Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

熱狂を生み出すヒトラーの演説

2015-08-16 08:43:58 | Weblog
ドイツ語を専門とする言語学者が、1919年から45年に至るヒトラーの演説内容をデジタル化し、どのような単語が頻出し、どのようなレトリックが使われていたかを分析したのが本書である。それ以外にも当時のドイツの世論や空気を伝える、さまざまな史料が駆使されている。

したがって本書は、ヒトラーが率いるナチスがいかに政権を掌握し、敗北を迎えたかを、ヒトラーの演説とそれに対するドイツ民衆の反応という側面から描いた歴史書である。と同時に、大衆の扇動を可能にするレトリックについて分析した、コミュニケーション論の書でもある。

ヒトラーの演説はミュンヘンのビヤホールから始まった。ナチスの躍進とともに会場は大きくなり、われわれが記録映画で目にするような、膨大な聴衆を前にした演説になる。メディア論的に興味深いのは、そのあとラジオを使った演説に移った時に直面した、非連続性の指摘である。

本書を読んで印象深いのは、最初は無視できるほどの政治勢力でも、流れのなかで巨大な勢力になり得ることだ。それを、移り気な民衆の情動が後押しする。もちろん、ナチスは選挙で多数党になったわけではなく、当時の政治家の駆け引きのなかで政権を奪取したことに留意すべきだが。

ナチス支配下のドイツでは、戦争が長引くにつれ、ヒトラーやナチスへの熱狂は冷めていく。それは、彼の演説への聴衆の反応にも表れている、と本書は述べる。つまり、潜在的な世論は多様であり続けた。恐ろしいのは、そうであっても独裁政権が生まれてしまう、ということだ。

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)
高田博行
中央公論新社

ワイマール共和国からナチス支配に至る歴史は、日本の戦後民主主義の今後を心配する人々につねに参照されてきた。いまもまた、であろう。自分の肌感覚としても、このところの世のなかの動きに「漠然たる不安」を感じる。だから、ヒトラーの時代の歴史が、最近気になっている。
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新しい消費者行動論の教科書

2015-08-07 01:26:55 | Weblog
今年に入って、消費者行動に関する教科書が続々と出版されている。1月には、松井剛先生を始めとする研究者たちの尽力で、Nichael Solomon による消費者行動論の教科書が翻訳・出版された。かなり分厚い教科書なので、合冊版とともに、教科書で使われたときの学生の便宜を考えて、三分冊版がある点がまずユニークである。

消費者行動の本格的な教科書は、欧米で何冊も出版されてきたが、なんせ分厚い。それを英文で読み通すことは、日本人にとって二重の意味で至難の業であった。今回、翻訳版が出ることになって救われた人は多い。一方、出版市場がシュリンクしていることを考えると、この本を出した丸善は偉大である、と賞賛せざるを得ない。

ソロモン 消費者行動論 [上]
Michael R. Solomon
丸善出版

ソロモン 消費者行動論 [中]
Michael R. Solomon
丸善出版

ソロモン 消費者行動論 [下]
Michael R. Solomon
丸善出版

これから本格的に消費者行動を研究する人には『ソロモン』は必携の書だが、一般学生やMBAの学生は、そこまでの時間と労力を割けないだろう。その点、3月に出版された田中洋先生による『消費者行動論』は非常にコンパクトかつ平易に書かれていてお奨めだ。本格的な教科書であった『消費者行動論体系』をベースに大幅に改訂されている。

消費者行動論 (【ベーシック+】)
田中洋
中央経済社

『ソロモン』と『田中』で共通するのは、心理学・認知科学を基礎とする従来型の消費者行動論を踏まえつつ、ポストモダンと呼ばれるような、もう1つの流れにも目を配っていることである。『ソロモン』でいえば、社会階級とライフスタイル、サブカルチャー、文化、『田中』では自己と他者、消費者文化に関する章がそれである。

私自身は、マーケティング研究者としてはどちらかというと「計量派」(いま風にいえばクオンツ)の側にいるが、消費者行動論において「文化」の研究が進展していることに大変興味を持っている。それは、消費者を独立した存在として見るのではなく、ネットワークを構成する者、社会的な存在として見る立場につながっている。

したがって、心理学的な消費者行動研究が、社会学を通じて、場合によっては複雑系的な社会科学(いま風にいえば計算社会科学?)と結びついていく可能性を予想している。それがあながち妄想でなさそうなことを、この2つの教科書は示唆しているように思う(そこまでいうのは、かなりの我田引水であったかもしれない・・・)。
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『マーケティング零』

2015-08-07 00:32:50 | Weblog
一時帰国したら、何冊か書物をお贈りいただいていた。

まずは、大石芳裕研究室で編纂された『マーケティング零』(白桃書房)。大石先生は明治大学経営学部で「グローバル・マーケティング」を教えておられるが、その受講者がすべて、マーケティングの基礎知識を持っているわけではない。限られた時間で、ゼロの知識から最低限の基礎知識を持ってもらうために、本書は書かれたという。

本書はコンパクトな本ながら、eコマース、顧客満足マネジメント、関係性マーケティング、サービス・マーケティング、コーズ・マーケティングなど、最近注目されている話題にかなりの紙幅を割いている。各章は大石研究室出身の教員や院生によって分担執筆されており、著者がいかに多くの研究者を育ててきたかを窺い知ることができる。

著者の周囲には学生だけでなく、多くの社会人が集まっている。主宰するグローバル・マーケティング研究会には、毎回100人を越す実務家が集まり、質疑も活発だ。その秘密がわかるのが、冒頭の「反省しても後悔せず」と題する一文である。そこに書かれた、著者のある意味で「破天荒な」半生が、多くの人々を惹きつけているのだ。

マーケティング零(ゼロ)
大石芳裕(編著)
白桃書房
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