都市と球場の物語,というタイトルがいい。ファンと球場ではなく,都市と市民と球場。この視点なくして,広島市民球場と広島東洋カープの歴史は語れない。著者のブログを読むと,この本の執筆を引き受けるまで,さほどカープや広島市民球場には興味はなかったという。加えて練達のスポーツライターとして MLB や米国の球場事情に詳しいことが,この球場と球団の独自性を見いだすうえで大変役立っているように思う。
よく知られているように,広島カープは日本のプロ野球球団のなかで唯一,特定企業が親会社にならずに設立された。自治体,地元企業,そして市民から集められた資金をもとに選手集めが行われたが,隣県の下関に誕生した大洋ホエールズに比べても圧倒的に少ない金額だった(当時の大洋のオーナーは「球団の費用など鯨を一頭仕留めれば賄える」と述べたという)。いま聞くと驚く話がいろいろ出てくる。
その後も資金的には厳しい状態が続き,他球団との合併が噂されることもあったが,熱狂的な市民と広島市や地元企業によって何とか支えられてきた。70~80年代に黄金時代があったが,いまや最も長く優勝から遠ざかっている球団だ。巨人戦ですら閑古鳥が鳴く状態が続いていたが,広島市民球場の最後の年となった昨年は,これまでのことが嘘のように多くの市民が球場を訪れ,球場との別れを惜しんだ。
この本は,広島市民球場の建設についても,興味深いエピソードをいくつか伝えている。その1つが,なぜホームチームのペンチが西側を向いているかである(他の球場では,ほとんどそのような例はない)。その理由は本書を読んでいただくとして,この球場が平和公園や原爆ドームと一体となって存在していることがよく理解できるエピソードだ。市民球場はヒロシマの歴史そのものを背負ってきたのである。
そして新しいマツダスタジアム。すでにメディアでいろいろ取り上げられているが,「寝ソベリア」シート以外にも注目すべき点は多い。この本では,この球場の設計が米国 MLB の球場からいかに学んでいるかを詳しく述べており,(広島県人ではないのに)「やるのう!」と唸ってしまう。そもそも内外野総天然芝という,米国ではいまや当たり前の球場は,プロ球団の本拠地では「いまや」ここだけなのだ。
本書の最終章で,新潟アルビレックスが NPB(日本プロ野球機構)入りを狙っているという観測が紹介される。アルビレックスはサッカー以外にもいくつかスポーツクラブを持ち,特定の親会社はない。その点では広島カープが模範といえる。著者は今後,こうした地域に根ざした,新しいタイプのスポーツビジネスのモデルが興隆するのではないかと見ているようだ。本当にそうなれば,すばらしいことだと思う。
極端な例として,もし将来,楽天がプロ野球から撤退すると宣言したとしたら,仙台のファンたちはどう行動するだろう?そこでも市民と地元の企業や自治体が一体となり,都市と球団の新たな物語が生み出されたならば,日本には至るところ,新しいものを生み出すパワーが充ち満ちていることが証明される。そうした日本を創るためにも,カープに期待される役割は大きい。まずは,勝つこと!(違うか・・・)
Hiroshima 都市と球場の物語阿部 珠樹PHP研究所このアイテムの詳細を見る |
よく知られているように,広島カープは日本のプロ野球球団のなかで唯一,特定企業が親会社にならずに設立された。自治体,地元企業,そして市民から集められた資金をもとに選手集めが行われたが,隣県の下関に誕生した大洋ホエールズに比べても圧倒的に少ない金額だった(当時の大洋のオーナーは「球団の費用など鯨を一頭仕留めれば賄える」と述べたという)。いま聞くと驚く話がいろいろ出てくる。
その後も資金的には厳しい状態が続き,他球団との合併が噂されることもあったが,熱狂的な市民と広島市や地元企業によって何とか支えられてきた。70~80年代に黄金時代があったが,いまや最も長く優勝から遠ざかっている球団だ。巨人戦ですら閑古鳥が鳴く状態が続いていたが,広島市民球場の最後の年となった昨年は,これまでのことが嘘のように多くの市民が球場を訪れ,球場との別れを惜しんだ。
この本は,広島市民球場の建設についても,興味深いエピソードをいくつか伝えている。その1つが,なぜホームチームのペンチが西側を向いているかである(他の球場では,ほとんどそのような例はない)。その理由は本書を読んでいただくとして,この球場が平和公園や原爆ドームと一体となって存在していることがよく理解できるエピソードだ。市民球場はヒロシマの歴史そのものを背負ってきたのである。
そして新しいマツダスタジアム。すでにメディアでいろいろ取り上げられているが,「寝ソベリア」シート以外にも注目すべき点は多い。この本では,この球場の設計が米国 MLB の球場からいかに学んでいるかを詳しく述べており,(広島県人ではないのに)「やるのう!」と唸ってしまう。そもそも内外野総天然芝という,米国ではいまや当たり前の球場は,プロ球団の本拠地では「いまや」ここだけなのだ。
本書の最終章で,新潟アルビレックスが NPB(日本プロ野球機構)入りを狙っているという観測が紹介される。アルビレックスはサッカー以外にもいくつかスポーツクラブを持ち,特定の親会社はない。その点では広島カープが模範といえる。著者は今後,こうした地域に根ざした,新しいタイプのスポーツビジネスのモデルが興隆するのではないかと見ているようだ。本当にそうなれば,すばらしいことだと思う。
極端な例として,もし将来,楽天がプロ野球から撤退すると宣言したとしたら,仙台のファンたちはどう行動するだろう?そこでも市民と地元の企業や自治体が一体となり,都市と球団の新たな物語が生み出されたならば,日本には至るところ,新しいものを生み出すパワーが充ち満ちていることが証明される。そうした日本を創るためにも,カープに期待される役割は大きい。まずは,勝つこと!(違うか・・・)