Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

望月三起也を懐かしむ

2019-02-22 15:33:45 | Weblog
『文藝』別冊の「望望月三起也 生誕80周年&『ワイルド7』50周年記念」号。望月三起也の代表作「ワイルド7」は1969年から79年まで少年キングに連載された。それを懐かしいと思うのは当時の10代だろうから、いまや60代に達している。この本は少年時代を振り返る契機になる。

自分にとっては、散髪屋でよく読んだという記憶がある。もちろん本屋で立ち読みしたり、たまに買ったかもしれないが、相当きちんと連載をフォローしていた。50年近く前とはいえ、いま読み返しても絵柄や話の展開をよく覚えている。それだけ少年にとって刺激が強かったのだろう。

望月三起也 生誕80周年&『ワイルド7』50周年記念 (文藝別冊)
河出書房新社

なんせ警官が超法規的に犯罪者を撃ち殺して回る話なので、明るい少年漫画の世界では異色だったかもしれない。一応警官とはいえ、当時の世相を反映して、反戦運動をしていたヒッピーがメンバーにいたりして「反体制的な」フレーバーもあった。清々しい荒唐無稽さに満ちていた。

その後、断続的に続編が描かれた。そちらはあまりフォローしていないが、「グラマーな」美女が強調され、アダルト向けに進化した(それは読者の加齢に適応した進化なのだろう)。といっても基本はアクションに色を添える程度のチラリズムであった(本書・安田理央氏の寄稿参照)。

望月三起也は自分の作品を「劇画」とされるのを嫌ったという。そこでの漫画と劇画の違いは何だろうか。池上遼一の劇画も物語の荒唐無稽さでは負けていないが、その一方で人物や情景のリアルさを追求している。漫画とはそうしたリアルさを否定する、と考えればいいのだろうか。

拳銃や戦車や戦闘機が好きで、戦争ごっこをして遊び、少し大人になるとクルマやバイクにハマり…という少年は昔はいっぱいいたと思うが、いまはどうなのだろう。それほどでもない、とすれば望月三起也的な世界が若い読者を獲得するのは難しい。ジジイたちが愛し続けるしかない。
コメント

マーケティング・モデルとAIの架橋

2019-02-19 13:43:14 | Weblog
マーケティング・サイエンスの世界でも機械学習を用いた研究が増えているが、マーケティングの実務では、機械学習(あるいは広義のAI)の普及はもっと急速かもしれない。それを担うのはマーケティングの現場で増えている理工系の学位を持つデータ・サイエンティストだ。

しかし、機械学習等で開発された汎用的なデータ解析手法が席巻すると、独自に研究を蓄積してきたマーケティング・サイエンスの居場所はなくなってしまうのではないか…本書を眺めるとそれが杞憂であることがわかる。選択モデルにも然るべきスペースが与えられている。

AIアルゴリズムマーケティング
自動化のための機械学習/経済モデル、ベストプラクティス、アーキテクチャ (impress top gear)
IIya Katsov
インプレス

本書の冒頭では、マーケティングの自動化・最適化(原題を直訳すると「アルゴリズミック・マーケティング入門」)の歴史的背景の1つが、オペレーションズ・リサーチを源流に持つマーケティング・サイエンスであることに言及している。そこは類書にない特徴だと思う。

著者はデータ解析を専門とする実務家である。アルゴリズミック・マーケティングの様々な適用場面について、様々な手法を基本的な数式をきちんと示しながら解説している。その意味でデータ・サイエンティストだけでなく、マーケティング・サイエンティストにも勉強になる。

選択モデルや生存時間モデルを紹介し、価格設定からカテゴリーマネジメンやイールドマネジメントといった話題まで取り上げるという奥の深さから、マーケティング・サイエンス(あるいは経済学)の研究者がこの領域で仕事をするときの参考書にもなる。役立ちそうな予感。
コメント

ワインの知ったかぶりはやめよう

2019-02-06 18:41:14 | Weblog
ワインは栓を抜いたらなるべく早く飲むべし…ずっとそう思い込んでいた。だから本屋で「3日目のワインがいちばんおいしい」という書名の本に出会ったとき、大いに興味を惹かれた。これまで信じてきたことが間違いなら、早くそれを正して、残りの人生を楽しまなくてはならない。

肉には赤ワインで魚には白ワイン、赤を飲んだあとに白を飲むのは邪道、ロゼは何となく中途半端な存在…そうした思い込みもあった。本書は、そうした思い込みの誤りを教えてくれる。肉といってもいろいろ、赤といってもいろいろ。そこで飲食にもクリエイティビティが求められる。

それは凡人にとっては大変なことでもある。親切な著者は、こうしておけば間違いないという新たな定石を教えてくれる。それすら覚えられない自分はどうすればいいか?とりあえずは、どうすればもっと美味しく飲み食いできるか、心でシミュレーションしてみるくらいは必要だろう。

3日目のワインがいちばんおいしい
渡辺良平
新星出版社

著者はフランスのワイナリーで働いた経験もあるワインショップの経営者。本書では徹底した顧客視線に立つ。ワインは好きだが、上から目線のワイン求道者にうんざりしている方にオススメの本。意味なくグラスを回したり、テイスティングのとき「うん旨い」とかいうのはやめよう。
コメント

マーケティング・リサーチの極北

2019-01-22 18:57:58 | Weblog
昨年末に2冊の『マーケティング・リサーチ入門』と題する本が刊行された。1つは、すでに当ブログで紹介した朝野熙彦先生の本(朝野本と略す)、もう1つが今回とりあげる星野崇宏、上田雅夫のお二人による本(星野・上田本)だ。この2冊、それぞれ違った特徴がある。

マーケティング・リサーチ入門
(有斐閣アルマSpecialized)
星野 崇宏, 上田 雅夫
有斐閣

朝野本は、以前の投稿で述べたように、実務の現場からマーケティング・リサーチ(MR)の最前線を紹介している点に特徴がある。一方、星野・上田本は、教科書として MR に関する基礎知識をカバーしつつ、アカデミックな研究の最先端についても紹介しているのが特徴だ。

たとえば、測定の妥当性と信頼性、サンプリングの理論と実際、虚偽回答を防ぐ技法などについて、類書を超える詳しさで述べられている。因果分析、行動経済学の知見の応用、質的調査の分析など、著者らが精力的に研究を進めてきた分野の説明が充実しているのは当然だろう。

これらの研究は、まさに実務に役立てることを意図して行われてきたもので、使いこなせば現場にも大変役立つ。したがって教科書的知識なら自分はすでに持っていると自負する実務家であっても、本書を読んだほうがいい。必ずいくつか新しいことについて学ぶはずである。

これらの2冊は互いに補い合う関係にあるので、どちらの本も読むことがベストである。しかし、どちらから読み始めるべきかと問われたら、学生あるいは MR の経験がない社会人に対しては朝野本、MR についてある程度知識を持つ実務家や教員には星野・上田本を薦める。

というのは、MR について知識が乏しい読者には、まず現場を垣間見て、最前線にどんな面白いことがあるかを知るのが勉強の動機づけになるからだ。他方、すでに知識や経験がある人々には、彼らの住む世界の先に、新たな発展可能性があることがを学んでほしいからである。

なお、星野・上田本は、日本の教科書としては珍しく参考文献リストが充実している。大学院生や研究者にとって、知らなかった概念に出会ったとき次に何を読むべきかがわかって便利である。本書は入門的教科書でありながら、MR の研究を深化させるインパクトも持つだろう。
コメント

平成の終わりに世界の未来を考える

2019-01-04 16:56:08 | Weblog
平成最後の年にあたり、今年の新年は未来のことをじっくり考えてみてはどうか? もちろん毎年のように新聞や雑誌はこの時期未来予測の記事を掲載するし、年賀状にちょっとした未来予測を書く人も少なくないはずだ。ただ、しばしば技術の話一辺倒になって食傷気味になる。

『〔データブック〕近未来予測2025』は、世界的規模での人口・環境・資源・民族等の大きなテーマから技術やビジネスまで、幅広く近未来に言及する。著者のアプローチは専門家によるワークショップであり、しばしば両論併記的であり、よくいえばバランスが取れた本である。

〔データブック〕近未来予測2025

ティム ジョーンズ,
キャロライン デューイング
早川書房

私のようにふだんグローバルな視点で世界を眺めていない人間には、たとえばアフリカ、北欧、東南アジアなど様々な地域での諸問題を列挙されると大変勉強になる(すぐ忘れがちだがw)。ビジネスの問題に絞っても、ところ変われば品変わるという点でいろいろな気づきが得られた。

個人的にツボだったのは、ダイナミック・プライシングの広がりを語る箇所で、アマゾンはアップル・ユーザに対して割高な価格を提示すると書かれていたこと(価格弾力性が何に対しても小さいという意味か)。また、シェアリング・エコノミーの商業化に警鐘を鳴らしている部分だ。

自分の探求課題でもあるクリエイティブ・エコノミーについて、その拡大が経済的格差の拡大につながることを懸念するよりも、これまで社会的に排除されてきた人々を包摂する可能性に期待している点も興味深かった。これは予測というより、未来をどうしたいかの問題というべきか。

結局のところ、未来のことは誰にもわからない。本書が執筆された時期以降の大きな変化として、米国におけるトランプ政権の誕生がある。それによって、少なくとも環境や移民の問題は、本書で予測されたよりも悲観的な方向で進むかもしれない(日本語版の補論で若干の言及はある)。

実はこの本を昨年、大学1年生向けのクラスで輪読に用いた。様々なテーマのうち何に最も関心があるかを聞いたところ、やはりというべきか、人工知能やクルマの自動運転を挙げた者が半数近かった。それらは、多くの論点のうち、最も不確実性が小さく、夢があるということだろう。
コメント

2019年の冒頭にあたり

2019-01-01 10:40:54 | Weblog
2018年の冒頭にこのブログに書いた抱負を見返すと、昨年1年、研究のアウトプットにおいてほとんど進展がなかったことがわかる。それを進歩がないと見るか、一貫性があると見るか…それなりに楽しい1年だったので、水面下でエネルギーを蓄えた1年、と考えたい…。

春と秋にNYを訪れて、"Failure of New Product Diffusion" の研究で共著者と打ち合わせた。現在、消費者の革新性に基づき新製品の成果を予測する方向へ研究が進んでいる。6月には JIMS と Marketing Science Conference で発表した。今年はさらにステージアップを目指す。



マーケティングにおけるエージェントベース・モデリングを概観した "Complexity Modeling of Consumer Behavior"の出版予定は、Springer のサイトでさらに1年後に延期された。大学院の授業とも連携しつつ、今年中には入稿したい(昨年も同じことを書いていたかもしれないw)。

出版面では『プロ野球「熱狂」の経営科学』の続編、『マーケティングは進化する』改訂版、ビジネスパーソン向けの新企画などが目白押しだ。他方で、昨年中に投稿されているべき学術論文がいくつかある(そのうち1つだけは何とか投稿できた)。やりくりと割り切りが重要だ。

少し違った流れでいうと、昨年初めて数理社会学会でポスター発表した。題目は「『クリエイティブな職業』を測定する」で、数年前に萌芽研究で実施した調査を報告した。新たに共同研究者を得て "Creativity, Class & Consumption" に関する調査を準備中だ(研究費を何とか…)。

テーチングでは、在外研究から戻って再開したゼミで関東学生マーケティング大会に挑んだが、初戦の壁は破れなかった。取り上げたテーマ(肥満に対する過剰な意識、酒類消費への世代効果)は悪くなかったはずだが…。2019年、捲土重来を期して新たな3年生が壁に挑戦する。

ゼミについていえば、昨年秋に久しぶりに(2回目の)OBOG会を実施した。最年長でもまだ20代で皆まだまだ若い。それでも転職したり、結婚したり、それぞれ人生には変化がある。彼らが属したゼミに多少とも誇りを持てるように、自分としては成果の出版で頑張らねばならない。


コメント

「騙されない」ための知的武装

2018-12-27 17:31:46 | Weblog
フェイクニュースという言葉を聞かない日はない。なぜなら、フェイクニュースのおかげで当選したように思える某国のリーダーが、毎日のように自分に批判的な報道をフェイクニュースだと非難しているからだ…などと書くと、それこそフェイクだと非難されるかもしれない。

そもそもフェイクニュースについて、フェイクではない知識はあり得るのか。それを知るには、笹原和俊『フェイクニュースを科学する』を紐解くべきだろう。本書はこの現象の歴史的経緯を手はじめに、計算社会科学に代表される科学的アプローチの最前線に読者を招待する。

フェイクニュースを科学する
拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ (DOJIN選書)

笹原和俊
化学同人

本書は、フェイクニュースが飛び交う世界を「情報生態系」と捉える。つまり、この現象を理解するには個体を深く調べるだけでは不十分で、全体を相互作用するシステムとして捉えることが必要となる。そこで力を発揮するのが、最近注目を浴びている「計算社会科学」だ。

そこではまず、膨大なデータから現象に潜む規則性を見つけ出す。それが生成されるメカニズムを探るために、できる限り簡単な仮定に基づく計算モデルを構成する。こうした計算社会科学的なアプローチで、フェイクニュースが跋扈する情報生態系のメカニズムが探求される。

フェイクニュースに対抗するファクトチェックの方法が研究される一方で、仮に「正しい」情報を流してもそれを信じたくない人々には効果がないことが研究によって明らかにされている。虚偽の情報を流すことにも信じることにも根深い問題があり、その解決は簡単ではない。

フェイクニュースの蔓延を抑制するためにもう1つ考えたいのが、系統的な外力が存在する可能性だ。陰謀論になりかねない(つまり、それ自体フェイクニュースになりそうな)論点だが、ネット上の足跡からそれを探ることができれば、計算社会科学の対象になり得るだろう。

この問題は、マーケターにとって無視してよいことではない。企業が消費者を「騙す」行為は、デジタル化によってより巧妙化している。それもマーケティングとみなすような風潮が広がると、マーケティングがこれまで積み上げてきた信用が、一挙に瓦解する恐れがあると思う。

フェイクニュースは多くの人々に災厄をもたらす。救いはそれに抗う科学者の動きがあることだ。この問題が誰にとっても理解されるよう、冷静かつ平易に書かれたのが本書である。自立的に生きたいと望むあらゆる老若男女に、本書を読んで知的に武装することを薦めたい。

コメント

マーケティング・リサーチの進化

2018-12-25 18:11:10 | Weblog
「マーケティング・リサーチは《実学》です。珍しいお題目と面白おかしい逸話を講釈すれば事足りる書斎の学ではありません。何よりも企業の方々が何を想い、今後そうやって意思決定されるのかが大事です。」

本書の冒頭で、編著者の朝野熙彦先生はそう述べる。したがって本書の主な章は、マーケティング・リサーチの最前線にいる実務家によって寄稿されている。実際、本書に盛られた事例から、現場の臭いを嗅ぎ取ることができる。「書斎の学」にはさせないという方針が徹底されているようだ。

マーケティング・リサーチ入門
―「調査」の基本から「提言」まで

朝野 熙彦 (編著)
東京図書

とはいっても、マーケティング・リサーチは最近、現場において懐疑的に見られることが少なくないのでは? 本書はまさにそういう問題意識に立ち、現場においてマーケティング・リサーチを進化させようとする取り組みを紹介している。その基礎となる枠組みが、以下の分類である:

Asking
Listening
Watching
Experiment

マーケティング・リサーチのかつての主役は質問紙調査やグループ・インタビューで、いずれも Asking(質問)の方法であった。しかし、いまや Listening(傾聴)や Watching(観察)によるりリサーチが拡大している。その背景には、いうまでもなくデジタル化の進展がある。

たとえばソーシャルメディアからの「傾聴」、機械による人間行動の「観察」は、潜在的に膨大な情報を生み出している。とはいえ、そこから本当に実務に役立つ情報を得るには、コンピュータにお任せするのでは解決しない難しさがあり、専門家としての見識が問われることになる。

上述の4ステップをどのように組み合わせ、どうインサイトを得るかの方法は企業によって、また人によって様々だろう。現場では日々試行錯誤が続き、進化が起きている。本書からその一端を知ることは、実務家だけでなく、マーケティングに関心がある学生にも役に立つだろう。

蛇足。朝野先生の著書の魅力の1つは、数学科の出身である著者らしい論理性、そこからくる「既存の権威」への批判精神である。たとえば、補章として書かれた「マーケティング・リサーチDo's and Don'ts」のいくつかのコラムにそれが見られ、単なる入門書ではない楽しさがある。
コメント

広告業界のピカレスク

2018-12-19 11:42:17 | Weblog
鷹匠裕『帝王の誤算』は、広告業界に君臨したある剛腕経営者を描いたビジネスノベルである。この業界に多少知識があれば、登場する企業はもちろん主要な登場人物についても、あの人か…という推測ができるはず。背景として描かれる業界の出来事もほぼ事実に沿っていると思う。

帝王の誤算
小説 世界最大の広告代理店を創った男
鷹匠 裕
KADOKAWA

この小説が主に扱う1980年代から2000年初頭の時期は、私もまたこの業界の末端にいた。したがって、バブルの絶頂期、夜の六本木でタクシーを拾うべく走り回る広告会社の若手社員の描写には懐かしさを感じる。もっともこの小説の主な舞台、役員たちの世界は想像の外にある。

最大手代理店の頂点に登りつめる主人公は、私が垣間見たこの業界のやり手たちを遥かに凌ぐモンスターである。だが(彼に敵とされない限り)憎めない面もある。広告会社で活躍してきた著者からは両義的な気持ちが汲み取れる。業界に身を置いた人の多くはそうではないかと思う。

主人公が尊敬する先達が提唱した「鬼十則」、最近は不興を買いつつも不思議な魅力を放つ。そう思うのは、やはり自分が生きてきた時代と、そこに適応した嗜好のせいかもしれない。主人公はこの小説のタイトルが暗示する結末を迎えるし、広告業界も新たな価値を模索している。

そういう時期にあって、本書は広告の全盛時代を懐かしむ世代だけでなく、現役の広告業界の人々にも読まれている(汐留の書店では売上1位になったという)。私は著者との縁もあって読み始めたが、ぐんぐん引き込まれて一気に読み終えることができた。羨むべき筆力である。

では、現代の若者は、本書に描かれた「悪漢」たちが活躍した広告会社の黄金時代をどう感じるだろうか。鬼十則的な働き方の価値観は、広告業界に限られる話ではない。その意味で、これから就職を迎える学生たちにも一読を勧めたい。本書は Kindle 他電子書籍でも購入できる。
コメント

経済学と経営学の狭間で揺れる

2018-11-27 10:37:11 | Weblog
『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』が刊行されたのは今年5月。行きつけの書店のビジネス書コーナーではいまだに平積みされており、ミクロ経済学やゲーム理論をベースとした本とは思えない人気である。この本が売れ続けている理由は、一体何なのだろう?

「イノベーターのジレンマ」
の経済学的解明
伊神満
日経BP社

「イノベーターのジレンマ」は、ハーバード・ビジネス・スクールの有名教授クリステンセンが著したベストセラー(邦訳は『イノベーションのジレンマ』)。過去にイノベーションで成功した企業が、新たな「破壊的イノベーション」に対応できない現象を指摘した。

イノベーションのジレンマ
―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき
(Harvard business school press)
クレイトン・クリステンセン
株式会社翔泳社

この有名な学説を取り上げたことが本書の成功の一因だが、それだけではない。まず挙げられるのが、かの山形浩生氏を上回るほどの軽妙でカジュアルな文体。適宜説明を繰り返して読者を説得していく文章力。著者が研究面だけでなく教育面でも傑出していることが伺える。

もう1つの魅力は、著者が振りまく「毒」である。クリステンセンの説明に対して「煎じ詰めれば … 経営陣がバカだったから」失敗したと述べているようなもの、と批判する。単純化しすぎのようにも思われるが、著者としては、わかりやすさを優先してのことだろう。

伊神氏は、企業が合理的に振る舞う経済学的なモデルによって上述のジレンマを明快に説明しようとする。事例を延々と述べ、明確な論理なしに検証不能な議論を繰り返すタイプの経営書に辟易としている読者には、その「毒」がいっそう心地よく感じられると思われる。

私が学んできたマーケティング・サイエンスは、そうした経営学的な伝統(?)から脱して「科学的な」研究を目指している。経済学の影響も強く受けてきた。そうした意味で著者の研究戦略に近い部分はあるし、その鮮やかな手さばきにはひたすら感嘆せざるを得ない。

もっとも、私が違和感を持つ箇所もある。企業間の競争にクルーノー均衡を仮定すると、コストに関する情報なしに企業行動のモデルの推定が可能になるという。コスト情報は入手が難しいのでやむを得ないとはいえ、私にはそうした設定の妥当性がどうしても気になる。

このあたりが、古い世代のマーケティング・サイエンスが経済学になりきれない点かと思う。伊神氏が用いるゲーム理論で武装した産業組織論や構造推定は、欧米の(若い)マーケティング研究者の間には急速に浸透しており、いずれ日本でもそうなるかもしれない。

もう1つ注目したいのは、経営やマーケティングの問題を扱う若手の経済学者が、伊神氏以外にも増えていることだ。彼らの研究生産性は高い。マーケティング学者がうかうかしていると、自分たちに来るべき仕事を奪われるだろう(過去にもそういうことはあった^^)。

したがって、本書はマーケティング研究者にとっても一読の価値がある。今後席巻するかもしれない研究アプローチを知ることは、それに追随するにしろ別の道を行くにしろ有意義だからである。そして、難しい問題についてわかりやすく書くノウハウを学ぶためにも。

コメント

広告は社会を映す鏡であり続けるか

2018-10-26 13:17:27 | Weblog
今年の1月に発売された『広告で社会学』。著者の難波功士さんは広告クリエイターとして活躍した経歴を持つ社会学者。広告やメディアを研究対象にした著作もあるので、本書を「広告の社会学」だと思ってしまいがちだが要注意。「広告の」ではなく「広告で」なのである。

つまり、本書は具体的な広告表現をつうじて社会学について学ぶ本であり、社会学について知っておくべき諸概念が列挙されている。いや正確にいえば、社会について学ぶ、といったほうがいいだろう。だから、この本は広告以上に、日本社会を記述する統計図表で溢れている。

広告で社会学
難波功士
弘文堂

取り上げられるテーマは「自己、インタラクション」から「家族、親密圏」「教育、学校」「医療、福祉」へと進み、「藤堂、消費」「階層、格差」を経て最後は「政治、権力」で終わる(全15章)。これらを理解しておくことは、現代を生きるマーケターにとって必須である。

ありがたいのは、そのテーマに関心があるなら読み進むべき文献が、著者の短い解説とともに紹介されていること。おかげで、それまで全く知らなかった興味深い研究に出会い、何冊か文献を買うはめになった。したがって、本書の題名は「社会学の広告」でもいいかもしれない。

なお、本書で紹介される広告は公共広告や企業広告が多く、私が知らなかったものばかりである。有名企業やブランドの広告を書籍に載せるにはいろいろ制約があるのだろう。特に社会学の文献ともなると、企業にとって宣伝になることばかり書いてくれるという期待を持ちにくい。

もう1つの可能性は、いまや有名企業やブランドの広告からは、社会を象徴するような表現を生み出すパワーがなくなった、ということだ。もちろん、広告というメディアにそんな力はいらない、という議論もあり得るだろう。広告について再考するうえでも本書はオススメである。


コメント

実務家がべイズ統計学を学ぶために

2018-10-08 13:48:34 | Weblog
日本のマーケティング界に統計学を普及させた最大の功労者の一人が朝野熙彦先生であることを否定する人はまずいない(ずっと初期に遡ると他にも名前が挙がるが)。その朝野先生が昨年と今年、立て続けにベイズ統計学の本を上梓された。1冊目を青本、2冊目を赤本と呼ぶことにしよう。

ビジネスマンがはじめて学ぶ
ベイズ統計学
―ExcelからRへステップアップ―
朝野 熙彦
朝倉書店


ビジネスマンが一歩先をめざす
ベイズ統計学
―ExcelからRStanへステップアップ ー
朝野 熙彦
朝倉書店


青本は確率論の基礎から入ってMCMCの解説へと進み、コンジョイント分析や普及モデルへの適用を紹介する。赤本は基礎を補強しつつ、状態空間モデルへの応用やベイジアンネットワークを紹介する。マーケティングへの応用を念頭に置きつつ、理論を疎かにしないのが朝野本の特徴である。

どちらの本もExcelでの分析を中心に据え、高度な分析には R や RStan を導入する。また若手の実務家が執筆者に加わって最新の動向をカバーしている。ベイズ統計学の教科書が次々出版され初学者は迷うところだが、マーケティングの実務家はこの2冊から学び始めるのが良さそうだ。

コメント

消費者行動を通して人間と社会を学ぶ

2018-10-05 15:08:44 | Weblog
松井剛さんの新著は、タイトルや帯のコピーの印象から、ビジネスパーソン向けに易しく書かれたマーケティング入門書のように見える。しかし、私の印象では、本書は「消費者行動論を通して人間と社会に関する諸学説を学ぶ本」といったほうが正しい。だから、マーケティングとの関わりを超えて、幅広い読者(特に若者)にオススメの本である。

いまさら聞けない
マーケティングの基本のはなし
松井剛
河出書房新社


たとえば「解釈とゲシュタルト」「象徴的自己完結と役割移行」「文化資本と経済資本」「脱エスニック化とピザ効果」という概念が、ふつうの意味で「いまさら聞けないマーケティングの基本」なら、世の多くのマーケターは失業するだろう。さらには「マズローはあんな三角形を描いてはいません」と上司に指摘すると嫌がられるかもしれない。

が、しかし、本書に盛られたマーケティングや消費者行動に関する諸概念(その多くは普通の教科書には出てこない)を知っていることは、教養として日々の生活を楽しくするだろうし、マーケターにとっても密かな武器となるはずである。実際、優秀なマーケターほど、一見ビジネスとは無関係のような、多様な教養を身につけているものなのである。

松井さんは当初「マーケティングはモーケティング」というタイトルを考えていたという。こういうユーモアに富んだネタが全編に溢れていて、すいすい読める感じの本である。個々の概念に興味を持った読者が次に読むべき本のリストなどがあるとさらに便利と思ったが、検索エンジンが発達した時代には意味がないかもしれない。探求は自らの力で。
コメント

「浪費」という成長戦略w

2018-03-13 17:32:55 | Weblog
浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―
劇団雌猫
小学館


あんスタ
同人誌
若手俳優
地下声優
EXO
ロザン
乃木坂46
宝塚歌劇団
東京ディズニーリゾート
V系バンド
ホスト
触ってほしい一心

以上は『浪費図鑑』に登場する、20〜30代の女性がハマり、収入の相当部分をつぎ込んでいる対象だ。宝塚やディズニーリゾートはわかるけど、あんスタとかEXOとかは何のことかさっぱりわからない。いずれにしろ男性のオタクに負けないハマりぶりだ。これらに共通点がないか考えてみた。モノよりヒトが多いな、ぐらいしか思い浮かばない。

何かにハマるのは恋愛と同じで、何にハマるかに共通する要素などはないかもしれない。いったん好きになると、どんどん夢中になっていく。しかし、多くの場合どこかで醒める。醒めるのは、それ以上進むと生活が「完全に」破綻するからだろうか。そのあたりのバランス感覚で、男性より女性のほうが優れているように思うが、特に根拠はない。

人々が何かにハマって「浪費」に邁進すれば、念願の日本経済デフレ脱却となるかもしれない。経済力のある女性が売れない俳優へ贈り物をしたとき、その俳優の生活に余裕が出て消費が増加すれば、マクロ経済的にはプラスになる。ただし、贈り物がそのままゴミ箱に行ったり、贈り主の消費が犠牲になっているだけならゼロサムでしかないが。

したがって無条件というわけではないが、人々が「浪費する」ことは歓迎すべきことだ。何かにハマることは人生を前向きに生きるエネルギーにもなる。もっと働いて豊かになろうとした高度成長期がそうだった。それに応えるべく、供給サイドでもイノベーションが起きる。社会の役に立っているのだから、浪費は何ら後ろめたいことではない。

… なんてことは余計なお世話で、本書に登場する女性たちは泰然として何かにハマり、粛々と浪費し、多くの場合無事に帰還している。これらの活動がシンクロすると、経済はもっと成長し始めるかもしれない(?)
コメント

西部邁先生の遺した問題

2018-02-23 11:25:50 | Weblog
西部邁先生の訃報を聞いて、すぐに本屋に行った。そこで数冊の著書を買ったが、最初に読んだのが『蜃気楼の中へ』である。この本は、1970年代の後半、西部先生がUCバークレー、ケンブリッジ大学で在外研究を行ったときの手記に基づいている。当時『経済セミナー』に連載されており、学生だった自分はリアルタイムに目を通していた。

その数年後、筑波大学で西部氏の集中講義が開講された。『ソシオ・エコノミクス』で一躍有名になった社会経済学者の話を聴こうと、当時4年生の私も受講した。講義のあと毎回開かれる酒席にも参加した(卒業直後にも数回お会いした)。それだけの接点しかないが「謦咳に接する」という経験だったので「先生」と呼ばせていただく。

蜃気楼の中へ
西部邁
中央公論新社


『蜃気楼の中へ』では、在外研究の滞在先での近隣との交流を描かれている。その観察眼や思索の深さは同じく2年の在外研究を経験した自分の及ぶところではない。いずれにしろこの期間に、その後の西部先生を有名にする保守思想、アメリカや近代への嫌悪が確かなものになったことが窺える。もっともその原点は幼少期の経験にある。

著者の幼少期を含めた、ある意味熾烈で破天荒な人生は、2年前に執筆された『ファシスタたらんとした者』に詳しく述べられている。どちらの本が一般向けかといえば、こちらの書物だろう。一時期並べ称された青木昌彦氏や、東大駒場の同僚に対する評価など、自分を含む凡人たちが抱きがちな「ゴシップ」への好奇心も満足させられる。

ファシスタたらんとした者
西部邁
中央公論新社


40年前に書かれた『ソシオ・エコノミクス』以外では、実は西部先生の著作をほとんど読んでいない。今回改めて新旧の著作を読み、その一貫性に驚くとともに、さらに何冊か読みたくなった。と同時に、西部先生と自分の考えや感覚の大きな溝も確認することになった。凡庸な言い草だが「生きてきた世界」があまりに違いすぎる。

1つだけ、西部先生が当時の講義や評論で語り、近著のなかでも触れられ、自分がずっと気になっている問題を挙げておきたい。社会科学では現象に対して複数の異なるモデルが提供され、それぞれがデータにそこそこ適合することがある(西部先生はそこで消費関数の例を挙げる)。そうした不一致に対してどういう態度をとるべきか。

西部先生が嫌う「専門人」という立場からは、モデルの妥当性について何らかのルールを設けていずれかのモデルを選ぶ、複数のモデルを接合して一般性を主張する、といったことが行われる。それで「唯一の真実」に近づいているといえるのか。往々にして異なる学派の城に立て籠もり、そこでゲームに勝つことに終始するようになる。

西部先生は意味論に基づく一種のメタ分析を提唱されているように思える。それが、社会を合理的に理解できるという近代主義やリベラリズムへの批判とつながっていく。共感できる部分もあるが、(表層的だと思うが)保守主義というにはラディカルな主張のように感じられ、その根拠について疑いの目を向けざるを得ない部分もある。

自分としては、西部先生が批判するマスマン(大量人)の一種としての専門人として、もう少し妥協的な方法をとるしか道はない。その一方で、そもそも社会に対して複数の見え方を生み出す複合体(Complexity)としてのメカニズムがあるのではないか、それは(自分の手には余るが)数理的に解決できるのでは、と妄想したりもする。
コメント