Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

最新の計量経済学をざっくり知る

2016-11-20 21:10:39 | Weblog
マーケティング・サイエンスで用いられる計量的手法といえば、離散的選択モデルが筆頭に来る。その後推定手法として階層ベイズ法が普及、最近では構造推定と呼ばれる手法も興隆してきた(・・・といってもそれは主に米国の話で、日本では選択モデルのユーザですら少数派だ)。

こうした流れは、計量経済学の発展と並行している。このブログで以前書いたように、計量経済学の基本的なカリキュラムが近年かなり変わってきた(変わっていなければ、その教員が勉強を怠っている?)。1つにはプログラム評価法、誘導型推定などと呼ばれる流儀が確立している。



ある政策が効果を持つことを証明するには、自然科学のような統制実験が望ましい。しかし、それを実際に行うのは無理なので、できるだけそれに近いかたちで因果関係の有無を検証したい。こうした発想に立つ方法は直感的に理解しやすく、政策意思決定者にとって受け入れやすい。

この方法がいいのは、経済学の理論に基づく仮定にあまり依存しないので、一般性があるように見える点だ(それには反論もある)。それに対して、経済理論の検証という目的を固持して立ち向かうが「構造推定」だ。といっても最近では、両者を統合した研究が増えているようだ。

・・・と知ったかぶりで書いてきたが、私自身、新世代の計量経済学についての知識は圧倒的に不足しており、経済セミナーの増刊を購入して勉強している(最近、重版になったという)。様々な角度からの寄稿があるので、興味があって理解できそうな部分を拾い読みすることができる。

マーケティング研究者には、本書の「産業組織論」の章がマーケティング研究についても言及しており、そこから読み始める手もある(ただし、ミクロ経済学の基本的知識が前提となる)。また人によっては「行動経済学」に関する章が興味をそそるだろう(こちらは数式が登場しない)。

 進化する経済学の実証分析
 経済セミナー増刊
 日本評論社

日本のマーケティング・サイエンスでも今後、プログラム評価法的な計量手法はかなり普及していくだろう。しかし構造推定となると、ミクロ経済学や計量経済学のスキルがないと難しい。心理系の学会のように、学会が新手法のチュートリアルに積極的であれば別かもしれない。

一方、正統的な経済学の応用よりもエージェントベース・モデリングのような異端的アプローチが好きな自分には、計量経済学における「カリブレーション」に興味がわいた。ただし、よくあることだが、それを自分に都合よく解釈(誤解)している可能性も大いにありそうだw


巨人軍の「闇」、プロ野球界の「闇」

2016-11-16 22:37:25 | Weblog
今年の日本のプロ野球(NPB)は、メキシコとオランダを相手にした侍ジャパンの強化試合で終わりを告げた。最後の試合における、ドームの天井に突き刺さる大谷翔平のホームラン、そしてタイブレークでの鈴木誠也の満塁ホームランは、NPBの明るい未来を象徴する出来事だといえる。

しかし去年の今頃は、巨人の選手が野球賭博に関与した事件が世間を騒がしていた。今年の3月には、巨人と縁の深い清原和博氏が覚醒剤の所持で逮捕されている。本書は、巨人軍の周辺で起きた様々な事件や醜聞を取り上げる。著者は、それらを長く取材してきた週刊文春の記者である。

巨人軍「闇」の深層 (文春新書)
西﨑伸彦
文藝春秋

本書でも取り上げられているが、様々な事件のなかで最も不透明なのが、原辰徳氏が女性問題で脅迫され、反社会勢力と思しき相手に1億円を支払った事件である。このとき原氏のタニマチが球団には無断で対応したことへの反省から、読売巨人は強力なコンプライアンス体制を築いたという。

アンチ巨人の野球ファンからすると、だから巨人はダメなのだという話になる。しかし、これは決して他人事ではないのだ。上述の巨人選手が闇の勢力と最初に接触したのは、遠征先の名古屋や広島だったりする。ということは、そこを本拠地とする球団の選手は大丈夫とは言い切れない。

いうまでもなく、巨人の選手は知名度が高く、収入も多いので、反社会勢力としては利用価値が高い。だから、こうした事件が起きやすい。しかし、それは他球団の選手にとっても、相対的な問題でしかない。12球団で情報交換を緊密にして、事件・不祥事の再発を予防していただきたい。

なお、本書の後半で不思議な話が紹介される。阪神の応援団の関係者が東京に出した飲食店を、巨人のコンプライアンス部隊が応援しているという。仕事上の何らかの事情で関係が生じ、野球の上での敵対関係を乗り越えて謎の連携をしているとは、プロ野球界の「闇」はあまりに深い(笑)。

プロ野球の「熱狂」に包まれて

2016-11-04 16:47:03 | Weblog
今年を締めくくるにはまだ早いが、自分的には大きな事件を書いておこう。1つには、編著者となった『プロ野球「熱狂」の経営科学』(東京大学出版会)という本を8月に上梓したこと。共著者はマーケティング、心理学、経営学等、多様な分野から集まっていただいた。

●amazonへのリンク
プロ野球「熱狂」の経営科学: ファン心理とスポーツビジネス
水野誠、三浦麻子、稲水伸行
東京大学出版会


書名のごとく、プロ野球の「熱狂」を支えるファンの心理や行動、それを生み出すチーム編成や球団経営などさまざまな話題が扱われている。質問紙調査、心理実験、二次データの分析、シミュレーションなど、アプローチもさまざまだ。学術書のカテゴリに属する本である。

その構成は以下のとおり:

序章 プロ野球の「熱狂」を科学する(水野 誠・三浦麻子・稲水伸行)

第I部 価値を見きわめる:マーケティングの視点
第1章 プロ野球ファンを解き明かす―データによる「熱狂」のマーケティング・リサーチ(水野 誠)
第2章 人はなぜその球団を応援するのか―「遊び」の理論から見たプロ野球球団への選好(水野 誠)
第3章 選手とチームへの共感と自己適合性―ブランド・ロイヤルティ戦略(石田大典)

第II部 ファンを獲得する:心理学の視点
第4章 阪神ファンと広島ファン―熱狂するファンの社会心理学(三浦麻子・稲増一憲・草川舞子)
第5章 社会的営みとしての球団愛―プロ野球ファンの集団力学(中西大輔)

第III部 球団を運営する:マネジメントの視点
第6章 プロ野球選手のたどる道―統計からみる選手人生(戸石七生)
第7章 常勝チームはつくれるか?―チーム・デモグラフィー・モデル(稲水伸行・坂平文博)
第8章 日本のプロ野球球団経営の現状―貸借対照表から見える変化(中村亮介)

私が担当した章では、巨人・阪神・広島のファンを比較している。ところが、執筆時には期待はすれど予測しなかった事態が起きた。広島カープが25年ぶりのリーグ優勝したのだ。その結果、カープファンの熱狂(象徴的には「カープ女子」)に関する取材を受けることになった。

私は現在ニューヨークで在外研究中だが、たまたま10月に一時帰国する予定があったこともあり、そのほとんどに何らかの形で応じることになった。

新聞・・・毎日新聞大阪本社版朝刊 10/05 「論点 カープ25年ぶりリーグV」見出しは「育てる感覚 選手と一体」。何と大野豊さんの横に載るという名誉に浴した!
さらに9/18付の神戸新聞に書評が、10/20付の中国新聞に紹介記事が載った。

テレビ・・・NHK総合 特報首都圏 10/21 PM 7:32-8:00 「首都圏も熱い!カープ人気の秘密」 このなかでほんの数十秒、インタビューシーンが登場する。しかし、書影が映ったこと、大学の建物が映ったことはありがたかった。

ラジオ・・・TOKYO FM TIME LINE 10/27 PM7:00-7:54「小田嶋隆●25年ぶりのセリーグ優勝、広島カープにみる熱狂が生むビジネスの理想図」 事前収録された数分のトークが流れた。このときは、スタッフの方からNYまでお電話いただいた。

雑誌・・・某シンクタンクの機関誌から原稿依頼。某ビジネス誌の取材(いずれも現時点では、その後どうなったかは不明・・・)。『週刊ベースボール』(10/24)に書評掲載。

マス4媒体から取材を受けるなどという経験は初めてだ。面白い経験だったし、勉強にもなった。何とか答えたとはいえ、内心答えに窮した質問がいくつかある。それはやはりビジネスへの含意に関連するものだ。正直いえば、それは「今後の研究課題」ということになる。

ウェブ上では、shorebird氏のブログで、心理学の観点から詳細な書評がなされている。Twitter を検索するといくつか本書に言及したツイートが見つかるが、価格への不満を述べている人が多い。5400円は確かに高い(泣)。

しかし、カープの25年ぶりの優勝がもたらした歓喜と熱狂に関心がある方、それをビジネスや地域起こしに転用できないかと考える方には、値段には目をつぶってぜひお読みいただきたいと思う。著者の球団選好に伴うバイアスもまた、笑って読み流していただきたい。

なお、確認したわけではないが、上述の取材は Business Journal の連載に書いた「広島カープファンを急増させたメカニズム…プロ野球の「熱狂」から学ぶべきこと」がきっかけになっていると思う。そういえばこの連載、その後更新されていない(汗)。