Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

スマート・プライシング

2012-05-30 15:13:42 | Weblog
価格設定については多くの教科書・研究書が書かれている。マーケティングの教科書の価格設定に関する章を含め,そこに書かれていると予想される範囲をこの本は完全に超えている。第1章で取り上げるのが "Pay as You Wish" Pricing ... いきなり変化球が投げ込まれる。

そのあとも意表を突く変幻自在の投球が続く。常識的な価格設定について知りたい初学者には勧められないが,それらを十分理解したうえで,価格でイノベーションを起こせないかと考えているマーケターや,それにについて学びたいマーケティング研究者に強くお勧めできる。

スマート・プライシング
利益を生み出す新価格戦略
ジャグモハン・ラジュー,
Z・ジョン・チャン
朝日新聞出版

著者はいずれもウォートンスクール(ペンシルバニア大学Bスクール)のマーケティング教授で,バスだとリトルだのといった栄誉ある賞を受賞した超一流のマーケティング・サイエンスの研究者である(二人の名前を知らなかったぼくは,もはやこの分野からはぐれてしまった・・・)。

おそらく彼らの論文は難解な数式や定理-証明で埋まっているはずだが,この本にほとんど数式は登場しない。しかし,豊富な話題の背後には一貫した論理がある。それは一言でいえば「価格差別化」である。ぼくの授業でも,その原理をできる限りわかりやすく伝えたい。

もう一つの論理は,行動経済学が明らかにしてきた人間の知覚バイアスを利用することだ。その点をもっと知りたい読者には,巻末の参考文献リストが役に立つ。ただ面白いのは,価格設定の実践が先行し,理論・実証は後追いしていること。優れた実務家の直観に勝るものはない。


日本商業学会@北海商科大学

2012-05-29 15:32:22 | Weblog
26,27日と札幌の北海商科大学で開かれた商業学会全国研究大会に参加した。同校は北海学園の系列校。さっぽろ駅から地下鉄で5分の場所にあり,駅から外に出ることなく直接校舎に入ることができる。大会の統一論題は「流通・マーケティングにおける価値共創」だ。

初日は5つの並行トラックがあり,全体の半分近くが上述の統一論題を扱っている。それらの発表を聴きながら,最近あちこちで耳にする価値共創(Value Co-Creation)という概念について学んだ。そこで多くの発表者が言及したのが,サービス・ドミナント・ロジック(SDL)である。

SDL とは何かを巡って多数の文献が存在することからも,そう単純ではない理論であるに違いない。ただし,いろいろな発表を聴く限り,その基本命題の1つは,価値は顧客が使用する文脈において創り出され,しかも企業と顧客が共創するものだということのようだ。

使用価値が顧客の置かれた文脈のなかで決まるという考え方は,いまさらな話であることはいうまでもない。2日目のシンポジウムで池尾恭一先生(慶應大学)は,ノーベル経済学賞のベッカーが家計生産関数の理論によって,すでにもっと精緻な形で定式化されていると指摘された。

同じシンポジウムで上原征彦先生(明治大学)が喝破されたように,そもそもミクロ経済学における消費者と企業の主体的均衡自体が価値共創を扱っているともいえる。もちろんお二人とも価値共創論の意義を否定しているのではなく,真に新しい問題について考えるべきだと仰っている。

経済学を学んだ者にとって「価値」という概念は非常にデリケートだ。近藤公彦先生(小樽商大)は,価値共創論の前史としてマルクスの価値論にも言及された。ぼくにはマーケ研究者が価値という言葉を多用することに違和感があったが,この報告を聴いて少し頭を整理できたかもしれない。

価値共創の研究では,SDL 以外にも顧客参加型の製品開発を扱ったリードユーザ論がしばしば言及され,ラマスワミらのような,企業が顧客に対して仕掛けている価値共創活動の研究も注目されている。理論的な整理より現実の進行が早いのは,この分野では避けられないことでもある。

現場の事例では,ぼくが聴講した範囲では吉田満梨先生(立命館大学)が研究されたカモ井加工紙の「mt」の開発プロセスや,村松潤一先生(広島大学)が紹介された愛知・湯谷温泉の「はづ別館」のプライシングが面白かった。事例研究の発表が多い商業学会ならではの学びである。

価値共創を離れて興味を惹いたのが小山太郎先生(中部大学)の「イタリアの製品開発プロジェクト」という発表だ。イタリア人を理解するには Gusto (Good Taste) が鍵になるという。この研究が単なる問題提起を超えていかに実を結ぶのか,道のりは厳しそうだが期待したい。

久保田進彦,渋谷覚,小野譲司といった先生方の流麗な報告はいつも通り。いくつも自分の研究に向けてインスピレーションをいただいた。こうした(ぼくから見ると)若手の(実際は中堅の)先生と近年お近づきになれたのは,やや趣の違う様々な学会に出ているおかげかもしれない。

さて,来週には INFORMS Marketing Science Conference があり,そのあと JIMS が待っている。そこはいわばホームタウンであり,今回は自分の発表もある。言い訳したいことは山ほどあるが,ぎりぎりまで最善を尽くすしかない(・・・といってる間も反復計算が終わることなく続いている)。

震災復興とサービス工学~JIMS部会

2012-05-19 16:18:36 | Weblog
昨日は JIMS 部会を明大駿河台キャンパスで行った。講師としてお招きしたのは,産総研・サービス工学研究センターの本村陽一氏,宮下和雄氏のお二人である。まず本村さんから「コミュニティ参加型サービス工学の実践:気仙沼~絆~プロジェクト」の発表があった。

本村さんはこれまで,大規模データにベイジアンネット等のモデリングを施し,リコメンデーションなどの応用を図るという研究と実践を積み重ねてこられた。これを東日本大震災の被災地復興に活用するためには,まずは,データを収集するところから始めなくてはならない。

いうまでもなく被災地にデータが自然に集まる仕組みがあるわけではない。産総研が気仙沼に設置したトレラーハウスを拠点に,地元コミュニティに入り,交流を深めながら iPad を使ったライフログ情報の収集が始められている。コミュニティ参加型アプローチと呼ぶ所以である。

これらを使ってどんなサービスを実現するかが最初に定まっているというより,現場に飛び込み,そこで人々と交流しながら作っていく。こういうアプローチは「社会実証」ではなく「社会実装」であると本村さんはいう。一般的にはアクションリサーチという言い方もできる。

被災地では何もしないと事態が悪化していく。そこでダイナミクスに目を向けることが平時のサービス工学以上に重要になるという。それは,モデリングに時間変化を入れるというだけでなく,コミュニティ参加型アプローチ自体のダイナミクスを保証するということでもあるだろう。

宮下さんのご発表は「新たな水産物取引市場の創出をめざして」というものだが,これもまさに優れた社会実装の見本であった。日本の水産業は衰退の一途をたどっているが,世界的には水産物市場は急成長している。このギャップを埋めることが,このプロジェクトの課題である。

日本の水産物市場は青果市場以上に複雑な形態をとっている。それには歴史的事情があるにせよ,このままでは生産者も流通業者も皆が低収益に甘んじることになる。いずれの関係者にとっても現状以上に利益が得られるようなマーケットメカニズムの設計を宮下さんは目指している。

マーケットデザイン,メカニズムデザインと呼ばれる経済学の分野では理論研究が進んでいるが,そのままでは複雑な現実に適用できない。そのために宮下さんは理論的に解けない部分をヒューリスティクスに置き換え,その妥当性をエージェントシミュレーションや被験者実験で検証する。

そしてこのシステムの実証実験を被災地の漁業者とともに実施されようとしている。それが成功し,この技術が普及すれば,被災や風評被害に苦しむ東北地方の水産業を始め,日本の水産業の復活に貢献する。広義の社会科学が産業の振興に役だった例として歴史に名を残すことになろう。

マーケティングサイエンスとはマーケティングの現場で有用な知識を目指すものであり,アクションリサーチとしての性質を持つ。実際,企業と共同研究したり,コンサルティングをしたりしている研究者は少なくない。次の課題は,よりソーシャルな視点に立った実践であろう。

新たに興隆してきた「マーケットデザイン」とマーケティングサイエンスの関係についても考える価値がある。経済学では価格やインセンティブに目を向け,マーケティングでは製品差別化やコミュニケーションに目を向けがちである。両者に実りある対話・協業が可能かどうか。

いずれにしろ,いろいろ大きな宿題をいただいた,刺激の多いセミナーだった。そのあと講師をお招きして行ったお茶の水界隈での懇親会がそれをより印象づけた。そろそろ次回のスピーカーを手配しなくては・・・。

あの「未来」が現実になる日

2012-05-16 09:20:37 | Weblog
子どもの頃胸を躍らせた「未来」の想像図・・・昭和30~40年代に同じ経験をした世代のために,昔出版された未来図鑑がときどき再刊される。以下の本もコンパクトながら,各種の未来想像図を収集したものである。当時の「お宝」ガジェットや大阪万博の写真も収められている。

昭和ちびっこ未来画報
初見健一
青幻舎

後半には,暗い未来図も紹介されている。温暖化と寒冷化という2つの相反するシナリオも登場する。昭和40年代は,いわゆる「公害問題」が注目された時代でもあった。科学技術の発展に対する期待とともに,恐怖感がこれらの破天荒な未来予測にも反映されていたということだ。

では,かつて夢見られた未来像は,単なる幻想だったのだろうか? エアカーや超々音速飛行機,腕時計型の通信機などは結局実現することなく消え去ったのだろうか? そうした疑問に答えてくれるのが次の本である。かつての夢がその後どう研究・開発されたかが追跡される。

「未来マシン」はどこまで実現したか?
-エアカー・超々音速機・腕時計型通信機・自動調理器・ロボット-
石川健二
オーム社

エアカーについては,実は様々な試みが行われ,それはいまも続いている。クルマに代わるものというより,特殊な航空機,船,鉄道などにその構想が引き継がれている。車輪は人類にとって最大の発明の1つだが,それを超えようとする技術者たちの夢が消えることはない。

超音速飛行機はコンコルドの運航中止によって夢が終えたように見える。しかし,その開発は続いていた・・・しかも,日本で! 超々音速機が実現し,欧米へ数時間で行けるようになれば世のなかが変わるのは確かだ。個人的には,この章が本書で一番エキサイティングに感じた。

腕時計型通信機はある意味,携帯電話やスマホによって現実が夢を追い越したともいえる。技術が予想したのとは違う方向に進化する好例だ。自動調理器やロボットについても,着実に「未来」が現実化している。技術者たちの夢に賭けた努力に対しては,ただただ頭が下がる。

本書を読むと,夢を追いかけるものづくり技術者が日本から姿を消すことがないように祈りたくなる。特許に高い報酬を払うことも大事だが,何十年もかけて夢の技術を追求する研究の支援も大事だ。そして,夢の供給源としての想像力が社会から消えないようにすることも。

専門家たちが使う超絶 Mac ソフト

2012-05-11 10:36:34 | Weblog
Mac Fan 6月号の「スペシャリストのためのMac」という特集が面白い。各分野の専門家が愛用する特殊な Mac 用ソフトが紹介されている。登場するのは流体力学,スポーツ分析,3D映像制作,舞台音響,生体電気,金融分析,番組企画,歴史学,言語学,医療診断,ソフト開発・・・。

なかでも注目はスポーツで,バスケットボール女子日本代表のテクニカルスタッフ・恩塚亨氏が SportsCode というソフトを紹介している。試合のビデオにタグを打ってデータベース化・分析する。女子バレーボール日本代表,ラグビー日本代表,そして広島東洋カープが利用している!

恩塚氏によれば,バスケットボール女子日本代表の選手の半分以上が Mac を使っているという。iPhone にデータを送って閲覧することもできるという。そういえば,女子バレー日本代表の試合では,眞鍋監督が iPad を持って指揮を執っている。カープはそこまで行ってないから勝てないのか?w

Mac Fan (マックファン)
2012年 06月号
マイナビ

ただ,このソフトを自分が使うことはないだろう。可能性があるのは,歴史学者の古谷大輔・阪大教授が紹介している PapersScrivener である。後者は作家向けのエディタ兼アウトラインプロセッサだが論文執筆にも使える。梅棹忠夫の京大式カードを電子化したともいえるという。

恋愛野球論

2012-05-02 14:57:40 | Weblog
本屋の野球コーナーで面白い本に出会った。著書の桝本壮志氏は名門・広島商業高で野球部に属したのち,吉本興業NSC に入学,いまは放送作家として活躍されているという。吉本での同期には次長課長のほか,チュートリアルの徳井義実がいる。桝本氏は彼に劣らぬ熱烈なカープファンである。

その桝本氏が,カープだけでなく日本のプロ野球に関する尋常ではないウンチク,トリビアを注ぎ込んだのが本書である。カープ以外の話もけっこう出てくるので,幅広いプロ野球ファンにも楽しめる本だと思う。どうでもいいけど笑える話からちょっとしんみりさせる話までネタは潤沢。

変愛野球論
桝本壮志
サンフィールド

日本のプロ野球,あるいはカープの今後について真面目な提案も書かれている。最後のほうに書かれた「元就に学ぶ経済力強化論」では,ともかく収益を拡大していかないとカープに未来はないことを諄々と説いている。まさにその通り!球団ビジネスのイノベーションが喫緊の課題である。