rik) Pieters, eds.
Routledge Academic

本書に所収された論文のうち,ぼくが特に気になったのは・・・

C. van den Bulte, Opportunities and Challenges in Studying Customer Network. ・・・マーケティングにおける普及研究の若手 (中堅?)No.1 研究者による総括的な論文。

R. Burt, The Shadow of Other People: Specialization and Social comparison in Marketing ・・・社会ネットワーク分析の巨匠 Burt 教授による寄稿。シカゴ大学のビジネススクールでは社会学だけでなく戦略論も教えておられるようだ。

R. van der Lans and G. van Bruggen, Viral Marketing: What Is It, and What are the Components of Viral Success? ・・・クチコミ・マーケティングに関する貴重な実証研究の一つ。

J. Goldenberg, S. Han and D. R. Lehmann, Social Connectivity, Opinion Leadership, and Diffusion ・・・マーケティングにおけるABM研究の第一人者。しかし今回は実証研究。

A. Bonfrer, The Effect of Negative Word-of-Mouth in Social Networks ・・・実務的にも重要性を増す負のクチコミに関する包括的な論文。

他にも興味深い論文が並んでいる。序文を書いているのは,時系列分析のマーケティングへの導入で有名な UCLA の Dominique Hanssens である。

Analytical Sociology の本二冊

2011-12-22 08:22:27 | Weblog
社会学(社会科学)の重要な概念について,それぞれの第一人者(と思われる)研究者が解説している。実はほとんどの寄稿者を知らないのだが,John Elster (Emotion) や Duncan Watts and Peter Dodds (Threshold Models of Social Influence) の名前を見てそう判断した。

The Oxford Handbook of Analytical Sociology
(Oxford Handbooks)
Peter Hedstrom and Peter Bearman eds.
Oxford Univ Press

Watts and Dodds の章は Journal of Consumer Research に載った(あの controversial な)論文に関連している。他にも Preference とか Emotion とかいった概念を社会学者がどう料理しているのかなど興味津々。Analytical Sociology に関する以下の論文集では Agent-Based Model も登場。

Analytical Sociology and Social Mechanisms
Pierre Demeulenaere ed.
Cambridge University Press

ところで,Analytical Sociology とは「分析的社会学」と訳せばよいのだろうか? 書店の社会学の棚では,そういう名称を見かけたことはないが・・・。

The Legacy of Steve Jobs

2011-12-21 19:54:11 | Weblog
米国の超メジャー雑誌 Fortune に掲載されたスティーブ・ジョブズに関する記事の総集編。最初は 1983.2.07号の "Apple's Bid to Stay in the Big Time" という記事。直近の 2011.9.26 号には3つの記事があり,最後は "Thanks, Steve" だ。千円ちょいの価格だし,装丁も楽しい。お買い得だ。

Fortune the Legacy of Steve Jobs 1955-2011
: A Tribute from the Pages of Fortune Magazine
Time Home Entertainment


Matlabによるマクロ経済モデル入門

2011-12-19 16:08:03 | Weblog
Matlab はデータ解析やシミュレーションはもちろんが,データの加工を行うのにも大変便利なので重宝してきた。コマンドを書いて計算を行うという点では,フリーの統計ソフト R でもいいが,計算速度は Matlab のほうが早いと聞いたことがある(実際に比較したことはない)。

Matlab とほぼ同じ文法・機能の Octave というフリーソフトがあるようで,学生にはそちらがいいかもしれない。ただ,Matlab のエディタはなかなか賢く,ありがちな文法ミスを即座に指摘してくれる。マルチコア CPU を生かした並列計算のオプションがあるのもありがたい。

最近,経済学でもモデルが複雑になるにつれシミュレーションが行われるようになり,Matlab が使われるようになった。そこで日本語で書かれた教科書として登場したのが以下の本である。Matlab の教科書は理工系の学問を対象にしたものばかりなので大変喜ばしいことだ。

Matlabによるマクロ経済モデル入門
小黒一正,島澤諭
日本評論社

ただし,本書は最近マクロ経済学で使われる世代重複モデルへの応用が主題になっている。このモデルは長期に及ぶ経済主体の最適化行動や一般均衡を仮定しているという点で,経済を複雑適応系として捉え,エージェントベース・モデルを使うという,ぼくが好む立場とは一致しない。

どうせシミュレーションで解を求めるのであれば,世代重複モデルが仮定する強い合理性の仮定や均衡論的枠組みを緩めてはどうか・・・などと門外漢ながら考えてしまう(すでになされているかもしれない)。いずれにしろマーケティングでは何世代にもわたる現象を考えることはあまりない。

では本書は,マクロ経済学とは異なる立場で Matlab を使おうとする社会科学の研究者にとって役に立たないのか?そうとはいえない。他人のコードを読むことで Matlab のコマンドについて学ぶ効用は意外に大きい。少なくとも電気工学分野のコードを眺めるよりはずっとよい。

なお,マーケティング・サイエンスでデータ解析を行う場合,Matlab を使うことも一つの選択肢である。特に MCMC のようなシミュレーションによるデータ解析を行う場合にはそうである。そのためのツールボックスが計量経済学者によって用意されている。これも大変ありがたい。

日本商業学会関東部会@青山学院大学

2011-12-18 11:00:48 | Weblog
昨日は青山学院大学(南青山)で開かれた日本商業学会関東部会(全国研究報告会)に参加。もたもたしていて午前中の「日本商業学会と国際化」セッション等には間に合わず,午後から行われた「マーケティング戦略」のセッションを拝聴した。そこでは次の3つの報告があった:

「マーケティング戦略研究の進化と展望」
  恩蔵 直人(早稲田大学)
「サービスマーケティングのクロスボーダー化」
  小野 譲司(青山学院大学)
「マーケティング戦略における組織と資源の再検討」
  高嶋 克義(神戸大学)

発表順とは違うが,まず小野先生の報告について。サービス・サイエンスのような工学でのサービス研究の興隆を踏まえつつ,サービス・マーケティングの研究の流れをレビュー。その背後には膨大な文献レビューがあり,半端ではない密度があった(近々『流通研究』に投稿されるとのこと)。

小野先生によれば,サービス・マーケティング研究の最新動向は「サービス・エンカウンター」と「サービス・リレーションシップ」に大別される。前者では心理的側面が,後者では行動や成果の側面が重視される。そしていずれの領域でも,研究のフロンティアは動態的な側面に広がりつつある。

個人的に特に興味深かったのは,これらの研究の背後に心理学や消費者行動研究における「感情予測」等の研究のがあるということだ。ぼくのライフワークである(はずの)「選好形成」と深く関連するので非常に興奮を覚えた(必読論文リストがますます厚くなっていく・・・)。

それに先立つ恩蔵先生の報告では,日本で刊行されたマーケティング戦略に関する主要な専門書,コトラーの『マーケティング・マネジメント』(邦訳)の目次,Journal of Marketing に掲載された論文を振り返り,マーケティング戦略の「パラダイム」の大きな流れが概括された。

それによればマーケティングに「戦略」概念が導入されたのは70年代後半(コトラー第3版),本格的には80年代のことである。90年代に嶋口充輝氏が「戦争から恋愛へ」,コトラーが「ハンティングからガーデニングへ」というパラダイム転換を唱える。同時に関係性や協働が重視され始める。

そして現在では価値共創という概念が唱えられている。こうした流れはマーケティング・サイエンスにとっても無縁ではなかった。CRM の手法の精緻化が進み,ラストを筆頭にサービスのモデル研究もなされてきた。価値共創についても濱岡豊さんなどが精力的に研究している。

しかしながら,たとえば CRM の計量モデルに小野さんの指摘する豊かな人間的要素を導入する気配はさほど感じられない(せいぜいプロスペクト理論を導入するぐらいだ)。もちろん,大きなギャップがあるのであれば,自分がそれを埋めることを考えればいいわけである・・・。

恩蔵先生がマーケティング戦略に関する主要文献として最後に挙げた本は少し意外であった。それは,HBR のマッキンゼー賞を受賞した著者によるビジネスモデルに関する文献だ。これも購入済みだが未読の本の一冊・・・。同様の『コトラーのマーケティング3.0』とともに冬休みの宿題である。
 
ホワイトスペース戦略
ビジネスモデルの<空白>をねらえ
マーク・ジョンソン
阪急コミュニケーションズ

コトラーのマーケティング3.0
ソーシャル・メディア時代の新法則
フィリップ・コトラー
朝日新聞出版

行動経済学会@関西学院大学

2011-12-17 19:06:28 | Weblog
先週の土日に関西学院大学で開かれた行動経済学会。諸事情で2日目のみの参加となった。つまり,本大会の目玉であるダン・アリエリーの招待講演を聴くことはできなかった。しかし,2日目の午後に組まれた特別セッションはそれぞれ非常に聴き応えがあった。

最初に聴講したのはジョン・キム氏(慶應義塾大学)の「逆パノプティコン社会の到来」,及川直彦氏(電通コンサルティング)の「インターネットがもたらすマーケティングモデルの質的な変化」で,いずれも非・経済学者からのインターネット論だ。聴衆の経済学者はどう感じたのだろう・・・。

及川さんの話で特に面白かったのは,最後に話されたご自分の研究である。消費者がどんな企業の商品開発に参加しやすいかを調査したところ,企業への意見の言いやすさ,企業の対話への真摯さが作用していることがわかったという。つまり格好良いブランドでなくても顧客共創は可能だと。

(ちょうど同じ時間にあった増川純一さん,水野貴之さんによる「行動経済学と経済物理学の接点」を聴講できなかったのは残念・・・)

最後に行われたパネルディスカッション「原発事故と行動経済学」には,マクロ経済学の齊藤誠氏(一橋大学)と科学技術社会論の小林 傳司(ただし)氏(大阪大学)が登壇された。齊藤先生は10月に『原発危機の経済学』という本を上梓された。経済学の立場から原発技術を評価されている。

原発危機の経済学
齊藤 誠
日本評論社

今回の報告では,一定程度放射線汚染したミルクをいくら割り引くなら購入するかという実験の結果が紹介された。N=7,000という大規模なウェブ調査である。その結果は,乳幼児の母親はいくら割り引いても買わないが,喫煙・飲酒の習慣がある人々は一定の割引に応じるというもの。

つまり,放射線汚染に対するリスク認知には個人差がある。齊藤氏は政府はそうした個人差を考慮した対策を取るほうが望ましいと主張する。基準値を誰に対しても厳しく設定することによる社会的損失を恐れるからである(社会が抱える他の様々なリスク因子にも資源を向けるべきなので)。

子孫にリスクが及ぶ場合を除き,自分でリスクを引き受ける「選択の自由」を認めるべきかどうか。次に話された小林氏は,むしろパターリズムの立場に立つ。ぼくが理解した限りでは,消費者,あるいは市民が意思決定に足る十分な知識と責任を持ち得ないと考えておられるようだ。

小林先生は元々理系であったが科学哲学を専攻し,いまは社会と科学技術のインターフェースを研究されている。科学に問うことはできるが科学には答えることができず,社会として意思決定しなければならない問題群。そこを社会で討議・熟議して解を求めようする立場だと理解した。

そういう立場を「トランス・サイエンス」というそうだ。それは華々しい科学の成果を素人に分かりやすく伝える(啓蒙する)という意味での科学コミュニケーションとは異なる。詳細は,WEB RONZA の連載記事に加えて,以下のご著書を読んで勉強したい。

トランス・サイエンスの時代
―科学技術と社会をつなぐ
(NTT出版ライブラリーレゾナント)
小林 傳司
NTT出版

文化系の人間ほど科学の無謬性に囚われているという説もある。だからこそトランス・サイエンスのような試みに目を向けるべきだろう。一方,議論が感情的になりがちな問題に「ただのランチはない」という冷徹な経済学的思考を適用する齊藤先生の取り組みにも敬意を表したい。

野村祐輔への期待

2011-12-06 14:03:19 | Weblog
明治大学野球部から広島東洋カープにドラ1で入団する野村祐輔は,東京六大学野球での優勝だけでなく大学日本一という実績もある。好きな言葉ではないが「持っている」男かもしれない。広島の選手には珍しいイケメンにも見える(前田健太はイケメンというより,あくまでマエケンである)。

来年が楽しみである。

広島アスリートマガジン
2011年12月号
広島アスリートマガジン編集部

JIMS 研究大会@電通(汐留)

2011-12-05 12:33:44 | Weblog
12月3日,汐留の電通本社で開かれた日本マーケティングサイエンス学会の研究大会に参加した。この学会の特徴は,基本は各部会の報告によって構成されることである。ただし個人報告があって,そこはトラックに分かれず,参加者が全員聴講することになっている。

今回は産能大の小野田さんが企業情報サイトを就活支援に活用する話,NTT の高屋さんがセレクトショップのECサイトでのプロモーション支援,そして名古屋大の太田さんがプロスペクト理論を考慮して同時購買の価格プロモーションを最適化するモデルの話をされた。

この並びはなかなか象徴的だと感じた。あとの発表になるほどマーケティングサイエンスの立場から見て「洗練された」手法が使われるようになる。一方,現実的な問題意識,実務への可能性や社会的意義という点では前に行くほど明確になる。もちろん,どの発表も力作である点では共通している。

いずれにしても,洗練された手法を用いようとすると,それが適用可能な現実だけを切りとらざるを得ない。それは単純すぎて現場では「使えない」ことが多い。この矛盾はなかなか埋まらず,本質的な溝があるといってよい。しかし,ごくわずかだが,その溝を乗り超える人がいる。

早稲田大学の豊田秀樹先生の発表は,自由回答であれテキストマイニングであれ,質的情報を収集していく過程で「飽和感」が生まれてくる点に注目する。そこで,これ以上収集を続けても新たな情報はほとんど現れないことを理論的に判断できるモデルが提案される。

豊田さんが確率モデルを展開して導出した公式は比較的シンプルで,電卓でも計算できる。モデルを複雑にして MCMC のような「高度な解析手法」を使うこともできるが,実務家にとって敷居が高いし,そこまでの投資に値する価値がないことを豊田さんは熟知している。

他にも現実的な問題意識に基づく研究としてぼくの印象に残ったのは,法政大学の小川孔輔先生や VR の鈴木暁氏らによる,大震災後の広告停止とその後の出稿再開の影響を調べた研究である(ただし個人的な事情でご発表の途中に会場を退出せざるを得なかったのが残念である・・・)。

もう1つ,ぼくがコメンテータをさせていただいた明星大学の寺本高先生の研究にも共感した。新製品の予測についてマーケティングサイエンスではモデルを精緻化する方向で考えがちだが,データを精緻化するという方向もある。多くの実務家にとってより納得しやすい方向でもある。

自分の研究発表についても述べておこう。エージェントベースモデル(ABM)を用いて Watts らのインフルエンシャルズ否定論へ反駁する試みである。ネットワークがスケールフリーで忘却がある場合,しかも製品満足確率が低い場合にハブをシードとする戦略が有効だという結果が得られた。

元々研究上の論争から発した話であり,ソーシャルメディア・マーケティングの実務上の関心に直結するわけではない。なぜなら Watts が主張する多数のシードを用意するバラマキ戦術との比較は,最終的にはキャンペーン費用の構造に依存するからである。そこを一般化するのは難しい。

懇親会の席で豊田先生から,複雑系のモデルでは初期条件のわずかな違いで大きな差異が生まれる(バタフライ効果)のが面白い点だが,一方それはモデルの頑健性に疑いを生じさせるという指摘を受けた。その通りで,ABM を用いる研究者の多くが答えを出せないでいる問題である。

それなりの答えは出かかっているが,まだうまく理論化できない。そこでこの矛盾を胸に秘めつつ,とりあえず前に進むしかないと思っている。そのことは,この問題を深く考えずにアドホックにモデルを量産していくこととは表面上に似ていても,かなり違うことだと考えている。

今回ちょっと驚いたのが,懇親会の参加率が極めて低かったことだ。端的にいえば,そこで意見交換する価値を認める人が減ったということだろう。みんなタコツボに入っているのだ。また,新たに大会に参加した人々(多くは実務家?)にとって敷居が高いこともあるだろう。

代表理事の杉田先生が挨拶で述べられたように,研究が手法の精緻化だけに向かっているという問題意識は幹部の方々にも共有されているようだ。それが学会の企画に反映されればいいわけだが・・・。この学会が「静かな衰退」の途を歩むことにならないように願っている。

JIMS部会~ユーザ組織化の解釈多義性

2011-12-05 12:11:18 | Weblog
先週の今日,JIMS「消費者行動のダイナミクス」部会では,以下の2つの研究発表があった:

開発活動とマーケティングの連携―ユーザの組織化によるイノベーションの実現
 生稲史彦(筑波大学),藤田英樹(東洋大学)

インフルエンサーマーケティングはいつ効くか:エージェントベース・モデリングによる探求
 水野誠(明治大学)

最初の発表は組織論の立場からの研究である。ウェブサービスは,パッケージ型のソフトウェアなどに比べ,システムの完成度を高めることなく市場導入される。そして顧客との対話を通じて改良していくという開発スタイルがとられる。そのためユーザの組織化が重要となる。

本研究の肝は,ユーザがサービスを解釈するプロセスに Weick の理論を適用したことだろう。そこではイナクトメント~淘汰~保持という3段階を通じて「解釈多義性」が縮減するとされる。イナクトメントとは対象を分節化し,何が理解できないかに気づくことだという。

そのプロセスはさらに「創発的」な場合と「意図的」な場合に分類され,それぞれの事例が比較される。その違いは開発初期の解釈多義性の高低にあるという主張に聞こえるが,だとすると同義反復的に思える。実際はもっと緻密に議論されていると思うが自分の理解が追いつかない。

ユーザの組織化を創発的-意図的という一次元に集約しているように見えるが,顧客の発言や参加が製品開発のどのレベルまで及ぶのかなど,本来は多次元のはずである。そのことに著者たちが気づいていないわけがなく,発表をわかりやすくする過程で省略されたのかもしれない。

この研究では主に解釈多義性の動的な変化に注目し,新サービスの成功-失敗を分析しようとする。では,そもそも解釈多義性とは何なのか。個人間での認識のバラツキなのか,一個人ですら明確な認識を得られないということなのか。マーケティング研究者としてはそのあたりが気になる。

ぼく自身が組織論について十分な知識を欠いているせいもあって,この研究に対して「解釈多義性」に直面することになった。本研究で取り上げられている問題はマーケティングでも注目されているホットな話題だけに,お互いのコミュニケーションが円滑に進めば実り多いことになるだろう。

二番目の発表については,一昨日行われた JIMS 研究大会で発表されたので,次の投稿で言及したい。