スティーブン・レヴィ『
iPodは何を変えたのか?』読了。非常に面白かった。何よりも長年の?謎であった,誰がいかに iPod を考えついたかに,それなりの情報が得られたことがうれしい。最も直接的な契機は,サードパーティとしてソフト開発をしていた元アップルの社員が,当時売られていたMP3プレイヤーRioをマックで使えるようにしたい,と思ったことにある。彼らが独自に開発したアプリケーションが,その後アップルに採用される。そのとき,アップル側ですでにどのようなプロジェクトが進行していたかは,定かでない。しかし,このあまりに画期的なイノベーションが,全て組織内で,計画的に遂行されていたわけでないことは注目に値する。
似たようなストーリーがポッドキャストについても語られている。これもまた,アップル社外で「こういうものがほしい!」という強く願った人物が,優秀な在野のエンジニアと連携して「勝手に」着手している。彼らはふつうのユーザではないから,ユーザ・イノベーションといっていいのかどうかわからない。また,オープン・イノベーション論の範疇に入るのか,不勉強なのでわからない。だが,それらに近い何かではあると思う。
アップル,あるいはスティーブ・ジョブズに周到な戦略があったわけではない。iTunes のウィンドウズ版を作ることに,ジョブズは少なくとも当初は反対していたという。ジョブズの強みは合理的な戦略ではなく,Aプラスの仕事しか認めないという独自の強固な審美眼にある。
iPod に対する DELL や台湾メーカーの反撃は失敗に終わる。従来のMP3プレイヤーの「記憶容量を増やしたり,バッテリ寿命を延ばしたり,たくさんのカラーバリエーションを揃えたり,FMラジオ機能につけたりすること・・・では iPod は作れない。ユーザなら誰でもわかっていることだ」とレヴィは書く。ではどうすればいいのか。
手持ちの道具箱のなかに適当なものがないから,みんな
トム・ケリーの本を買いに走る。iPod の例は,自己の欲望を形にすべくドンキホーテ的にチャレンジする人間と,卓越した技術を持ち誇り高いエンジニアや職人の存在を含む,緩やかに外に広がるネットワークの重要性を示唆する。だが,それだけでイノベーションが成功するわけではない。それが何か,本書からおぼろげながら伝わるものはあるとはいえ,まだまだ明確ではない。より本格的な探求が期待される。
補記:「シャッフル」機能が真にランダムかをめぐる章は,心理学の教材としても非常に面白い。