Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「騙されない」ための知的武装

2018-12-27 17:31:46 | Weblog
フェイクニュースという言葉を聞かない日はない。なぜなら、フェイクニュースのおかげで当選したように思える某国のリーダーが、毎日のように自分に批判的な報道をフェイクニュースだと非難しているからだ…などと書くと、それこそフェイクだと非難されるかもしれない。

そもそもフェイクニュースについて、フェイクではない知識はあり得るのか。それを知るには、笹原和俊『フェイクニュースを科学する』を紐解くべきだろう。本書はこの現象の歴史的経緯を手はじめに、計算社会科学に代表される科学的アプローチの最前線に読者を招待する。

フェイクニュースを科学する
拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ (DOJIN選書)

笹原和俊
化学同人

本書は、フェイクニュースが飛び交う世界を「情報生態系」と捉える。つまり、この現象を理解するには個体を深く調べるだけでは不十分で、全体を相互作用するシステムとして捉えることが必要となる。そこで力を発揮するのが、最近注目を浴びている「計算社会科学」だ。

そこではまず、膨大なデータから現象に潜む規則性を見つけ出す。それが生成されるメカニズムを探るために、できる限り簡単な仮定に基づく計算モデルを構成する。こうした計算社会科学的なアプローチで、フェイクニュースが跋扈する情報生態系のメカニズムが探求される。

フェイクニュースに対抗するファクトチェックの方法が研究される一方で、仮に「正しい」情報を流してもそれを信じたくない人々には効果がないことが研究によって明らかにされている。虚偽の情報を流すことにも信じることにも根深い問題があり、その解決は簡単ではない。

フェイクニュースの蔓延を抑制するためにもう1つ考えたいのが、系統的な外力が存在する可能性だ。陰謀論になりかねない(つまり、それ自体フェイクニュースになりそうな)論点だが、ネット上の足跡からそれを探ることができれば、計算社会科学の対象になり得るだろう。

この問題は、マーケターにとって無視してよいことではない。企業が消費者を「騙す」行為は、デジタル化によってより巧妙化している。それもマーケティングとみなすような風潮が広がると、マーケティングがこれまで積み上げてきた信用が、一挙に瓦解する恐れがあると思う。

フェイクニュースは多くの人々に災厄をもたらす。救いはそれに抗う科学者の動きがあることだ。この問題が誰にとっても理解されるよう、冷静かつ平易に書かれたのが本書である。自立的に生きたいと望むあらゆる老若男女に、本書を読んで知的に武装することを薦めたい。

コメント

マーケティング・リサーチの進化

2018-12-25 18:11:10 | Weblog
「マーケティング・リサーチは《実学》です。珍しいお題目と面白おかしい逸話を講釈すれば事足りる書斎の学ではありません。何よりも企業の方々が何を想い、今後そうやって意思決定されるのかが大事です。」

本書の冒頭で、編著者の朝野熙彦先生はそう述べる。したがって本書の主な章は、マーケティング・リサーチの最前線にいる実務家によって寄稿されている。実際、本書に盛られた事例から、現場の臭いを嗅ぎ取ることができる。「書斎の学」にはさせないという方針が徹底されているようだ。

マーケティング・リサーチ入門
―「調査」の基本から「提言」まで

朝野 熙彦 (編著)
東京図書

とはいっても、マーケティング・リサーチは最近、現場において懐疑的に見られることが少なくないのでは? 本書はまさにそういう問題意識に立ち、現場においてマーケティング・リサーチを進化させようとする取り組みを紹介している。その基礎となる枠組みが、以下の分類である:

Asking
Listening
Watching
Experiment

マーケティング・リサーチのかつての主役は質問紙調査やグループ・インタビューで、いずれも Asking(質問)の方法であった。しかし、いまや Listening(傾聴)や Watching(観察)によるりリサーチが拡大している。その背景には、いうまでもなくデジタル化の進展がある。

たとえばソーシャルメディアからの「傾聴」、機械による人間行動の「観察」は、潜在的に膨大な情報を生み出している。とはいえ、そこから本当に実務に役立つ情報を得るには、コンピュータにお任せするのでは解決しない難しさがあり、専門家としての見識が問われることになる。

上述の4ステップをどのように組み合わせ、どうインサイトを得るかの方法は企業によって、また人によって様々だろう。現場では日々試行錯誤が続き、進化が起きている。本書からその一端を知ることは、実務家だけでなく、マーケティングに関心がある学生にも役に立つだろう。

蛇足。朝野先生の著書の魅力の1つは、数学科の出身である著者らしい論理性、そこからくる「既存の権威」への批判精神である。たとえば、補章として書かれた「マーケティング・リサーチDo's and Don'ts」のいくつかのコラムにそれが見られ、単なる入門書ではない楽しさがある。
コメント

広告業界のピカレスク

2018-12-19 11:42:17 | Weblog
鷹匠裕『帝王の誤算』は、広告業界に君臨したある剛腕経営者を描いたビジネスノベルである。この業界に多少知識があれば、登場する企業はもちろん主要な登場人物についても、あの人か…という推測ができるはず。背景として描かれる業界の出来事もほぼ事実に沿っていると思う。

帝王の誤算
小説 世界最大の広告代理店を創った男
鷹匠 裕
KADOKAWA

この小説が主に扱う1980年代から2000年初頭の時期は、私もまたこの業界の末端にいた。したがって、バブルの絶頂期、夜の六本木でタクシーを拾うべく走り回る広告会社の若手社員の描写には懐かしさを感じる。もっともこの小説の主な舞台、役員たちの世界は想像の外にある。

最大手代理店の頂点に登りつめる主人公は、私が垣間見たこの業界のやり手たちを遥かに凌ぐモンスターである。だが(彼に敵とされない限り)憎めない面もある。広告会社で活躍してきた著者からは両義的な気持ちが汲み取れる。業界に身を置いた人の多くはそうではないかと思う。

主人公が尊敬する先達が提唱した「鬼十則」、最近は不興を買いつつも不思議な魅力を放つ。そう思うのは、やはり自分が生きてきた時代と、そこに適応した嗜好のせいかもしれない。主人公はこの小説のタイトルが暗示する結末を迎えるし、広告業界も新たな価値を模索している。

そういう時期にあって、本書は広告の全盛時代を懐かしむ世代だけでなく、現役の広告業界の人々にも読まれている(汐留の書店では売上1位になったという)。私は著者との縁もあって読み始めたが、ぐんぐん引き込まれて一気に読み終えることができた。羨むべき筆力である。

では、現代の若者は、本書に描かれた「悪漢」たちが活躍した広告会社の黄金時代をどう感じるだろうか。鬼十則的な働き方の価値観は、広告業界に限られる話ではない。その意味で、これから就職を迎える学生たちにも一読を勧めたい。本書は Kindle 他電子書籍でも購入できる。
コメント