Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

べき乗則の数理をどこまで学ぶか

2010-08-31 17:34:46 | Weblog
10月に進化経済学会の企業・産業部会でマーケティングの「ロングテール」について話すことになっている(その概要の期限が今日なのだが・・・しばしお待ちを)。また,企画中の書籍で,ロングテールに関する項を執筆する予定もある。つまり,ロングテールはぼくの研究テーマの1つなわけだが,厳密にいえば「べき(乗)分布」,もっと一般的に捉えればべき(乗)則」と呼ばれる概念と深く関連している。

では,べき乗分布やべき乗則の理論について,どの程度理解しておけばよいのか? その基本的な方程式はきわめて単純なので,高校生(中学生?)でもわかる。だが,この本を手に取ることで,その奥に恐るべき数理が牙を剥いて潜んでいることを知ることになる。著者ははしがきで,本書を第1章から順に読むことを奨め,特に第1章は「べき乗則の理論の出発点を選択するための重要な章である」と述べている。

一瞥した感じでは,確かに第1章はぼくの数学力(=経済学や統計学に「最低限」必要な数学を学んだレベル)でも読み通せる内容だ。2~3章ぐらいまでは何とか行けるかもしれないが,4章の「ツァリスエントロピー」のあたりでおそらくギブアップするだろう(それを理解しなくてはならないという,よほど強い動機があればともかく・・・)。しかし,それでも元は取れるのではないかと勝手に思って購入した。

たとえば,次数分布がべき乗分布に従うネットワークを何でスケールフリーネットワークて呼ぶの?という質問に対して,他人と違う,ちょっと突っ込んだ知識を語りたい向きには,この本は役に立つ。そうしてみたいと思った人は,ぜひ購入されることをお奨めする(ただし,それはぼく自身の購入動機とはちょっと違う)。

複雑系のための基礎数理
―べき乗則とツァリスエントロピーの数理
(数理情報科学シリーズ)
須鎗 弘樹
牧野書店

「アイデア発想法」の発想

2010-08-25 23:38:57 | Weblog
前期の3年生のゼミでは,アイデア発想の本を何冊も輪読した。そしてチームごとに,それぞれお気に入りの手法を使って与えられた問題を解決することを夏休みの宿題とした。その成果は,9月のゼミ合宿で発表してもらう予定である。ここでは,ゼミで読んだ主要な本を紹介することにしたい。どれもこれも有名な本ばかりだが,その筆頭に来るのが,ジェームス W.ヤング『アイデアのつくり方』である:

アイデアのつくり方
ジェームス W.ヤング,今井 茂雄
阪急コミュニケーションズ

この本の原著("A Technique for Producing Ideas")は1975年に発行されている。非常にコンパクトな本で,しかもその半分近くを竹内均氏の解説が占めている。本書の主張の要点は,アイデアとは既存の要素の組み合わせであること,そしてアイデア生成には無意識の力が大きいということだ。前者の考え方はシュンペータ,後者はポアンカレまで遡ることができる(あるいはそれ以前・・・)。

本書の興味深い点はもう一つあって,思いついたアイデアの断片をカードに書いて並べ替えるアプローチが提唱されていることだ。竹内氏が指摘するように,これはまさに KJ 法と軌を一にする。ヤング氏(あるいは米国人のどなたかが)がこの方法を独自に開発したのだとしたら,海を越えて同時多発的に KJ 法的手法が登場したことになる。つまり,深く考えると誰もがそこに行くつくということか・・・。

それから20年後に登場したのがフォスター『アイデアのヒント』だ。著者は,上述の本の著者と同様,広告業界で活躍してきた御仁。そして,明確にヤングの本を出発点に掲げながら,より具体的なアイデア発想法を探っていこうとする。本の厚さが2倍以上になっているぶん,事例が豊富で説明が詳しくなっているが,基本的な考え方は同じである。つまり,アイデアとは既存の要素を再構成してつくるのだと。

アイデアのヒント
ジャック フォスター
阪急コミュニケーションズ

基本的には同じような考え方に立ちながら,よりオシャレな装丁に包まれているのが『スウェーデン式 アイデア・ブック』だ。いずれも1ページほどにまとめられたメッセージを,絵本を読む感覚で読んでいけばよい。ぼくはまだ目を通していないが続編も出ている。発想法がまさに教えるように,個々の要素をシャッフルして再構成すれば,発想法の本はいくらでも生成できるということなのか・・・。

スウェーデン式 アイデア・ブック
フレドリック・ヘレーン
ダイヤモンド社


アイデア・ブック2(トゥーボ)
フレドリック・へレーン,テオ・へレーン
ダイヤモンド社

発想法の画期的なイノベーションはむしろ日本で起きたと思わせるのが,加藤昌治『考具』だ。この本では情報収集や発想の個性的な手法がいろいろ紹介されているが,そのなかに,著者のオリジナルではないが「マンダラート」と名付けられた手法がある。実は,冒頭で述べた課題解決の演習にあたり,学生が最も多く選んだのがこの手法なのである。ぼくはこの本を読むまで,マンダラートなるものを知らなかった。

考具 ―考えるための道具、持っていますか?
加藤 昌治
阪急コミュニケーションズ

学生たちがマンダラートをどのように使い,どのような成果を上げたかは,いずれ時期が来たら報告することにしよう(多分・・・)。もちろんこの手法は本書で紹介される「考具」のほんの一部でしかない。著者の加藤氏は,ぼくがかつて勤務していた広告会社でプランナーとして活躍されているとのこと。残念ながら面識はないが,こういう素晴らしい方と同僚だったということを誇りに思いたい。

ぼくらが夢見た未来都市

2010-08-21 17:27:38 | Weblog
10代前半の最もセンシティブな時期に大阪万博に遭遇したことは,ぼく自身の嗜好あるいは志向の形成にかなり大きな影響を与えたと勝手に信じている。そして,そのイメージは前後の世代を含めて共有され,『20世紀少年』にまでつながっている。しかし,大阪万博はそのような個人史的事件にとどまるものではないようだ。それは,建築の思想において長く育まれてきたものが一気に花開いた,比類なき出来事だったのだ。

ぼくらが夢見た未来都市
(PHP新書 676)

五十嵐 太郎,磯 達雄
PHP研究所

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大阪万博の建築デザインには丹下健三を筆頭に,黒川紀章,菊竹清訓,磯崎新といった当時の新進気鋭の建築家たちが参画している。彼らは単なるデザイナーではなくコンセプトメーカーであり,思想家であった。本書では,彼らが当時,あるいはその後展開する「運動」を詳しく紹介している。さらにその源流として,過去の建築思想,ユートピア思想,あるいは SF に描かれた未来と空間のイメージを探っている。

その先に一体何が見えてくるのか・・・ 建築デザインの対象が個々の建造物を超えて都市へと広がることで,造形的な美しさが増大する一方で,個々人の自由が圧殺されていく。ユートピアの夢の延長としての建築思想が内在する権力性が露になる。個人的にその代表例として思い浮かぶのが,つくばセンター周辺の冷たく,生気のない空間だ。あるいは,東京国際フォーラム。それぞれ建築家の悪魔的な意図を想像したくなる。

本書によれば,最近の建築思想はよりエコロジカルな方向へ進んでいるようだが,それによって建築の権力性がどこまで和らげられるのか,本質は変わっていない気がする。人々にとって住みやすい空間とは,建築家の意思が不十分にしか実現しないか,ほぼ希薄であった場合にのみ実現するのではないか・・・。その意味で,「ぼくらが夢見た未来都市」が部分的にしか実現しなかったことを,ぼくらは喜ぶべきなのである。

愛知万博では,大阪万博のときのように有名な建築家がデザインに関わるのでなく,広告代理店によるデザインが主流であったという。つまり,一人の思想家の欲望で貫かれたデザインから匿名の商業的デザインへの移行が起きたのである。万博のメッセージ性が大阪万博をピークに衰退してしまったことを,建築家である著者は残念だと感じているようだが,建築家に支配されたくないぼくは,別の感慨を抱いている。

いずれにしろ,大阪万博で見た光景を忘れることができない同世代を中心に,かつて「夢見た未来」の源像について考えたい幅広い人々にお勧めしたい好著である(ここでふと,こういうのは男子的な世界なのかな,という疑問が頭をよぎる・・・)。

アヒル口の女性と脳科学

2010-08-11 19:19:15 | Weblog
いま,アヒル口の女性が増えている。本書によれば,それがアヒル口だと意識され始めたのは鈴木亜美あたりで,その後,広末涼子,上戸彩などがその代表格らしい。ググってみると,男性にもアヒル口がいるらしく,福山雅治,成宮寛貴がそうらしい。うーむ・・・ぼくの周りでいえば誰だろう?アヒル口の大学教員・・・いや,学生を探したほうがいいだろう。

アヒル口とは「口角(唇の両端)がキュッと上がり、口先はやや突き出たような状態で、ちょうどアルファベットの「W」のようにめくれあがった形をしている」ことをいう。元々そのような顔立ちの女性(あるいは男性?)が一定数いただけでなく,それはある程度訓練で身につくので,人気が高まるにつれアヒル口っぽい人々が増えたということらしい。

それはなぜなのか?この疑問に認知科学あるいは神経科学の立場から答えようとするのが本書である。表紙だけ見るとそうは見えないが,中身は非常に真面目なのである。認知科学の研究者である著者の野村理朗氏は,アヒル口の話題を導きの糸としつつ,顔に認知に関する認知-神経科学的研究の最前線を,わかりやすく,かつ客観的に伝えようとしている。

なぜアヒル口に惹かれるのか
(メディアファクトリー新書)
野村 理朗
メディアファクトリー

ただ,アヒル口が好まれる理由を探るという点で,この本は出発点であって到達点ではない。著者はまず,アヒル口が好まれる神経科学的、あるいは進化心理学的な基盤について論じる。だが,アヒル口の人気は最近の、しかも日本に限られることから,社会的-文化的な背景についても考察する。どれがどれだけ影響するかの解明は今後に残された課題である。

軽めの新書であるにもかかわらず,巻末に参考文献リストが掲げられている点がうれしい。アヒル口の女性を心に描きながら,人間の認知や脳の働きについて考え,「萌え」現象の社会的意味に思いを馳せるのは,熱い夜の過ごし方として,なかなか楽しいのではないか・・・


投資しない日本企業:通説への批判

2010-08-06 08:53:33 | Weblog
8/5 付の日経・経済教室「『通説』と異なる日本企業 有配企業の比率,高水準」は深く考えさせる。著者は一橋大学の野間幹晴氏,会計学や企業評価価値を専門とされているとのこと。その結論を一言でいえば,日本企業は欧米と比較して,90年代以降,利益を研究開発や設備投資に回すのではなく,株主への配当に回すようになったということ。その背後に,野間氏は日本企業のリスク回避傾向を見る。

少なくともある時期まで,欧米,特に米国の企業は株主の利益を重視しすぎており,そうでない日本企業はより活発に成長への投資を行ってきたというのが「通説」だった。ところが野間氏は,いまやそれが神話であることを統計データを用いて示す。90年代,上場企業中の有配企業比率は欧米では低下したが日本では一定だった。80年代後半,日本企業は欧米企業以上に設備投資や研究開発投資を減少させた。

その理由はいろいろ考えられるが,野間氏は日本企業(上場企業)がリスクをとらなくなってきたことを強調する。アニマル・スピリットの欠如,といってもよいかもしれない。最近の若者には覇気がない,と嘆く企業人は少なくないが,自分たちにそれをいう資格があるのかどうか。真の株主重視経営とは,配当よりは投資を積極的に行ない,長期的視点で企業価値を高めることなのである・・・そこが大事なとこ。

課題解決! マーケティング・リサーチ入門

2010-08-04 11:46:57 | Weblog
マーケティング・リサーチの教科書は数々あるが,調査の種類とか標本抽出法の話から始まるものが多く,あまり面白みがない。ところがこの本は,現場のマーケターが直面する具体的な課題を列挙して,それぞれに合った調査や分析の手法を解説する。目次を引用すると以下の通り:

 既存商品のマネジメント
  ブランドの健康診断
  ブランドのリポジショニング
  ブランドストレッチの検討
  既存ブランドの価格再検討
 新商品の開発
  ブランド設計のためのマーケティング・リサーチ
  生活者の「問題」からのアイデア発見
  新商品アイデアの探索
  コンセプトの作成と評価
  商品の評価と改善点の抽出
  最適価格の設定
  パッケージデザインの評価
  販売量の予測
  上市後の追跡調査の実施
 効果的な広告展開
  広告戦略の検討
  広告の事前評価
  広告出稿計画の策定
 魅力的な市場の発見
  新市場把握のための調査
  既存市場の周辺領域の開発
  消費動機の探索
  消費者行動の理解促進
  海外でのマーケティング・リサーチ

非常に広範な課題をカバーしているのがわかる。「広告効果」の話題が出てくるのはこの種の本として珍しいし,「魅力的な市場の発見」はマーケティング・リサーチにとってチャレンジングな領域であり,非常に興味深い。P&Gやキリンに関するケース紹介も貴重な情報を提供している。

この本は中央大学の田中洋先生のもと,ビデオリサーチ,日本リサーチセンター,インテージといった大手調査会社の実務家が結集して執筆された。実務家にとって便利なハンドブックになるとともに,研究者や学生にとっては,現場で実際に使われているリサーチ手法を知るうえでも有用である。

課題解決! マーケティング・リサーチ入門
マーケティング・リサーチ研究会
ダイヤモンド社


最後に,献本いただきました編著者ならびに出版社の皆様に御礼申し上げます。