Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

研究と教育の(逆)相関

2008-04-30 19:38:43 | Weblog

「相関」に関する講義資料として,石浦章一『東大教授の通信簿』に出ていた大学教員の研究実績と授業評価の相関が使えるんではと思いつく。該当ページを見ると,残念ながら,相関図のみで相関係数は示されていない。ということで,統計学の授業に使うことはあきらめたが,相関係数という1つの数字には尽くせない情報が,図から読み取れる。

東大教授の通信簿―「授業評価」から見えてきた東京大学 (平凡社新書)
石浦 章一
平凡社

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その図は,東大駒場の理科系教員について,3年間の英文原著論文数と,学生による授業評価の総合点の平均をプロットしたもの。著者がいうように,一見すると両者は無相関か,わずかに正の相関があるかようにみえる(少なくとも負の相関はなさそうだ)。しかし,仔細に見ると,いくつか気になる点が出てくる。

まず,論文数がずば抜けて多い教員が一人おり,授業評価の得点もかなり高いほうだ。この人は特別としても,論文数が上位の人々は,何人かの例外を除き,授業評価は中位より上にある。こうした人々は全体のなかでどちらかというと少数派だが,研究と教育の相関を「正」の方向に引っ張るのに貢献している。

他方,多数を占める論文数が中位から下位の人々は,授業評価が高い人から低い人まで,ばらけている。研究業績では低位だが授業評価で高位の人々と,どちらも低位の人々とがいて,その間が隙間なく埋まっている。ここでは研究と教育の成果は無相関。多数派にとって,研究と教育は独立のスキルといえそうである。

仮に自分をこうした構図のなかに位置づけると,「当然」この多数派に入るだろう。過去の授業評価は「さほど」悪くなかったと記憶するが,「これから」はわからない。新たな授業の準備は延々と続き,連休中に持ち越される勢いだ。一方,5月末までに書かねばならぬ論文は未着手なままで,研究と教育が「逆相関」する日々が続く。

午後からは,サービス・イノベーションの教材作りで打ち合わせ。責任者である自分が展望を示さないと先に進まない状態になってきた。いろいろお手伝いいただいている同僚や学生たちに申し訳ないが,もうちょっと待ってほしい・・・。

6月の出張に備えて,ワルシャワのホテルを予約。バンクーバーも・・・と指定ホテルのサイトを見ると,一泊3万円近いスイートしか残っていない! ・・・だが調べてみると,すでに予約していたことが判明。メーラーが「故障」していた3月のメールを正しくリストアできないのがイタイ(PCごと1週間ほど入院したものの,完治に至っていない)。

最近入手した本

村田忠彦,鵜飼康東(編著),政策グリッドコンピューティングとマルチエージェントシミュレーション,多賀出版 ・・・グリッドコンピューティングでMAS・・・うらやましい話だ。もちろん,そこで何を走らせるかが重要なわけだが。

小川浩,林信行,アップルとグーグル 日本に迫るネット革命の覇者,インプレスR&D

ディスカバリーチャネル,アップル再生 iPodの挑戦,角川書店 ・・・DVD

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「選挙」から見える日本

2008-04-29 09:34:24 | Weblog

今後の政局を占うものとして注目を浴びた衆院山口2区の補選では,自民党・公明党が推す候補が敗れ,民主党・社民党が推す候補が勝った。出口調査の結果では,原因は「後期高齢者」医療制度への不満だという。翌日のワイドショーで,応援に行った自民党の議員が,選挙戦の中盤以降この問題に焦点が移り,流れが変わったとコメントしていた。

ある地域での限られた期間の選挙にも「世論」の流れというものがあり,それを街頭で感じることができる,ということだろうか。つまり,応援演説を聞いている人の数やそのときの反応(熱気),現場にいる運動員たちからの報告がかなり正確な情報源になっていると。これは,opinion dynamics を考えるうえでも興味深い。

そんな日の夜,映画『選挙』のDVDを見た。小泉旋風が吹き荒れる2005年,落下傘候補として川崎市議会の補選に自民党公認で出馬した候補を描いたドキュメンタリー。連呼や握手というドブ板選挙の一方,小泉首相(当時)や橋本聖子議員など,有名人が動員される(参院補選や市長選挙と同日選挙であったため)。

選挙

紀伊國屋書店

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ああ,これが日本の選挙なのか・・・。応援演説する先輩議員たち,宣伝カーでマイクを握るウグイス嬢,みんな見事な「技」を持っている。なぜそうするのか,なぜそういうのか,候補者とその妻にはわからないことばかりだが,長い選挙の経験のなかで確立した「定石」なのだ。そこに適応的合理性があっても不思議ではない。

名前を覚えてもらい,親しみを感じてもらう。政策をいうにしろ,ほんの数秒のメッセージしか伝わらないので,一言「改革を止めるな」とか「子育て支援を」という。これらの命題は,広告効果の研究結果とも一致するように思える。集会等々で支援者の要望にひたすら耳を傾けること(実現できるかどうかは別)は,最近主張されることが多い,顧客とのインタラクションの場の構築と同じ。

選挙事務所での,スタッフや応援者たちのあけすけな会話が面白い。選挙を手伝っている人々には地元の名士も含まれるのだろうけど,まあ,大方はふつーの人々である。彼らが議員という「機関」を作り出している。その過程はいかに奇妙な習慣が多いといっても,民主的といえるのではないか。良くも悪くも,それが「日本型民主主義」なのだ。

欧米の選挙はどうなっているのだろう。英米のように二大政党制が定着しているところでは,党内の選挙が重要な意味を持っているはず。延々と繰り広げられている米国の予備選挙,そこでは膨大なカネが使われており,見方によっては奇妙である。しかし,これまた歴史的に形成された,米国型民主主義ということができる。

しかし,テレビでの報道を見る限り,選挙カーからの連呼,通勤途上の人々への挨拶(演説),といった一方的呼びかけの風景は,欧米の選挙に見られない。台湾の選挙が日本と少し似ている(もっと激しい?)ように見えたが,果たしてどうか。日本では後援会という「ウチ」と一般有権者という「ソト」の二重性があるということか。

欧米の選挙では,集会に出てこない浮動層にどう働きかけるのだろう? 第一に候補者の知名を確立し,好意を形成するという原理は同じだと思うが・・・。一般有権者の関心がそもそも高く,彼ら自身が積極的に情報を収集するのだろうか。

選挙のあり方を見る限り,肯定するにしろ否定するにしろ,日本特殊論が力を得るかもしれない。そうした差異を,安易に特殊論に陥ることなく,一般的な枠組みで比較した研究があれば面白い(でも,最終的には,日本特殊論のほうが説明力が高かったりして・・・)。

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シグマなしの統計学?

2008-04-26 10:10:08 | Weblog
昨日,統計学の授業の3日目。分散,標準偏差の講義なので,シグマの計算がどんどん出てくる。たとえば,分散計算の「簡便法」(分散=二乗の平均-平均の二乗)を理解するには,基本的なシグマの算法の知識が前提となる。たかがシグマ…単なる足し算…なのだが,されどシグマ,かもしれない。

授業のあとのゼミで,ある学生から,統計学の授業の内容がチンプンカンプンだと聞かされた。もう何年も数学の勉強から遠ざかっているので,シグマの計算が全く頭に入ってこない,ということらしい。理解している風で聴いている学生もいるが,全体としてこうした声が多いとしたら,何か手を打つ必要がある。

次回は連休明けになる。とりあえず「復習」から入るとして,シグマなしで統計学を教えることは可能だろうか? それはもちろん,何をどこまで理解してもらいたいかによる。ロジックはすべてブラックボックス,エクセルで初歩的な計算ができればいい,というのなら,それは可能だろう。レベルの設定が難しい。

ゼミでは,まずパワーポイントの使い方から。2年生のうち,パワポの利用経験者は4分の1程度。修学旅行の報告をパワポでやらせている中学校もあるから,ちょっとしたデジタルデバイドだ。もちろん,みんなワード,エクセルは使ったことがあるし,自宅の PC でインターネットにアクセスしているようなので,そう深刻な溝ではない。

しばらく試行錯誤が続く。
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あなたの内なる天才

2008-04-25 09:43:01 | Weblog
昨日,外書購読の授業に現れたのは10数名。このあたりで安定化するかどうかは,まだわからない…なぜなら,人数が減ると発表に当たる回数が増え,「コスト」が増えるから(そのことに気づいた学生もいたようだ)。「均衡」に達するのは連休明けだろうか。

この授業で取り上げているのは,以下の本。創造的認知(creative cognition)の研究者たちが,一般向けにわかりやすく研究の解説をしている(逆にその分ボキャブラリが増えて,英文としては難しくなる)。その趣旨は,一握りの天才でなくても,誰もがクリエイティビティの芽を持っており,それを延ばすこともできる,ということ。

もちろん,天才的な芸術家や科学者との距離は無限に遠いように思える。確かにそのとおり。しかし,その道筋は不連続ではない。日常生活での些細な問題の解決と科学上の大きな発見の間に,認知科学的には共通の原理が見いだせるという。したがって,それを自覚して,意図的にクリエイティビティを発揮することが可能となる。非常に前向きな話である。

Creativity and the Mind: Discovering the Genius Within

Perseus Books

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同じ著者たちによる専門的な研究書は翻訳が出ている。

創造的認知―実験で探るクリエイティブな発想のメカニズム
Ronald A. Finke,Steven M. Smith,Thomas B. Ward
森北出版

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先日,科研費申請の件で同僚と打ち合わせたとき,クリエイティビティのマネジメントは可能だろうかという話題になった。マネージできるレベルのクリエイティビティでは,人々の望む「例外的な創造物」は生まれない,ともいえる。だがそれだけでは「例外は例外的にしか生まれない」といっているに等しい。

おそらくは「優れた例外が生まれるには偶然と必然の双方が作用する。最終的にはまさに例外的要因で決まるが,それ以前の部分はセオリー化できる」といったあたりが真実だろう。野球に勝つにもセオリーはある。だが最後の最後には,運とか天賦の才とか,説明不能な要因が加わる。それを語ることにおいて野村克也の右に出るものはいないだろう(脱線)。

誰もがスティーブ・ジョブズになれるわけではない(それはジョブズ自身にとってもそうだろう)。しかし,偶然よりは高い確率で,何回かはジョブズになることができるかもしれない。その方法の発見が,目指すところである。
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ひたすら申請書を書く日

2008-04-21 23:34:25 | Weblog

川前さんが,来月京阪奈で行うシンポジウムの打ち合わせのため,はるばるやって来た。電車に乗車する前に電話をもらう約束だったが,想定した時間に電話がない。事故か遅刻かと心配したが,結局ほぼ予定通りの時刻に到着。いまどき携帯電話を持っていない人はいないだろうと,勝手に思い込んでいたのが失敗。 そう,思い込みはときとして危険である。

午後はひたすら科研費の申請作業に取り組み,まだ終わらない。エンドレスに仕事ができる環境にいるとはいえ,明日の朝イチに授業があるから適当なところで切り上げねばならない。まあ・・・こんな日があってもいいだろう(明日もそうなる?)。

本日届いた本

筑波大学社会工学類編,社会工学が面白い 学際学問への招待,開成出版 ・・・アマゾンで発見できず。それどころか,出版社のサイトにも紹介されていない!

斉藤成也他編,シリーズ進化学5 ヒトの進化,岩波書店

石塚しのぶ,「売れる仕組み」に革命が起きる,impress

Dave Chaffey, Fiona Ellis-Chadwick, Richard Mayer, Kevin Johnston, Internet Marketing: Strategy, Implementation And Practice, Prentice Hall

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「古い会社が新しい」

2008-04-20 23:52:58 | Weblog

昨夜は,さる研究会@南青山。中国の自動車産業と,そこでの日本企業の現状を伺う。トヨタはプリウスを日本以外では唯一中国で生産している。ところが,中国の消費者には「環境にやさしい」ハイブリッドカーはまだ評価されない。だから,赤字なのだが,トヨタの首脳はそれでも長期的視野から,プリウスの中国での生産を続けるという。

自宅に戻り,4/19付の「溜池通信」を読むと,企業にとって戦略より企業文化が重要であることの証左として,「やはり」トヨタが例に挙げられていた。そして,次の一文が印象的であったので,引用させていただく:

最近の日本経済では、「老舗企業の大復活」が目立つ。「繊維会社であった東レが飛行機の胴体部分を作る」とか、「旭硝子がプラズマテレビの材料を作る」とか、「住友金属鉱山がICのリードフレームで世界のトップシェア」といった大変身である。これらは企業戦略の結果というよりは、名門企業が懲りずにコツコツ研究していて、あきらめかけた頃に何かが飛び出してくるというパターンが多い。そういえば、「花札を作っていた任天堂がWiiを作っている」なんていう例もありますな。野口悠紀雄教授は、「日本は新しい会社が出てこないから駄目」と言ってますけれども、実は「古い会社が新しいことをする」のが日本経済のユニークなところなのですね。

だとすると「クリエイティブ(イノベーティブでもよい)マーケティング」はベンチャー企業のマーケティング,と短絡的に考えてはいけないわけだ。そうか「古い会社が新しいことをする」にもっと注目しよう…。だがそれって,片平先生が日頃おしゃっていることでは?

ああ,肝心のことを学んでいない。いや,学習とは,知識を別の文脈においてこそ可能になるのかも…だから,あちこち顔を出す必要がある…というわけではないが,先週は飲み会が続いた。今日からはそうはいかない…申請書作りがまだ終わらないし,無間地獄のように教材作りが続く。

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優れた統計学の本だが

2008-04-20 10:32:10 | Weblog
外書購読の負担が厳しすぎるという学生からの苦情は一段落。TOEICを受けるなら長文読解対策が重要,速読の訓練は役立つというと,前向きに考える学生もいた。それにしても,学生が大変ということは,教師のほうも大変なのだ。こちらもきちんと読んで,学生がわからなかったところを教える必要がある。

学生がわからなかったところを飛ばし,誤読をそれらしく発表したのを見逃してしまうと,本来教師に期待された機能が果たせない。かといって,文章をすべて逐語訳していくようなやり方では,到底読める範囲が限られるし,洋書を読む訓練にはならない。外書購読を「教える」ってのは意外に難しい。

1~2年生向けの「統計学」では,南風原朝和『心理統計学の基礎』(有斐閣アルマ)を教科書に用いる。文系学生を対象にした教科書だから,微積分や線形代数は出てこない。しかし,副題の「統合的理解のために」が示すように,単にツールを教えるというより,基本的な「数理」を高1程度?の数学で理解させようとしている。

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ)
南風原 朝和
有斐閣

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この本は,たとえば平均,中央値,標準偏差といった記述統計の基礎概念を教えるのに,散在度(バラツキ度合)の測度をいくつか定義,それらを最小化するものとして平均ないし中央値を意味づける,という目からウロコの議論をする。使っている数学のレベルは初歩的だが,数学的な論理性に貫かれた優れた教科書だ。

ただ,この教科書をベースに講義用のパワポを作ると,どうしても数式の展開が多くなってしまう。シグマは足し算,おそるるに足らずと学生たちに繰り返すものの,数式の羅列が文系学生にとっていい印象ではないのは間違いない。始まったばかりでいまのところ出席学生は多いが,来週あたりどうなっているか…。

金曜の夜,ユフさんの仲介で,非常勤先で教える「先輩」たちと飲む(関西出身のお二人の会話は漫才のようにテンポが良い)。そこでの議論を受けつついま思うのは,大学の講義ではセグメンテーションが避けられない,誰をターゲットにするか,そこで何を教えるか,結局各自が試行錯誤で探るしかない,ということ。

この本は,数学からあまりにも遠ざかっていた私立文系の学生が「初めて」統計学を学ぶ教科書としては,ちょっと難しいかもしれない。来年も統計学を教えるとしたら,今回とは違う教科書を使い,全く違うスタイルで教えることもあり得る。毎年そんなことをしていると,永遠の堂々巡りに陥ってしまうおそれもあるが…。
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↑↓

2008-04-18 02:14:30 | Weblog
夜は久しぶりに東大のJIMS部会に出る。ブレインパッドの草野社長,安良岡さんが,最新のデータマイニングツールを紹介。大量の変数をぶちこむと,そこから変数の加工や選択を自動的に行って予測精度の高いモデルをあっという間に生成する。その背後には,SVM (Support Vector Machine) で有名な Vanpik の理論があるとのこと。同社はさらに,マイニング結果と数理計画法を結びつけて,マーケティング・プログラムの最適化を目指している。

二次会では,阿部ゼミの面々のほか,大学から同社に転じた矢島さんや,広告業界にも詳しい清水さんたちとも話す。特に矢島さんの転身には驚いた。民間企業から大学に移る人は自分を含めて少なくないが,逆の流れは極めてまれだ。そのうち,日本でも米国並みに大学→企業→大学…と行き来する人が増えるだろう。自分はというと,いまのところ,もう一度実務の世界に戻りたいという気持ちはない,しかし,実務とつねに隣り合わせでいたいとは思う。

午前中は,非常勤先で外書購読の授業。初日より少し減ったが,それでも10数人の学生が現れ,レポートもちゃんと提出。この日の発表者も,しっかりしたプレゼンをしてくれた。午後の授業も同様。なかなかいい感じだと帰宅したら,負担を軽減してくれという学生からのメールが2通。↑な気持ちが↓に。原書を読むのはキツイからこそ勉強になる。細部にこだわらず,いかに大意をつかむかに挑戦してほしい。できるできないではなく,そういう意気込みを持った学生を応援したい。
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影響伝播と異類性

2008-04-17 08:09:21 | Weblog

JIMS 部会。まず,大阪からいらした松村さんが,IDM (Influence Diffusion Model) の最新研究動向を発表。このモデルは,CGM での発言の継起関係から,発言,人,語の影響力を計算する。方法論,適用領域とも進化を続けており,今回はブログへの適用研究とともに,影響力の測度にカイ二乗基準を導入する提案もなされた。

IDM をブログでの某製品に関するクチコミに適用した研究によれば,この方法で推定される個人の影響力は,ネットワークの次数(被リンク数)よりも的確にインフルエンサーを識別する。また,語の継起関係をネットワーク図で表すことで,特定のコンセプトがどういう流れで活性化するかを理解できる。

元来,IDM は掲示板や ML でのコメント(レス)のように,発言間の継起関係が明確なデータに適用されていた。今回の研究では,ブログ間のリンクとトラックバック関係を前提に,それぞれの発言の間の影響関係を推定している。こうした応用上の拡張によって,将来は CGM の世界を超えた展開が可能になりはしないか,と期待。

次いでヒカルさんが,クチコミの生起メカニズムを探求した研究を発表。お互いに特性が似た個人間でクチコミが発生しやすい(類同性)のか,その逆(異類性)か,あるいはその中間に最適点があるのか(最適異類性)という問題意識を,質問紙調査で検証している(学会未発表のため,「結末」は伏せておこう)。

類同性/異類性といっても様々な次元が考えられるが,この研究では特定カテゴリへの知識量の差=情報格差に焦点を当てている。それ以外の異類性は対象者設定とコントロール変数で処理されているが,そこにもまた最適点があるのか(つまり二次関数なのか)・・・そうか,このことも質問すればよかったかな。

さらに,クチコミの発信を行うのに,その対象が社会でどれくらい認知されているかの主観的な期待値がどう影響するかが分析された。集計レベルの分析では,その閾値はかなり高いことがうかがえる。これは,周囲の普及率への反応の連鎖をモデル化した voter model の研究にとっても,興味深い観点を提供している。

現実の認知率と,各個人の主観的な期待値には系統的なバイアスがありそうだ。つまり,実際の普及率が高いものは低めに思い,低いものを高く思う。こうしたギャップがなぜ生じるかに加え,どういうインパクトを持つかも興味深い。また,従来のオピニオンリーダとは違う,情報の早期発信者の類型があるのではという予感もする。

この研究の背景には,少数のリーダー(インフルエンサー)がクチコミの生成を支配しているという通念への疑問がある。それは,Watts らの最近の議論とも軌を一にする。現代社会は,なだらかに異質な個人が,きめ細かく結びついている。局所に捉われず全体を見ることの重要性が示唆されている。

これらの研究を聞き,クチコミ研究は,Lazarsfeld や Rogers といった先駆者たちが確立したパラダイムを超えて,新たなステージに向かいつつあるのはないかという感じる。二次会出席者は,ぼく以外おそらく全員20~30代だ。かなり遅くまで盛り上がる。若い研究者たちのパワーとスピードについていけるか・・・。

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ルーティンワーク開始!

2008-04-15 23:32:47 | Weblog

本務校での学部向け「マーケティング」開講。受講者はぱっと見120人くらいであろうか…例年とほとんど同じ感じで,講義の集客になぜ「定常性」があるのか,不思議に思う。つまり,知識(ないし単位)への需要は,年を超えて一定している…なぜそうなるのだろう。

講義の内容は,本務校と非常勤先とで70%ほど重なっている。したがって同時並行で2つの大学向けの講義資料を作っていると,つい混乱してしまう。パワーポイントが,ワードのようにいくつもウィンドウを開くことができればいいのだが…。

それにしても,このペースで「マーケティング」2コマ,「統計学」1コマの講義資料を作り続けていると,研究時間をほとんどとることができそうにない。ESHIA向けの論文投稿の期限まであと1ヶ月半…。 どこかで挽回しないと正直ヤバい。

新学期を迎え,久しぶりに注文した図書が届く:

宮田加久子,池田謙一『ネットが変える消費空間 クチコミの影響力の実証分析』NTT出版

谷口尚子『現代日本の投票行動』慶應義塾大学出版会

小林元『イタリア式ブランドビジネスの育て方』日経BP社

ロバート・H・フランク『日常の疑問を経済学で答える』日本経済新聞出版社

ジェームズ・キャントン『極端な未来 政治・社会編』『同 経済・産業・科学編』主婦の友社

長谷川真理子他編著『シリーズ進化学6 行動・生態の進化』岩波書店

こうして本を買い続ける行為もまたルーティン化している。もっとも,いまの状況では,たまった蔵書がさらに増えるだけ。そろそろ,本の廃棄という作業も必要だ。

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ブログは習慣である

2008-04-14 23:53:03 | Weblog

WIRED VISION の記事

  ブログ閲覧の鍵は「習慣」

が面白い研究を紹介している。それによると,人がブログを読むのは,コンテンツに興味があるからではなく,習慣になっているからだという。確かにそうかも・・・ぼく自身,いくつかのブログ(またはWeb日記)を毎日チェックするのが習慣になっている。更新されていない日があると,心配になるくらいだ。

これまでのブログ研究は,主にブロガーに焦点を当ててきたという印象があり,ブログの読者を研究することは,なかなかいい目のつけどころだと思う。マーケティング的にも,多くの消費者がそうである読者の研究は価値がある。クチコミ研究において,言い出しっぺよりそれを伝える人々に注目した Watts らも同じである。

上述の研究は,15人のブログ閲読者へのインタビューに基づいているとのこと。これを量的調査によって裏づけることが期待される。大規模な質問紙調査? それもありだが,サーバのログデータから,ブログの閲覧がどれだけ「習慣的」か検証する方法もある。さらには,アイカメラを使うなんてことも・・・。

ブックマークやRSSリーダなど,習慣的な閲覧行動を補強する要因はあるものの,定型的な行動パタンが徐々に,あるいはある日突然変化する可能性は否定できない。なぜ,どうして,そうなるのか? それをどうやって測定するのか? ぼく自身は,むしろそこに関心がある。「ルーティン」と「変異」・・・進化論的モデルの世界である。

ところで今日,研究室のデスクトップPCが「旅に出た」。例のメーラー問題の最終決着のためである。その結果しばらく「絶対計算」ができないので,講義資料づくり等々の「手仕事」に専念するしかない。もちろん,そうした仕事は山ほどあって,時間をもて余すことはなさそうだ(それどころか,絶対的に時間が足りないぐらい)。

ブログの閲覧が習慣なら,投稿もまた習慣になってよい。超多忙なのに毎日更新されているアルファブロガーの方々がまさにそう。時間のありなしは関係ない。忙しさにかまけて広い情報収集や深い思考を怠るから書くことがなくなる。ブログの投稿を習慣化すれば,知的活動のテンションを維持できる(・・・というのは本当かな)。

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文系学生のための統計学

2008-04-11 23:17:19 | Weblog

昨日から,非常勤の授業が始まる。まずは外書購読。20人ほどの学生が集まる。授業日数の3分の2で簡単なレポートを出してもらう。厳しすぎると感じている学生もいるようだが,これでいく。「文系」なら,せめて原書ぐらい読もうぜ。

ついでマーケティング・サイエンスの入門的講義。初回の出席者は100名くらいか。今日は,1~2年生向けの統計学。200人くらい? いずれも,微積や行列は使わないが,シグマは使うよと宣言。それぞれ,次回から何人ぐらい出てくるだろう。

文系の学生にとって,統計学を学ぶことは最初の壁が大きい(自分がまさにそうだった)。そこで最初に,統計学を学ぶプロセスはそう面白くないが,(やり方次第で)ビジネスに大いに活用できる,ということを強調したかった。

そこでまず,刺激として以下の本を紹介。

鈴木敏文の「統計心理学」―「仮説」と「検証」で顧客のこころを掴む (日経ビジネス人文庫 (か3-2))
勝見 明
日本経済新聞社

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だが,厳密な意味での統計学やデータマイニングが役立っていることを示すのに,次の本に勝るものはない。そこに収められた豊富な事例からいくつかピックアップ。こうした話をしているうちは,さすがに寝ている学生は少ない(1割程度?)。

その数学が戦略を決める
イアン・エアーズ
文藝春秋

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データの基本形式を行列っぽい図で示したとたん,どこかからため息が・・・。授業のあと,一人の学生が線型代数は学ばなくていいのか,と質問。この授業のためには不要だが,今後,高度な手法を学びたいなら学んだほうがいい,と返答。

そして2年生向けゼミ。14人ほど集まっている。まずはリサーチの方法論,そして統計ソフトについて学び,3年次からはシミュレーションあるいは実証分析の研究を行うと説明。何人かの学生が数学やコンピュータについて心配している。

学生の一人が,マーケティング・サイエンスは実務に役に立つのかと質問。Good Question! それは君次第だよ。学生たちがほぼゼロから学ぶと同様,ぼく自身もある意味でゼロから学び直す。これから3年間続くゼミ・・・来週,何人現れるか?

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これは嵐なのか

2008-04-08 23:43:58 | Weblog
今日は非常に強い雨と風の日であった。今日入学式を迎えた人々・・・本当なら桜の木の下で,のどかに記念写真を撮る光景が展開されるはずが,大変な日になってしまったはず。こんな状況のなか,わが勤務先でも入学式があり,ぼくは大学院のオリエンテーションに出席した。

そこで,たった数分だが出番があった。最初(で最後)の打ち合わせに出席できなかったから,なぜそうなったのか,経緯はよくわからない。まあ・・・いいでしょう。これから勉強するぞと意気込んでいる(はずの)新M1諸君の姿を見ることができたのは,よかったんじゃないか。

雨ニモマケズ,風ニモマケズ・・・そこからの出発だ。
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COEには遙かに及ばぬが

2008-04-07 22:10:27 | Weblog
『一橋ビジネスレビュー』の最新号では,一橋大学の経営学グループが獲得した COE の5年間の成果が披露されている。「利益率格差」「組織の重さ」のように数量データを全面的に用いた研究や,「大河内賞」受賞事例の研究のように,かなりの予算規模がないとできないような研究が,併行していくつも行われた。これは,日本の経営学研究としては画期的なことではないだろうか。

だが,今後どうなるのだろう? 他人事ながら気にはなる。COE の目的は世界水準の研究拠点を作ることで,それを維持・継続していくことではないから,あとは各自科研費なり何なりでどうぞ,ということになるのか。いやいや,一橋大が再度 COE を獲得し,拠点作りの永久運動を続けるのか・・・世界水準の拠点だから,日本にそう何個もあってはおかしいという理由で・・・。

次号では神戸大,次々号では東大の経営学 COE の成果がそれぞれ特集されるとのこと。

一橋ビジネスレビュー 55巻4号(2008年SPR.) (55)

東洋経済新報社

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ここ数日,昨年から始まった科研費の実績報告書を作り,学科内プロジェクトの報告書を作り,受託プロジェクトの今期担当業務に関するキックオフを行い(ヨーグルトドリンクで!),そして,これから申請するプロジェクトについて考えている。これは,COE には遙かに及ばないが,かなりの予算規模だ。予算はともかく,コンピュータ・サイエンティストを含む幅広い人々との連携に夢は広がるが,競争が極めて厳しいことも事実。

昨年の報告書を作りながら痛感したのが,昨年は学会発表ばっかりだったので,今年は「書く」年にしなくてはヤバイということ。幸か不幸か,ESHIA/WEHIA の投稿期限が5/30にある。複雑ネットワーク上の情報伝播について,できれば少し計算をやり直して,投稿する。同じ日に関西方面で出講依頼があり,購買データから影響関係を推測する研究について「できれば少し計算をやり直して」報告したい。その勢いで論文執筆も,となるかどうか・・・。

その前に,今週から授業が始まることも忘れるわけにはいかない。全く新しいのが2つもあるわけで・・・。
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Marketing Science Classic Hits

2008-04-04 20:45:43 | Weblog

Marketing Science (INFORMS) の最新号では,これまで同誌に掲載された論文のうち,引用が最も多いものを再録している。

1. Richard H. Thaler, Mental Accounting and Consumer Choice

2. Peter M. Guadagni, John D. C. Little, A Logit Model of Brand Choice Calibrated on Scanner Data

3. Abel P. Jeuland, Steven M. Shugan, Managing Channel Profits

4. Erin Anderson, The Salesperson as Outside Agent or Employee: A Transaction Cost Analysis

5. John R. Hauser, Steven M. Shugan, Defensive Marketing Strategies

6. Timothy W. McGuire, Richard Staelin, An Industry Equilibrium Analysis of Downstream Vertical Integration

7. Alan Pasternack, Optimal Pricing and Return Policies for Perishable Commodities

 1. の著者は行動経済学者として有名だ(東洋経済4/5号「これからの世界はこう動く! 経済超入門」で,インタビューに応じている)。この論文では,基本的にはプロスペクト理論に依拠しつつ mental accounting を主張。何となく総花的な印象があるものの,その後の研究に大きなインパクトを与えた論文だ。ちなみに最近,彼の著書の新訳が出た。ずっと前に原書を読み,さらに旧訳を買ったぼくは,まだ新訳を買っていない。

セイラー教授の行動経済学入門
リチャード・セイラー
ダイヤモンド社

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2. の Guadagni and Little は80~90年代のスキャナーパネルデータ・ブームのなかで最も引用された論文であることは間違いない。確かに「古典」という位置づけに相応しい論文といえるだろう。スキャナーパネルデータを用いた研究は,その後計量手法を高度化しつつ発展しているが,当時期待されたような「マーケティング情報革命」が起きたかどうか。

Little を含むマーケティング・サイエンティストたちが,(インターネット以前の)90年代前半に寄稿した「革命」に関する論集。いまでもHBS出版が売り続けているのは,現在でも通用する議論が含まれていて,それなりに売れているから?

The Marketing Information Revolution

Harvard Business School Pr

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5 の Hauser and Shugan も一世を風靡した。競争をより明示的にモデル化することで,マーケティング・サイエンスは戦略的意思決定にも使えるのではないかという希望を与えてくれた。その延長線上に,より高度なゲーム論モデルが展開している。しかし,こちらのラインも理想に近づいたといえるかどうか・・・。

にしても,ここで二度も顔を出している Shugan さんはすごい・・・。

この3つ以外の論文は(残念ながら?)読んだこともなければ,名前を聞いたことさえない。自分の勉強範囲が限られていることを,いまさらながら思い知る。これらの「古典」を輪読するような大学院クラスのゼミが,日本のどこかで開かれているだろうか? そうだとすれば,日本のマーケティング・サイエンスにはまだ未来がある。

といいつつ,ぼく自身はあまり読む気がない・・・。

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