Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「お医者さん」の選好分析

2012-08-27 09:30:01 | Weblog
日本のお医者さん研究
森剛志,後藤励
東洋経済新報社

本書の著者の一人は祖父の代からの医家の出身で、自らも医学部で学んだが,それでも医師全般の勤務や生活の実態についてよく知らなかったという。医師といっても様々だ。概括するにはきちんとしたデータ分析が必要になる。

本書は公的データに加えて独自の調査も行い,医師のキャリア形成や地域分布,勤務実態などについて分析する。そこから明確になったことの1つは,少なくとも現時点での開業医と勤務医の収入や勤務負担における格差である。

本書の分析によれば、医師が開業するかどうかに有意に影響するのは,開業医の長男であるかどうかである。開業医の長男が医師になった場合,開業する確率は50%近くになる。開業医は世襲に近いという事実が浮かび上がる。

今後は開業医がおかれた環境も厳しくなる。医療費の伸びが抑制されるなか,医療システムの効率化が求められる。本書の後半では,医師自身の保険制度に対する意見や,患者間での医療資源の配分に対する態度が分析される。

特に最後の点が興味深い。治療に投入できる人員,時間,費用に制約があるとき,どのような患者を優先的に治療するかは,現場の医師が意思決定せざるを得ない。そこでの「選好」がコンジョイント分析によって推定される。

その結果によれば,医師は患者が健康的な生活習慣を持ち,年齢が若く,治療後の平均余命が長くQOLが高そうな患者を優先して治療する。海外と比較すると,日本では治療後の平均余命(つまり延命)が重視されるという。

この章は「お医者さんたちは「命の価値」をどう考えているのか」と題されている。実際,開業医の場合のみ,患者の所得が有意にプラスになっている。現実を踏まえると,率直な選好が反映されていると考えざるを得ない。

医療システムを考えるにあたり,医師の選好を測定するという視点はユニークである。そこでコンジョイント分析が使えるのだとしたら,他にもマーケティングサイエンスが貢献できる余地があるのではないかと思えてくる。

もちろん,「命の価値」という重い選択に,単純な線形選好関数を適用するだけでいいのかという疑問も残る。行動的意思決定理論なども参考にしつつ,どのような代替的モデルが可能なのかを考えてみるのも意義深いことだ。

反インフルエンサー論?

2012-08-22 08:52:46 | Weblog
著者はデザイナーであり,Google でソーシャルメディア関連の仕事に従事したあと,Facebook に移ったという。キャリアからするとバリバリの実務家だが,専門論文を含む引用文献の範囲がハンパではない。

ソーシャルメディアやクチコミに関する研究では,コンピュータサイエンスのみならず,マーケティングサイエンスの研究(たとえば Aral, Berger, Godes , Libai など)も紹介する。後半では行動経済学,心理学,神経科学に言及する。

本書がすでに一部で有名になっているのは,インフルエンサー・マーケティングを批判しているからだろう。著者はむしろ,無数の小さなグループに属している草の根の人々に働きかけるほうが有効だと繰り返し説く。

ウェブはグループで進化する
ソーシャルウェブ時代の情報伝達の鍵を握るのは「親しい仲間」
ポール・アダムス
日経BP社

そういう議論になると Watts が何といってもチャンピオンなわけだが,本書の著者 Adams は実務家だけあって,Watts よりは柔軟性がある(一貫性がないともいえる)。彼は普及に果たすハブの役割をそれなりに認めている。

ぼくの見るところ,インフルエンサー(ごく少数の影響力が極めて高い者)への働きかけを重視するマーケティングへの反駁には次のようなタイプがある:

1)そもそもそんな者は存在しない
2)一時的には存在してもその立場は安定せず,恒常的なマーケティングの対象になり得ない
3)仮に存在しても,見つけることが難しい
4)仮に存在して見つけられたとしても,コスト(報酬等)を考えると効率的ではない
5)彼(女)が企業に協力的なメッセージを流すと,ふだんと違いフォロワーに信用されない
・・・
1はさすがに極論であり,実証分析の焦点になっているのは2であろう。それについては Watts のグループによる研究があるものの,一般化できるレベルには達していない。つまり「影響」の測定にまだまだ課題が多い。

しかも,ある種のリアルタイム・マーケティングが可能であるなら,その瞬間に誰に最も影響力があるかわかればいいので,問題は3に移る。4のコストの問題も,やり方次第で結果は変わってくるはずである。

残る問題は5であるが,これはインフルエンサー・マーケティングに限られた問題ではなく,クチコミ・マーケティング,あるいはマーケティング・コミュニケーション全般に関わる,より奥の深い問題だ。

・・・こう書いてくると,インフルエンサー論を擁護しているような印象を与えるかもしれないが,擁護側にも決定的な経験的根拠があるわけではないことに注意したい。つまり,まだまだ研究上の課題が多い。

それはある意味で当たり前のことで,テレビ広告が効く場合と効かない場合があるのと同じである。したがって,さまざまなアプローチを状況に合わせてミックスすべきであるという,ごく当たり前の結論になる。

つまり,小さなコミュニティでの濃厚なコミュニケーションと,それらを横断して起き得る閃光的な情報伝播をどう組み合わせるのかに,そろそろ議論の焦点が移ってもいいのでは・・・。これは自戒の意味も込めて。

視線追跡する行動経済学

2012-08-14 14:38:40 | Weblog
本書は,一橋大学が文科省から受託した研究プロジェクトの成果をまとめたものである。地震のリスクを踏まえて社会的に望ましい住宅政策を追求したもので,研究方法論として行動経済学,政策論としてナッジの考え方に基づく。

プロスペクト理論を考慮した選択モデルなど,マーケティング研究者にとっても興味深い研究が並ぶ。しかし最も驚かされたのが,マンション選択の分析にアイトラッキングを導入した研究だ。行動経済学はここまで来ているのだ!

心理的な側面を考慮した超マイクロな消費者行動の分析では,経済学者よりマーケティング研究者に一日の長があったはずなのだが,これからはそうも言っていられない。マーケ側も経済学者が驚くような研究を行いたいものだ。

人間行動から考える地震リスクのマネジメント:
新しい社会制度を設計する
齋藤誠・中川雅之
勁草書房

論文の教室~騙されたと思って読め!

2012-08-10 17:26:54 | Weblog
ぼくは卒論に取り組むゼミの4年生に,本書を読むよう強く薦めている。卒論なんてレポートの延長,何とかなる,そのためにわざわざ一冊本を読むなんて・・・と考える学生がいたとしたら,それは違う!と声を大にしていいたい。

著者の戸田山氏がいうように,論文の書き方については多くの本が出版されている。しかし,それらの多くが,悲しいことに現代の学生の実態からはかけ離れている。多くの学生が読み通せないだろうと容易に予想できる。

だが,本書は違う。まずは騙されたと思って書店で手にとってほしい。そして,はしがきに加えて第1章の数ページをざっと目で追ってほしい。そして,お,これなら読めるかも,と思った学生はぜひ数日間集中して読んでほしい。

論文の教室
―レポートから卒論まで
(NHKブックス)
戸田山和久
日本放送出版協会
*追記)品切れ中ですが新版が8月末に出る予定!

本書では,小論文の課題を与えられた学生が,教師と対話しながらアウトラインを作り,論文を作成していく。例として出された典型的なダメ論文が少しずつ改善されていくのを見ることで,論文作成プロセスを疑似体験できる。

しかも本書には「ギャグ」が随所に登場する。それに爆笑するか苦笑するかは別にして,退屈させないための工夫になっている。覚えておくと便利な tips とともに,著者の専門である論理学の基礎もしっかり学びたい。

斜め読みで有用な情報だけを仕入れる,という読み方でも読まないよりはましである。問題は,とりあえず読み始めたものの,結局読み通せなかった学生だろう。いかに読みやすく書かれているといっても,一定のハードルはある。

何かを発見し,それを論理的に述べるという営みは,当人に喜びとともにそれなりの労苦を与える。後者があまりに大きいと感じる学生は,結局のところ論文を書く能力と意欲を欠く。卒論という課題に挑むことには無理がある。

その意味で,本書を読み通せるか,一定程度理解できるかを見ることで,卒論に挑む資質の有無を判断するという手もある。では,資質がないことが分かったらどうすればいいか・・・それは大問題なので別の機会に論じることに(汗)。

最後に蛇足ながら,論文書きの専門家を自称する大学教員もぜひ読んだほうがいい。少なくともぼく自身は,読みながら深く反省した箇所がいくつもあった(それが当ブログに反映されているかって?ブログは論文ではない!)。

ネットワークの「三角形」

2012-08-07 10:10:52 | Weblog
著者の増田直紀氏は複雑ネットワークの数理解析の第一人者だが,同時に何冊も新書版の啓蒙書を出版されている。しかし,新たに新書として出された本書はそれらの改訂版では全くない。本書には増田さんやそれ以外の研究者の最新の研究成果が紹介されており一読の価値がある。

本書のタイトルが示すように,三角形=三者関係の重要性が本書の主な論点である。情報の拡散だけを考えると,ハブから情報を流せば最も効率的だという話になる。しかし,説得・影響ということを考えると,自分の身近にある三角形がどのような状態にあるかが重要になる。

三角形はローカルに観察されるので,ネットワーク全体を知らなくても,個々人の視点で把握できる。それは各個人がネットワーク上での立ち振る舞いを戦略的に考えるうえで便利であるし,膨大なネットワークを分析しなくてはならない研究者にとってもありがたいことである。

なぜ3人いると噂が広まるのか
(日経プレミアシリーズ)
増田直紀
日本経済新聞出版社

本書では,北海道大学で複雑系を研究していた人々が立ち上げたサイジニアというベンチャー企業が,こうしたネットワーク理論をリコメンデーションに応用している例が紹介されている。この方法では,従来の手法よりも多様な商品を推奨することができるという。

本書の最後では,増田氏が日立と共同研究しているテンポラル・ネットの研究が紹介される。ビジネス顕微鏡と称する装置を身につけてもらい,従業員がリアルにどこで誰と接触したかを計測する。そうして把握された時間とともに変化するネットワークの挙動が分析される。

三者関係に関して推奨される方策に単純すぎるように思える箇所がたまにあるが,本書全体の価値を低めるものではない。スポーツチームの勝敗関係に対するページランクなど,他にも面白い話題に満ちている。マーケターがクチコミやコミュニティを考える上で必読の書である。


金融工学化する広告技術?~JIMS部会

2012-08-02 12:01:35 | Weblog
7/30 のJIMS「マーケティング・ダイナミクス」研究部会では,総研大の本橋さん,電通大の諏訪さんからそれぞれのご研究については伺った。最初の本橋さんのご発表は「インターネット広告における最新のアドテクノロジーと予測モデリング」というタイトル。

インターネット上のディスプレイ広告については,昨年,今回の研究の共著者でもある磯崎さんに報告いただいている。個別サイトで行っていた広告がアドサーバに集中化され,最近ではサイト側と広告主側に分かれサーバ間の入札が行われているという進化が起きている。

本橋さんの研究は,そうした流れを前提に,広告のクリック率を状態空間モデルを用いて予測しようとする。粒子フィルタリングという高速並列計算可能なアルゴリズムが適用されている。ビッグデータ時代には,データ解析手法もまた「進化」し続けているようだ。

今回のセミナーにはファイナンス領域の研究者も何人か参加されていた。ロケットサイエンティストがウォール街に移り金融工学が生まれたが,彼らの一部がインターネット広告業界に移りつつあるという。そうなったとき広告業界がどう変わり,変わらないかが興味深い。

以下の本が,インターネット広告におけるリアルタイムビッティングなどを理解する上で有用とのこと。

DSP/RTB
オーディエンスターゲティング入門
ビッグデータ時代に実現する「枠」から「人」への広告革命 (Next Publishing)
横山隆治,菅原健一, 楳田良輝
インプレスR&D


後半は諏訪さんから「災害時におけるtwitterデータの活用-中心アカウントの特定とソーシャルサーチの効果-」と題する発表が行われた。データはこの研究会で前回鳥海さんが報告されたものと同一である。3.11前後のTwitterでのRT・返信ネットワークが分析されている。

それによれば次数中心性と媒介中心性には強い相関が見られる。しかし,震災の前後での変化によって分類することで,例外的ではあるが次数に比して媒介中心性が高くなったり,あるいは逆に低くなったアカウントを抽出できる。そのダイナミクスの分析が今後の課題となる。

諏訪さんのもう1つの研究は,このデータを用いてソーシャルサーチの可能性を探るもの。そこでは,ネットワーク上で近い位置にある人々の発言が優先的に検索される。1ホップのつながりならTLを見ていればすむ話だが,2ホップ以上だとそうはいかないので意味が出てくる。

諏訪さんの研究上の立場は「社会情報学」なので,すぐにeコマースとつながるような話ではない。しかし,マーケターにとっては,ソーシャルコマースということばを度々耳にする今日,人と人のつながりの価値をどう見るかはいまだ明解な答が出されていない重要な課題である。