Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

学問に対する考え方が違います

2007-01-31 23:14:21 | Weblog
Eコマースの世界には膨大なデータが眠っている。そして,それらを分析した刺激的な研究がいくつも現れている。事実の持つ力は強い。そうした研究事例を紹介すると,現場のマーケターも身を乗り出してくる。そして,お前がそういう研究をしたいのなら,その実現に協力しようという人々が現れる・・・(いつもいつもではないにしろ)。ありがたいことである。

好意には誠意で応えなくてはならない。だが,すでに様々な企業から貴重なデータをいただきながら,なかなか分析に着手できないでいる。夢のようなデータをいくつも抱えながら,他の夢を見ていたりする。つまり,いささか不誠実な状態が続いているのだ。これは早く解消しなくてはならない。

東京でのセミナーと打ち合わせを終え,大学に戻ると「大学院」と「自動車」の調査票案が届いていた。メールで返事する。学術研究でも実務の調査でも,調査設計時に考えられていた様々な可能性が,十分に分析し尽くされずに終わることが少なくない。データをとことん搾り尽くすことは,時間的にも能力的にも限界がある。調査はしばしば見果てぬ夢である。最後に必ず何らかの後悔が残る・・・。

昨日の当研究室の卒論発表に対する諸先生のコメントが手元に届いた。実証分析を試みた卒論に対して,数理の先生から「頑張ったと思うが,私とは学問に対する考え方が違います」ということば。卒論の分析や論理構成が甘いことは認めます。だが,それだけではなく,おそらく指導教員に投げかけられたことばでもあるのだろう。違うんでしょうね…。

卒論発表会

2007-01-30 22:59:38 | Weblog
本日は卒論発表会(昨日もそうだが,非常勤のため参加できず)。わが研究室から4人が出陣した。みんな各先生から突っ込まれ,あたふたしていたが,いい経験になったことだろう。これで,明日ぼくが書類を出し忘れることさえなければ,無事卒業・・・のはず。

まずはエージェントベース組。飯塚君は,複雑ネットワーク上のクチコミ伝播のシミュレーションを報告。最後の肝心の結果報告が時間切れで舌足らずになってしまった。八森さんの,先行研究との比較を問うコメントは,さすが鋭い。モデルにもう少し捻りを加えることを含め,コンペまでさらに前進させたい。

2番手,石川さんはオピニオンリーダ~消費者~ブランドの三角関係(ハイダーモデル)のダイナミクスをシミュレーション。ただし,結果は佐藤先生がいうように「当たり前」かもしれない。もっとサプライズがあるような捻りをどこに入れるか・・・これもコンペに備え,真剣に考えなくてはならない。

次いでグルーピング評価グリッド組へ。上原君は笑いを取りながら男子大学生のファッション・スタイル選択の分析を,三宅君はやや緊張しながら求人バイト広告の分析を報告した。課題は定量分析に十分時間が割けなかったこと。こうしたデータへの適切な分析方法論の開発は,ぼく自身に残された課題である。

他の研究室の卒論も多数聞いた。正直,数理計画や生産管理の研究を評価する力はぼくにはない。いくつかテキストマイニングの報告があり,学生が取り組みやすい方法として,今後避けて通れないなと感じる。しかし,一般にいえることだが,ことばの持つ豊穣さを失うことなく分析することは容易ではない。

そのなかで,社訓・経営理念を分析した研究は面白かった。2時点間で経営理念が一貫している(と判断した)企業をビジョナリーとみなし,具体的な語句のクラスタと利益率の関係を分析している。統制群の設定や他のコントロール変数の導入をきっちり行なえば,社会的にインパクトのある研究になるだろう。

明後日の修論の最終発表を終えると,一瞬かもしれないが,一段落することになる。

MSもサービスに注目?

2007-01-29 23:06:12 | Weblog
Marketing Science 25(6) が届いた。まず目立つのが,Rust and Chung: Marketing Models of Service and Relationships というレビュー論文に7つのコメント論文がついていること。これからはMSでもサービス研究がますます重要だ,という空気が伝わってきて,最近サービスサイエンスに関わる身として,無関心ではいられない。しかし,どこに面白い切り口があるのか,自分にはそれが見つかっていない。

次いで,名前を書くのも面倒臭い,壮々たるメンバーによる Structural Modeling in Marketing ... というレビュー論文。いままで外生変数扱いしてきた企業行動等の変数を内生化しよう,そのために連立方程式にしようという流れ。要はマーケティングモデルを均衡理論に組み込もうとする,経済学帝国の侵略だと考えると,個人的にはあまり好きになれない流れだ。日本でも盛んになるんだろうか・・・。

なお,Structural Modeling といっても,計量経済学の流れだから,いわゆる SEM とは関心の置きどころが異なる。潜在変数は出てきても効用ぐらいだろう。しかし,識別問題など共通する話題もあるはず。今後,計量経済学と計量心理学の間に意外な接点が生まれたりするんだろうか・・・。

あとは Eliashberg らの映画,Hauser, Tellis, and Griffin のイノベーション,Gupta and Zeithaml の顧客,Keller and Lehmann のブランドなど,MSの最先端の話題はほぼ網羅されている。全部読むのは,まあ無理としても,一つ二つは読んでみたいと思う。

Editorial board に連なる100名近い?(数えたわけではない)研究者のリストを見ると様々な国や年齢の研究者がいるものの,日本人が一人もいない。他の学会では,少なくとも一人ぐらいはいるんじゃなかろうか。日本のマーケティング研究者は世界で全く存在感がないということか。それとも「名誉ある孤立」か・・・。

個体群動態の価値

2007-01-27 09:20:26 | Weblog
消費者間相互作用の研究会で,若き数学研究者,河内さんから「個体群動態の観点から見た流言のダイナミクス」を聞く。微分方程式モデルの基礎を理解するため,バクテリアの繁殖という簡単な例から始め,ロジスティックモデル,そして Lotka-Volterra モデルを平易に説明し,数理モデルの効用と限界を議論。最後にいよいよ,彼自身の流言モデルへ進む。

数学が得意でない聴き手にもわかりやすいプレゼンだ。数学的解析の可能性をとことん追求しつつも、セルラーオートマトンやエージェントベース・シミュレーションの価値も認めている。実証分析も視野に入れている。研究対象は生物学や社会学まで広いが,この研究会に熱心に参加されているので,マーケティングも含まれてくるとしたら,うれしいことだ。

個体群動態(population dynamics)は,個体間の相互作用から生じる振る舞いを記述するため,個体の異質性を最低限に抑えて,数学的に扱いやすいモデルを作る(とはいえ,変数を増やすとすぐに解析が困難になる)。現実には集団レベルのデータしかない場合があり,このアプローチはまさにそうした状況で力を発揮する。

クチコミがまさにそうだ。誰と誰の間をどういう情報が流れたかを正確に計測することは,特殊な状況を除き難しいが,世の中にどういう情報がどれぐらい流布しているかは,ネット上でおおまかに推測可能になっている。

Management of Creativity

2007-01-25 12:03:54 | Weblog
日経ビジネス1.22号は,クリエイティビティと経営の関係について考えさせる(ある意味で皮肉な)構成になっている。まず,冒頭で「0円でも売れない」という,携帯電話市場に関する記事。番号ポータビリティ制を見込んだ競争で,どのキャリアも過剰在庫を抱えるようになったという。記事の右上に iPhone を持ってにっこり笑うスティーブ・ジョブズの写真。そして,iPhone はソフトバンクから発売されるのではと書かれているが,それが救世主になるかどうか。

そこから少し後に行くと「組織磨くブランド請負人」という特集がある。それによると,ソフトバンクの孫社長は,超有名クリエイターの佐々木宏氏に「通常,10年,20年かかるブランド構築を,1年,2年で完成させたい」といって,ソフトバンクモバイルの広告制作だけでなく,マーケティング全般のコンサルティングを依頼したという。そして,佐々木氏は,小泉首相における飯島秘書官のような役割を目指しているという。ただ,最初の記事と重ね合わせると「1年,2年で」ブランドを構築するのは難しい情勢だ。

最後のほうに,Business Week から転載した「ジョブズ氏は“治外法権”か」という記事がある。ストックオプションに関する不正操作の疑惑・・・他社ならCEOの辞任に追い込まれるところが,アップルにとってジョブズが去ることはあり得ないという(彼の価値は全株価の20%にも及ぶと)。最後にスタンフォードの教授の「ジョブズは国の宝だ。アップルは彼が事業に関与し続けられるよう最大限の努力をしなければならない」ということばが紹介されている。

これらを通していまさらながら感じるのは,クリエイティビティが競争力の根幹になっているということ。しかし,それはキャメロン・ディアスやブラピの虚像からではなく,スティーブ・ジョブズのような人物の実像から生まれること。クリエイターと経営の関わり,あるいはクリエイティブな経営者ということについて,きちんと考えてみる必要がある。Managment of Technology (MOT) ならぬ Management of Creativity (MOC) ・・・。

Research on Creativity +

2007-01-24 23:40:03 | Weblog
今日はシナリオ創発ワークショップの日だったが,残念ながら参加できなかった。だから想像でしかないが,クリエイティビティについて活発に議論されたに違いない。最近は Toubia の"Idea Generation, Creativity, and Incentives"のように,マーケティング・サイエンスでさえ,アイデア生成とかクリエイティビティという問題を扱うようになった。確かに製品開発であれ広告であれ,最後はそこに行き着くのだから,当然の流れだといえる。Toubia の場合,ゲーム理論や契約理論を踏まえて,インセンティブがどのようにアイデア生成に影響するかを探求している。認知科学的な研究とは少し観点が違うが,それはそれで面白い。

ところで,3年越しの "Optimal Threshold Analysis ..." が European Journal of Operational Research に採択されたという朗報が届いた。ぼくにとってこのプロジェクトは,TV出身のディレクターが,映画界の大物監督と一緒に仕事したようなもの。研究のプロフェッショナリズムについて,いろいろ教わった。しかし,このチームは,完全に同じ形では二度と復活しないだろう・・・なぜなら,この研究を支えた優秀な院生が企業に就職してしまったから。彼ほど真面目で緻密で優秀な学生には,その後出会っていない(大学に移って最初に彼と仕事をしたため,しばらく彼が参照点になってしまった・・・それで迷惑した学生もいただろう・・・)。

アイデアの生成に,コラボレーションは欠かせない。それが形となって実を結ぶことはうれしい。なぜそうなるのかには,様々な理由がある。当然うまくいかないコラボレーションもある。お互いに弱点をカバーし合って,かつ新たな強みを生んでいるか・・・この条件を満たす事例は,実際そう多いわけではない。

西の端から東の端へ

2007-01-23 23:55:39 | Weblog
「自動車」プロジェクトの調査票をりファインするため,関東平野の西の端まで行って専門家に助言を伺う。クルマの技術属性についてもっと深堀りが必要。ぼくにその知識が乏しいことが問題だ。秋にボストンで発表会?があるのだとしたら,春先には調査開始? それで? ・・・未知の領域に突入する。

夜には東の端に戻り,大学の実験室に顔を出すと,わが研究室のB4が全員,卒論の追い込みにかかっている。なぜわれわれの研究室は狭いコーナーに追い込まれているのか,哀れな気がする。すべては慣習と既得権益が支配している。なぜゼロベースにならないのか・・・腹が立つのでこれ以上は書かない(だが少し書いて,ウサ晴らしをする)。

西尾さんから新刊の編著書をお送りいただく。執筆者が全員女性研究者というマーケティングの教科書。「女性ならでは」の視点があるのかどうか,興味がある。数あるマーケティングの教科書を片っ端から読んで,共通点とそれぞれの特徴を整理してみたいと前から思っている(「思っているだけ」なんだが・・・)。どの分野でも教科書がその学問を外に向かって代表している。それを書くのはきわめて重要かつ名誉なことと思う。

「論文の書き方」の教え方

2007-01-21 22:58:14 | Weblog
おかげさまで朝9時から夕方6時まで研究室で過ごすことができた。昨日同様,論文を読んだり,うとうとしたり。「ワイン」の計算結果を見直していると,「おっ,これは」という閃きが・・・だまし絵ではないが,急に「何か」が見える瞬間がある(あとで勘違いだったことに気づくこともしばしばだが)。しばらく寝かせて,これが「本物」だったら,いよいよ大団円だ。

夜6時に「前線」から帰還した同僚たちをお迎えし,7時から卒論「直前版」2篇をチェック・・・苛立つ自分に二重の意味で失望する。「論文の書き方」を教えるということは,それが可能だとして,具体的にはどういうことなのか。清水幾太郎の『論文の書き方』を読むと,大学生(あるいはその鏡像たる大学教員)の質が半世紀前と決定的に違うことがわかる。

すでに言い尽くされたことかもしれないが,ちゃんとした論文を書くには,まずちゃんとした論文をいくつも読む必要がある。卒論は日本語で書くのだから,日本語の良質な論文をたくさん読ませるべきだろう。もっと対症療法的には,パワポを作らせてから論文に進ませたほうが「構造的」になるかもしれない(最近の研究者は,実際みんなそうしているわけだし)。

幸か不幸か,来年度,当研究室への配属を希望する学生は激減しそうな雰囲気だ(4人→?)。エージェントベースしか指導しないと宣言したせいなのか,もっと本質的な理由なのか,いずれにしろ,論文指導の限界を感じている身として,それは悪い話ではない。実際,ぼくの何百倍もすごい研究者ですら,指導する学生の数が多くなりすぎると,指導が行き届かないことが起きる。

部屋に帰ってTVをつけると,そのまんま東が宮崎県知事選に勝ったというニュースが飛び込んできた。Nスペでグーグル特集,TXで草刈民代を取り上げたドキュメンタリーを見る。明日の朝は別の卒論2篇と修論の最終チェック・・・そして午後から東京へ。

迫りくる締め切りリスト

2007-01-21 12:38:21 | Weblog
1/31  MASコンペティション on 3/7 @ 構造計画研究所(中野) ... 研究室から2組出場予定

2/01  Marketing Science Conference on 6/28-30 @ Singapore Mgt. Univ. ... あと10日! どーするオレ?

2/05  SIG-KBS 「知能・適応と社会, ネットワーク」 on 3/29-30 @ 筑波大学(大塚) ... ネットワークのあれで

2/??  Marketing Session in IMPS on 7/9-13 @ タワーホール船堀 ... 計量心理的なあれとかこれとか(そんなにあったか?)

3/01  Frontiers in Service Conference on 10/4-7 @ San Francisco ... 多分見送り

3/14  JIMS on 6/16-17 @ 関西学院大学 ... プロジェクト報告+若手?

3/29  AESCS on 8/29-30 @ 早稲田大学 ... full paper が必要

・・・てことで,夏までの学会発表は,ほとんどこの3月中に申し込まねばならない。5/25-27の商業学会,6/23のデータベース・マーケティング学会はすでに「内定済み」。あと JACS があるが,そんなに出ていられるのか・・・(いや,場所次第だ)。秋以降を考える余裕なし。


明日も元気で!

2007-01-20 23:27:08 | Weblog
今日は雪は降らなかった。そして,来るべき人たちは・・・一瞬ひやりとしたが,ぎりぎりのタイミングで「最後の一人」が駆け込んできた。おかげさまで「補欠」は先発はおろか,途中出場の機会さえなく,平和に研究室で過ごせたのであった。だが,明日もまだある・・・疲労困憊しているレギュラーの方々を見ながら「頑張って! 明日も元気で,ぜひ時間通りにお越しを!」と心から祈らずにおれない。

久しぶりに(何てこった・・・)じっくり論文を読む。Xerox から HP の研究所に移った Huberman のグループは,クチコミ・マーケティングを含む研究領域で,理論,シミュレーション,実証のすべての面で素晴らしい研究をしている。そして Toubia の Idea Generation に関する論文。数々の高名な賞を取りまくっている,マーケティング・サイエンスの期待の若手だ。彼の地との落差について,いまさら何もいいたくない。

論文を読む一方で「ワイン」の分析アルゴリズムの修正と実行を繰り返す。結局,長期戦になりそうだ。実験から5年以上は経っている。悪くいえばベトナムやイラクのような泥沼に,よくいえば完全なるライフワークになってきた。よし,一生これを研究し続けるぞ!(?)


研究のプロフェッショナル

2007-01-19 23:42:13 | Weblog
昨夜の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で浦沢直樹氏が最後に語った,プロフェッショナルの定義が心に残る。いわく「締め切りがあること,そして,その締め切りまでに最善の努力をする人」だと。何と実際的な定義だろう。だが,プロフェッショナルというのは,そういうものなんだと思う。それに倣って「研究」のプロフェッショナルを定義するなら「査読があること,そして,査読を通すために最善の努力をする人」ということになろうか。

締め切りがあるのは,作品が連載されるからで,それは次の回を読みたいという読者が相当数いることが前提だ。毎週来る締め切りは苦痛だろうけど,持続的・反復的な創造プロセスにとって,締め切りは不可欠な装置になっている。査読もまた苦痛を伴うが,同時に,ある水準以上の質が保証された論文を次々と世に出す装置だといえる。漫画ほど多くの読者がいるだけではないが,ジャーナルが定期的に刊行されることで研究者コミュニティが維持されるのは確かだ。

プロフェッショナルとして生きることは,無茶苦茶タイトな制約のなかで,きちんとした成果を出し続けることである。1回,2回ではなく,継続的に成果を出すこと。そのことの凄さを重々承知したうえであえていえば,それだけでは傑出して面白いものは生まれない。さらに何かが必要だ。

惨憺たる1月下旬

2007-01-18 23:56:38 | Weblog
卒論打ち合わせ,研究提案書作成,企業向け調査票改訂,物品発注事務・・・で一日が終わった。1月の最重要「分析」は,期待を裏切る結果が続く。まだやれることはいろいろあるが,時間がなくなってきた・・・。年度内に報告すべき2件のプロジェクトのデータが揃い,そろそろ着手しなくてはならない。

卒論/修論の提出と発表会が1月下旬に集中する。学生も大変だろうが,こちらも大変だ。その結果,来週予定していた重要な約束がいくつか果たせない懸念。鍵を握るのが,週末のセンター試験だ。「補欠」を拝命しており,「レギュラー」陣が全員予定通りいらっしゃれば,ぼくはお役御免,学内で待機するだけで済む。しかし相手は大学教員,甘く見ないほうがいい。

先に「夢」がほしい・・・あそこまで行けば,とりあえずほっと一息,みたいな。


経済変動の進化理論

2007-01-18 03:05:07 | Weblog
月曜の日経を見てびっくり。「経済教室」にRichard Nelsonが登場し,進化経済学について紹介している。さらにびっくりしたのが,Nelson and Winter (1982) Evolutionary Theory of Economic Change(経済変動の進化理論)の邦訳が春に刊行されるという。原書刊行以来四半世紀経って,ようやく・・・。

この本は,ぼくにとってあまりにも思い出深い。最初に知ったのは,小田切先生が東洋経済「近代経済学シリーズ」に書いていた,技術革新の経済学に関するサーベイを通じて。そして原典を読んでみて,まさに目からウロコだった。それが修論へ結びつき,博論にも少なくともそのスピリットだけは継承されていった(はず)。

四半世紀を経て,進化経済学はどれほど発展しただろうか。エージェントベース経済学は,進化経済学の一部ないし発展形として,その年月に相応しい成長を遂げただろうか。春に Nelson and Winter の翻訳が出ることは,それを考え直すよい機会になる。そして,JASMIN の部会で提案した,この分野の Must Read Papers を集める試みが実現すれば,ある程度見通しがつくだろう。

SNSが衰退する日

2007-01-17 23:04:12 | Weblog
昨年9月に大前研一氏が書いた「地デジよりSNSに注目する広告業界」という記事の最後のほうに,面白い一文を発見した。それによると,SNSは今後10年以内に,かつてのパソコン通信のフォーラムと同じ運命を辿るという。その理由として彼が挙げるのは,(1) この手のものは盛り上がったあと,いずれ別の手段に代替される,(2) 広告ビジネスが絡んでくると運営が難しくなる,(3) 現在SNSを支えている20代は,10年後には余裕がなくなる・・・である。

10年とはまた随分気の長い話である。2,3年後だって何が起きても不思議ではない。それはともかく,大前氏の挙げる(1)の理由はかなり「ある」と思う。ポストSNSとして何が出てくるか・・・いまならSecond Lifeを挙げる人が多いだろうけど,正直ぼくにはわからない。いろいろな芽が,すでにあちこちに現れているに違いない。

個人的なことをいうと,一応2つのSNSに入っているが,リンクしている友人はごくわずかで,増やす努力もしていない。どうもぼくのリアル世界の友人は,この種の世界を敬遠しているように思える・・・というよりも,ぼくが友人を「一堂に会する」ことを敬遠しているといったほうが正直かな。リアル世界の友人・知人とSNSのリンク先の共通集合がどれだけあるかが,その人の「対人一貫性」を示す指標かもしれない。オレは臆病なのか,ずるいのか・・・。

大前氏の予言に戻ろう。共通の関心や価値観を基盤とするコミュニティは,地縁・血縁に基づくコミュニティや,存続が至上命題である企業・役所のような組織に比べ,どうしたって寿命が短いはず。だが本当にそうなのか,なぜ,いつ衰退に向かうかについて,すでにいろいろ研究があって然るべき。だが,それほどでもないなら「いつか」自分でやってみたいと思う(またまた研究テーマ候補の追加・・・)。

コミュニティの栄枯盛衰は「単純な」複雑系モデルで記述できるかもしれない。それぞれのリズムやサイクルで生きている諸個人がシンクロしたとき,盛り上がりが生じる。だが,ちょっとした偶然で逆のメカニズムが廻り始めると,集団が急速に解体していく。こうした現象を,あたかも神のようにマクロに眺めるのは「楽しい」だろうけど,当事者としてミクロに目撃するのは,辛い。


ロングテールは使えない?

2007-01-16 23:43:56 | Weblog
MarkeZine に「ロングテールはビジネスでは『使えない』理論である...」という記事。それによると・・・「『ロングテールの法則』とは、一つ一つはあまり売れていない商品であっても、全点数を合計すれば、その売上げは一部の売れ筋商品にも勝り、ネットショップの重要な収益源になるという考え方である」だという。ああ・・・訳本も出ているのに,何で Anderson の原典に当らないんだろう・・・。

ちゃんとそれを読めば,テール(ニッチ)のほうがヘッド(売れ筋)より儲かるとか,あるいはテールだけで儲かるとか主張していないことがわかる。あるいは,80:20の法則が事実として「否定」されているわけでないこともわかるはず。もっとも訳本の「『売れない商品』を宝の山に変える新戦略」という副題だけ見ると,勘違いしかねない。原書の記述に誤解を招く部分があることも確かだ。

結果として,ニッチな製品を揃えれば儲かる vs. そんなバカな,という不毛な議論が起きている。原典の問題は,生産や在庫の追加的費用という供給面を主に見ていることだと思う。それだけから,テールをカバーすることの積極的な理由は出てこない。顧客サイドの費用構造をきちんと見ることで初めて,ロングテールの収益構造が明らかになるはずだ。しかし,その意義は実務家にすらなかなか理解されない。

上述の記事で面白いのは,筆者が「伝え聞くところによると」アマゾンの製品別売上分布にはヘッドが無く,テールばかりだと主張しているところだ。Brynjolfsson たちの実証研究では,それはベキ分布に従うことが示されている。それとは違う「事実」があるのだとしたら,ぜひ公表してもらいたいものだ。

とにかく事実に基づく議論がしたい。そのためにぜひ事業者に協力してもらって経験的な研究がしたい。しかし,いまのところ,それが順調にいかないところに自分の力不足を痛感する。