Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

Santa Fe Institute: Short Course

2016-01-10 19:05:55 | Weblog
Santa Fe Institute (SFI) で開かれた "Short Course: Exploring Complexity in Social Systems and Economics" に参加した。社会科学や経済学における複雑系の立場からの研究動向を聴くため、70人ほどの実務家、研究者、学生が集まった(日本からは私一人)。

講師は Brian Arthur、Robert Axtell、Scott Page、Geoffree West といった複雑系研究の大御所から、いま売り出し中の若手の助教まで全部で8人。うち5人が経済学を専門としており、残り3人は社会心理学者、コンピュータ科学者、物理学者という構成である。



まる3日間の講演の内容をざっとレビューしてみよう。

Mitra Galesic: How the Interaction of Mind and Environment Shapes Our Sociality

社会心理学に複雑系の視点を導入すべく、Galesic は心理実験とエージェントベース・モデリング(ABM)を組み合わせた研究を行っている。実験で得られた知見の背後にあるメカニズムを、非常に単純なエージェントの行動の相互作用から導出するという研究戦略だ。



Aron Clauset: Short Introduction to Networks

複雑ネットワークの入門的講義だが、最新の研究の話題が随所に織り込まれている。感染やクチコミに関する研究についてもそれなりの時間が割かれ、勉強になった。講義の流れ自体、今後自分が社会ネットワークについて教える場合には、おおいに参考になるだろう。

Geoffree West: Searching for Simplicity and Unity in the Complexity of Life, Cells to Cities, Companies to Ecosystems

若手2人のあとは巨匠の登場。自然現象から社会・経済現象まで、あるゆる分野に存在するスケーリング則(2変数間のべき則)が紹介される。幾何学的原理から社会科学的意味合いまで、ユーモラスに諄々と説く。一貫した学問的探求のすばらしさを実感した。



上の写真からも窺えるが、West 先生の見た目は、ひたすら研究に打ち込む、世間離れしたややマッドな老教授、という感じ。ビジネススクールなどではあまり見かけないが、物理学と哲学とか、基礎的な学問分野では少なくないタイプである。少し憧れを感じる。

Rajiv Sethi: Agent-Based Computational Economics

ここからは経済学の講義。計算(計量ではない)経済学を概観したあと、金融市場のシミュレーションの話になる。ABM の主戦場はそこだろうなと思いつつ、私自身は関心がない。MATLAB で書かれたモデルをその場で実行、結果を見せるスタイルは面白かった。

Robert Axtell: Agents as Gateway to Complexity

エージェントが一人のモデル(Herbert Simon)からはじめて、エージェント数の拡大に沿って ABM の歴史を概観していく構成だ。なかでも、Axtell のグループが最近取り組んでいる、数百万のエージェントからなる FIRMS という経済モデルの話が刺激的であった。

その先に彼が考えるのは、Agent-based Macro Economics である。そうなると億単位のエージェントを動かす環境が必要になるのだろうか・・・一定の粒度を求めるにしろ、課題に照らしてどこまで大規模なモデルが必要なのかは、それ自体興味深い研究課題だと思う。

W. Brian Arthur: Complexity and the Economy

そして収穫逓増や経路依存性で有名な Brian Arthur が登場。サンタフェ研究所の創設の頃、初めて金融市場の ABM を Mac Plus 上に構築した頃の思い出話を織り交ぜて、自身の研究を振り返る内容だった。なお、彼の主要な研究業績は、以下の本に集められている。

Complexity and the Economy
W. Briant Arthur
Oxford University Press, USA


Deborah Strumsky
: Technology Change - An Evolutionary Process?

若き都市経済学者 Strumsky は、イノベーションの経済モデルが進化し、複雑系モデルが登場するまでの概観から始める。次いで、特許データなどを用いた緻密な実証研究を紹介する。都市が規模だけでなく多様性を伴うことでイノベーションが起きることを説得的に語る。

Scott Page: Model Thinking & Complexity - One to Many and Many to One

One to Many とは、上述のスケーリング則など、1つの単純な原理が幅広い分野に適用できること。Many to One とは、多様な意見を集めることでより正確な予測が可能になるという、集合知の話。この領域での Page の活躍ぶりは、日本語訳された以下の著書でも有名である。

「多様な意見」はなぜ正しいのか
Scott Page
日経BP社

マーケティングの立場からは、個人の社会的認知に複雑系を結びつけた Galesic の研究が、それまで全く知らなかっただけに大変面白かった。ビッグデータに ABM を結びつける方法については、Axtell のプロジェクトに圧倒されるとともに、大いに影響を受けた。

自分の研究との関連でいえば、Clauset の講義はクチコミ伝播の研究について、Page の講義は消費者の予測能力に関する実験について、参照すべき研究の流れを教えてくれた。また、Strumsky の研究が Creative Class/City の研究とつながる点にも注目したい。

今回のショートコースには、関心別に小グループに分かれて議論する時間もあった。私は Agent-Based Modeling in Social Science というグループに参加。UT Austin で公共政策分析を研究する男性、Mexico で都市交通政策を研究する女性院生と3人で議論した。

彼らはツールとして NetLogo を使っている。簡単だし、誰でもダウンロードして無料で使える点がいいという。確かに最近、NetLogo が ABM のデフォルトになってきた感がある。不特定多数に ABM を教える場合、こうしたオープンさが便利であることは否めない。

Santa Fe と Santa Fe Institute への訪問は、15年ぶりほどになる。その街並みや研究所の雰囲気は昔とほとんど変わっていない。出入りする研究者の新陳代謝はそれなりに進み、サマースクール等で学んだ人々が、世界各地で研究者として活躍しているようだ。

3日間の最後に開かれたパネル討論では、Arthur を除く全講師が参加していたが、1つの議題は、複雑系研究が今後大学にどれだけ根づくか、であった。特に経済学や社会科学においてはまだ厳しいが、いくつかの有力大学に複雑系関連の研究センターが存在している。

日本にそういうセンターがあるとは聞いたことがなく、もっぱら個別の研究室(ないし個人)で研究が進んでいるのが現状だ。ただし、計算社会科学(Computational Social Science)という旗印のもと、分野を超えて研究者どうしが交流し合う機運もある。

そこで自分にできることは限られるが、他の人がやらない課題があるなら、貢献の余地はあるだろう。今回のセミナーで得た刺激が、今後の研究に影響を与えることは間違いない。その意味で、この時期、雪の降る Santa Fe にやって来たことは大変よかったと思う。

2016年の抱負

2016-01-03 02:51:00 | Weblog
昨年買ったピケティはまだ1ページも読んでいない。自分の研究にとって、それより最先端のジャーナル論文を読むべきかもしれない。だが、たとえばピケティを読みたいと思うのは、少年時代に抱いた、社会に対する漠然たる関心が自分に残っている証拠だろう。

社会について、あるいは人間について「大きな話」をすることがいかに難しく、少数の天才や碩学にしかできないことは承知している。読書に徹するほうが賢明である。しかし、自分の研究にも、そうしたフレーバーを加えたいという欲望を抑えることは難しい。

自分の土俵がマーケティング・消費者行動の研究であることには変わりないが、社会科学的に意味のある研究にしたいと思う。そこで足がかりにしたいのが、にわか勉強で心もとないが「文化資本」「社会関係資本」など社会学の概念を計量的研究に導入することだ。

昨年末のブログに、2015年の成果について記したが、実は大事なことを書き忘れていた。昨年の年頭に掲げた Aesthetics, Blindness, Complexity, Diffusion, Enthusiasm というキーワードである。いま挙げた研究は、そのうちの Aesthetics にあたる部分である。

身のほど知らずにも心理学的な分野にも興味がある。意思決定における意識と無意識の相克、つまり Blindness が、自分の研究テーマでいえばトレードオフ回避、そしてイデオロギーの研究と関連する。1月に選択実験を行うが、その後も実験や調査を継続したい。

人間心理を理解するという点では Enthusiasm、つまり熱狂の研究もある。今春のプロ野球研究本の出版が契機になって、研究の幅が広がり、ファンのデータだけでなく、選手のデータまで分析できるようになればと願う。そうなったら自分の「熱狂」も高まるだろう。

私は自然科学に対する知識も興味も乏しいが、その手法のマーケティングへの応用には関心がある。 そこで Complexity というキーワードが登場する。これまでの研究をさらに継続するほか、消費者行動への応用に関する書籍を、今年こそ書き上げなくてはならない。

では、本丸のマーケティングでは何をするのかというと Diffusion である。論文化急務の Twitter の伝播効果研究の次として「新製品の導入~普及の研究」という、古くて新しい研究テーマに取り組む。ありふれたテーマのようだが、実は未解決の問題の宝庫である。

たとえば、日本で短命な「新ブランド」の導入が繰り返されるのはなぜか。米国のケースと比較することで、一般性のある知見を獲得できるかもしれない。消費者に新製品の成功-失敗を予見させるという、ずっと以前に行った実験を新しい視点で見直したいとも思う。

ということで、いろいろな思いを胸に秘めつつ、今年も仕事を進めていきたい。