日本のお医者さん研究 | |
森剛志,後藤励 | |
東洋経済新報社 |
本書の著者の一人は祖父の代からの医家の出身で、自らも医学部で学んだが,それでも医師全般の勤務や生活の実態についてよく知らなかったという。医師といっても様々だ。概括するにはきちんとしたデータ分析が必要になる。
本書は公的データに加えて独自の調査も行い,医師のキャリア形成や地域分布,勤務実態などについて分析する。そこから明確になったことの1つは,少なくとも現時点での開業医と勤務医の収入や勤務負担における格差である。
本書の分析によれば、医師が開業するかどうかに有意に影響するのは,開業医の長男であるかどうかである。開業医の長男が医師になった場合,開業する確率は50%近くになる。開業医は世襲に近いという事実が浮かび上がる。
今後は開業医がおかれた環境も厳しくなる。医療費の伸びが抑制されるなか,医療システムの効率化が求められる。本書の後半では,医師自身の保険制度に対する意見や,患者間での医療資源の配分に対する態度が分析される。
特に最後の点が興味深い。治療に投入できる人員,時間,費用に制約があるとき,どのような患者を優先的に治療するかは,現場の医師が意思決定せざるを得ない。そこでの「選好」がコンジョイント分析によって推定される。
その結果によれば,医師は患者が健康的な生活習慣を持ち,年齢が若く,治療後の平均余命が長くQOLが高そうな患者を優先して治療する。海外と比較すると,日本では治療後の平均余命(つまり延命)が重視されるという。
この章は「お医者さんたちは「命の価値」をどう考えているのか」と題されている。実際,開業医の場合のみ,患者の所得が有意にプラスになっている。現実を踏まえると,率直な選好が反映されていると考えざるを得ない。
医療システムを考えるにあたり,医師の選好を測定するという視点はユニークである。そこでコンジョイント分析が使えるのだとしたら,他にもマーケティングサイエンスが貢献できる余地があるのではないかと思えてくる。
もちろん,「命の価値」という重い選択に,単純な線形選好関数を適用するだけでいいのかという疑問も残る。行動的意思決定理論なども参考にしつつ,どのような代替的モデルが可能なのかを考えてみるのも意義深いことだ。