Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

世論の誤解ではなく曲解だとしたら

2010-01-30 23:20:24 | Weblog
河野太郎議員が twitter で「自民党をいかに再生していくかを議論するときに、必読だと思います」と書いたのが,菅原琢『世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか 』(光文社新書) である。すでにあちこちで話題になっているが,確かに面白い本だ(自民党の再生を願うかどうかは別にして・・・)。本書では,東京大学と朝日新聞の共同調査が1つのベースになっている。その意味で,早稲田大学-読売新聞社の共同調査に基づく『政権交代はなぜ起きたか』と比較してもよいかもしれない。

世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)
菅原琢,
光文社


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本書の重要な結論の一つは,2007年の参議院選挙ならびに2009年の衆議院選挙で自民党が敗北した原因として,小泉改革が農村部を疲弊させ,自民党の支持基盤を掘り崩したので民主党への政権交代が起きたというよく聞く「物語」を否定していることだ。いくつかのデータを分析すると,むしろ話は逆であった。小泉以降の自民党が郵政造反組を復党させるなど,「改革」を後退させる動きを見せたことが敗因だったと。この結論は,早大-読売の共同研究の結果とも一致している。

参院選で敗北したあとの自民党は,小泉改革の行き過ぎが敗因だという「物語」に乗って,2005年の「郵政選挙」で自民党に勝利をもたらした人々の離反を招いた。これは単なる事実誤認に基づく迷走だったのだろうか。本書のタイトルが「世論の誤解」ではなく「曲解」であることに注目したい。自民党の場合,ある意図に基づき,そのような物語を選択したということは十分納得がいく。では,同様にこの物語を流布したマスコミにとっても,それは誤解ではなく曲解だったのか・・・。

他方,民主党はなぜ勝利できたのか。1つの原因として,社民党や国民新党との選挙協力が功を奏して,従来民主党の基盤が弱い選挙区で議席を得たことが挙げられている。現在民主党がこれらの連立相手に引きずられているように見えるのは,単に参議院で過半数を確保するのに彼らの議席が必要だというだけでない。一定数の民主党議員が,彼らの選挙協力なしには当選がおぼつかないことが背景にあるということだ。この点は,かつての自民党と公明党の関係に似ているかもしれない。

本書ではそれ以外の要因も検討されているが,特に興味深いのはバンドワゴン効果の分析である。小選挙区では勝ち馬に乗らないと死票になるので,比例区に現れる政党支持率に比べて候補者の得票率が高くなる傾向がある。ところが,昨年の総選挙では,過去にそうした傾向が強かった候補者ほど得票を減らしている。民主党候補の当選可能性が高まったため,以前なら死票になることを嫌っていた有権者が民主党候補に投票し,さらに反自民票が民主党に集中してしまったせいである。

そして今度は,民主党がバンドワゴン効果を享受する立場に代わった。では,自民党にまさに起きたように,この効果は早晩消え去り,振り子は元に戻るのだろうか。本書はそれには否定的だ。もっとも昨今のマスコミの論調を見ると,世論が大きく変化する可能性もある。本書では,次の首相に誰が「ふさわしいか」といった調査や,ネットや秋葉原で麻生氏に人気があると報じてきたマスコミの誤ったデータ処理が批判される。こうした報道は誤解なのか曲解なのか,その差は重要だ。

脳科学+哲学@明治大学(駿河台)

2010-01-28 08:30:03 | Weblog
明治大学では茂木健一郎氏を招いて「脳科学と哲学との対話」と題する連続講義が行なわれてきた。最終日となる27日,今回は時間が取れたので聴講に行く。ホストは,明治大学文学部の合田正人教授。フランス哲学の研究で有名な方である。冒頭に合田氏が,練りに練られた何とも味わい深い哲学者のことばで語る。次に茂木健一郎氏が登壇し,合田氏の問題提起に答えていく。テレビで語られる断片ではなく,深く考え抜かれた発言をじっくり聴くことができた。両者がともに尊敬の念を抱きながら,相手の胸元に直球やときには変化球を投げ込む力の入ったキャッチボールが展開される。

では,そこで何が語られ,自分として何がわかったのかというと,正直よくわからなかったというしかない。クオリアの問題,心身問題,自由意志の問題・・・ふだん自分はそのようなことを考えていないというより,考えないようにしているテーマが次々議論の俎上に上がる。スピノザ,ヴィトゲンシュタイン,フレーゲ,マッハ,デリダ,ラッセル,ドゥルーズ,ベルグソン・・・今回名前の挙がったと思われる哲学者の名前をランダムに並べてみたが,哲学を本業とする合田氏はもちろん,茂木氏もまた彼らの言説を縦横無断に論じていく。悲しいことに,その速さにぼくの凡庸な頭がついていかない。

それでも印象に残ったいくつかの発言を書いておこう。茂木氏が今回の連続講義で合田氏と対話するなかで気づいたのが,彼が取り組んできたクオリアの問題は,分析哲学の問題であること(という表現が正確かどうか自信はないが・・・)。また,アポリアを見つけることが,最も真実に近づいた瞬間ではないのか,という指摘。ただし,それは「香ばしい」(と聴こえた)アポリアでなくてはならないと。その例として,茂木氏はラッセルのパラドックス,ゲーデルの不完全性定理を挙げる。つまり「これ以上わかりません」という立ち入り禁止の札の前で,人は真実の末端に触れることができるという。

アポリアとまでいえるかどうかわからないが,経済学においてもアローの不可能性定理,アレの逆説が理論の発展を引き起こしたという歴史がある。何らかの逆説や矛盾が人間の真実を照らし,新たな研究フロンティアを用意する。トゥバスキーやカーネマンの系譜につながる行動経済学は,そういう役割を担っているはずだ。ということは,マーケティング・サイエンスなるものも,そうした普遍的な難問を抱えない限り,真の発展はあり得ないのではないか・・・。両碩学による「脳科学と哲学の対話」を聴きながら,そんなちっちぇーことを考えていたのは,ぼくぐらいかもしれない。

なお,この投稿は,この講義の真髄を少しも伝えていない。関心のある方は,もぎけんPodcast から音声ファイルをダウンロードできるので,どうぞ。

JIMS部会@明治大学(駿河台)

2010-01-27 23:52:09 | Weblog
昨日はJIMS「消費者行動のダイナミクス」部会を初めて明治大学駿河台校舎で開く。間違って,いつも通り新中野に行った人がいないかと心配したが,おそらく大丈夫だったようだ。

今回は経済物理学の新進気鋭の研究者をお二人お招きした。まず一橋大学の水野さん。今回は,小売データに関する研究をご紹介いただく。まずはコンビニでの1回あたり購入金額がべき分布に従うという分析。1回で信じられない金額を使うお客がいる。従来なら異常値として処理されたケースだが,経済物理学ではそうしない。べき分布にフィットするなら,それは意味があると考えるわけだ。

特に興味深かったのは,個人ごとのアイテム別購入量もまたべき分布にしたがうという話だ。もし個人がランダムに買っていたり,あるいは最も選好するものを買うだけであれば,べき分布にはならない。選好にノイズを仮定するのは離散的選択モデルも同じだが,そこからべき分布する品目別購入量分布を導き出せるか・・・。実務的にはロングテール論ともつながる,非常にエキサイティングな発見だ。

ついで,べき分布は正規分布と違い,サンプルを増やしても分散等の統計量が収束しないことが指摘され,聴講者との間で議論が盛り上がる。最後は,オンライン・ショッピングにおける一物一価の不成立という話題。価格.comのデータから,価格の順位別クリック確率が指数分布にしたがうことが示され,それを説明するシンプルな確率モデルが提案される。経済物理学らしいアプローチである。

さて,次に東工大の佐野さんが,ブログのクチコミデータに対する一連の研究を報告する。膨大なブログデータ上でどのような語がどの程度出現するかは,適切にノイズを除去すると実社会の動きと高い相関を持つことが示される。一方,ブログには時期に関係なく日常的に使われる語も頻繁に現れる。こちらは,語の出現頻度の平均と標準偏差の間にべき則(両対数グラフで線形の関係)が成り立つ。

さらに,個々のブロガーの行動が分析され,個人ごとの語の使用頻度や書き込み回数にべき分布が見出される。しかし,マーケターにとって最も興味深いのは,ある語を誰かが発し,それが繰り返されるだけでなく,他者へと伝播するプロセスだろう。そこで新たな視覚化の方法が導入され,モデルが提案される。これは,製品・サービスの普及プロセスにも応用できる,かなり強力なアイデアだ。

経済物理学は元来はファイナンス領域で発展したが,いまやマーケティング領域でも大きな成果を収めつつある。マーケティングにおける科学を語ろうとする者にとって無知であることは許されない。なぜなら,経済物理学は大規模データから統計的な規則性を見出すところから出発するからだ。それは,最終的にどのようなモデルを構築するにせよ,考慮に入れなくてはならないものである。

そして,焼き鳥屋にあった赤と白のワインの在庫をすべて飲み尽くすという懇親会。ぼく自身は大いに楽しんだが,ずるずると遅くなってしまい,ご迷惑をおかけした人も何人かいたかもしれない・・・。

アイデア発想力養成ゼミの夢

2010-01-24 15:49:26 | Weblog
金曜の2年生ゼミでは,ハロウィンをテーマにお菓子をプロモーションするキャンペーン企画について,最終プレゼンテーションを行なった。最初からご協力いただいたSPプラニング会社の専門家に加え,お菓子メーカーのマーケターの方にもお越しいただき,講評と採点をお願いした。各チームの発表はいろいろで,レベルもかなり差が出た。優勝チームは独自のターゲティングを提案しただけでなく,「現場」に何度も行って取材と質問紙調査を行った。特別賞をとったチームも,既存資料を丹念に調べて,ロジカルなプレゼンを行なった。

選から漏れたチームは,アイデアはともかく論理や情報の裏づけが弱かった。マーケティングの基礎知識のない20歳前後の学生がふつうに考える企画とは,こういったレベルだろう。入賞チームには「想い」だけでなく,それを形にする「努力」があった。もうひとつ見逃せないのは,成功したチームほど「チームワーク」と「リーダーシップ」が強かったと思われることだ。チームとしての動機づけがよい企画を生み出す一因なのは確かだろう。だが,逆の因果関係も考えられる。アイデア発想力の高い個人がいるかどうかもまた重要である。

それは才能とか個人的資質であるだけでなく,創造的認知の研究が示唆するように,一定の努力で身につく類のスキルでもある。もしそうなら,事業や製品のプラニングに興味を持つ学生たちが,それなりのアイデアを生み出すトレーニングの形態,あるいはそのためのツールを開発できるはずだ。世のなかにはアイデア発想の本が溢れている。それを読めば誰でもすばらしいアイデアを思いつくわけではないにしろ,それぞれ一片の真実は含んでいるはずだ。多くの本を読み込んで整理すれば,何がしか法則が見えてくるかもしれない。

来年度は,そうした作業に学生と取り組んでみたい。そうすると,わがゼミはマーケティング・サイエンス的なるものからますます遠ざかっていくように見える。確かに,ロジットモデルもバスモデルも出てこない。しかし,次世代のマーケティング・サイエンスにとって,アイデア生成はより重要なテーマになる。だからいずれ,こういう実践を重ねて理論化や手法開発につながっていけば,このゼミはクリエイティブなマーケティング・サイエンスを学んでいることになる。いまのところそれは,とらぬ狸の皮算用でしかないが・・・。

集中講義@筑波大学 3日目

2010-01-21 23:14:50 | Weblog
昨日は筑波大学での集中講義「消費者行動の複雑性」の最終日だった。今回は「普及」がテーマ。基礎として Rogers と Bass の研究を紹介したあと,Goldenberg 等を中心に展開してきた,エージェントベースモデルを用いた普及研究を紹介する。それは当初,セルラーオートマトンのモデルとして出発したが,その後 Bass モデルとの関係が理論的に探究される一方で,実データを使った研究も行われている。最初からすべて計画されていたとしたらすごいと思うし,逆に試行錯誤のなかから「創発」してきたのだとしたら,それまたすごい!

最終日は75分(筑波大での1コマの時間)×4=300分が割り当てられている。12時15分から初めて5時頃,準備してきた話はほぼ終わった。あと1時間は,予備のため用意してきた「サービスの普及」や「医師ネットワーク」の研究を紹介するが,特に後者は時間と体力がなくなってきて,やや雑な終わり方になってしまったことが悔やまれる。にしてもこの300分,最初から最後までほとんど突っ伏して寝ていた学生もいたが,多くの学生が熱心に聴講してくれたように思う(ただしその総数は1日目の半数ぐらいかな)。彼らに神の祝福を!

夜は,念願の「笠真」訪問。この店はかつての通勤経路に面しており,この前を何度通ったかわからない。店構えはぱっとしない(失礼!)が,出てくる料理や日本酒のコレクションがすばらしい。アンコウ鍋はともかく,たっぷり出していただいた馬刺の赤身の美しさ,柔らかさ,美味しさには驚いた。こだわりの(実は若い)マスターと話し,かつての同僚たちと「サービス・イノベーション」プロジェクトについて議論するうちに,気がつけば12時近くになっていた。こうした熱い空気に包まれる環境を非常にうらやましく思う。

こうしたプロジェクトが実績を重ね,数年のうちに若返りも進めば,筑波大はユニークなビジネス研究・教育拠点になるだろう。これまでそういった拠点は,その分野で伝統のある大学が,超大物の先生を押し立てることで形成してきたように思う。ところが,このプロジェクトは必ずしもそうではない。若手研究者が,自分の狭い専門分野に固執することなく,新しく何かを創り出しながら拠点を形成しようとしている。その途中経過は,2月5日,東京で開かれるシンポジウムで発表されるはずだ。

目玉の1つは,医療あるいはヘルスケア・サービスにおける科学的研究だろう。個人的には,サービス領域でのエージェントベース・シミュレーションやクチコミデータを用いた選挙予測の話にも興味がある。会場は神保町,明大のすぐそばだ。だが残念なことに,この日は勤務先での最重要業務なのである。歩いて5分ほどの場所で繰り広げられる一大イベントを思いながら,自分に給料をもたらす源泉となっている仕事に精を出すことになる。しかし,時間の許す方は,ぜひご参加を! 豪華メンバーの講演を無料で聴講できます。

起業の「顧客開発」パラダイム

2010-01-15 22:47:22 | Weblog
2年生ゼミで『アントレプレナーの教科書』輪読を本日「ほぼ」終了。「ほぼ」というのは,ゼミ生の勘違いで一部飛ばしたのと,最後の付録は対象外としたためである。この本については前にも触れたが,「顧客開発」という視点から起業(あるいは製品開発や事業開発)のノウハウを論じたもので,類書にはないユニークさがある。学生には身近に感じられない部分もあるだろうが,ビジネスに多少とも関わったことがある人間には,なるほどと思う点が少なくないと思う。

アントレプレナーの教科書
スティーブン・G・ブランク
翔泳社

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著者のスティーブン・ブランク氏はシリコンバレーで数々の起業に関わった経験を持ち,本書にも実名での事例や体験談が次々出てくる。彼は,多くのスタートアップが優れた技術と熱い情熱を持ちながら,顧客への十分な理解がないまま突っ走って失敗するのを目撃してきた。こうした経験を踏まえ,彼は標準的な製品開発モデルに代わる(あるいはそれを補完する)「顧客開発」という新たなモデルを提案している。それは,よくある顧客志向の主張とは同じではない。

新しい技術やアイデアが生まれたとき,顧客はまだ明確に存在していない。したがって,試行錯誤を通じて顧客を探索し,対話しながら漸進的に製品・事業開発を進めるべきだと著者はいう。そのプロセスで,対象とする顧客は変わる。ターゲットが既存市場なのか新規市場なのか,その中間なのかでも変わる。ムーアの「キャズム」論を継承しながら,実体験を踏まえて発展させている。著者によれば,キャズム越えもさることながら,そこに行くまでが大変だという。

起業の教科書ではあるが,大企業の製品開発や新事業開発にも示唆するところが多い本だと思う。特にそれが,未知の市場への進出であるならば。ただし,B2B が主に念頭に置かれているので,B2C 市場での起業や新製品開発に応用する場合には,若干の修正や補足が必要になるように思われる。ぼく自身には起業経験がないので,起業家たちが「顧客開発」の考え方をどう評価するか聞いてみたい。おそらく,試行錯誤を通じてすでに体得している方が多いのではないか。

大学は何に敗北したのか

2010-01-14 23:14:48 | Weblog
『中央公論』2月号は「大学の敗北」というタイトルの特集を組んでいる。これはいろいろな意味に解釈できる。冒頭の文章を読むと,最近経営が苦しくなってきた一定数の大学(院)を「敗北した」と呼んでいるように思える。あるいは、日本の大学が国際競争で敗北した,という見方もあり得るだろう。少子化が進んで受験者総数が減る一方で,国家財政が厳しい状況になって教育・研究支出が削減されようとしている。こういう時代の流れに対して、大学が敗北しつつあるのかもしれない。これは,大学教員としては深刻な話である。

中央公論 2010年 02月号 [雑誌]

中央公論新社

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この特集で最も印象的なのが,慶應義塾大学の西田亮介助教による「ある若手研究者の悩み多き日常」だ。それは文科省が最近導入した,任期付の助教という職位にある若手研究者が,例の事業仕分けを「リアルタイムに」見守りながらどのように感じたかの記述から始まる。仕分けで行なわれた議論は,テニュアを獲得していない研究者にとって,未来に暗澹たる思いを抱かせるものであった。その元凶として「経済合理性」が槍玉に挙る。たとえば,経済合理性を基準に研究を評価することへの疑問が表明されている。

経済合理性を否定しないまでも抑制することで,どのような大学の未来像が見えてくるのだろうか。近年相次いだ大学(院)への参入や事業拡大がもたらした問題について,教育ジャーナリストの小林哲夫氏は,同じ特集の「学生を路頭に迷わせた『失敗』の履歴」で文科省の政策を批判している。ここで元凶として「市場原理」,つまり経済合理性に近いものが挙げられている。だが,それを否定することが文科省による統制強化につながり,各大学からダイナミズムが失われていくとしたら元も子もない。「第三の道」は可能だろうか。

その点で,全岐阜大学長・黒木登志夫氏の「地方大学は生き残れるか」が興味深い。それによると,日本の大学間研究費配分は,米英に比べて極度に上位集中的である。その一方で,研究費が集中する旧帝大が研究業績で傑出しているわけではない。11の地方総合大学と比べると,獲得した研究費ほどは研究成果(論文数や引用度)が高くないのだ。黒木氏は,高等教育への公的支出をOECD諸国の平均である GNP の 1% に上げることを提案する。これと大学間配分の適正化が行われれば,地方国立大学に光明が見えてくる。

ただ,それだけで大学が「敗北」から抜け出せるのか。私立文系学部の教員としては,理工系学部とは別の問題に思いが至る。その意味でも,東京大学・吉見俊哉氏の「爆発の時代に大学の再定義は可能か」というやや難解な論文の結びが気になっている。
・・・大学を、それ自体閉じた空間と考えるのでなく、それが未来的な知のネットワーク全体の中で占めていくべき場所に照準することで、実験室、博物館、図書館、出版、ウェブなどの様々な知識装置の編成の中で、それらと結びつき、対立もする有力な存在としての大学の未来を構想していく必要がある。
それが何だかよくわからないが,そういう方向であることだけは共感できる。社会科学は社会のなかに,経営科学は市場や産業社会のなかにもっと根を張らないと,大学のなかだけで棲息することは難しくなる。ただ,大学の外の社会が知識に価値を認める余裕を失い始めるとそれは難しい。

大学だけが敗北したのではないということだ。

やや遅めの新年の抱負

2010-01-10 08:36:59 | Weblog
毎年それを掲げては実現しないのでいいそびれてきたが,やはりそれを省みず,今年はやはり「論文を書き,投稿する」年にするという抱負を掲げることにしよう。年末に掲げた研究仕掛品の目録のうち,実際に締め切りが迫っているもの(もちろん投稿断念という形でスルーできるが),あるいは賞味期限を超えるかどうかぎりぎりなので,なるべく早く投稿するしかないもの(時代依存的で,時代を超えて成立するとはいえないもの)を優先して挙げると,以下のようになる。

 iPhone の普及と情報伝播を調べた研究
 クリエイティブな仕事の志向が消費行動に与える研究
 クルマのブランド戦略と技術開発に関する研究
 消費者の「予測能力」をフィールド実験で検証した研究

これだけ仕上げるだけでも大変だが,やるしかない。これに続くものは,以下の2つだろう。

 消費者間の情報伝播に関するシミュレーション
 インフルエンサーを実購買データから発見する研究

なお,以下はまだ研究(取材)継続段階にあるが,これまでの知見をワーキングペーパーにしてもよいかもしれない。

 インサイト獲得に関するクリエイターインタビュー

ここまでくると,他にも書き加えたい研究がどんどん思い浮かんでくるが,がまんすることにしよう。なお,共同研究者として関わっているものは,日程を自分勝手に決められるわけではないので省略する。過去~現在の研究のアウトプット(論文投稿)を重視するならば,将来に向けたインプット(データ収集)に回す時間は制約される。しかし,それはそれで行なっていないと,いつか立ち枯れしてしまう。ただし,それらはいずれも,研究費を獲得できるかどうか次第だ。

・・・というように,年初に思うのはまず研究のことだが,その成果が教育の内容を豊かにするので,やむを得ない。ただ今年で3年目になる「クリエイティブ・マーケティング」の講義はさらに進化させたいと思っている。具体的には,アイデア生成や創造的問題解決,観察に基づく消費者理解など,「質的」手法をもっと取り込んでいきたい。本当なら,クリエイティブな製品・サービスとは何かという「哲学」を打ち出せるといいが,そのためにはまずそれを研究する必要がある。

それと連動して,ゼミをどう運営するかにも進化を起こしたい。今年4月には2~4年生が揃う3学年体制になる。この2年間の経験を踏まえて,各学年の位置づけを明確にしていきたい。4年生は厳しい就活環境下ではあるが卒論を頑張ってもらう。3年生には新たなグループ・プロジェクトを通じて「創造」に関わってもらう。2年生はやはり「基礎固め」が重要なので,最もオーソドックスに教科書を輪読する。全体に,よりクリエイティブに,かつ実践を目指すようにしたい。

さきに研究が教育に先行するといったが,逆のループも期待できる。ゼミでアイデア生成や企画の実践に取り組むことで,研究上の刺激になるだけでなく,研究の素材が集まってくる。そうした研究に学生を巻き込むことができればゼミの活動水準が上がり,「研究室」と呼べる集団に近づくだろう。さらに,そこから生まれた研究成果を講義に反映させていく・・・なんて好循環が生まれたら素晴らしい。年初の抱負じゃなくて,淡い初夢にならなければいいが・・・。

今年は1年ぶりに社会人向け教育に関わる。1つは筑波大の「サービス・イノベーション」プロジェクトのお手伝い。現状はスポット的な関わりだが,本来ならイノベーション創造手法の研究・教育プロジェクトとして継続したいところだ。もう1つは,本務校のBスクールで「多変量解析」を教えること。学部での「統計学」の担当が終わり,民間でのセミナー企画も頓挫したので,データ解析関係はこれ1本だ。実務家向けデータ解析の講義でイノベーションがあり得るか。

プライベートには,ジム通いの復活が大きな課題だ。近所(といっても徒歩15分)のところに2軒あるので,どちらにするかが最初に選択すべき問題だ。そして,ジム通いができる生活のサイクルをいかに確立するか。これが一番難しそうだ。

なぜ政権交代が起きたのか

2010-01-07 23:09:06 | Weblog
昨年最大のニュースである政権交代がなぜ生じたかについては,マスメディアでもネットでも,その辺の居酒屋でもいろいろ議論されている。しかし,データに基づく「分析」はそうは多くないのではないだろうか。読売新聞社と早稲田大学の共同プロジェクトがベースになった以下の本は,そのような分析が公開された数少ない例の一つだと思う。

2009年、なぜ政権交代だったのか―読売・早稲田の共同調査で読みとく日本政治の転換,
田中 愛治, 河野 勝, 日野 愛郎, 飯田 健, 読売新聞世論調査部,
勁草書房


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本書の前半では投票率や得票率の分析を通じて以下のようなことを確認する:自民党の支持基盤が弱体化していく中期的趨勢があったが,2005年には無党派層の多くが小泉改革を支持し,一時的に党勢を盛り返した。しかし,以前から地力をつけてきた民主党に,今回多くの無党派層がシフトした。従来有効だった自公の選挙協力も,投票率が増加したため効果が薄れた。

これらのことはすでにあちこちで論じられているが,数字で裏づけた分析(もちろん多くの推論を含んでいる)を見るのは,ぼくにとっては初めてである。ただ,本書でより興味深いのは,読売新聞社が実施した世論調査を個票レベルで分析している後半の部分である。世論調査は集計レベルでしか公開されていないので,データの所有者だけに許される特権である。

自民党支持層から少数ながらも民主党への流出があり,いわゆる無党派層から民主党への雪崩現象が起きた背後には,自民党政権への失望と民主党政権への期待があったという。いうまでもなく,こうした説明は同義反復的であり,より重要なことは,なぜ有権者は自民党に失望し,民主党に何を期待したかである。この疑問に答える分析が第6章で紹介される。

それによれば,こうした意識の変化を統計的に有意に説明するのは,回答者の教育程度と世帯収入(いずれもプラスの効果)以外に,投票において次のような争点を重視したかどうかだ:

プラスの効果:財政再建*,年金問題,議員の世襲制減*,中央官庁などの行政改革
マイナスの効果:外交・安全保障
 *5%水準。これ以外は1%水準

鳩山政権発足時に注目された環境政策や郵政民営化見直し,最近注目されている景気・雇用問題などは,有意な効果を与えていない。高速道路の無料化,子ども手当といった民主党マニフェストの目玉といわれた政策の効果は,調査項目に含まれていないのでわからない。それにしても,民主党への期待が年金問題の解決や行財政改革に向けられていることは確かだ。

冒頭の得票数の分析から示唆されるように,無党派層がかつて小泉自民党を支持し,今回は民主党を支持したのだとしたら,この結果は納得がいく。だから最近の世論調査で,鳩山政権の仕事として事業仕分け「だけが」評価が高かったのだ。次の参院選でもそうした無党派層からの支持を期待するならば,民主党政権が今後何をすべきかは明らかだと思うのだが・・・。

もちろん,本書で披露される分析は,有権者の異質性を深く扱っているわけではない。民主党の支持層にはいろいろなセグメントがあり,選挙に勝つためには改革志向の無党派層より重要なターゲットがあるのかもしれない。もう少し有権者の異質性を考慮した分析を行ない,民主党(あるいは自民党)の「支持者ポートフォリオ」を解明できればと思う。

もっとも「セグメント別世論」なんてあり得ない,というのが世論調査業界の人々が共有する思いかもしれない。

集中講義@筑波大学 2日目

2010-01-06 23:48:22 | Weblog
年末に続く筑波大での集中講義2日目。前回より若干学生は減ったみたいだが,それでも4~50人は出席していただろうか。まだ本格的に授業が始まっていないこの時期に,ありがたい。それで思い出したのが,以前筑波大学の大学院で離散的選択モデルの講義をしたときのことだ。最初は2~30人はいたであろう受講者が日を追うごとに減っていき,最後は数人になった。いまの時代,院生以上に知的好奇心の強い学部学生が少なからずいるということか・・・。

それはともかく,今回の講義は Salganik, Dodds & Watts による音楽ダウンロードの実験の紹介から始める。単純にして明快に社会的相互作用の効果を示した見事な実験だ。ついで,クチコミとマーケティングに関する一般的な話をしながら,Godes & Mayzlin によるいくつかの実証研究を一瞥。そして Hogan, Lemon & Libai のクチコミ乗数,Watts, Peretti & Frumin によるクチコミ伝播の事例研究を紹介したところで,予定より相当遅れ気味に進行していることに気づく。

そこで第二部に入り,複雑ネットワークの基礎概念を説明したあと,Leskovec, Adamic & Huberman の顧客間推奨メールの実証分析を紹介。これまた,一般的な予想に反する興味深い結果が得られている。そして「悪名高き」Watts & Dodds のシミュレーションへ・・・。それに対する反論を試みた自分自身の研究についても触れながら,まだまだツッコミが不足しているなあと,いまさらながら痛感。第3部は離散的選択モデルで社会的相互作用をいかに扱うかを論じる。

「懐かしの」TV視聴行動のエージェントベース・モデルを皮切りに,空間的自己相関モデルや準拠集団モデルといった定番に触れつつも,最後は購買履歴データから潜在的なインフルエンサー/インフルエンシーをあぶり出す「未完の」手法の研究についてしゃべり,ぎりぎり予定終了時刻に達する。最後は駆け足で,わかりにくかった受講者もいたと思うが,この講義の目的は研究動向のレビューなので,詳しくは参考文献に掲げた原論文にあたっていただきたい。

講義が終わったところで,評価はレポートなのかテストなのかと質問を受ける。いつまでも先送りできないので,その場で決断。この講義を熱心に聴いていた学生(あるいはそうでなくても,深い考察ができる学生)なら提出できるレポートにする。なお,ここまでの反省点は,時間の制約もありほとんどぼくが一方的にしゃべり倒したことだ。最終回は「普及と社会的相互作用」について話す予定だが,もう少し双方向的にしたいなと思っている。できるかな・・・。

いずれにしろ2週間後の水曜日にその日が来る。そう遠い先のことではない。

2010年 仕事始め

2010-01-04 20:45:56 | Weblog
今日から仕事始め。6日に筑波大で集中講義があるので,その準備に追われている。講義は2日目となり「消費者行動の複雑性B 消費者行動の相互依存性」というタイトルのもと,

 消費者間相互作用とクチコミ・マーケティング
 複雑ネットワークと情報伝播
 消費者選択モデルと社会的相互作用

といった構成で講義する予定。前回は Tversky に代表される行動的意思決定論の研究に光を当てた。今回は Watts に代表される複雑系研究者によるフィールド実験やシミュレーションを軸としてクチコミ・マーケティングについて論じながら,最後は選択モデルとの接点まで進む予定だ。前回と違い,自分のささやかな研究も織り込んでいく。体系的・統合的な話にはなりそうにない。それを作るのは今後の課題で,今回の集中講義はその土台になる。

8日には明大での授業が始まり,さまざまな仕事が雪崩のように襲ってくるだろう。この(私立)大学教員として最も厳しい時期を何とかやり過ごしながら,論文投稿やプレゼンの期限の迫ったプロジェクトを処理していく必要がある。4月になれば楽になるというのは幻想でしかないが,その幻想がないとやってられない。いずれにしろ,いつもの調子でやっていると,毎年同じことの繰り返しになる。何かを捨てないとダメだが,何を捨てられるだろうか?